コマドリの館にて(2/2)
「きゃああっ! 退いてくださーい!」
後ろ向きな気分に浸っていたら、何か柔らかいものが体にぶつかってきて尻餅をついてしまった。
ちょうど館の出入り口あたりだ。
状況が呑み込めないままに、視界が白く染まる。何かが頭から覆い被さっているみたいだった。
「お、お嬢様!」
侍女たちが大慌てで私に被さっていたものを取り払った。大きくて白い布だ。……シーツかしら?
「お洗濯したばっかりだったのに……」
悲しそうな声の方を向いてみれば、使用人の服を着た茶髪の女の子がシーツについた汚れを見てしょんぼりしていた。目が大きくて、何となく小動物みたいな顔立ちだ。歳は、私とあんまり変わらないくらいだろうか。
「ちょっとあなた、気をつけてくださいよ!」
侍女が腰に手を当ててその子を叱りつけた。
「お嬢様がお怪我をなさったらどうするんですか!」
「……お嬢様?」
女の子は、今初めて私に会ったみたいな顔になる。そして、「女神様!」とまん丸な目を一層大きく見開いた。
「はじめまして! あたし、タニアっていいます! わあ、本当に髪が黒い! それ、地毛ですよね?」
女の子――タニアさんは、感激したように私の髪をしげしげと見たり、手を握ってきたりした。
「あの……シーツ、踏んでますよ」
その勢いにちょっと気圧されながら、私が指摘する。タニアさんは、「ひゃあ!」と言って飛び退いた。
「うう……またお洗濯し直しです……。係の人たちに怒られる……」
シーツを抱え、タニアさんはトボトボと歩いていく。その背中を見ながら、侍女がやれやれと首を振った。
「まったくドジなんですから……」
何だか昔からずっとあんな感じだったみたいな言い方だ。私は、「知ってる人ですか?」と尋ねた。
「知ってるも何も、うちの有名人ですよ」
「『取扱注意のタニア』。そう呼ばれています」
取扱注意……? そんな危険物みたいなあだ名がついてるの?
「あの子、前は白鳥の館にいたんですよ。そのときから、何にも変わっていませんねえ」
「転んだ拍子に、ポットの中の熱々の紅茶をうっかり旦那様の頭にぶちまけてしまったりとか……」
「給仕の最中、作ったばかりのお洋服を着た旦那様に、ソースのシミをこれでもか! ってくらいにはね飛ばしたことも……」
「そんなこんなで洗濯物を干す係に回されたって聞きましたけど、どこへ行ってもドジなのは変わらないんですね」
……ああ、これは『取扱注意のタニア』だ。彼女、かなりそそっかしい性格みたい。よく今までクビにならなかったわね。
でも、そんな話を聞いている内に、私は何だか妙な胸のうずきを感じていた。
気が付いたときには、茶髪が揺れるタニアさんの背中に声をかけている。
「何か手伝いましょうか?」
今の私にできるのは、これしかないような気がした。




