悪の姉妹たちに仕返しを(2/2)
「お嬢様!」
ばあやが悲鳴を上げて、あたしを助けようとした。でも、隊員たちに打ち払われ、その場に無様に伸びてしまう。
「うっとうしいばあさんめ。我々の任務を妨害した罪だ。逮捕しておけ。……いや、もしかして、この老婆も盗人の仲間か?」
ばあやの体に縄がかけられた。それを見たあたしは、血の気が引いていくのを感じる。この間、夜会で聞いた話を思い出した。
――ちょっと前に王都を騒がせていた連続殺人鬼が、やっと捕まったんですって。
――処刑の日はいつかしら? 皆を誘って、見に行きましょうよ。
もしかして、このままだとあたしも処刑されちゃうの? そんな……! まだ十三年しか生きてないのに、こんなところで死にたくない!
……十三年? ああ! そうだ!
「あたし、未成年だよ!」
あたしは体を縛ろうとする隊員たちから身をよじって逃げながら、必死に叫んだ。
「未成年は逮捕できないんでしょ! あたし、知ってるよ!」
確かディアーナが前にそんなことを言っていたんだ。あのブスも意外と役に立つ。
「むう、確かに、記録では十三歳となっているな」
隊長が懐から手帳みたいなものを出して唸る。あたしはそれに力をもらって続けた。
「だからあたしを捕まえたりしないで! どうしてもって言うなら、お姉様たちだけにしてよ!」
「レイラ! 何をふざけたこと言ってんの!」
あたしと同じように床に転がされていたナンシーお姉様が、目を見開いた。
「あたくしだって捕まりたくないわよ! 大体、悪いことなんて何もしてないじゃない!」
「バカを言え。お前たちはニューゲート家から、彫刻作品『右翼の天使』と『左翼の天使』を盗んだだろう」
隊長が冷たく言い放つ。
だけど、あたしにはその言葉の意味が理解できなかった。
「盗んでないわ! 誰がそんなこと言ったの!」
お姉様が絶叫した。でも、隊長は顔色一つ変えない。
「ニューゲート家のご当主様から相談があったのだ。先日行った舞踏会を境に、大切な彫刻作品がなくなってしまいました、と」
隊長の話はこうだった。
ニューゲート家のご当主様は彫刻の行方を探るため、使用人たちに聞き取りをした。その結果、舞踏会の晩、作品の周りをデュラン家の姉妹が怪しげにウロウロしているのを見た人がいたと分かった。
まさかと思って調査すると、美術商の元になくなった作品の一つ、『左翼の天使』を持ち込んで換金しようとした老婆がいたという情報を手に入れた。
それに、老婆曰く『もう一つすごいのがある』とのことで、今度はそれを持ってくるとも言っていたらしい。
「デュラン家は大層な貧乏暮らしだそうじゃないか。それが、ここ最近はかなり羽振りがよくなっているとか」
隊長がせせら笑う。
「盗んだ彫刻を売った金で贅沢をしていたんだろう! 隠しても無駄だ! 現に、『右翼の天使』がこの家にあるじゃないか!」
あたしもナンシーお姉様も声が出なかった。
だって、そんなの全然身に覚えがなかったから。
「それ……何かの間違いだわ!」
やっとのことでナンシーお姉様が声を上げる。
「この彫刻は、本当にニューゲート家のご当主様からもらったのよ! 他にも、ドレスとか宝石とか色々くれたわ! 羽振りがよくなったように見えたのはそのせいよ!」
お姉様は必死で言い訳したけど、隊長は信じていないみたいだった。お姉様は焦ったように続ける。
「それなら、この家にいる使用人たちに話を聞いてみなさいよ! あの人たちもニューゲート家のご当主様が寄越してきたのよ! 彼らなら、あたくしの無実を証明してくれるわ!」
ナンシーお姉様が大声で使用人を呼ぶ。それに応えるように、三人ほどが談話室に入ってきた。
「ねえ、あんたたち、このマヌケな警邏隊員さんたちに言っておやり。あんたたちがどこから来たのか。ニューゲート家のご当主様があんたたちをここに派遣してきた。そうよね?」
ナンシーお姉様は身を乗り出して尋ねた。けど、使用人たちは冷淡な表情で、期待していたのとは真反対の答えを口にする。
「私はニューゲート家へ行ったことなど一度もありません」
「私もニューゲート家のご当主様とお話ししたことはありません」
「お嬢様、どうしてそんな変な質問をなさるんですか? もしかして、連日遊び歩いているのが原因で、少しお疲れなのでは?」
使用人たちは顔を見合わせ、去って行った。お姉様は唖然とする。
「ふん、すぐにバレるお粗末な嘘など吐きおって」
隊員がナンシーお姉様の体をきつく縛った。我に返ったように、お姉様が暴れ出す。
「これは罠だわ! ……ディアーナ! そう、ディアーナよ! あいつがあたくしたちを嵌めようとしたんだわ!」
「おい、うるさいぞ」
隊長が顔をしかめ、お姉様の後頭部に一発拳を入れる。お姉様は気絶して動かなくなった。
「連行しろ」
ナンシーお姉様とばあやは隊員たちに担がれ、部屋を出て行った。
でも、あたしはそんな目に遭わなくてすんだ。
……そのはずだった。
「隊長、この子はどうします?」
「決まっているだろう。施設に連れて行くのだ」
「し、施設?」
助かったことに喜んでいたあたしは、不穏な響きに嫌な予感を覚えてしまう。
「施設って何の?」
「お前みたいな問題のあるちんちくりんがぶち込まれる豚箱だよ」
隊長の言い方で、あたしはそこがどんな場所なのかを知った。顔を引きつらせながら後ずりする。
「そんなところ、行きたくない! あ、あたし、貴族なんだよ! だったら、もっと丁重に扱ってよ!」
あたしの懇願は聞き入れられなかった。
あたしはそのまま拘束される。高価なドレスがところどころ破れた惨めな格好になり、手首に縄が食い込む感触に寒気を感じながら、あたしはナンシーお姉様が叫んでいたことを思い出していた。
――ディアーナよ! あいつがあたくしたちを嵌めようとしたんだわ!
もしこれがディアーナのせいなら許さない。絶対に仕返ししてやろうとあたしは心に決めた。




