僕の名誉に関わることなので(1/1)
「ラフィエルさん、どこへ向かってるの?」
馬車に揺られながら、私は質問する。
ニューゲート家の馬車は、かなり乗り心地がいい。そこまで振動しないし、たとえ揺れてもシートがふかふかだから、全然気にならなかった。広さも、私が足をいっぱいに伸ばしてもまだ余裕があるくらいだ。
「ニューゲート家?」
「行きたいところがあるなら、お連れしますが」
行き先を尋ねる私の向かいには、指を膝の上で組みながらゆったりと座るラフィエルさんがいる。
「ですがニューゲート家までは、ここから馬車で何日もかかります。長旅になりますよ」
「……そんなわけないでしょう。昨日は、一時間半くらいでついたわよ」
「何を言っているんですか。女神は昨日、ニューゲート家へは行かなかったでしょう」
ラフィエルさんは不可解な表情になった後、「ああ、なるほど」とポンと手を打った。
「女神が『ニューゲート家』と言っているのは、僕が普段起居しているニューゲート城ではなくて、昨日舞踏会が行われた館のことですか」
「えっ、あそこがニューゲート城じゃ……?」
「違いますよ。あんな狭いところに住んでいるわけないでしょう。たまにならいいですけどね。あそこは別邸みたいなものです」
せ、狭い……!? あの館が!? 私の家の百倍くらい敷地がありそうなのに……。
「ついこの間、大広間の修繕工事が終わったので、その記念に舞踏会を開いたんです。どんなお客さんを招くか考えるのが面倒だったので、辺りに住む貴族を中心に手当たり次第、招待状を送りました」
ああ、そうだったんだ。母様は、『どうしてうちみたいな小貴族が誘われたのかしら?』って疑問に思ってたけど、大して深い理由はなかったみたい。
「それにしても女神は、そういう汚い格好がお好きなのですか」
私の服装をラフィエルさんは興味深そうに見ている。
「僕が昨日渡した服は、別の人が着ていましたね。誰です、あの太った七面鳥みたいな人は。使用人ではなさそうですが」
「ナンシー姉様。私の姉」
「おや、三人姉妹でしたか」
ラフィエルさんは納得したような顔になる。
「ですが、女神が一番美しいですね。まあ、残りが七面鳥と小ヒバリですから、初めから勝負にすらなっていませんが。それに、全然女神には似ていませんし」
「私は母親似らしいから」
ラフィエルさんは思ったことを正直に言い過ぎだ。本人たちは目の前にいないけど、冷や汗が出る。
「美人ですか、お母様」
「うん、とっても綺麗」
私ははにかんだけど、すぐに暗い顔になった。
「……昔は、ね」
私は小さく首を振った。
「母様は後妻なの。姉様や妹とは血が繋がっていないのよ」
だからきっと、二人とも母様をいじめたり悪く言ったりしても心が痛まないんだ。
「母様はね、昔、高級娼館の裏方で働いてたの。それである日、受付係が急病になっちゃって、その代わりをすることになったらしいわ。そのとき、お客さんとして父様が来て……」
「君のお母様をお買い上げしていった、と」
「違うわ」
絶対に言うと思った、と私は苦笑いする。
「そのときの父様はもう結婚してたんだけど、それでも母様を一目で好きになったんだって。だけど、無理強いはしなかったそうよ。それでも母様に会いたくて何度も娼館に来て、その熱意に母様、負けちゃったらしいわ」
「浮気者ですね、既婚者なのによそに愛人を作るなんて」
私の話を聞いたラフィエルさんは、意外にも冷たい声を出す。表情にも嫌悪が混じっていた。私は目を瞬かせる。
「こういうお話、嫌い? ニューゲート家の当主は、すごい女癖が悪いって聞いたけど」
「僕が? それは心外です。火遊びをしたことなんて、一度もありませんよ」
えっ、そうなの? まあ、ラフィエルさんって、確かにそういうタイプには見えないけど……。
「でも母様は、ニューゲート家の当主は高級娼館の常連だったって言ってたわ」
「……女神、あなたのお母様が娼館で働いていたのは、一体いつ頃のことなのですか」
ラフィエルさんが何かに気付いたような顔になった。
「きっと、十年以上前でしょう。僕はそんなに老けて見えますか?」
「あっ……」
確かに年齢から考えてみれば、少しおかしい。母様が娼館にいた頃、ラフィエルさんは下手したらまだ十歳にもなっていないはずだ。じゃあ、母様が言っていたのは……。
「僕の父でしょう、間違いなく。ニューゲート家の『前当主』です」
ラフィエルさんはしかめ面になる。
「父は女癖が悪かったんです。まず間違いありません」
「ラフィエルさんの、父様……」
なるほど、そういうことか。
母様、きっとニューゲート家の当主が代替わりしたって知らなかったんだ。
「ごめんなさい、ラフィエルさん。私、そこまで考えが回らなくて……」
「……帰ったら、お母様にも教えてあげてください。僕の名誉に関わることなので」
ラフィエルさん、よっぽど女癖が悪いって言われたのが嫌だったんだろう。拗ねた子どもみたいな顔になってしまった。
もしかしてラフィエルさんが「血の繋がりなんてどうでもいい」って言っていたのは、彼の父様が原因だったのかしら。女遊びばかりする父に、ラフィエルさんはうんざりしていたのかもしれない。