変人貴公子の心の支え(1/4)
「女神、そろそろ食事にしましょう。お腹が空きました」
着替えがすむと、今度は食堂に連れて行かれる。確かに私も空腹だった。
「わあ、すごい……」
長いテーブルにラフィエルさんと向かい合って座っていると、使用人たちがワゴンと共に登場した。料理が乗った皿の数々が、あっという間に大きなテーブルの上を埋め尽くす。
「……美味しい!」
こってりと煮込まれたカボチャのポタージュを一口含んだ私は、思わず微笑んだ。
家族の料理を用意するのはいつも私だったし、ポタージュだって何度も作ったことはあったけど、私じゃ絶対にこんなに美味しく調理できないだろう。
ニューゲート家のコックはかなりの腕前みたいだ。それに、使われている食材も高級に違いなかった。
「こんな上品な味のお料理、初めてかも。母様にも食べさせてあげたいわ」
「女神は本当にお母様のことがお好きですね」
パンにバターを塗っていたラフィエルさんが、私の漏らした独り言に相づちを打った。
「血が繋がっているというだけでそんな風になれるものですか。不思議です」
「別に肉親だからっていうだけじゃないと思うけど……。ラフィエルさんは自分の母様のこと、嫌いなの?」
「まあ、あまり好きではありませんでしたね」
そう言えば、お風呂の世話をしてくれた使用人が、前の当主の妻――多分ラフィエルさんの母様のことで、何か言いかけてたっけ。
「父は女性関係に何かと問題があった、というお話はしましたね。それだけではなく、彼は家に愛人やその女性に生ませた子どもを何人も住まわせていたんです」
「そんなの、よく奥様が許したわね」
私は目を丸くしたけど、ラフィエルさんは、「許すわけないでしょう」と言いながら平静な手つきで肉を切り分けていた。
「母は憎しみのあまり、その人たちのこと虐待していました。最終的には皆それに耐えかねて出ていくんですけど、また父が新しい人員を補充するので、家はいつでも大所帯でしたね」
「そんな……! なくなったら新しいのを用意すればいいなんて、まるで物みたいな扱いじゃない!」
私は憤慨する。ラフィエルさんは、「そうですね」と頷いた。
「挙げ句、父は使用人たちにまで手を出していました。それが発覚したときの母の怒りようといったらなかったですよ。そのときから、母は家にいる全ての使用人を、疑いの目で見るようになりました。女性だけではなく男性相手でさえ、些細なきっかけを見つけては、彼らが夫と浮気していると勘ぐって、ひどい目に遭わせていたんです」
あの使用人の言いたかったことが、今になってようやく理解できた。ラフィエルさんの母様は、かなり過激な人だったみたいだ。
「いくらなんでも、それはやりすぎですよね。だからきっと、母の最期もろくなものじゃなかったんでしょう。父の愛人を階段から突き落とそうとして、逆に自分が転落死してしまったんです」
「ラフィエルさん、大変な母様を持っちゃったのね」
私はラフィエルさんに同情せずにはいられない。確かにそんな家族なら、愛情が持てなくても仕方なさそうだ。
「父も、その一年後に亡くなりました。母と同じ死因です。酔って階段から落下したんですよ。何か因縁のようなものを感じざるを得ませんね。あの世にいた母が、父を迎えに来たのかもしれません。その後は僕が家を継いで、父が残した愛人やその子どもを皆追い出しました。残しておいても仕方がないので」
淡々と、ラフィエルさんは話を締めくくった。
話を聞きながら、私はラフィエルさんが変な人になってしまったのは、家庭環境に問題があったからに違いないと確信する。
ラフィエルさんが直接何かをされていたわけじゃなさそうだけど、周りの不穏な雰囲気が、彼の考え方やものの見方に影響を与えたんだろう。