やり返さないと気がすまないじゃないですか(1/1)
「ラフィエルさん、これ、どういうことなの」
手紙を読み終わった私は眉をひそめる。運ばれてくる料理を無視して、ラフィエルさんを問いただした。
「ニューゲート家が所有していた彫刻を盗んだ罪で、ナンシー姉様とばあやが捕まって、レイラさんは施設送り? でも、ここに書いてある『右翼の天使』って、ラフィエルさんが送ったものじゃない」
「そうですよ」
ラフィエルさんはお肉にソースを絡めながら頷いた。
「全部でっち上げです。僕が無実の罪で、あの人たちを陥れるように手を回しました」
ラフィエルさんは美味しそうにお肉を頬張る。私は絶句した。
「『左翼の天使』は、きちんと僕の手元にあります。手紙の中には美術商の証言がどうこうとありますが、僕がお金を払ってそう言ってくれるように依頼しておきました。今まであの姉妹に色々なものをプレゼントしていたのも、この作戦のためです。何の目的もないのに、僕が七面鳥と小ヒバリに贈り物なんかするわけないでしょう。……僕、タマネギ嫌いです。女神にあげます」
ラフィエルさんは私のお皿に焼けたタマネギを乗せてきた。
「使用人たちに関しては、別に嘘は吐いていません。あの人たちは普段は別邸で働いているのでニューゲート城へ行ったことはありませんし、僕が一方的にするべきことを話して聞かせただけなので、会話したとも言えないでしょう。それに、いざとなったらお茶を濁してくださいとも頼んでおきました。……女神、葉野菜もどうぞ。僕は食べたくないので」
私のお皿に緑の野菜が盛られる。
その光景を呆然と見つめながら、私は何と言っていいのか分からなかった。
「……何でこんなことを?」
やっと絞り出せたのはそれだけだった。ラフィエルさんは肩を竦める。
「だって、許せなかったんですもん。僕の女神を長年虐げ続けてきた人たちを。やり返さないと気がすまないじゃないですか」
「でも、濡れ衣を着せるのは……」
「それなら、警邏隊員にこう言いますか? 家庭内で不遇な人がいます、助けてください、と。まず請け合ってくれませんよ。叩かれたり蹴ったりされていたのなら罪にも問えますが、そういう肉体的な暴力は振るわれていなかったんでしょう? 口先で相手を攻撃した場合だけ殴り放題だなんて、法の抜け目ですよね」
確かにナンシー姉様もレイラさんも、私をちょっとはたいたりすることはあっても、過度な暴力を振るってきたことはない。その代わり、毎日のように私を罵倒していた。
って言っても、あの二人が私に訴えられたときのことを考えていたとは思えないけど。
「だからあの二人に制裁を加えようと思ったら、新しい罪を作るしかありませんでした」
「でも、こんなのバレたらラフィエルさんが大変なことに……」
「なりません。ニューゲート家が毎年、治安維持局に――警邏隊員たちの親玉に、いくら寄付していると思っているんですか。大切な金づるなんですから、そうそうひどい目には遭わされませんよ」
明け透けな言い方に言葉も出ない。ラフィエルさんは付け足す。
「もちろん、女神がこのことをどこかへ漏らそうと思っても無駄です。表沙汰になる前に、皆僕が握りつぶします」
何でもないように言って、ラフィエルさんは食事を続けている。私は呆気にとられていた。
どれだけ根が純真でも、やっぱりこの人は名門貴族の当主なんだなと実感した気分だった。こういう油断できない一面を持っていないと、高い地位に居続けることはできないのかもしれない。
「女神、このお肉は美味しいので、君にもあげます。遠慮しないで、たくさん食べてください」
ラフィエルさんが嫌いなもの以外も私に寄越してきた。
「……いただきます」
私はフォークを掴む。
ナンシー姉様たちが無実の罪で捕まったことを大して申し訳ないと感じていないのが不思議だった。もしかして私も、この変人貴公子に毒されつつあるのかもしれない。
でも、彼の傍にいるなら、それはそれで悪くないかもしれないな、とも思ってしまったんだ。




