策略
昼休みのチャイムが鳴り、水斗は緩んだ頬を上げながら鞄からお弁当を取り出す。
蓋を開けるとライアの優しさがこれでもかと詰め込まれた具材が顔を出した。まずは箸で唐揚げをつまむ。口に放り込むとジュワッと肉汁が口内に向かって弾ける。
そして肉汁が逃げぬ内に白米をかきこむ。
「――――ごくん。…………あぁ、革命だ。食の革命が今俺の口の中で行われた」
「はぁ?何言ってんだみずたん?」
麗は一人感傷に浸ってる水斗の食べてるお弁当に目を向ける。ここ最近水斗は毎回お弁当を持参している。前までは麗と同じくコンビニパンで済ませていたのに。
「なぁみずたん、そのお弁当どうしたんだぜ?俺の記憶じゃみずたんは”弁当作るなんて時間の無駄だ!”つってコンビニパンを愛用してた筈なんだが………」
その質問を待ってましたと言わんばかりに水斗はドヤ顔を決める。
「ふっふっふ、麗よ、とうとう気付いてしまったようだな。この優しさの詰まったお弁当に」
「気付いたっつうか、これ見よがしに食べてるからなぁ」
「知りたいか、ならば教えよう!これはな――」
水斗はいかにライアが凄いか麗に語りつくした。それはもう、麗が寝そうになるくらい延々と聞かせた。昼休みも終わりに差し掛かった頃、ようやく水斗の熱い語りが終わった。
「――てな訳で、……って、おーい、麗?起きてるか?」
「ん?ああ、起きてるぜ。そのライアって言う子が凄いんだろ?確か銀髪の女の子だっけ?みずたんと一緒に帰ってた。でもあの子――」
「ああ、いじめられてる。それもくだらない理由で」
「ふぅん、そういう事ね。まったく、俺の時もそうだったが相も変わらずだなみずたんは」
麗は水斗がやろうとしてる事に気付き、はるか昔を思い出すように遠くの空を見つめる。
呼び起された記憶のページを一枚ずつめくる。その全てが麗の大切なものであり、今の麗を構成してると言っても過言ではなかった。
「なら俺はお姫様を助け出す王子様を遠くから観察するか」
「王子様って、乙女漫画じゃないんだから」
「でも具体的にはどうするんだ?みずたんがちょっと行動を起こしたとて、あいつらは虫が動いてるとしか思わない。動くなら根底から変えなくちゃ駄目だぜ」
「分かってる。だからこそ麗、お前にも付き合ってもらうぜ」
水斗は麗にある事を提案する。それを聞いた麗は一瞬呆けていたが、すぐに同意した。
「はは、結局はみずたん頼みになるんだな。それこそ王子様らしいぜ」
「あんま茶化さないでくれよ。これでも本当に上手くいくか分からないんだから」
「絶対に上手くいくさ。下準備は全部任せておけ。くっくっく、久しぶりに腕が鳴るぜ!」
麗は全然ない腕の筋肉に力を入れる。
水斗は苦笑交じりに「頼りにしてるぞ」と肩を叩いた。
「一体どうなってんのよ!?」
「まぁまぁ明美、落ち着いて」
「これが落ち着いていられるかっての!?あんたも見なさいよこれ!」
明美は映し出されたホログラムを隣の少女に見せる。
それはとあるサイト。背景が真っ黒に配色され、見るからに怪しい。それもその筈、このサイトは東学園の裏サイトなのだ。日々、ほんとかどうか分からない噂が飛び交い、どの女子が一番可愛いかなど人気投票なども行われている。
「なになに………激カワ女子部門・一年、一位 姫乃萌。ん?別にいつも通りじゃないすか」
「そこじゃないわよ!下よ・し・た!」
女子は目線を下に向ける。そしてハッと息を吞む。
「ようやく気付いたようね。そう!この私を差し置いてライア・ファルスが二位なの!おかげで私は三位止まり!もう、なんでなのよ!?」
「確かにおかしい。あっし達の流した噂とか嫌がらせであいつの人気は下がって、その分明美が二位になる。それがどうして?」
「私の予想はこれよ」
明美はサイト内の書き込みの一部を拡大して見せる。
――――
名無し学園さん
二組のライアちゃん、なんか最近いきいきして可愛くね?廊下ですれ違ったんだが、恋に落ちかけたなう
名無しの学園さん
マ?でもあの子ビッチなんだろ。ぜってぇ騙されてるぞおまえ。そうやっておまえみたいな童貞を狩るのが目的だぞ?
名無しの学園さん
ワイ、ライアちゃんとよく分からぬ男子が一緒に帰ってるの見たなり。思えばその男子と帰ってる所を見始めてからライアちゃんが変わった希ガス
名無しの学園さん
その男子ってだれ?
名無しの学園さん
確か例のゴミ集積所クラスの西城ってやつ。ゲノムクラスファーストらしい。ま、髪の色とかいっしょだったし、多分間違いない
名無しの学園さん
ファースト!?まじかよ!!??今時そんなザコいたのかよ
――――
「西城?そんな奴あっし知らなーい。明美知ってる?」
「いえ、私も知らないわ。でもこの男子のせいでビッチ女が希望を取り戻しつつあるならやる事は一つよ」
明美は三日月のように口を歪めた。あっし女も言わんとしてる事を理解し、同じように口を歪める。
交換留学生として初日から激カワ女子部門・一年 二位に名を残したライア。姫乃萌が一位なのは仕方ない。あれは魅力の塊のような少女だ。明美自身、敵わないと思い知らされた。
しかしライアは違う。絶対自分の方が魅力的だ。そう思った時には既に突っかかっていた。
(ふっ、そうよ。あのビッチ女になんか二位を取らせるものですか。相手はたかがクラスファースト、この私が負ける筈ないわ)
「いつやる?あっしとしては明日がいいんだけど」
「明日?何かあるの?」
「いやここ最近彼氏がうるさくってさぁ、ずっとデートの予定ばっか入れ始めてんのよねー」
「ああ、隣のクラスの。でも大丈夫?あの子ちょっとメンヘラ気質じゃない?いつか監禁とかされないようにね」
あっし女は「ははっ、そんなことないよ」と笑いながらその場を去る。
「それじゃあやる時になったら呼んでねー」
「あいよー」
―翌日―
水斗はライアと共に昇降口を出る。それも誰かに見せつけるように。
集まる視線にライアは顔をうつむき赤くなる頬を隠す。これでは恋人同士のようだ。
「あ、あのっ、水斗さん!」
居ても立っても居られず、ライアは顔を上げる。
「どうして今日は昇降口からなんですか!?いつもはバレないようにあの道で待ち合わせしてるのに……」
「あー、うん。やっぱ俺も恥ずかしい……」
「ならっ――」
「それでも」
水斗はライアの言葉を遮る。それは決意と勇気に満ちた顔で。
「それでも今日はお願い。絶対に負けないから」
「え?―――負けない?一体何の話ですか?」
「なぁに、今に分かるって」
(俺の予想が正しければ………必ず来る!)
水斗の予想は的中した。
水斗とライアの進行方向、そこに元凶はいた。嫉妬心でライアを傷付け、さらにありもしない噂を流し精神面でも傷付けた。
そのせいでどれほどライアが苦しい思いをしたかなんて水斗には分かりきれない。
ライアの足が震えているのが分かる。一歩後ろに下がり、水斗のワイシャツをちょこんと摘まむ。無意識に力が入っていて、ぐいっと引っ張られる。
「あなたが西城?」
茶髪を肩辺りでふんわりとカールを掛けた少女が口を開く。
「そうだと言ったら?」
「ふーん、そうなんだ。ねぇ、そいつは今まで数え切れないほどの男を手玉にしてきたビッチ女なのよ?あなたも適当に遊ばれたら捨てられる」
ピクッとライアの摘まんでる手が反応する。そして小刻みに振動してるのがワイシャツ越しに伝わってくる。
水斗は後ろを振り返る。
「そうよ!なんて甘い声を掛けられたか知らないけど、そいつはアバズレなのよ!そんな奴と付き合いたくないわよね?」
「み………水斗さん…?」
まさかと最悪の事態を想像してしまうライア。想像してしまうといつもの優しい水斗が怖く見えてしまう。人間は目から伝達する光景よりも心の目からの光景の方を優先してしまう。
しかし水斗はニコッと笑いライアの頭に手を置く。不安がる妹を慰めるように。
「大丈夫、ライアがそんな奴じゃないくらい普通に分かる。あんな分かりやすい噓に引っ掛かりはしないよ」
「は!?ちょっと!何言ってんの!?」
「それはこっちのセリフだ」
「!?」
真面目な顔で水斗は明美と向き合う。その急に雰囲気を変えた様子に一瞬、明美は怖気づいてしまった。
「あらぬ噂を流して楽しいか?いや、偽りの二位の座は心地よかったか?」
明美の表情が一気に変貌する。見下していた視線は視殺へと変化した。
辺りの空気が明らかに冷たくなる。周囲にいた生徒達もみな足を止めた。否、正確に言うならば強制的に止められた。
「ふぅん、そう。そういうつもりなのね。ねぇ、あなた、西城で合ってるよね?」
「ああ、合ってる」
「良かった。―――私、由宇崎明美は汝、西城水斗に決闘を申し込むわ」