その使用人、取扱注意につき(2/2)
「それにしてもお嬢様はいいですねえ。旦那様と相思相愛で」
タニアさんが羨ましそうに私を見る。……私たちって、端から見ればそんな風に映ってるの?
「あたしもお近づきになりたい男の人がいるんですよ! 知ってます? 旦那様の従者のギヨームさんって方なんですけど。見てください! ラブレター、書いちゃったんですよ! きゃー! 恥ずかしいっ!」
そう言いながらも、タニアさんはエプロンのポケットから出した手紙を見せてくれる。受け取って見てみると、封蝋代わりにキスマークがついていた。
「あの人、結構いいお家の出身らしいんです! これって、玉の輿ってやつですかね!? あたし、今はコマドリの館で働いてるから、普段旦那様に付き従っているギヨームさんがいる白鳥の館にはあんまり行かなくなっちゃったんですけど、機会があればこのお手紙を渡して、デートしましょうって言おうと思ってるんです!」
タニアさんは浮かれた顔つきになって、その場でクルクルと回り始めた。でも、その途端に落ちていた石ころに足を取られて、盛大に転んでしまう。
「……このお手紙、私からギヨームさんに渡してあげましょうか?」
私は苦笑いしながら、タニアさんを助け起こした。
「ラフィエルさんと会ったついでのときでよかったら、ですけど」
「えっ、いいんですか!?」
タニアさんの目が輝いた。
「ありがとうございます、お嬢様! お嬢様って、女神様は女神様でも、縁結びの神様だったんですね! やっぱり黒髪って特別な……」
はしゃいでピョンピョンとあちこち跳ね回っていたタニアさんが、地面に置いてあった洗濯カゴにつまずいてよろける。体勢を立て直そうとしたタニアさんは、とっさに近くに干してあったシーツを掴んだ。
「あっ……」
私は思わず声を漏らした。そのときには、洗濯し直したばかりのシーツは、地面のぬかるんでいるところに落下していた。
「ああっ! また汚しちゃいました!」
顔を泥だらけにしながら、タニアさんが絶望的な声を出した。私も頭を抱えてしまう。
この人、想像していた以上にトラブルメーカーだ。危なっかしくて放っておけない。何だか、傍にいてあげないと、って気になってくる。
……傍にいてあげないといけない? 私がタニアさんの傍に?
「ねえ、タニアさん」
タニアさんの様子を見ている内に、ある考えが私の頭の中に浮かんできた。気が付いたときには、私はその思いつきに夢中になっている。
「私、これからもあなたをお手伝いしたらダメですか?」
「あたしをお手伝い?」
そんなことを言われると思っていなかったのか、タニアさんは目をパチクリさせた。
「だって、何だかタニアさん、一人にしておけないし。一緒にいてあげる方がいいかなって思って……」
私は目の前の赤褐色と白で塗られた建物を見つめた。
「それだけじゃなくて、私もコマドリの館に住もうかしら。……そうだわ、それがいいわ!」
胸の中に希望が湧き出てきたような気分になり、私は頬を上気させる。
「ここにいた方がタニアさんのお手伝いもしやすいし、母様にも会えるんですもの! それ、悪くないわ!」
声に出してみると、これ以上ないくらい素晴らしい考えだという思いがますます強くなってきた。
「よし、じゃあ早速、ラフィエルさんに会いに行かないと!」
ラフィエルさんには他のところに住んでもいいって言われてたけど、一応、許可は取っておく必要があるわよね。いきなりいなくなったら、びっくりしちゃうだろうし。
「お仕事、もう終わってるかしら? タニアさん、ラフィエルさんのお部屋まで案内してくれますか?」
「あ、あたしはまだ、やることがあるので……」
突然陽気になった私にタニアさんは困惑しつつも、白鳥の館まで連れて行ってくれる別の人を呼ぶために建物の中に入っていった。




