力を手にしても人は変わらない
学校の中でも嫌いな先生と言うのは必ず一人はいるだろう。
やれ喋っているとすぐ注意してくる口うるさい人だったり、謎に自慢ばかりする人。いやお前の話なんか聞いてねぇっつうの!と心の中で叫んでしまう。
水斗のクラスでも、この嫌いな先生が存在する。クラス内全員が嫌うモンスター先生が。
「おいこらぁ!!何ちんたら歩いてるんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!走れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
テカテカ光る頭に軍帽、口元の髭が何とも強そうな雰囲気を醸し出している。軍帽に付いてる勲章のような刺繡はただのファッションでもなく本物らしい。
この別名、ハゲ隊長は東学園に来る前は本当に軍に在籍してたらしく、この教師の仕事は老後の趣味みたいなものなのだと。そしてクラス全員がハゲ隊長を嫌う理由がこれだ。
「ふんっ、このような短い距離でさえ走れないからお前らは問題児と言われるのだ。同じ遺能者として恥ずかしい限りだ。先生が軍にいた頃は国の為、我々国民の為に毎日汗水垂らして訓練したものだ。それに比べなんだお前らは!?走り込みでさえまともに出来んのか!?」
ハゲ隊長の怒りに反応して周囲に『遺能』の炎が漏れ出している。
口を開けば「お前らはダメだ」とか「だからいつまで経ってもクラスアップ出来ないのだ」とか言ってくる。そのうえ昔の軍属時代の事をしきりに自慢してくる。いや聞いてないって。
嫌いな先生の特徴を詰め合わせたような存在。
「はぁ、はぁ、ちょ、ちょっと待ってくれよみずたん……」
「別にいいけど、怒られるのは俺なんだぞ?」
水斗は走るペースを遅める。
「て言って…………はぁはぁ、ペースを合わせてくれるのはツンデレの証拠だ………ぜ――――うぇぇー」
「おいおい、そんな吐くまで無料しなくてもいいだろ。さっさと保健室行って来い」
「おう。そうさせて――――ボゴロッシャー!」
変なアニメでありそうな効果音を流しながら麗は保健室へとエスケープした。
ハゲ隊長は吐いた人間を無理やり走らせるほど落ちぶれていない。その代わり
「おらぁ!!西城!何休んでるんだー!プラス十周だー!あとこの走りの最下位の生徒は裏の焼却炉にゴミ出しをしてもらう!やりたくなければ走れ!!」
鶴の一声でぐんっと早くなるクラスの生徒だが、どのみち水斗が最下位なのは確定である。
水斗は本当に嫌いな先生だと再認識して走る。
結局水斗の足はボロボロとなった。
今日行われる全ての授業が終わり、面倒なゴミ出しの事を思い出してナイーブになった頃、後ろから上機嫌な声が聞こえた。
「よっ、ハゲ隊長からのペナルティだって?災難な事に巻き込んですまないな」
「別にいいさ。あいつがウザイのはいつもの事だからな。それより体調の方は大丈夫か?」
麗は「ああ!」と元気良く頷く。無理してるようには見えない。本当に大丈夫なのだろう。
「なら安心だ。それじゃまた明日な」
「おう。だがゴミ捨てくらい一緒に行くぜ?」
「吐きたての奴に付いて来られても迷惑だ。あんな臭いとこにいたらまた吐いちまうだろ?」
「あー確かに。それじゃあお言葉に甘えさせてもらうわ。くれぐれもハゲ隊長のクラスには気を付けろよ?平常心を保つんだ。相手が何言おうと構うな」
麗は「どうどう」と馬をなだめるように水斗の肩を叩く。水斗は「わーってるよ」と教室を後にする。
「そうは言ってもなー、あいつらマジでムカつくから水斗がキレないか心配……」
麗が心配していたこと。それはハゲ隊長のクラスの生徒の事だ。
最下位のペナルティは必ず放課後にハゲ隊長のクラスに行ってゴミ袋を受け取るのだ。その時にある事が起きる。
「おー!今日は楽園でも一番弱いファースト君じゃないかー!」
「前に来た根暗女はどうしたんだ?まさか自主退学したのか?」
「ははっ、ぜってぇお前のせいだろ!」
「なわけあるかー!そんなの弱いのが悪いんだよ」
教室に入ると待ちわびたように座った生徒から暴言がやってくる。これが嫌なのだ。ハゲ隊長はただ何も言わずゴミ袋を水斗に渡す。
こんな差別されてる現場を目撃してもなお何も言わないのは本当に先生かと思ってしまう。
「ほらほら!早く行かないと焼却炉が使えなくなっちまうかも知れねぇぞ?」
「もしかしたら泥が詰まってるかも知れないなー」
ケラケラと笑いながら急かす生徒達。焼却炉に何か仕掛けてるのは明らかだ。その時、ハゲ隊長の目つきが変わる。
「もしやお前ら、焼却炉に何か仕掛けたのか?あれは我が学園の物、故意に何か仕掛けたのなら罰則を科す事になるが…」
「い、いやっ!何もしてません!だよな!?」
「おう!神に誓って何もしていません!!」
(いや絶対なんか仕掛けたろ。分かりやすい噓だな)
水斗は内心ため息をつきながら教室を後にする。
校舎裏の焼却炉。両手に四つのゴミ袋を持った水斗は焼却炉の扉を開けた瞬間、本日二度目のため息をついた。一気に気力が持ってかれる。
「何でそういうめんどくさい事するかなぁ?マジ何なん?そんなに俺達の事が嫌いなのかよ」
焼却炉の中は泥がこれでもかとぶち込められ、スイッチを押そうものならバグって爆発しそうだ。これを水斗が見て絶望する姿を見たかったのだろう。
耳をすませばクスクスと笑い声が聞こえてくる。これを仕掛けた犯人で間違いない。
なんとまぁ、子供じみた嫌がらせをする奴らだ。
「スコップはそこに置いてあるからなー!ちゃんと片付けろよー!」
「――クスクス―」
「ふはっ!」
焼却炉の裏側に汚れたスコップが三本立て掛けられていた。やったらそのまま放置、まったく、本当に醜い性格の持ち主らしい。自分の胸の深奥から真っ黒いドロドロとしたものが生まれる。
三人組は内側からこみ上げてくる笑いを噛み殺しながらその場を去った。
「――――――ちっ、何で俺があいつらの後始末までやらなくちゃいけねぇんだよ?毎回毎回見下しやがって!」
汚れたスコップを溢れる感情に任せて思いっきり地面に叩きつける。土が制服に付いてしまうがそんな事気にしない。今はただこの感情を何かにぶつけたい。
数分経った頃だろうか、ようやく心が落ち着いてきた。怒りをぶつけた後にやって来る虚無感。
それは水斗の脳内を埋め尽くす。
「はぁ、やるか」
またため息をつき、水斗はせっせとスコップで焼却炉内の泥をかき出しゴミ袋を焼却する。
ちょっと鼻につく臭いがやって来る。麗の吐いた体にこの臭いはキツイだろう。改めて呼ばなくて良かったと思う。
空を見上げればもうすっかり日は沈み、夜の時間帯だ。
水斗は帰りにスーパーで何を買おうか考えていた、その時だった。
頭から泥水を被ったような少女が下をうつむきながらとぼとぼ歩いていた。
泥の隙間を縫って現れる銀の髪。この世の何もかもに絶望したようなオーラ。
「お、おい君!?」
声をかけても聞こえてないのかそのまま歩き続ける少女。
「ちょっと待ってくれ!」
「―――?――」
肩をポンと叩いてようやく気付いた少女。綺麗なラピスラズリの色をした瞳がこちらを見つめた。
いざ少女と対話しようとしても、最初は一体どういう形で入ったらいいか戸惑う水斗。普段からあまり友達のいない水斗に初対面の子はきついらしい。
少女は「?」と感情の込められてない瞳で難しい顔をする水斗を凝視する。
「一体何のご用件でしょうか?」
つるつるぷやぷやの唇が小さく動く。
「い、いやぁ、さすがに目の前で泥まみれの女の子がいたら気になっちゃうよ」
「別にご心配なく。これは他人に心配してもらうほどのものではございません」
強がり。水斗は少女の足を見た。小刻みだが、その細く、白い足は震えていた。恐怖、絶望を抑え込むように。泥を被り下をうつむく原因、なんとなく察してしまう。
今まさに水斗もやられたところだからだ。
「いじめか」
「ッ!?――」
明らかに少女の顔が変わる。震え出した足はとうとう心の暗闇に耐えきれなくなり、その場に尻餅をついてしまった。とめどなく目から溢れる怒りと絶望の液体。手で押さえても止まらない。
「うっ、………あっ、あっ、あああああああ…」
黒い鎖が少女の心をがんじがらめに縛り上げ、悲痛の声が吐き出される。
「もうわたしは…何もなくて……」
「ごめん!辛いこと聞いちまったな」
「ううん、いいんです。全てわたしが悪いから!」
ポツリ、ポツリと雨が降り出す。あいにくと傘の持ち合わせがない水斗。雨は次第に強さを増してくる。このままでは風邪をひいてしまう。
しかし目の前の泣いている少女を見捨てて家に帰るなんて言語道断、水斗は少女が泣き止むまで傍にい続けた。
制服は既にびちょぬれ。肌に張り付くワイシャツを剝がす。
それは数分だったか、いや数十分なのかも知れない。そのくらい経った頃、少女は泣き止んだ。
「――すいません。泣き止むまで傍にいてくれて」
「いやいいよ。それより雨も強くなってきたところだし、早く家に帰ってシャワーに入った方がいいよ。風邪ひいちゃうし」
「…………は、はい。お気遣いありがとうございます」
妙に歯切れが悪そうな少女。恐らくまだ呼吸が整えられてないのだろう。
この東学園の上位ゲノムクラスの奴は下のクラスの奴を見下しがちだ。無論、そういう風な奴ばかりではない事も知っているが、見下す奴の方が印象に残ってしまう。
「あの!お名前を教えてください!」
「名前?西城水斗、ゲノムクラスファーストだ。君は?」
「―――ライア・ファルスです。ゲノムクラスセカンドです」
ライアは一瞬口もごったが、小声で自分の名前を呟く。
(へぇ、交換留学生の外人さんだったんだ。今時髪の色とか瞳の色って染色体改造でどうとにでもなるから一概にそう言えないけど)
何も楽園は日本に一個しかない訳ではない、他国にもある。なので交換留学生制度があり、他国の遺能者を取り入れて、自国の遺能者に刺激を与えようと言う試みが行われている。
水斗が納得していると、ライアはもじもじしながら上目遣いでこちらを見てきた。雨で大体の泥は流され、可愛らしいクリっとした目と庇護欲をそそる顔立ち。水斗の心に鋭利な可愛さが突き刺さる。
正直水斗は魅入っていた。
「あの、大丈夫ですか?」
「え?いやっ、別に何も見てません!決して鼻の下なんか伸ばしてません!」
「鼻の下?なんの話をしてるんですか?」
「!?―――ご、ごほん。ごめん、つい変な事口走っちゃって。でもとりあえず場所を移さない?このままじゃ二人共風邪ひいちゃうし」
もう体中がびしゃびしゃでもう手遅れ状態だが、風邪が重症化する前に何とかシャワーを浴びた方がいい。
「そうですよね。それじゃあ昇降口に移動しましょうか」
「うん」