コマドリの館にて(1/2)
馬車を走らせてしばらくすると、庭園の中の深い森が見えてくる。
その森を背にして二階建ての建物が建っていた。上階は赤っぽい褐色、下の階は白で塗られたその建築物こそがコマドリの館だ。
形はやっぱり十字型だけど、白鳥の館の館よりはずっと小さい。それでも、私の実家と比べたら二回り以上は広そうだ。
「やっぱり森の傍だからなのか、空気がいいですね」
「これならご母堂様のご病気もすぐによくなりますわ」
侍女たちの声を聞きながら私は館の中に入った。
「ようこそ、おいでくださいました」
事前に何か聞いていたのか、一人の使用人が歩み寄ってきてお辞儀をする。
「こちらへどうぞ。ご母堂様がお待ちです」
使用人はテキパキとした仕草で私を案内した。
私は歩きながら周囲の様子をうかがう。どうもこの館にはたくさんの働き手がいるみたいで、誰も彼もが熱心に仕事をしているように見えた。
「こちらをご母堂様のお住まいにすると決めた後、旦那様が大勢の使用人を寄越してくださったんです」
使用人が説明してくれる。
「お嬢様、どうかご安心を。我々が昼夜問わずご母堂様をお世話し、お守りいたします」
使用人は力強く宣言すると、ある一室のドアをノックした。二階の角部屋だ。
「どうぞ」
ノックの音に、聞き慣れた声が返事する。私は思わず胸を高鳴らせた。
「来てくれたのね、ディアーナ」
「母様!」
母様はベッドのヘッドボードにクッションを置いて、そこに背中を預けていた。使用人がお辞儀をして出て行く。侍女たちには外で待っていてもらうことにして、私は早速母様のところへ駆け寄った。
「大丈夫? 疲れてない?」
新しい環境に置かれて何か不調を感じているんじゃないかと心配だった。けれど母様はその質問に、静かに首を振って答える。
「平気よ」
母様が私の手を取った。そして、ニッコリと笑う。
「ニューゲート城のお庭って、とっても広いのね。少しお散歩してみたいわ」
「ダメよ、寝てないと」
私はたしなめたけど、母様が思ったよりも元気そうだったから思わず表情が緩む。
さっきまでざわめいていた心も、段々と落ち着いてくるのを感じていた。非日常の中でやっと日常に触れた気分だ。
だけど、その時間はいつまでも続かなかった。
「お加減いかがですか?」
部屋にノックの音がして、医師が入ってくる。
「あら、もう診察の時間だわ」
母様が部屋の壁にかかっていた時計を見た。
「ごめんなさい、ディアーナ。せっかく来てくれたのに……」
「ううん、別にいいわ。ちょっとタイミングが悪かったわね」
私は先生の邪魔にならないように、母様に挨拶して外に出た。でも、このときの私は、せっかく軽くなっていた気持ちがいつの間かまた沈み始めていたことに気が付いていなかった。
廊下で待っていた侍女たちに合流する。侍女たちは私の顔を見て眉根を寄せた。
「ご母堂様、そんなに悪いのですか?」
「えっ? いつも通りでしたよ?」
思いがけないことを聞かれ、少し驚いた。侍女たちは、「それならよろしいのですが……」と肩の力を抜く。
「お嬢様、何だか浮かない顔をしておいででしたので、てっきり……」
……浮かない顔?
意外な言葉に戸惑いつつも、館の外に向かう道すがら、私はカサついた指先で頬に触れた。頭の中で、コマドリの館で見た色々な光景をもう一度繰り返す。
そうこうしている内に、私は自分の気分が段々と落ち込んでくるのを感じずにはいられなかった。
だってコマドリの館には、優秀な使用人も医師もたくさん働いているんだもの。彼らに任せておけば母様は大丈夫だって思えるくらいにすごい人たちが大勢いる。
そう、私なんかいなくても、母様はきっと元気になるんだ。
そんな風に考えた途端に、無力感を覚えてしまった。
私って、何にもできないのかしら? 何だかそれって、とっても惨めだ。




