変人貴公子の心の支え(4/4)
「君がモデル?」
私の一言に、ラフィエルさんは口をポカンと開けた。
「どういうことでしょう」
「ずっと前……まだ母様が父様と結婚したばかりの頃のことよ」
私は当時を思い出しながら、ラフィエルさんに説明した。
「私が家の近くを散歩していたらね、道ばたに一人の男の人が倒れていたの。急病みたいだったわ。だから私、家の人に連絡して、助けを呼んだの。その後で、病気が治ったその人から言われたの。私に何かお礼をしたいって」
確かそのときの私は七、八歳くらいだったかしら。
「でも私、別に何にもいらなかったから、そう言ったの。けれどその人は、それじゃあ自分の気がすまないって、一冊の本を作ったわ。それが『女神が降り立った夜』よ。あの人は、駆け出しの童話作家だったの。だから私をモデルにした女の子を主人公にして、本を書いてくれたのよ」
その本はデュラン家にも届けられた。あのときの胸の高鳴りは忘れない。だって、神話に出てくるあの有名な夜の聖女が、私そっくりに描かれていたんだから。こんな素敵なことって他にはないと思えた。
「童話作家さんはその本を書店で並べてくれるように、あちこちに掛け合ったらしいわ。……後はどうなったのか、言わなくても分かるわよね?」
売り出された本はベストセラーになった。絵本、『女神が降り立った夜』は全国の子どもたちの読み物となり、その内の一冊が、ラフィエルさんの手元にもやって来たんだ。
「そうだったんですか……」
ラフィエルさんは、本の表紙の夜の聖女と私を交互に見つめている。描かれた少女は、幼い頃の私そっくりの――というよりも、私そのものの顔をしていた。成長した今の私の容姿にも、きっと当時の面影は色濃く残っていたんだろう。
だから、ラフィエルさんは私と会うなり、私のことを夜の聖女だと認識したんだ。
たとえ姿が変わっていても、それが自分の女神だとはっきりと分かるくらい、彼の頭の中には夜の聖女が色鮮やかな存在として住み着いていたに違いない。
「まさか、この夜の聖女にモデルがいたなんて……」
ラフィエルさんの目が潤んでいる。泣き出してしまいそうだ、と思ったときには、私はラフィエルさんに抱きしめられていた。
「やっぱり君は女神だったんですね」
驚きで声も出ない私は、されるがままになっているしかなかった。
「僕の女神……実在する夜の聖女……」
ラフィエルさんの体が傾く。どうすることもできないで、私はラフィエルさんと一緒に後ろにあったベッドに倒れ込んだ。
「もう離しません。ずっと傍にいてもらいます。これからも、ずっと……」
狂信的に呟いた後、ラフィエルさんは微かな寝息を立てて、夢の世界へ旅立っていった。