妄想癖、二人(1/1)
「やっぱり君は現実にいたんですね」
闇の中で、僕は女神と会話していた。
「いつでもどこでも会えるなんて、夢みたいです」
「夢じゃないわ」
女神が僕の頭を撫でてくれる。
昨日、髪が短くなって出現した女神は、今日は背が伸びていた。年齢も十歳くらいは上がっている。
「ずっと一緒よ。私、とっても嬉しいわ」
「はい、僕も嬉しいですよ」
嬉しい。本当に、本当に……。
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「……嫌です」
私の上に乗っているラフィエルさんが、駄々をこねるような声を出した。
私を押し倒したまま眠ってしまったラフィエルさんは、夕方頃になってようやく目を覚ました。
ラフィエルさんを引き剥がそうとして何度も失敗していた私は、やっと起きてくれたことに胸をなで下ろし、彼に「そろそろ帰りたいんだけど」と告げたんだ。
いくら優秀な医師がついているとは言っても、母様をいつまでも放っておくのは気がかりだったもの。
でも、ラフィエルさんはその発言を聞くなり、ますます私を強い力で抱きしめて、離そうとしなくなってしまった。
「どうして帰るなんて言うんですか。僕とずっと一緒にいてくれると言っていたでしょう」
「またそんなことを……」
私の首筋に顔を埋めて動かなくなってしまったラフィエルさんに、困った目を向ける。
ラフィエルさんの寝言が聞こえてきたから、彼が夢の中で女神と何を話していたのか、私にも何となく分かった。
多分だけど、ラフィエルさんの頭の中の女神は、かなり彼に都合のいい存在なんだろう。ラフィエルさんの言って欲しいことしか言わないし、ラフィエルさんが振る舞って欲しいような行動ばかりする。
ラフィエルさんの妄想が作り出した存在だから、って言ってしまえばそれまでだけど、周囲に理解者も愛情を与えてくれる人もいなかった幼少期を考えれば、そんな『女神』を生み出してしまってもおかしくはないのかもしれなかった。
「ラフィエルさんが何と言おうと、私はデュラン家に帰らないといけないの。母様がいるんだから」
でも、私はラフィエルさんに都合の良い女神じゃなくて、生きた人間だ。この人を悲しませるのは心苦しいけど、私にだってやることがある。どうやったらそこのところを彼に分かってもらえるのかしら?
「ねえ、ラフィエルさん。何度も言うけど、私は女神でも夜の聖女でもないの。四六時中ラフィエルさんとはいられないわ。……また今度会いましょう? だから、今日のところは家に帰して」
「……本当にまた会ってくれるんですか」
「本当よ。絶対に会うわ」
説得しようと必死な声を出していると、ラフィエルさんが顔を上げて私の方を見た。疑わしそうな目だ。
「……分かりました」
それでも、最後にはラフィエルさんは首を縦に振ってくれた。出会った頃と比べれば、随分と聞き分けがよくなっている。
「本当に会うわよ?」
でも、私は念には念を入れておくことにした。
「私ね……少し、ラフィエルさんに同情しちゃってるから」
正直なラフィエルさんを見習って、私も思っていることを話すことにする。
「放っておけないんだもの。私の存在が少しでもラフィエルさんの助けになるなら、手を貸すわ」
「……女神」
ラフィエルさんが起き上がり、両手をシーツにつけた状態で、上から私を見つめる。何だか含みのある表情だ。変な体勢で見下ろされていることもあって、私は少し体を硬くした。
「女神は僕のことを妄想癖があると思っているようですし、事実そうですが、それは君も似たようなものなのかもしれませんね」
「え……」
思ってもみなかった言葉に、私は目を見開いた。何故か、胸の内にざわめきを覚えてしまう。
「さあ、帰る支度をしましょう。僕が送ります」
ラフィエルさんはベッドから起きると、軽く伸びをした。シーツがゆっくりと元の形に戻っていく感覚を覚えながら、私は硬直したまま動けなかった。
私が妄想を抱えている? それって、一体どういうことなんだろう。