決闘
辺りが一斉にざわめく。明美が言ったこの構文は決闘を相手に申し込む際に使われる。
現在明美はゲノムクラスフォース。対して水斗はゲノムクラスファースト。相手にならない、そうこの場にいる生徒は思った。
どうせ結果は見えている。そう言って帰る者
面白そうじゃん。 そう言って見物する者
「俺、西城水斗は由宇崎明美からの決闘を受ける事を宣言する」
水斗は目の前に表示された決闘の肯否の肯をタップする。
一気に周りのギャラリーの熱が上昇した。それは今からボコボコにされる水斗に向けてのものだ。何とも歪んだ趣味を持っている連中だ。
「ねぇ、せっかくの決闘なんだから、何か賭けない?」
ニヤリと悪いことを考えている明美。のそりと近付き水斗にしか聞こえない小声で囁く。
「例えばあなたが勝ったらそこにいるビッチ女が実は噓だって言ってあげる。ま、本当に私に勝てたならね」
絶対に自分が勝つ。そう思って揺るぎない表情。どうぞやれるものならやってみなさい、そんな声が聞こえそうだった。
明美は言い終えるとその場でターンして
「あー、私が勝ったらその場で私専用のパシリになってね。欲しかったんだ、何でも言うことを聞く奴隷」
「あっしにもその奴隷使わせてよー明美」
明美の後ろにいたあっし女は手を挙げ、まるでそれが現実になると言わんばかりだ。
いや、この場で水斗が勝つなど誰も思ってない。
「ああもちろん。もし俺が負けたら奴隷でも何でもしてくれて構わない」
水斗の平然とした言葉に周りが凍り付いた。明美も例外ではない。
ここまで自分の勝利を疑わないのだ。
「ぷっ」誰かが笑いを堪えきれずに吹き出した。それを皮切りに嘲笑の意味のこもった笑いがドカンと吹き荒れた。嫌な空気だ、水斗はそう思った。
これから一生この嫌な空気と付き合っていかなくてはならない。ゲノムクラスが低いから。
「そんなの――――間違ってる」
水斗は背にいるライアに話しかける。
「ライアさん、俺達は確かにゲノムクラスが低い。だがそれは悪なのか?ここまでコケにされなくちゃいけないのか?いつだって弱者の敵は強者だった。弱き者は淘汰され、強き者が残る」
「――コクン」
「でも今日は違う。弱者だって強者に勝てるって見せてあげるよ」
水斗は一歩ずつ踏みしめるように前へ進む。
この中で唯一ライアだけが水斗の勝利を確信した。理由?そんなもの決まってる。
(わたしの王子様がそう言ってるのですもの)
それだけでライアが信用する理由は十分だった。
T
決闘場所は学園の近くの使われていない廃ビル。すぐさま取り壊されて新たなビルが建てられる予定だったが、何かの揉め事が起こり中止されたらしい。
そこで学園は決闘に都合のよい場所として廃ビルを丸々購入したのだと。
「だけどこれ途中で崩れたりしないよな?」
靴底でコツコツと床を叩く。高い音の反響音が聞こえるが、一体それが安全な合図なのか分からない。
とりあえず今は倒壊しない事を願うだけだ。
現在水斗は三階にいる。明美が何処にいるかは分からない。
(さて、決闘に持ち込んだはいいものの、ここで勝たないと水の泡だ。なんとか頑張ってくれよ)
水斗は右手の握ってる一丁の拳銃を優しくなでる。銀と青のフォルム、中央部の薬室が複数ある回転式シリンダータイプ。まるで二次元の世界から飛び出してきたかのよう。
周囲を警戒しながら前進する。その時だった、背後から嫌な気配を感じた。
「みいつけ―――た!」
「くっ、そこか!?」
振り返った時にはすでに遅かった。
青白い不透明な剣が二本、水斗に向かって放たれた。
パァン、パァン―――乾いた音が廃ビルに響く。それは剣に命中し、運動エネルギーを大きく削ぐ。
カランと音を立て床に落ちた剣はその場でどろりと溶ける。
「へぇ、あなたガンナー(銃使い)だったの。《女皇》の影響かしら?」
「そっちは創造系の『遺能』か。見たところ三、いや四本くらいが限界か」
明美はムスッとした。図星の証拠だ。
イラつく気持ちをそのまま『遺能』に使う。一気に四本の剣が明美の周囲に出現する。
『遺能』は本人の気持ちに左右される。純粋な怒りほど相性が良い。
「そうよ。わたしの『遺能』は『武装』、無機質な質量体を生成して自分の思った形を模る。しかも自由自在に操作出来る。どう?戦意喪失してしまったかしら?」
「はっ、自分からぺらぺら喋る奴に誰が戦意喪失するかよ?」
「こいつッ!――まぁいいわ。あなたの『遺能』が何なのか分からないのは不安要素ではあるけど」
明美は四本全て水斗に向かって放つ。
しかし、イラつく気持ちで放った剣は直進方向しか進まない。
「ほいほいっ」
バックステップと体を捻るだけで全てかわせた。
カチャ――――リボルバーの照準を明美の頭部に合わせる。シリンダーに入ってるのはゴム弾、当たっても死にはしない。
水斗はトリガーを引く。黄金色の弾丸が回転しながら明美の頭部を目指す。
相手の攻撃を全てかわし、カウンター。
「わたしには効かないわよ?」
ゴム弾は明美の前に現れた透明な壁によって阻まれた。ポトリと落ちるゴム弾。
明美はニヤリと笑う。全てを理解したかのように。
非殺傷のゴム弾は貫通性が通常の弾丸より圧倒的に低い。
よって明美の『遺能』の壁を突破する手段がない。
「お返しっ!」
水斗の攻撃が届かない事で少しは冷静さを取り戻した明美の剣は弧を描き水斗を襲う。
すぐさま上の階を目指して逃げる水斗。真正面からやりあってもゴム弾が届く確率は限りなくゼロに近い。
「いっ!――」
剣が足首を掠める。一応決闘では全ての攻撃が非殺傷に設定されてるものの、鈍器となった剣はそれはそれで痛い。
何とか歯を食いしばり目の前の階段を駆け上る。
構造的には四階も三階も変わらなく、殺風景が広がっているだけだった。
(どうする?あの壁を通常のゴム弾で突破出来る訳ないし…………意識外からの攻撃、うん、やっぱりこれしかない!)
水斗はコンクリ柱に身を隠し明美が来るのを待つ。
コツコツと足音が聞こえる。
しかしそれは止まった。
「ねぇ!そこにいるんでしょ!?隠れないで出ておいでよ!そうじゃない―――とっ!」
空中を漂っていた剣は縦横無尽に四階全体を駆ける。
水斗がこの階にいるのは絶対。ならばこちらから出向くのではなく、向こうから出てくるしかない状況を作り出す。一番やっかいな手を使ってきた。
当てずっぽうながらも剣はギリギリな所を掠めていく。
このままではジリ貧。水斗は一か八かの賭けに出る。
コンクリ柱から飛び出し照準を合わせ全弾発砲。
ガンマンの早撃ちほどではないが、合計時間二・三秒の早技。
その全て―――― 床に落ちた。