変人貴公子の心の支え(2/4)
「ですが、悲劇の度合いでは、女神の方が強いのでは?」
飲み物が入ったグラスを傾けながら、ラフィエルさんが私の方に話を振ってくる。
「僕は生活の保障はされていましたけど、君はひどい扱いを受けていたんでしょう?」
「ずっとってわけじゃないけどね」
話を聞いている内に、もしかしたら私はラフィエルさんよりも恵まれた環境で育っていたんじゃないかという気になっていた。
私には母様っていう味方もいたし、何より、父様が生きていた頃は幸せだったんだから。
「前妻が亡くなって父様が母様と再婚したのは、今から十年くらい前のことよ。私は母様と一緒に、初めてデュラン家へ行ったわ。……まだ豊かだった頃のデュラン家へ」
「豊か?」
ラフィエルさんが私の発言を聞きとがめる。
「あの納屋みたいな家に豊かだった頃があったとは、驚きです」
「そうね、信じられないでしょうね。って言っても、ラフィエルさんから見たら、ささやかな富、って感じなんだろうけど」
私はナプキンで口元を拭った。
「うちは小貴族だったけど、昔はまあまあの暮らしぶりだったのよ。でもね、父様が事故に遭って亡くなってしまってから、どんどん貧乏になっていって……」
原因は、遊び好きなナンシー姉様とレイラさんにある。
「あの姉妹、散財しちゃうタチなのよ。それをある程度のところで止めていたのが父様だったの。だから父様がいなくなった途端に、二人は湯水のようにお金を使い出して……」
当然、デュラン家の財産は目減りしていった。それでも二人の浪費癖は止まらず、領地を手放し、家財道具を売り払い、使用人に何人も暇を出して……結果的に、今みたいな貧乏暮らしをすることになってしまったんだ。
「今あの家に残ってる家族以外の人は、ばあやだけよ。でも、ばあやは『年のせいで体が思うように動かない』って言って、姉様たちのちょっとしたお世話以外のことは何にもしないの」
「だから君が使用人の真似事をしているんですか」
ラフィエルさんは、納得したような表情になった。
「それで君を顎で使っている間に、あの七面鳥と小ヒバリは遊びほうけている、と」
「二人とも、私と母様がデュラン家へ来たときから、ずっと私たちのことをからかっていたの。父様がいなくなってからは、それがエスカレートしたわ。そのせいで母様は病気になるし……」
「でも、女神はお母様を恨んでいないのですね。自分の足かせになっていると感じたことはないのですか」
「ないわ。母様は私の心の支えだもの」
私はゆっくりとかぶりを振った。
「母様がいたから頑張れたの。今までやって来られたのは、母様のおかげよ」
私は本心からそう思っていた。けれど、表情のない顔でそれを聞いているラフィエルさんを見て、思わず体をモゾモゾさせてしまう。
「でも、ラフィエルさんにはそういう人がいなかったのよね……」
少し無神経な発言をしてしまったかもしれないと私は反省した。
孤独な環境で育った人に自分の幸運を語って聞かせるなんて、非情な仕打ちだ。ラフィエルさん、嫌な思いとかしてないかしら?
「いましたよ」
でも、ラフィエルさんは意外なことを言い出した。
「僕にもいました、そういう人が。もちろん君ですよ、女神」
「私? 昨日会ったばかりじゃない」
「いいえ。僕は幼少期から、君を心の支えにして生きてきました」
「……またそんなこと言って。妄想でしょう、それ?」
私は呆れたけど、ラフィエルさんは真顔だ。
「お見せしましょうか」
ラフィエルさんが立ち上がる。もう食事は終わっていた。
「見せるって何を?」
「証拠です」
証拠? ラフィエルさんの妄想にそんなものがあるの?
ちょっとした好奇心を覚えた私は、食堂を出て行くラフィエルさんについていくことにした。