女神の部屋(2/2)
「……そういえば、ここは何なの?」
自分の感情から目を背けるように、私は辺りの様子を見回した。
広々としたワンルームにはあらゆる高価な調度品が置かれ、貴人の部屋だということが一目で分かるようになっている。
でも、それ以上に目を引くのは、この部屋が黒で統一されているということだった。
カーテンも絨毯も黒。棚に置いてある本の表紙でさえ、黒いカバーが被せてあった。まるで闇の中に足を踏み入れたみたいな気分になってくる。
「女神の部屋です」
ラフィエルさんは私の膝から起き上がると、クローゼットを開けた。そこに置いてあったものに私は瞠目する。
白いローブだった。それに、ガラスでできた靴も入っている。
でも、どちらもとても小さかった。せいぜい、七、八歳の子どもが身につける用だ。
「これ……あの絵本の?」
私にはすぐに分かった。
この服と靴は、ラフィエルさんが大切に持っていた絵本、『女神が降り立った夜』に出てくる主人公の夜の聖女が着用していたものとそっくりだったんだ。というよりも、全く同じデザインのような気がする。
「この部屋、本当は代々の当主の寝室として使われることになっているんです。この白鳥の館で一番格調が高いとされている場所なんですよ」
ラフィエルさんがクローゼットの扉を閉める。
「でも、僕はここに女神の部屋を作りました。女神にここに住んで欲しかったんです」
そう言えば侍女たちが、ラフィエルさんはこのお城の一番いい部屋を自分では使ってないって言ってたっけ。
それって、こういうことだったのね。最高の部屋を女神が住む場所にしてしまうなんて、ラフィエルさんらしい発想だ。部屋が黒いのも、女神が黒髪だからってことに因んでいるんだろう。
最初、ラフィエルさんが私に滞在してもらおうと思っていた部屋も、きっとここだったんだ。だって私はラフィエルさんの女神ってことになってるんだから。
このとき初めて、私は部屋の壁に絵が掛かっているのに気が付いた。そこに描かれているのは、『女神が降り立った夜』の主人公だった。つまり、幼い頃の私だ。
「この絵の隣に、今の君の肖像画も飾ります」
ラフィエルさんが私の肩に手を置く。
「今度画家を呼びますから、モデルになってください」
「それは……ちょっと……」
私は怖じ気づいた。
「モデルって、もっと綺麗な人の方が向いてるんじゃないの?」
「じゃあ君でいいでしょう。君は綺麗なので」
……また褒められちゃった。ラフィエルさんの中では、私は『綺麗』なのね。
心の中に火が灯ったように温かな気持ちになる。侍女たちに賞賛されたときにはそんな風に感じなかったのに。
やっぱりラフィエルさんの言葉は特別だ。もうこんなに心地よくなってしまっているんだから。
「ところで女神、僕に何か用があって来たんですか」
うっとりしていた私は、ラフィエルさんの問いかけで、ここに来た目的を思い出した。
「コマドリの館へ移る許可が欲しくて……」
母様やタニアさんを助けるため、私はコマドリの館に住もうと考えていたんだ。
「ラフィエルさん、他のところへ行ってもいいって言ってたでしょう? でも、事前にお話くらいはしておきたかったの」
「コマドリの館? どうしてです? 白鳥の館は気に入りませんでしたか?」
「そんなことないわ。ここ、すごく素敵よ」
私は首を振った。本心からの言葉だ。
「特に、あの鏡がたくさん貼られたギャラリー、とってもよかったわ。あそこで舞踏会なんかも開かれるんですってね。そんなところで踊れたら、すごく楽しいだろうなって思うわ。でも、私は……」
「それなら今から踊りに行きますか」
話が終わらない内に、ラフィエルさんが私の手を取った。私は「え?」と呆ける。
「踊りたいんでしょう。だったら、すぐに行きましょう」
面食らっている私を連れて、ラフィエルさんは部屋を後にした。




