悪の姉妹たちに仕返しを(1/2)
それからしばらく走り、お昼頃になって馬車は一旦停止する。昼食をとるためだ。
野外に簡単な天幕が張られ、風よけのための衝立が四方に設置された。簡易式のグリルの上で、料理人が食材を焼く。ジュウジュウという音や漂ってくる香ばしい匂いに、お腹が鳴りそうだ。
準備ができるまでの時間を使って、私は母様に会いに行った。病気になってからこんなに長い時間馬車に揺られていることがなかったから少し不安だったけど、母様は元気そうだった。
先生も問題ないと言っていたし、私はほっとする。
「女神、風邪を引いては大変です。こちらをどうぞ」
母様の乗っていた馬車から降りた私に、ラフィエルさんが自分の着ていたコートを羽織らせてくれた。
「すみません。本当はどこかの宿場町にでも止めたかったのですが、よさそうなところがなくて」
「あら、私、こういうの好きよ。外で食べるご飯って、いつもと違う雰囲気で楽しいもの」
父様が生きていた頃は、よくピクニックにも行っていた。当時を思い出し、懐かしい気持ちになる。
「旦那様、失礼いたします」
席について料理ができあがるのを待っていると、ギヨームさんがやって来た。
「こちら、デュラン家の様子を探らせていた者が持って参りました」
ギヨームさんが差し出してきたのは、一枚の書状だった。ラフィエルさんがそれを読む傍ら、私は困惑する。
「デュラン家の様子を探っていた? 何のためにそんなことを?」
「もちろん、僕の作戦が上手く機能したかを確かめるためです」
ラフィエルさんは私に手紙を見せてくれた。
それにざっと目を通した私は、声を上げそうになった。
姉様たちが逮捕された。書状に、そう書いてあったんだから。
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「お嬢様方、そろそろお出かけの支度をいたしましょう」
ディアーナが出て行ってしばらくする頃。談話室にいたあたしたちに、ばあやが声をかけてきた。
「えっと、今日は何するんだっけ」
「お芝居を観て、音楽会に出て、夜はパーティーよ。忙しくなるわ!」
あたしの質問に、ナンシーお姉様が上機嫌で答える。
ああ、そうだった。ここのところたくさん遊んでるから、いちいちスケジュールなんて覚えていられなくなっちゃったんだよね。
「レイラ、今日は何色のドレスにするの?」
「もちろんピンク! ティアラも被るよ!」
あたしはうっとりと答える。
そのどれも、皆ディアーナの恋人が送ってくれたものだ。あの人、ニューゲート家のご当主様なんだって! 道理で高価なものを魔法みたいにポイポイ出して、気前よくくれるわけだ。
そんな素敵な人から好かれてるディアーナははっきり言って腹が立つけど、でも、あんなブスはすぐに飽きられちゃうに決まってる。
だから次の恋人には、あたしを選んでもらおう。そんな風に想像すると、今から楽しくなってきた。
「何ニヤついてんの、気持ち悪い」
ナンシーお姉様が、低い鼻筋にシワを寄せる。そんな顔をすると豚みたいだ。こんな見た目じゃ、ナンシーお姉様は絶対にあの人の次の恋人には選ばれないよね。
そう考えるとますますおかしくなって、あたしは笑い転げそうになった。
そのとき、玄関から呼び鈴の音がした。使用人が駆けていく。あの使用人も、ニューゲート家のご当主様が寄越してきた人だ。
ニューゲート城には、もっとたくさんの召使いがいるんだろうな。その人たちに自由に命令できる日が来るのが待ち遠しい。
「失礼する」
でも、あたしのそんな妄想は、冷たい声でかき消された。
室内に警邏隊の制服を着た人たちが入ってくる。突然の物々しい来客に、あたしは目を丸くした。
「ちょっと、誰の許可を得て入ってきてるのよ!」
ナンシーお姉様が不愉快そうに、隊長っぽい人に抗議した。そして、床に視線を落とし、敷かれていた絨毯に足跡がついているのを発見して、鼻の穴を膨らませる。
「汚れてるじゃない! どうしてくれんのよ!」
「黙れ。盗品を売りさばいた金で買ったくせに」
隊長は軽蔑した声を出した。お姉様が「はあ!?」と肩を怒らせる。あたしも何のことなのかさっぱり分からず、呆然としていた。
「これはもらいものよ! そんな曰くのあるお金で買ったものじゃ……」
「隊長! 問題の品がありました!」
室内を勝手に物色していた隊員の一人が声を上げた。その人が指差していたのは、机の上に置かれた彫刻作品、『右翼の天使』だ。
「うむ。これで間違いないようだな。売り飛ばされる前に回収できてよかった」
隊員たちが『右翼の天使』を丁寧に梱包し始めた。状況がよく呑み込めなかったけど、この人たちがお気に入りの彫刻をどこかへ持って行こうとしているということだけは理解できて、あたしは慌てる。
「ちょっと! 何してんの!? それ、あたしのだよ!」
「ふん、何を抜かす。盗人猛々しいとはこのことか」
止めようとした私の手を払いのけ、隊員が蔑んだような声を出した。
「さっきから一体何を言ってるの!?」
ナンシーお姉様は不可解な顔をしていた。
「あんたたち、一体何しに来たのよ!? どうしてこの像を持って行くの!?」
「我々の今回の任務は、盗品の回収と、盗人――ナンシー・デュランとレイラ・デュランの逮捕だ。誰かこの二人を縄で縛れ」
隊長の言葉に、あたしの思考が停止した。盗品? 逮捕? 一体何言ってんの、この人たち。
でも、腕を強く掴まれる感触に、あたしは我に返った。麻縄を持った隊員がこっちに近寄ってくる。
「嫌! やめて!」
あたしは絶叫して後ろに飛び退いた。けど、逃げられない。床に押し倒され、息ができなくなる。




