到着、ニューゲート城(2/2)
「こちらへどうぞ、お嬢様」
侍女の中からベテランっぽい人が前に出て、先導するように進む。私が慌ててついていくと、残りの九人が、その後ろからゾロゾロと列をなした。
案内されていると言うより、何かの行進に加わっている気分だ。
玄関ホールを抜け、いくつもの廊下を渡り、階段を登って、侍女はスイスイと歩いて行く。私はそれについていくのが精一杯だった。道を覚えようかとも思ったけど、広すぎて途中から諦めた。
「この白鳥の館は五階建て。部屋の数は七百以上……あら、千以上だったかしら? まあ、たくさんあります」
歩きながら、侍女たちが説明してくれる。
「庭園内には、離れの他にも、劇場や動物園、美術館なんかもありますよ。一般にも開放されているんです。お嬢様も、もしよろしければどうぞ」
「何だか賑やかそうですね」
「ええ。でも、どの施設も面積が広いから、あまりごみごみしなくていいですよ」
そうやってお喋りをしている内に、開けた場所に出た。
目の前に広がる光景に、私は思わず息をするのも忘れて見入る。
「こちら、東側ギャラリーでございます」
そこは、まるで光の生まれる場所みたいだった。
長い長い廊下の壁に、窓と鏡が交互に配置されている。ステンドグラスが使われた窓から差す光が白いタイル張りの床に反射して、波のような模様を描いていた。
天井には小ぶりなシャンデリアがいくつもぶら下がり、その空間を一層華やかに見せている。壁には羽の装飾がついた燭台も設置されていて、夜も歩きやすそうだ。
私は手近な窓をそっと開けてみた。すると、陽光を受けてきらめく川面が目に入る。こんなところまで輝いてるなんて!
どこもかしこも光に溢れたこの華麗な空間に、私はすっかり夢中になっていた。
ラフィエルさんが言っていた、『ニューゲート家の威厳を見せつけるために作られた城館』という言葉の意味がよく分かった気がする。こんな美しいものを目の当たりにしたら、きっと誰だって心を動かされてしまうに違いない。
「ここでは舞踏会も開かれたりするんですよ」
私の反応を見た侍女が誇らしげに教えてくれた。
私は侍女に導かれながら光に満ちたギャラリーを渡り、目的地の東棟に足を踏み入れた。
中央棟と同じ白い化粧漆喰の壁だったけど、あの光景の後だと何だか殺風景に見えてしまう。それくらい、あのギャラリーのインパクトはすさまじかった。
「つきましたよ」
侍女が手近な一室を開けた。白を基調とした広いワンルームだ。調度品も高価なものが揃っている。
「お嬢様には、こちらを初めとして、五つのお部屋を使っていただくことになります」
「そんなにたくさん?」
「あら、旦那様は、もっとお部屋を持っていらっしゃいますわ」
「そうそう、お部屋と言えば、旦那様はお嬢様に、本当はこの館で一番格調の高いお部屋に住んでいただきたかったそうですよ」
「一番格調が高い……? それって、当主のお部屋とは違うんですか?」
疑問に思って尋ねると、侍女たちは何か思うところがあるように、「普通はそうですけどね」と言った。
「旦那様はそのお部屋を、違ったことに使っていらっしゃるんですよ」
侍女たちが目配せしながら私を見る。何かしら? もしかして、私に関係のあることなの? だからラフィエルさんは私にそこに住んで欲しかったのかしら?
「それにしても、旦那様の女神様が現実にいたとは……」
「ええ、びっくりですわ」
侍女たちは私の顔を見ながらうんうんと頷いている。どうやらラフィエルさんの妄想は、ニューゲート家では有名な話らしい。
「もしその女神様が現実にいたら、きっと旦那様は片時も離さないだろうなって私たち、ずっと前から話していたんですよ」
「現に、先ほど申しました『格調の高い部屋』も、旦那様の居室と繋がっていますしね」
「ですが、途中で気が変わられたようで、自分の居室からは遠ざけておくように、と連絡があったのです。それで急遽、こちらにお部屋を用意いたしました。……お嬢様、もしかして旦那様と上手くいってらっしゃらないのですか?」
この人たち、結構話し好きでお節介らしい。私とラフィエルさんの関係についても、色々と間違った想像をしているみたいだった。
ラフィエルさんが部屋を変えたのは、多分私との関係を皆に疑われないためなんだろうけど、あんまり効果はなかったらしい。
きっとラフィエルさんは前の当主と違って、城に女の人を連れ込んだことなんて一度もなかったんだろう。そんな人がいきなり女連れで帰ってきたら、あれこれ考えてしまうのも仕方ないのかもしれなかった。




