表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/71

出発の日(1/1)

 その日から、ニューゲート城へ向けて出発する準備が慌ただしく始まった。


 といっても、私のしないといけないことは、そんなに多くなかった。私室を綺麗に掃除したくらいだ。


 身の回りの品をまとめようにも、私物なんてほとんどなかったし、ラフィエルさん曰くニューゲート城には何でもあるらしいので、特別に用意するものも思いつかなかった。


 大変だったのはラフィエルさんの方だ。馬車を手配し、医療関係者を何人も呼び寄せ、打ち合わせと言っては、しょっちゅう私に会いに来る。


 でも、全然疲れていないし、むしろ生き生きとして見えるのが不思議だった。この人、多分この状況を楽しんでいるんだろう。


 そんな日々がしばらく続き、ようやく準備が整ったのは、夏の気配がすっかり消え、日中でも気温の低い日が続くようになり始めた頃のことだった。


「じゃあね、ディアーナ」


 出発の日の朝。私が談話室の前を通りかかると、レイラさんが声をかけてきた。室内には、ばあやとナンシー姉様もいる。窓の外からは、使用人が薪割りをしている音が聞こえてきていた。


 ラフィエルさんは色々な気遣いを見せてくれたけど、デュラン家に人を派遣して、私を家事から解放してくれたのもそんな心配りの一つだ。


 今まで私がしていた料理や掃除や洗濯は、今では皆ニューゲート家の使用人がやってくれている。


 それだけじゃなくて、ラフィエルさんはナンシー姉様とレイラさんにたくさんの贈り物もしていた。


 ドレス、装飾品、珍しいお菓子、金貨……。そんなものをずらっと目の前に並べられた二人は、すっかりお祭り気分になっていた。


 私をいじめることも忘れ、毎日のようにどこかの夜会や舞踏会に出かけている。こんな風に家にいるところを見るのは、久しぶりだ。


「でも、あの人も変わってるわね」


 談話室のソファーに腰掛けたナンシー姉様が、太い首を傾げている。


 家具がほとんどなかった談話室は、ラフィエルさんからの贈り物で溢れかえって様変わりしていた。真新しくて値が張る椅子やテーブルが置かれ、壁には絵画まで飾ってある。


 でも、床板や壁は相変わらずオンボロのままだから、何だかチグハグな印象を受けた。


「あんたみたいなブス、どこが気に入ったのかしら? 黒髪ってこと以外は、何の価値もないのに。それを連れて帰って愛人にするなんて……」


 ナンシー姉様たちは完全に私とラフィエルさんの仲を誤解していた。今回の引っ越しも、私がラフィエルさんに見初められたからだと思ってる。


「きっとすぐに捨てられて帰ってきますよ」


 ばあやが意地悪な声で言った。


「そしたら、あたしが代わりにあの人の恋人になるんだー!」


 浮かれた声を出しているのはレイラさんだ。レイラさんは、テーブルの上に置かれた彫刻を見ていた。


「ねぇ、これ、とっても綺麗! あの人、あたしに気があるから、こんな素敵なものをプレゼントしてきたんだよ!」


 レイラさんがうっとりと眺めている彫刻は、昨日ラフィエルさんが手ずから持ってきた『右翼の天使』という作品だった。


 頭部と左側の翼が欠けている天使の立像で、高さは大ぶりな本くらいありそうだ。珍しい水晶を切り出して作ったらしく、ほんのりとピンク色をしていて、向こう側が透けて見えている。


――『左翼の天使』という、これと対になっている作品もあるんですよ。どちらもニューゲート家の宝なのですが、特別に差し上げます。


 ラフィエルさんはそんなことを言っていた。


 いくらなんでもそんなものをもらうことはできないと私は拒否したけど、ナンシー姉様やレイラさんはすっかりこの美しい作品の虜になってしまい、結局は押しつけられるような形で受け取ることになってしまったんだ。


「お嬢様、そろそろ出発しようと旦那様がおっしゃっています」


 ギヨームさんが迎えに来る。私は彼について談話室を出た。姉様たちは見送る気もないのか、部屋に残ったままだ。


 みすぼらしい門の外には、何台かの大きな馬車が止まっていた。車体には、鳥の羽をかたどった紋章が描かれている。


「母様は?」

「すでにご乗車なさいました。先生方も一緒ですよ」


 ギヨームさんが前から二番目の馬車を手のひらで示す。


「旦那様がお待ちです、さあどうぞ」


 ギヨームさんが一番前に止まっていた馬車のドアを開け、私は中に入る。ギヨームさんは、そのまま後ろにある立ち台に向かっていった。


「いよいよ出発ですね、女神」


 クッションを膝に置き、座席にもたれかかっていたラフィエルさんが楽しそうに言った。


「素敵な日々の始まりです」


 馬車がゆっくりと動き出す。


 十年間住んだ家を離れ、変人貴公子の住むお城で暮らすことになった私は、期待と不安を感じながら、馬車から伝わってくる振動に身を任せていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 使用人を派遣し(あまりに紳士過ぎてそいつらにそんな丁寧にやらんでも、と思った)、姉妹が喜ぶあらゆる贈り物を渡す(あれ? そんなにあれこれあげたの? と疑う)。 ――『左翼の天使』とい…
[良い点] (;´Д`)…… そう来ましたか…… なんかもう 読みながらニヤニヤが止まりません! やってくれましたねラフィエルさん! いやもう こうゆうなんか、なんかその 泥臭い人間描写大好物…
2022/01/11 14:18 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ