それでも君は美しい(1/1)
そんな話をしている内に、馬車はニューゲート家の別邸に辿り着く。
鳥の羽があしらわれた正門を潜り、広い前庭を抜けて、馬車が正面玄関の前につけられた。ラフィエルさんの手を借りて、私は外に出る。
「お帰りなさいませ、旦那様、お嬢様」
玄関前で待機していた、百人以上はいそうな使用人が一斉に頭を下げる。ラフィエルさんは何食わぬ顔で玄関ホールに続く階段を上っているけど、慣れないことに私はどぎまぎしてしまった。
「旦那様、お嬢様のお召し物のご用意が整っております」
館の中に入るなり、一人の使用人が恭しく頭を下げて話しかけてくる。ラフィエルさんは、その人に向けて軽く手を振った。
「別にいいです。女神は、こういうみすぼらしい姿の方がお好きらしいので」
「いや、別に好きでこんな格好をしてるんじゃ……」
私が訂正を入れると、ラフィエルさんが目を見開く。
「そうだったんですか。では、まず服を変えましょう」
ラフィエルさんは、私を館の奥へと引っ張っていった。連れ込まれたのは、巨大な衣裳部屋だ。
「一晩かかって用意させました」
ずらりと並ぶ色とりどりのドレスを見ながら、ラフィエルさんが言う。
「装飾品もあります。お好きなものをどうぞ」
そんな風に言われても、立ち尽くしてしまうしかない。こんなたくさんの豪華な衣裳に囲まれたのは、初めてだ。
「……お気に召すものがありませんか?」
私が動けないでいると、ラフィエルさんが困ったように尋ねてきた。
「すみません、こんな数しか揃えられなくて。一夜では、これが限界でした」
「そ、そうじゃなくて……」
ただ圧倒されていただけだ。気を取り直して、まずは近くのドレスを手に取ってみた。
滑らかな触り心地と、細かいレース編み。袖を飾るのは、珍しい宝石だ。
他のものも、全部手の込んだ造りだった。本当にこれを一晩で用意したの? やっぱりラフィエルさんは、魔法使いみたいな人だ。
「うーん……このレモンイエローのにしようかしら。でも、こっちのターコイズカラーも中々……」
初めは気後れしていた私だけど、服を見て回っている内に楽しくなってきてしまった。衣裳選びが、こんなに面白いことだなんて!
そんな私を、ラフィエルさんは何も言わずに眺めて……というより、観察している。その見守るような視線に気が付いて、私は少し気恥ずかしさを覚えた。
「ごめんなさい。退屈よね、こういうの。すぐに終わらせるから……」
「いいえ。お好きなだけ時間をかけてください」
ラフィエルさんは別に気にしていないみたいだった。
「君が手に取ったものを記憶しておきます。今度は、ワードローブを君好みの衣裳で統一できるように」
「……今度?」
「はい。僕は何度でも女神に会いたいので」
やっぱりラフィエルさんは自分の気持ちに素直だ。あまりに正直すぎて、私は照れる気持ちにすらならない。
「じゃあ、これにしようかしら」
私は、手近にあった水色のドレスに手を伸ばす。
「ラフィエルさんの上着と似た色よ。……あっ、でも私、薄い色はあんまり似合わないかも……」
私はうーんと首をひねりながら、姿見の前でドレスを合わせてみる。……やっぱりちょっと変だわ。ラフィエルさんの服と同じような色合いのドレスが着られたら、楽しいと思ったんだけど……。
いいえ、それ以前にこんな丸刈り頭じゃ、何を着たって同じかしら?
「では、これはどうですか」
不意にラフィエルさんの体が背中に当たる感触がした。耳元で少し高めの声がする。こ、これ、後ろから抱きしめられてる!?
「濃い青のドレスです。お揃いがいいとのことなので、僕の目の色に合わせてみました」
……あっ、違った。背後に回ったラフィエルさんが、後ろから前に手を回して私の体にドレスを合わせてるだけだ。勘違いして恥ずかしい……。
「うん、これにする」
ラフィエルさんが出してきた濃い青のドレスは、確かに彼の目と同じ色合いだった。
ちょっとドキドキしながら、私は頷く。
「……変じゃない?」
「似合いますよ」
ラフィエルさんは即答する。でも、鏡の中を見た私は、自信が持てなくなった。
「髪、もう少し長かったらよかったのにね」
どんなドレスも台無しにしてしまう、丸刈りの無残な頭。身分にかかわらず男女ともに髪を伸ばし気味にするのが普通のこの国では、こんな髪型をしている私は否応なしに目立ってしまう。
「……それに、髪だけじゃなくて、他も散々よね」
鏡を見ている内に、他の欠点にも気が付いてしまった。肌も爪も唇も荒れ放題。こんなひどい見てくれなのに、綺麗なドレスなんか着てどうしようって言うんだろう。
ずしりと心が重くなって、私はいつの間にか鏡から目をそらしていた。するとラフィエルさんが、「なるほど」と言いながら、私の頭を触ってくる。
「やはり夜の聖女と言えば、どこまでも伸びる長い黒髪をしている印象です。それに肌は、その黒い髪に映えるような白だったとか。それだけではなく、どこもかしこも光り輝くように麗しい外見だったそうです」
日焼けの目立つ私の荒れた肌を、ラフィエルさんが滑らかな指先で突いた。
「それなのに君は、あんな家族のために髪を惜しげもなく提供してしまって、屋外での労働も文句一つ言わずにこなしていたなんて」
ラフィエルさんは憤っているようだ。腹立たしげに付け足す。
「唯一の救いは、どんな容姿になってしまっても、君の魅力を損なうことはできないということです。確かに悲惨な姿ですが、それでも君は美しい」
ストレートな褒め言葉に、私は目を見張る。思わず自分の服の裾をきゅっと掴んだ。
やっぱり変人だ、この人。こんな私を『美しい』と表現するなんて、ラフィエルさんの美的感覚は狂っている。
でも、それが何となく嬉しかった。
だって私の姿――特にこの髪を見ると、母様でさえ悲しそうな顔ばかりするんだもの。なのにラフィエルさんは、『どんな容姿になってしまっても、君の魅力を損なうことはできない』って言うなんて……。
同情とも違う温かな感情を向けられて、私の胸の鼓動が早くなる。何だか、心も軽くなったような気分だ。
「次は、靴を選ばないとね」
心が弾むままに、他の衣裳選びに取りかかる。自分でも声が明るくなったのが分かった。
「やっぱりこれも、青系統がいいかしら。できるだけドレスと近い色合いのものを……」
靴を漁る私を見ながら、さっきの濃い青のドレスを脇に抱えたラフィエルさんが小首を傾げる。
「そういえば、どうして君は僕を連想させる色のものを選びたがるのですか。後学のために教えてください」
「どうして、って言われても……」
変な質問をされ、困ってしまう。そうしたいからしたんだ、としか言いようがない。
それでも私は、さんざん悩んだ挙げ句、答えを出した。
「……ご想像にお任せするわ」
「では、好きに解釈させていただきます。女神は僕を大切に思っている、ということですね」
やっぱりと言うべきか、ラフィエルさんは自分に都合のいい受け取り方をした。
でも……案外間違ってないかもしれない、と思ったのは、私の気のせいだったのかしら。