到着、ニューゲート城(1/2)
広大な庭園。町が一つどころか三つくらいは入ってしまいそうな巨大な面積を持つその庭の中に、ニューゲート城はあった。
「大きい……」
広い池を二つに割るようにして作られた坂道を馬車は登り、玄関ホールへと続く階段の前で停車する。私はラフィエルさんの手を借りて、馬車から降りた。
「お帰りなさいませ、旦那様、お嬢様」
階段脇に立った使用人たちが一斉に頭を下げた。もうこういうお出迎えにも慣れてきたけど、他の別邸で出待ちしていた使用人たちよりもずっと数が多くて、ちょっとびっくりしてしまう。
「これをする度に彼らの業務が中断するから困っているんですよ」
ラフィエルさんがやれやれといった口調で話しかけてくる。
「いっそのこと、この習慣、廃止にするべきでしょうか」
「さ、さあ……」
私は首を傾げつつ、辺りを見回す。
でも、どこに目をやっても延々と続いていそうな白い壁が見えるだけだ。この建物がどれくらい大きいのかなんて、想像すらできなかった。
「ニューゲート城は別名『白鳥の館』とも呼ばれています。ちょうど、白鳥が羽を伸ばしたような形をしているので。要するに十字型ですね」
建物へと続く階段を上りながら、ラフィエルさんが説明してくれた。
「左右の棟と中央の棟は、巨大なギャラリー――廊下で繋がっています。追いかけっこができるくらい長いですよ。今度一緒にどうですか?」
「……遠慮しておくわ」
段々と建物の入り口が見えてきた。ラフィエルさんが続ける。
「このギャラリーの下は、川が流れているんですよ。というよりも、川にかかる橋の上にギャラリーを作ったという方が正確かもしれません。馬車が止まる前に池の側を通ったでしょう? あそこと繋がっている河川です」
入り口には大きな白鳥の彫刻が彫られていた。だから『白鳥の館』って異名がついてるのかしら?
私たちは玄関ホールに入った。白い化粧漆喰の壁に、あちこちにある巨大な窓から降り注ぐ光が優しく反射している。柱や天井には鳥をかたどった装飾がついていて、可愛らしい印象を受けた。
「いいお城ね」
何だか物語に出てきそうな場所だ。私の言葉に、ラフィエルさんは頬を緩ませる。
「ここはずっと昔、ニューゲート家の威厳を見せつけるために作られた城館なんですよ。ですから、初めは見た目重視でとても住みにくいところだったそうです。どうしてか分かりませんが、二階には人工の洞窟まであります」
「建物の中に? ……作った人は、よっぽどの変わり者ね」
「かもしれませんね。そんな城を、代々の当主が暮らしやすいように色々と手を加えていったんです。ですが、もしここがお気に召さなくても心配はいりません。この庭の中には、離れがいくつもあるんです。『カラスの館』とか『クジャクの館』とか。好きなところへ住んでください」
「いいわ。ここで」
きっと『カラスの館』は真っ黒で、『クジャクの館』は青っぽい派手な色なんだろうなと思いながら、私は首を振った。こんな素敵なところ、気に入らないわけはない。
「この庭のもっと奥には、『コマドリの館』があります。君のお母様には、そちらへ移っていただきましょう。この『白鳥の館』よりもこぢんまりとしていて、リラックスできると思います」
「後で行ってみるわ。案内してね」
「移動の際は馬車を使ってください。歩いていたら疲れますよ」
敷地内なのに馬車! やっぱりニューゲート家ってすごいのね!
そんなことを考えていると、ラフィエルさんがホールの隅に控えていた人たちを手招きした。
十人の女性だ。皆、フリルのついた清潔そうなエプロンドレスを着ている。ラフィエルさんが彼女たちのことを紹介してくれた。
「女神のお世話係、侍女の皆さんです。ご挨拶を」
ラフィエルさんに促され、端から一人ずつお辞儀と共に名前を名乗っていく。でも、私はそれをほとんど聞いていなかった。
「こんなにいるの!?」
ラフィエルさんなら私に侍女の一人や二人くらいつけてもおかしくはないと思っていたけど、こんな人数だとは予想外だ。
けれど、ラフィエルさんは何でもなさそうな顔をしていた。
「このお城で暮らす上で、何か不便があっては困るでしょう?」
「でも、いくらなんでも十人は多すぎるわ」
と言うよりも、私にお世話係なんかいらないのに。今までの経験から、あれこれ世話を焼かれすぎると疲れてしまうと私には分かっていた。
「では皆さん、女神をお部屋へご案内して差し上げてください」
ラフィエルさんは話を適当なところで切り上げてしまった。ギヨームさんを連れて、奥の階段を登っていく。自分は一人しか従者をつけてないじゃない! と私は心の中で叫んだ。




