一緒に寝ましょう(1/2)
「はあ……」
夜。入浴が終わった私は、ふかふかのベッドに倒れ込んだ。
ニューゲート城までは、どれだけ早く着いても馬車で五日はかかるとのことだった。
今私がいるのは、ニューゲート家が所有している別邸の一つだ。舞踏会が行われていたあの別邸よりも一回りくらい広そうだったけど、ラフィエルさんの感覚では、ここも狭いらしい。
まったくニューゲート城は、一体どのくらいの規模なんだろう?
「もしかしたら、町一つ分くらいはあったりして」
疲れた頭で、大胆な想像をしてみる。
と言っても、疲労していたのは、一日中馬車に揺られていたせいじゃない。この別邸に来てから、使用人たちにあれやこれやと世話を焼かれたからだ。
入浴も着替えも食事も全部一人でできます、と断ったけど、使用人たちは「旦那様から言いつけられましたので」の一点張りだ。後でラフィエルさんに、「そんなに気を使わなくていい」って言っておかないと。
デュラン家での習慣がまだ身に染みついている私にとっては、こういう生活はかなり窮屈に感じてしまう。
「女神、もうお休みですか」
なんて考えていたら、ラフィエルさんの声が聞こえた気がした。もしかして、夢でも見てるのかしら?
ギシ、とベッドが軋む音がする。それを聞いた私は飛び起きた。ベッドの端に手をつく格好で、ラフィエルさんがすぐ傍に立っている。
私は思わず壁際まで後ずさった。
「な、何でここに!?」
私はドアの方を見た。きちんと閉まっている。
「この城には、隠し部屋や隠し通路がたくさんあるんですよ」
ラフィエルさんがベッドに座る。
「この寝室は、僕の部屋と繋がっています。ほら」
ラフィエルさんが指差したのは、部屋の端にあった大きな姿見だ。それが扉のように開かれている。
「僕の父はこの部屋にお気に入りの愛人を滞在させておいて、隠し通路を使ってよく遊びに来たらしいですよ」
「へ、へえ……」
ここが逢い引きに使われていた部屋だったことにショックを受けた私は、適当な相づちしか打つことができない。
それに、そんな通路を通って何食わぬ顔で私の前に現れたラフィエルさんにも不信感を抱いてしまう。
「……ラフィエルさん、何しに来たの?」
まさかラフィエルさんも、自分の父親と同じ目的で私のところに足を運んだんじゃ……と怯えていると、彼は無邪気に「一緒に寝ましょう」と言った。
「朝起きたときに女神の顔を真っ先に見られたら素晴らしいと思ったので、ここに来ました。ほら、枕もありますよ」
ラフィエルさんは脇に抱えていた彼専用の枕を私に見せる。
「では、おやすみなさい、女神」
ラフィエルさんがシーツと毛布の間に体を入れる。それからしばらくして、規則正しい寝息が聞こえてきた。……この人、寝付きがよすぎだ。
……いや、そんなことより、本当に一緒に寝るの!?
どうしようか迷った末、私はベッドから毛布を引っ張り出して、居間にあるソファーに身を横たえた。ラフィエルさんなら何もしないだろうって分かっていたけど、やっぱり同じところで寝るのは無理だ。
なんて思ってたんだけど……。
朝起きたら、一番にラフィエルさんの綺麗な顔が目に飛び込んできた。薄明かりの中でとろけるようにきらめくプラチナブロンドの髪にしばらく見惚れた後、正気に戻った私は、けたたましい悲鳴を上げる。
「何ですか、女神。君は早起きなんですね」
ラフィエルさんはその声で起きたみたいだったけど、離れようとはせずに、私を強く抱きしめてきた。
「僕はまだ眠いので寝ています」
「ラ、ラ、ラフィ、エル、さん、ど、どうして……」
まさか一晩中一緒だったの!? と私はパニックになった。
「どうして、は僕の台詞です」
ラフィエルさんが恨みがましそうに呟く。
「どうして女神はソファーで寝ているんですか。僕が夜中に目を覚まして気が付かなかったら、朝一番に君の顔を見るという素晴らしい思いつきが台無しになるところでした」
「私、そんなことしてもいいって言ってないわ!」
私は顔を引きつらせる。何とかこの状況を切り抜けようと、必死に考えを巡らせた。




