ゲノムクラス
「いやー、さすが《女皇》だったな。史上初の最強無敗の超人美少女、今日も圧倒的な力の差を見せつけ勝利。もう一種の名物だな」
「しかも俺達と一緒の一年生。はぁ、ほんっと世の中は不平等だ」
「ははっ、確かに。ところで思うんだが、毎回《女皇》って左手の指輪を観客の俺達に見せつけるようにカメラに映すよな?何かあるのかぁ?」
青の指輪。《女皇》が有名になり始め、端末で生中継される頃からやり始めたらしい。そのせいで青の指輪型の端末が一時品切れ状態になるほど売れたと言う話も聞く。
「そういやみずたんも青の指輪型端末だけど、《女皇》を意識して買ったのか?」
「いんや、俺はその前から付けてたぞ。別に《女皇》関係じゃない」
「ふーん。ま、結構おしゃれだし、元から人気ありそうだしな」
麗は時間を見てスマホの電源を切る。もうそろそろ授業が始まる時間だ。
ガラガラと扉を開け出てきたのはとっても特徴的な服装をした女教師。
ぶかぶかの黒いローブにハロウィン衣装で使うハット。身長は低くローブの裾は床に付いているが本人は気にしていないらしい。
甘栗色の髪と銀縁の眼鏡。愛らしい顔はリスのよう。
「はーいみなさーん。おはようございます!今日も楽しくお勉強しましょうねー」
教卓に手をつき幼児に対する口調で話す女教師。これこそ我が1-5の担任、ラウナーニャ・リグルト先生だ。名前から分かる通りに外国の人だ。しかし日本人の血が入ってるようで顔つきは日本人寄りである。
そこそこ名の知れた家系で、こんな教師の仕事ではなくもっと給料のいい仕事も選べたのだが、わざわざ問題児ばかり集めた地獄のクラスを担当したいと志願した物好きだ。
「はぁ、またこりもせず来たのか。こんな底辺クラスにわざわざご苦労なこった」
一番前にいる黒マントを羽織った男子生徒が毒を吐く。風貌から猛者だと分かる。
その言葉にクラスの空気が凍りつく。ラウナーニャ先生はまっすぐその男子生徒の目を合わせて頭を撫でた。
「なっ!?なにすんだ!!ガキ扱いするな!!」
「いえいえ、わたしから見れば君なんてまだまだ子供ですよ。どれだけ君が苦労をして生きてきたなんてわたしには分かりません。ですがわたしが担任になった以上、もう苦労なんてしなくてもいいのです。子供は好きなだけ大人に迷惑をかけて、好きなだけ甘えればいいの。その尻拭いをするのがわたしの役目なのだから」
「ぐっ、……」
ラウナーニャ先生の言葉に返す言葉にがなく、男子生徒は押し黙る。ラウナーニャ先生は誰にも等しく優しさを与え、等しく怒る。それに成績の上下なんてなく、見た目の優劣もない。
だからこそ鋭く心の奥深くに刺さるのだ。
「はいっ、と言うことで一時限目は遺伝史について勉強するよ。みんな、前回の続きの三十ページを開いてー」
「はひゃー、あの黒マントの番長を大人しくさせるとはさすがうちの魔女たん先生は他の先生と一味違うねー」
麗が教科書に隠れながらこっそりと話しかけてくる。
「あれこそ全教師の鏡だな。まったく、あのハゲじじいに見せてやりてぇ」
「それな。うわっ、今日の六限ハゲの授業じゃねぇかよ!?めんどくさ!」
壁に貼ってある時間割表を見て絶望する麗。そこに追い打ちをかけるようにラウナーニャ先生からお怒りの声が飛ばされた。
「麗君!先生の話聞いてますか!?」
「え!?あぁ、聞いてますよ!」
「じゃあ今先生が言った語句を答えてみてください」
「えー、いやー、それは………………」
チラチラと後ろを振り返って水斗に助けを求める麗だが、水斗だって麗と同じく話を聞いてない。手をぶんぶん振り知らないアピールをする。よって詰み状態。ラウナーニャ先生はため息をもらす。
「はぁ。先生の話はしっかりと聞いておいてくださいね。では改めて解説しましょう。遺伝子技術が大きく発展した現在、様々な課題点も浮き彫りになって来ました。今回はその中で解決された旧課題の一つ、先祖返りについて見てみましょう。と先ほどはここまで言いました。麗君、聞いてますか?」
「はーい」
「うん、よろしい。先祖返りとは読んで字のごとくご先祖様に返る。つまり遺伝子情報がご先祖様のものに似てしまう現象です。遺伝子情報はわたし達の『遺能』を司る重要な情報。それがご先祖様に似てしまうと言うのは一体どういう事を引き起こしてしまうのか、なっちゃんいってみよー!」
ラウナーニャ先生は三列目で物静かに教科書を読んでいた地味な少女を指差す。
学生時代によくある先生からのご指名だ。あまりクラスの中で立場が強くなければないほど緊張してしまうアレ。
緑の髪をしたおさげの少女は「ひゃい!?」と急に指され声が裏返ってしまう。すぐにラウナーニャ先生の話を咀嚼し、答えを見つける。
「ご先祖様の遺伝子情報には『遺能』の力が記されてない………?」
「そう!!なっちゃん正解!よく出来ました!」
ラウナーニャ先生は何処からか取り出した花丸のプラカードをなっちゃんに見せる。
本当に何処から取り出したのか不思議である。
正解したなっちゃんはえへへ…と笑う。
「そう、この現象の問題点はみんなにあるべきの『遺能』がないこと。しかし現在、自分が先祖返りだと検査結果が出た場合は国に申請して注射型の染色体改造を受けることが出来ます。まぁその場合、得た『遺能』は高くてもゲノムクラスサードになりますが」
低くてクラスファースト。水斗のゲノムクラスと一緒だ。
先祖返りの事例は世界各地で報告されている。そして最も重要な問題となり対抗策が早くに講じられた。
水斗はパラパラと教科書をめくる。その巻末の資料にゲノムクラスについての記述がされていた。
ゲノムクラスファースト 楽園でもごく少数の生徒しかいない。
理由は、ほとんど上のクラスへクラスアップしてしまうから。
ゲノムクラスセカンド 普通よりも少し下のクラス。
ここからが楽園での恩恵が受けれる
ゲノムクラスサード 平凡のクラス。
よくとも悪くとも言えない。友達に自慢なんて出来ない。
ゲノムクラスフォース 努力を重ねてたどり着いけるクラス。
もし周りにいたら素直に褒めてあげよう。
ゲノムクラスフィフス 毎日一生懸命練習を重ねて来れるクラス。
一つの学園に十数名ほどいる。
ゲノムクラスシックス 血反吐を吐くような日々を送った猛者が到達する領域。
才能がない者だとこのクラスが限界。
ゲノムクラスセブンス 才能のある者のみが駆け上がれるクラス。
正式に公表されず、何人いるのか、誰がそうなのか分からない。
現在、公にされてるのは《女皇》のみ。
ゲノムクラスエイス 記録上にもいないクラス。
ある種の目標のようなもので、実際には確認されていない。
(うっわ、ごく少数だってよ………。泣くぞこりゃ)
水斗は見なければ良かったと後悔しながらそっと閉じた。
「こらっ!水斗君!まだ授業は終わっていませんよ!?」