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王子様

水斗とライアは昇降口に退避する。時間も遅く、誰もいない昇降口。

少しだけ不気味で恐怖心を煽った。


「あちゃー、ポケットのハンカチも使い物にならないなこりゃ」


バケツから出したての雑巾を絞ったようにびちゃびちゃと落ちる水。一応髪の毛や全身の水を払う。これで少しはマシになった筈だ。


チラッとライアを見ると、ずぶ濡れのまま適当に水を落としている。


「俺のハンカチでいいなら貸すけどいる?」

「は、はいっ!ありがとうございます!」


ライアはハンカチを受け取ると器用に全身の水気を取った。もう泥は雨で全て流され、綺麗な銀髪が現れた。蛍光灯の光を反射し、ツヤツヤと神々しいような髪。


(――ッ!?か、かわいすぎる!?だとっ!?――)


銀髪にラピスラズリの瞳、それに加え胸だって大きい。

――完璧。まさにそう言わんばかりの容姿。

まるで神話にいる女神のような少女。こんな人に頭をよしよしされたらきっと幸せ過ぎて死んでしまう。

そんな少女。


「?――どうかしました?」

「あ……いえ何も。ハンカチもらいますねー」

「いえ、ちゃんと洗って返します。て、あ…………」


何か重要な事を思い出したようにライアはその場で固まる。


「どうかしたの?」

「いえいえ、大したことじゃないのでお気遣いなく。―――――どうしよ……今日はとりあえず公園で?でも雨まだ降ってるし……」


水斗に聞こえない音量でぶつぶつと自問自答するライア。

ガシッと水斗はライアの肩を掴む。それも真剣な表情で。


「ライアさん、何か困ってる事があるならちゃんと言って。絶対に力になるから」


水斗は知っていた。

自分の内に闇を抱える者の辛そうな顔を。他人と壁を作り、自分に起こっている事を自分一人で解決しようとして手詰まりになってしまう状況。


それと同じ顔をしていた。

ライアは一瞬呆けた顔になり、目尻に涙をためる。しかし唇をキュッと結び、湧き上がる感情を押し堪えた。


「ごめんなさい!」

「あ!?待って!!」

「―――うっ、ぐすん――」


押し堪えきれない嗚咽と共にライアは昇降口から飛び出してしまった。

すぐさま水斗は追いかけるが、暗い夜をよりいっそう暗くする雨雲によって見失ってしまう。それに体が異常に寒い。いち早く暖まりたいところだ。


心が言っている。追いかけないとダメだと。きっと後悔してしまうと。

水斗は自らの心が言うまま辺りを駆け巡った。



第一・五幕 銀の花からの視点


わたしはライア・ファルス。俗に言う落ちこぼれ。いくら『遺能』の練習をしてもちっとも強くならないし、クラスアップ出来ない。でも普通のクラスに通えてるのはわたしが交換留学生だからだろう。


その交換留学生だって本当はっ!――――いやその話をするのはやめよう。自分が惨めになるだけだから。

ここ東学園(オリエンス)はゲノムクラスが全て。それは楽園(エデン)全てがそうなのだが、特に東学園(オリエンス)では差別意識が酷い。


「ねぇ貴女、一体どういうつもり?ちょっと見てくれがいいからって調子のるの止めてくれないかしら」

「ゲノムクラスセカンドなんだっけ?はっ、雑魚じゃん」

「なんでこいつ底辺クラスに行かないの?」

「交換留学生だから、無下な扱いも出来ないんでしょ?はぁ、学園長も大変ね」


目の前ではクラス内で権力の強い女子四人がこちらに向かって睨んで来る。

全て嫉妬の目線。どうやらわたしが目立つのが気に食わないらしい。わたしの容姿は他の人と比べて少し特殊。だから男子受けがいいのだろう。いや、正確に言うならこの育ちに育った胸を見て男子はテンションが上がっている。


別にわたしの中身を見て評価してる訳じゃない。確かに男子の生理的欲求で、仕方ないとは分かってる。だけどやっぱり心にくるものがある。


「ちっ、やっぱムカつくわこの胸!」

「痛っ!――」


リーダー格っぽい女子がノートをくるくる巻いてわたしの胸を本気で叩く。痛い!ぷよんぷよん揺れる胸、いくら柔らかいからって痛覚はある。

その時、リーダー格の取り巻きの一人が口を三日月のように歪めた。


「ねーね、あっし、いいこと思いついちゃった。こいつの事、金だしゃヤレるビッチって男子共に言いふらさね?そうすりゃ清楚なイメージは崩れて、裏からビッチ呼ばわりされて、性欲ばっか強い男子はこいつに無理やりヤろうとする。うっわ!あっし天才じゃん!」


わたしの顔が固まっているのが分かる。対照的に女子達の反応は玩具を与えられた子供のようにいい。


「あんたそれ天才的すぎ!さっすがゲノムクラスフォース!」

「そうと決まればさっそく男子共にチャット流して――」


女子達のグループの情報伝達速度は異常だ。そこいらのニュースよりも早い。

わたしはクラス内でいつも背景に溶け込んでいる大人しい子だ。内気で周りの人とも話せない。そんな女子と、女子男子両方と繋がりが深い女子。どちらかを信頼するかは決まってる。


事実うんぬんはこの際問題ではない。権力の高い方の言うことは正しい。こう決まってるのだ。


「や………やめてください…」

「あ?誰がお前の言うことなんか聞くかよ?ちょっとは立場ってのをわきまえてから物言って欲しい…っね!」

「キャッ!?」


また胸を思いっきり叩かれる。ジンジンとした痛みが持続的にやって来る。痛いけど我慢しよう、ここで反発したって意味はない。


翌日、ライアがビッチだと言う噂がクラス内だけでなく、他のクラスまでも流された。

その噂に釣られ言いよって来る男子や、明らかにこちらに敵意を向ける女子。様々な悪意を受けた。その日からいじめは本格的に始まった。


物を隠されるならまだいい、精神的にくるが、体は傷付いていない。一番嫌なのが、ビッチだからって平気で胸を揉んだりしようとする輩だ。もちろん避けてるが、『遺能』を使われて無理やりされたらわたしに抵抗出来るほどの力はない。


(ごめんなさい!―――ごめんなさい!)


そう懺悔の気持ちを抱きながらわたしは走る。あんな風にまっすぐに言われたのは初めてだった。それもわたしの体目当てじゃない、あの希望の灯火がともった瞳。

わたしはその手を取ろうとした。


(だけど……やっぱり駄目。あの手を掴めばあの人も巻き込まれてしまう…それだけは絶対に駄目)


わたしが逃げ込んだのは川の橋の下。

楽園(エデン)にも川は作られている。夏になったら河川敷でバーベキューをしてる人も少なくない。


――とんとん―


(まさか!?わざわざ追いかけて――)

わたしは水斗の顔を想像して振り返る。



「おっ!やっぱ本物だ。もしかしたら別人かなって思ったんだが、合ってて良かったわ。ビッチで有名なライア・ファルスさん」



「!?」


違う。わたしの肩を叩いたのは水斗のような心優しい人間じゃない。

正反対の心を持つ人間。ライアがビッチだと言う噂が流れ、一番初めに行為に持ち込もうとした人だ。何度も断ってるのにも関わらず、何度も迫ってくる。


咄嗟に逃げようとするが腕を掴まれ、身動きが取れない。


「いやっ!はなして!!」

「おっと逃がさねぇぜ。こんなうまそうな獲物逃がす訳ないだろ」

「わたしはビッチじゃない!」

どうせそう弁明しても変わらない。しかし男の表情が止まる。意外そうな表情へと。

「んなもん最初から知ってる」

「―――え………?」


さも当然のように言う男。わたしはこの瞬間、男の本質を理解した。

この男は本当の意味で真実か噓かなんて関係ないのだ。ただ行為が出来ればいい。そんな奴なのだ。


心が、体が震える。理解なんてしなかった方が良かったのかも知れない。これから行われる出来事を()()してしまったから。


「さっ、これで大体の事は理解出来たか?ああ安心しろ、この辺りを通る人間なんてそうそういねぇ。俺もたまたま通りかかったからな」

「いや………いや…………だれか……だれか…………たすけて…………」

「へっ、いい顔になってきたじゃねぇか。そうそう、その顔だよ。絶望に染まった光のない瞳。くうぅぅぅぅぅぅぅ、たまらないぜ!」


感情のなくなった顔、パタンとその場に尻餅をついたその無気力さ。これこそこの男の好きなシチュエーション。ゲスな野郎だ。

わたしはもう何も考えられなくなる。思考を放棄して出来るだけ心の傷を負わないようにするが、どうしても頭の片隅ではこう思っている。



助けて!



「はっはっはっ!こりゃいい!今夜は最高のディナーだ!」


わたしは目をキュッと閉じる。組み伏せられ、一切の抵抗が出来ない。

ああ、わたしはこれから純潔を奪われて穢れてしまうのだろうか?


そんなの嫌だ。ドロドロとした黒い液体が心の器に注がれる。それは滝のように。

もしあの手を握っていれば果たして変わっていただろうか?そんなありもしない可能性の世界を考えても仕方ない。


もしゲノムクラスがもっと上だったらいじめられずに済んだのだろうか?

そんなもしも論を言っても状況は変わらない。

だがわたしの心の根底にあった()()()は一つ。



もしも、わたしに王子様がいたら……



「とどけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「ッ!?」


どこか聞いたことがある声にわたしは胸が踊った。目の前が晴れやかに色づく。

心を縛っていた何かが壊れる。

男が声のする方向を向いた時には遅かった。


――ゴツンッ!と男の頭に大石が直撃する。男はその場に泡を吹いて倒れた。


「ライアさん、大丈夫!?」


差し伸べられる手。もう後悔する選択をしたくない。わたしは掴んだ



わたしの王子様の手を。

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