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夜の聖女(2/2)

 黒髪は貴重。黒髪はお守りになる。

 

 この国では、そんな風に考えられていた。由来は、この国を作ったとされる『夜の聖女』が黒い髪をしていたからだ。


 女神の化身とも言われている彼女の物語は、この国の住人なら皆が知っている。それだけじゃなくて、この国では、黒は滅多にない髪色だった。


 そんなこともあって、黒髪の人は夜の聖女の加護を受けた人物だと見なされていた。当然その髪にも、夜の聖女の力が作用している。だから、お守りとして使われているんだ。


 でも、本当に効き目があるのかっていうと……。



****



 その日の夜。私が夕食の片付けをしていると、来客を知らせる呼び鈴の音が鳴った。


「はーい」


 作業する手を一旦止めて、近くに置いてあったタオルを頭に巻いて短い髪を隠し、急いで玄関へと向かう。


「どちら様で……」


 私は応対しようとして、言葉を切った。外に立っていたのが、体の大きな、人相のよくない男性だったからだ。


「デュランさんのお宅かね?」


 男性が尋ねてくる。私は「そうですけど……」と警戒しながら答えた。


「レイラさんはいるかい?」

「レ、レイラさんですか?」


 この人、レイラさんの知り合いだったの!? と私は驚いた。粗野な大男と、生意気で小柄な少女。どんな関係なのかさっぱり分からず、私は困惑する。


「もう! 遅いじゃん!」


 屋敷の中から声がした。やって来たのは当の本人、レイラさんだ。


「あの、レイラさん、この人は……」

「奴隷商だよ」


 私の質問に、レイラさんは何でもないように答える。私は口を開けてしまった。


「ど、奴隷商!? どうしてそんな人とレイラさんが……」


「ばあやに紹介してもらったの。……そんなことより商人さん、どう? この人なんだけど」


 レイラさんは何故か私の方を指差した。『どう?』ってどういうことだろう?


「汚い娘ですなあ」


 奴隷商は私をジロジロと見て、失礼なことを言った。


「それにこの髪。こんなに短いのは、ちょっと価値が下がりますぜ」


 奴隷商は、私が巻いているタオルの下を透視するように目を細めた。私は羞恥で身を固くしたけど、レイラさんはお構いなしに「でも、黒髪だよ」と食い下がる。


「夜の聖女の色! 珍しいでしょう? 欲しがる人、いると思うけど」


「うーん……。でも、もう少し身綺麗な方が、こっちとしても嬉しいんですがね……」


「……ばあや! 水!」


 レイラさんが屋敷の奥に声をかける。すると、水桶を持ったばあやが飛んできた。普段は「あたしゃ腰が痛くてねえ」と言って何にもしてくれないくせに、こんなときだけはやけに素早い動きだ。


 バシャ、と音がする。気が付いたときには、私は頭から水を被ってびしょ濡れになっていた。


 何が起きたのか分からず、私は呆然となる。


「負けましたよ」


 奴隷商も少しやりすぎだと思ったのか、半笑いになっていた。


「ほら、これでどうですか?」


 奴隷商は、下げていたカバンから重そうな袋を出した。ばあやが中身を確認する。レイラさんが「どう?」と尋ねた。


「十分です。これだけあれば、素晴らしいブローチが手に入りますよ」

「わあ! 嬉しい!」


 レイラさんがはしゃぐ。でも、私は混乱したままだった。顔からしずくを垂らしながら、「どういうこと?」と説明を求める。


「だってディアーナ、ブローチ、用意してくれなかったじゃん」


 私の質問に、レイラさんはおもちゃを取り上げられた子どもみたいな顔で返事した。


「あたし、どうしてもブローチが欲しかったのに」


 どうやらレイラさんは、昼間作り直して欲しいと命令してきたドレスのことを言ってるみたいだった。その中に、サファイアのブローチを服につけろという依頼も入っていたのを覚えている。


 でも、私はブローチを用意しなかった。というよりできなかったんだ。今回売った黒髪だけじゃ、お金が足りなかったから。


 もちろん、きちんとそのことはレイラさんに説明した。


 あのときのレイラさんは、「お姉様のサイズ直しは完璧だったのに、あたしのドレスだけ適当に作らないでよ!」とかなりごねてたけど、それでも最終的には、「分かったよ」って言ってたと思ったんだけど……。


「お金がないのなら、作ればいいだけだよね」


 レイラさんは鼻歌を歌いながら、私に笑顔を向けた。


「さよなら、ディアーナ」


 ばあやが私を外に押し出し、玄関の扉をバタンと閉めた。中から、「明日の朝一番で、宝石商を呼んで!」とレイラさんが浮かれた声を出しているのが聞こえる。


「さあ、来るんだ」


 奴隷商が、強い力で私の腕を掴んだ。その拍子に、私の頭からタオルが滑り落ちる。


 もうこの頃になると、私にも何が起こったのか理解できるようになっていた。


 私は妹に売られてしまったんだ。

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