終わり
「やっぱりそう来ると思っていたわ。この状況ではそれが限界だものね。ああ、いいのよ。あなたはよくやった方、たかたがゲノムクラスファーストがよく五分ももったものだもの」
明美は剣を盾にして全弾防いでいた。
水斗が一か八かでコンクリ柱から飛び出す事を読んでいた口ぶり。呆然とその場で立ち尽くす水斗に明美は最後の言葉をかける。
「バイバイ、ゲノムクラスファースト君。結局弱者は弱者のままだったわね」
空中に停止した剣。明美は指をパチンと鳴らした。
水斗は背を向け逃げる。しかし剣は人間の足の速さよりも十分速い。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
まるで木から落ちて全身を強打したような強烈な痛みが水斗を襲う。意識を手放しそうになるのを歯を食いしばって耐える。
全てはライアの為、そう思えば少しは痛みは消える。
ふらふらしてその場に倒れそうになるが、震える筋肉に鞭を打ち五階の階段を登る。
「なんだぁ、案外しぶといじゃない。と言っても、もう瀕死状態のようだけど」
明美はふんふーんと上機嫌に鼻歌を歌いながら一歩ずつゆっくり階段を登る。
あまりにも不利な状況。中継で二人の対戦を観戦していたライアは不安な気持ちでいっぱいになりそうになる。
(駄目よわたし。なに弱気になってるの!?水斗さんは絶対に勝つ、その筈………)
沈みかけていた顔を上げて中継の画面を見る。そこには、今にも倒れそうな水斗がコンクリ柱にもたれかかっていた。
脳内にちらつく最悪の光景。水斗が負け、明美に奴隷のようにこき使われる毎日。
一瞬でも想像してしまうと数秒おきにフラッシュバックしてしまう。
胸に握りしめた拳にどんどん力が入る。
「おっ、あんたがライア・フォルスさんかい?」
「え?」
突如後ろから声をかけられビクッと反応してしまう。
ノリの良さそうな顔、見た目は陽キャっぽいのだが、手にしたバッグにはこれでもかとアニメのキーホルダーが付いている。どれも美少女モノだ。
ひとまず害はなさそう。ライアは頷いた。
「合ってて良かった。これが他人の空似だったら気まずいし」
「あのー、あなたは?」
「俺は氷川麗ひかわれい、って言っても分からないよな。あんたにも分かるように言うとみずたんの親友だ」
みずたん、一体誰の事か分からなかったが、水斗の事だと理解した。
麗はライアの端末で中継で映し出される様子を横目で見てニヤニヤする。
「うおー、さすがみずたん。上手いこと相手をはめてるねぇ。まっ、初見だとこうなるのは当たり前か」
明美に同情の視線を向ける麗。ライアは何を言っているか分からなかった。
ここまで押されているのにあっけらかんとした様子。この人は自分の知らない水斗を知っている。そう気付いたらもう口が動いていた。
「氷川さん!水斗さんはっ、………水斗さんは勝てるでしょうか!?」
懇願するように吐き出された言葉に麗は「あっはっは!」と心の底から笑った。
「ふぅ、いやぁごめんごめん。ちょっとびっくりしちゃってさ。みずたんが勝てるか勝てないかだって?そんなものこの中継を見なくたって分かる―――」
麗は一呼吸おいてから口角を上げて言った。
「勝つ、あのゼ・ロ・は必ず勝つ」
時は夕刻、二人の影が床に映る。
対面しあう両者。
「あら、もう鬼ごっこはおしまい?残念ね、もうしばらく遊びたかったのだけど」
「…………」
分かりやすく煽る明美に目もくれず水斗は拳銃のシリンダーに弾丸を詰める。
そして最後の一発。それは赤黒く、禍々しい。明らかに普通の弾丸とは違う物だった。
シリンダーをフレームに戻し水斗は明美に銃口を向ける。
「はぁ。まったく、あなたの弾丸は通らないの。奇跡でも起こらない限り無理よ」
「なら今からその奇跡を見せてやるよ」
水斗はトリガーを連続で引きゴム弾を発射する。
無論、明美は透明な盾を『遺能』で作り出しゴム弾の運動エネルギーをゼロに返す。床に落ちる五発のゴム弾。
結果は変わらないのに何をしているのか?
麗以外の観戦者と明美は思った。とうとう気が狂ったのかとクスクスと観戦者は笑う。
「これでお分かりかしら?あなたの攻撃は通りはしない、だから降参する―――」
明美の言葉が言い切る前に水斗は最後の弾丸を発射した。
赤黒い弾丸は一直線に明美の壁にぶつかり―――
「きゃぁ!!」
パリンッと音を立て貫通してそのまま額に直撃した。
脳自体が揺らされる不快な感覚。自分に何が起きたのか理解出来ない。あるのは痛みと吐き気。
「一体、何をしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
閉じた瞳を開き出現させた剣を目の前に向かって放った。だがそこに水斗はいなかった。
「!?――」
「遅いっ!」
声のする方向、後ろを振り返る明美。最後にその瞳に映ったのは銃を逆さまに持ち、その柄を自分の頭に振り下ろす水斗だった。
勝者、西城水斗。
第三幕 種明かし
あかいし荘の一室。そこから「う~ん、うう~ん、う~ん……」と唸る声が聞こえてくる。
それは嫉妬に焦がれる乙女のように永遠と。
この荘は今では珍しい木造建築で、別の部屋でも唸る声が響く。とは言えここの住居者はみな一つの部屋にいるので問題はない。
「う~ん、う~~~~~ん…………」
「水斗さま、いくら唸ったところで痛みは引きませんよ?」
敷き布団の上で唸る水斗は体中に湿布を貼り付けちょっとしたミイラ状態となっている。
二日前の勝利。その代償は大きかった。全身に受けた剣によるダメージ、それがじわじわと水斗を襲っていた。
しかしその代償の代わりに手に入れたものもある。
なんとライアが水斗の事を「さん」付けでなく「さま」付けになったのだ。別に水斗自身がそうしてくれと頼んだ訳でもない。だがあの一戦の後、なぜか「おめでとうございます、水斗さま」と言われた。
水斗とて、なんだか自分が痛い人になった気分になりせめて呼び捨てにしてくれと言ったのだが
「いえ、ここまで助けてもらった恩人を呼び捨てなんて出来ません!むしろ、さま付けでは足りないくらいです!」
と返されしぶしぶ受け入れたのであった。
その後も献身的過ぎる奉仕をしてきた。全身の痛みが引かず、風呂にも入れないと知れば、自分が一緒に入ると言い張り、痛みで眠れないと知れば自分が抱き枕になると言ってきた。
危うく甘美な誘惑に乗りそうになるが、そこは水斗、グッと理性で抑えた。
「いーーたーーいーー」
足をバタバタと動かし気を紛らす水斗だが、そんなもので紛れるものではない。
そんな時にチラリと横目で見えた光景。
ライアの部屋着、これが痛みを最も和らげる要素だった。
可愛いフリフリの付いたピンクの水玉の部屋着はライアによく似合っていた。少し子供っぽい?それがどうした!むしろぴったりでいいじゃないか!?
これが感想である。
「そうですね………痛みを引かせる方法………あっ、これなら少しは痛みが和らぐかも知れません!」
「んー?ならそれおねが――――いっ!?」
水斗の背中に親指でむにぃと押される感覚がした。そのまま筋肉をほぐすように至る所をむにむに押される。ライアの力は弱く、それが逆に心地よい。
「どうですか?痛くないですか?」
「うん、大丈夫だよ。うひぃ~~きもち~~~」
「良かった。ならちょっと失礼しますね」
ライアは水斗の背中に乗っかる。確かにそうした方がマッサージしやすいと納得出来るが一つ問題点がある。
腰当たりに柔らかなもの(おしり)が当たっている。いや背中に乗っかる以上、当たり前の事だが、水斗も普通の男の子、えっちな内容に興味はある。
だからこそこの状況はまずい。背中から与えられる気持ち良さ、腰からは二つに割れた柔らかいおしり。
「想像するな、完全に無になるんだ。俺は宇宙と同義。そう、虚無なる存在なのだ」
「??―――何か言いました?あっ、まさかわたし重かったですか!?すいません!今降りますので!」
「いや全然重くないから!決してそういう事じゃないから!!」
水斗視点から言うと、降りてもらった方が楽になるのだが、この状況で言える訳がない。
ということで続けられるマッサージ。数分もすれば慣れていき、変な気分になりかける事はなくなった。
と、その瞬間である。
「おーいみずたん、戦勝祝いのお菓子やらなんやら買って来た…………ぞ?」
ビニール袋いっぱいにお菓子とジュースを詰め込んだ麗は目の前の光景に絶句した。
麗からの方向から見ると二人がいやらしい事をしてるようにも見えなくはなかったのだ。親友の大人の階段を登ろうとしている最中に出くわしたと勘違いした麗はすぐさま踵を返す。
「わっ、悪い!!二人がそこまでの仲だったとは思わなかったんだ!!」
「―――え?麗!?違うんだ!これはただのマッサージだから!!帰ってこいれぇぇぇぇぇぇぇぇぇいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
何とか麗の誤解を解いた水斗はマッサージで回復したHPを減らす羽目になった。
「なーんだ、そういう話だったのか。悪いな、変な誤解しちまって」
「ほんとだこの野郎。おかげで体がもっと動きづらくなったわ」
和室の畳に寝そべりながらライアから渡されたお茶をすする。麗と対面する形で座ったライアは「あっ」と麗の事を思い出す。
「お久しぶりです」
「おう、よかったよかった。忘れられてるかと思ったー」
「ん?二人は面識があるのか?」
「ああ、みずたんが決闘してる最中にちょっとな。それにしてもみずたん、今回は派手にやってくれたなこんにゃろう」
麗は水斗の頭をこ突く。
「まっ、そのおかげで裏サイトの方の操作もやりやすかったけどな」
「だろ?俺もいい仕事したと思ってるところだ」
水斗はドヤ顔で親指を立てる。ライアは二人の言っている事が分からず会話に取り残される。
「あれ?みずたん銀髪ちゃんに話してなかったの?」
「うん?ああそういえば話してなかったな。えーと、どこから話したらいいかな?麗、よろしく」
「はぁ!?丸投げすか!?うえー、まぁいいけど………」
丸投げされても麗は嫌な顔をあまりしない。それだけ水斗との信頼関係は厚い。
「えー、銀髪ちゃん。今回の件、根本的に何が問題だったと思う?」
「根本的………わたしでしょうか?」
どんよりムードを出しつつボソッとライアは答える。麗は彼女のネガティブ思考に驚きつつも「ちがう!ちがう!」と大きく手を振る。
「正解は高ゲノムクラス連中の傲慢。低いゲノムクラスのおれ達なんかどうしてもいいよね?と言う集団意識。これだぜ」
ライアもといここにいる三人全員に身に覚えがある。嘲笑され、侮蔑され続けた生活。
いや、それは三人だけではない。弱者はいつだってそうだった。
変えたかった。しかし変えられなかった。どうあがいても、どう策を講じても、勝てなかった。
「この問題が解決されない限り、銀髪ちゃんのいじめは終わらない。だからみずたんはある計画を練った。それが、わざと注目される場を作り、そこで弱者でも強者に勝てる事を証明すると言うシンプルで最も効果的な計画。その為におれは東学園の裏サイトでわざと主犯格Aを焚きつけた」
もちろん主犯格Aと言うのは明美の事だ。
「うちの麗はネット内の情報操作はお手の物だからな。今回もちょちょっとやってもらった」
「それからは銀髪ちゃんも体験した通りに、主犯格Aはみずたんに噛み付き、見事に返り討ちにされたってこと。はいっ、これで満足かいみずたん?」
「おーう、とてもとても分かりやすい解説だったぞー、パチパチ」
喉の乾きが限界を超え、湯吞みに入ったお茶を飲む。熱いお茶が乾いた喉を通る何とも言えない感触をゆっくり味わいながら麗はお茶を飲み干した。
「ぷはー――まっ、全容はこんなもんだけど、何か質問はある?」
「いえ…………それより、水斗さま…………そこまでわたしの為になさってくれたのですか?」
ライアは感情が高まり頬を紅潮させる。胸の動悸は収まる事を知らずにどんどん加速していく。
胸の谷間に握り拳を置き肩で息をするその姿はとても官能的でその…………めちゃめちゃグッときました by水斗
今の話を聞くと水斗はさながらお姫様を助ける王子様のようだ。いや、ライアの中では王子様そのものが映っている。
なにやら二人が怪しげな雰囲気になりつつあるこの気まずい状況、麗は何とか場の空気を変えようとポケットに入っていた物をバンッと畳の上に叩き付けた。
その音で正気に戻った二人。水斗はその物に書いてある文字を読み上げる。
「なにそれ?えだまめ先生のサイン会入場券?」
「凄いお方なのですか?」
水斗とライアは首を傾げる。二人の様子を見て麗は「はぁ~」と大きなため息をつく。
「知らないとは言わせんぞみずたん。これは有名なあの作品、”ドМ魔王とドS勇者”を書き上げた偉大なるお方のサイン会入場券なのだぜ!当然みずたんも行くよな!」
ドМ魔王とドS勇者。今ネット界隈でも有名になっているラノベ作品である。
今度アニメ化するとの事でサイン会をするらしい。そのチケット、二人は「ふぅん」と反応が薄いのだが、物凄く貴重な物なのだ。
最初は普通にネット販売しようとしていたが、あまりにも多すぎて抽選式に移行したのだと。
その抽選でありとあらゆる運が上がると思われる行為を実践した麗がようやく当てた品。
「でもなんで三枚なんだ?」
「ああ、たまたま注文した枚数が三になっちまったんだ。いやはや、俺も堕ちたものだな………チラッ………チラッ……」
麗はライアの方向を見る。どこか物欲しそうに。
(こいつさてはライアにも来て欲しいからわざと三枚にしたな。当然ライアはその作品の事を知らない、だから布教活動して二次元の世界に引き込もうとしてる)
「でしたらわた――」
「いやー麗、その余った一枚は俺がもらっておくわ」
水斗は麗のチケットを二枚奪い取る。麗はきょとんとしていたが、自分の思惑がバレている事を悟った。
「なんか最近ドクターがその作品にハマってるらしくてな。今度行く時に渡しておくわ」
「なにっ!?あのドクターがラノベ作品にハマっているだと!?ワッハッハー!ついに俺の布教活動に根負けしたと言うことか!?そうと聞いたらさっそく布教活動の道具一式を揃えなければ!」
麗は急に立ち上がる。完全にスイッチが入ってしまったようでもう誰にも止められない。
「それじゃあ詳しい日時は後で連絡する。あっ、そのお菓子類は存分に食べてくれ!ついでにドクターがみずたんの事呼んでたぞ?それではさらば!!」
「え!?ちょっと麗!お前今ドクターが呼んでるっつったか!?おい聞け!!」
水斗の制止を無視し麗はあかいし荘を出ていった。
オタクと言うものは一度スイッチが入るとここまで変わるものなのか。
「ったく、適当に噓ぶっこいたのがバレたら怒るだろうなあいつ。しかし………ドクターが呼んでる……か」
苦虫を嚙み潰したような表情で頭に手を当てる水斗。
「そのドクターって言う人が嫌なのですか?」
「嫌って言うかなんというか………ドクター自身はいいんだが、あの部屋がなぁ。でもまぁ、ライアもあの弾丸が気になるでしょ?」
水斗が明美戦の最後で使用した盾を貫いた弾丸。ライアは気になりつつも、聞いては駄目なものかと思いそのままにしていた。
「は、はい。でもっ、水斗さまが隠したいものなら構いません。何か口外出来ない事情がおありなんですよね?」
「うんまぁちょっとね。でもライアなら大丈夫だよ、信頼してるし」
「ッ!?―――」
ライアは頬を赤く染めにへらぁと笑みを浮かべる。水斗にとって残念なのが、うつ伏せなのでその顔が見えない事だ。
「それじゃあ明日にでも行くか。って、ライア?どうかした?」
「いっ、いえ!何でもありません…………ぷしゅー」