僕は君に恋をしているんでしょうか?(2/2)
「何を考えていたんですか、女神」
僕が女神の腕を掴むと、その体がビクリと震える。
家事に明け暮れていたからなのか、女神の手や足は、そこら辺の貴婦人よりしっかりしている印象だ。折れそうなくらい細い女性の体を見る度どこか不安な気持ちになる僕にとっては、これくらいがちょうどいい。
暑い季節になったら、その健康的な手足を存分に露出できるようなドレスを着てもらおうと決意する。皆がそれを見れば、細いだけの四肢なんて何の魅力もないと気が付くはずだ。
「別に……何も」
やっぱり女神は僕と目を合わせてくれなかった。僕は焦れて、女神の顎を持ち上げてこちらを向かせた。
「答えてください」
「し、知らないわ!」
女神の顔が火照ってくるのが分かる。彼女に触れている指先が、ほんのりと熱を持ってきたような錯覚がした。
「で、でも、母様が言ってたわ! ラ、ラフィエルさんは、私に恋してるんじゃないのかって」
そう言った後で、女神はますます赤面する。うっかりと口が滑ってしまったみたいだ。乱暴に僕の指を引き剥がして、馬車の壁に背中を打つくらい乱暴に座り直した。
一方の僕は、意表を突かれて固まる。
「恋? 僕が女神に?」
そんなことは、今まで一度も考えたことがなかった。
確かに僕は女神を崇拝している。狂信的と言ってもいいのかもしれない。
でも、だからと言って、その感情に『恋』を含めてもいいんだろうか?
「……女神はどう思いますか」
僕は思わず質問した。
「僕は君に恋をしているんでしょうか」
「……どうして本人に聞くのよ。知らないわ、そんなこと」
恥ずかしさにまみれた声で、女神がぶっきらぼうに返事する。
「自分で考えたら?」
僕の頭の中の女神と同じことを言っている。やっぱり、あの女神とこの女神は、同じ人なんだ。
「……ですが女神。僕が君に恋愛感情を抱いているなら、僕たちはやはり愛人関係にあるということになってしまうのでは?」
僕は眉根を寄せる。
「これは困りました。このままでは、僕は後十人、愛人を作らなければいけないことになります。僕は父と同じ轍は踏みたくないのですが」
「……ちょっと待ってよ、ラフィエルさん」
女神が僕のことを、目をいっぱいに開いて見つめた。
「何で、『私もラフィエルさんが好き』みたいな前提で話が進んでるの!? 私、そんなこと一言も言った覚えはないわ!」
「そういえばそうでしたね」
これはうっかりしていた。
「じゃあ今言ってください。僕が好き、と」
「何でそうなるの!」
頬を真っ赤に染めてふくれ面になった女神は、背中を丸めて俯いてしまった。僕は呆ける。
「どうしたんですか。何を怒っているんです」
「だって……そんなの、無理やり言わせるようなことじゃないでしょう!」
「無理にとは言っていません。女神の正直なお気持ちをどうぞ」
「何それ!? ラフィエルさんの中では、『私はラフィエルさんのことが好き』ってことになってるの!?」
女神は、もうどうしていいのか分からなくなってしまったみたいだ。馬車のドアを開けて、外へ飛び出してしまいたそうな顔になっている。
そんなことをされたら困るので、僕は女神の手首をしっかりと掴んでおいた。女神は体を硬くする。
「でも、嫌いじゃないでしょう」
僕は人差し指で、女神の手首をちょんちょんと叩いた。
「女神の抱いている妄想の中に、僕も入っているんですから」
女神が薄く口を開けた。そこから、「妄想……?」という言葉が漏れる。
「……ラフィエルさん、それ、どういうこと?」
女神が困惑したように尋ねてきた。
「前にも確かそんなこと言ってたわよね? でも私、妄想なんかしていないわ。ラフィエルさんじゃないんだから」
「そうでしょうか。似たようなものだと思いますけど」
言いながら外を見た僕は、あるものを発見し、「あれを」と女神の注意を促した。
「……わあ!」
怪訝な顔になっていた女神の目が輝く。遠くに、純白の大きな城が姿を現していた。




