女帝
「ん?姫乃萌?もちろん知ってるぜ」
「え?マジ?」
「おう、マジマジ。て言うか急に何なんだ?まさかと思うがお前まであの淫魔の虜になったって言うんじゃないよな!?」
水斗の肩をがっくんがっくん揺らす男子生徒。名を麗と言って、水斗がクラス内で唯一話せる友人だ。染色体改造によって天然の茶髪となっている。
「もちろんだ。それにあいつの『遺能』は俺には効かないらしいし、魅了されることはない」
麗はホッと胸を撫で下ろした。
「ならいい。姫乃の餌食となり、借金まで背負って貢ぎ続けた奴がいたって言う話をさっき聞いたからちょっと心配しちまったぜ。しかし、あの姫乃と直接会ったのか?」
「ああ、いつも使ってる小道を歩いてたら会った」
「ふーん、そりゃ災難だったなみずたん。ま、みずたんの鉄壁ガードの前にはあのゲノムクラスフィフスもお手上げって訳か。ふははっ、こりゃおもろいわ」
麗は大の二次元好きで、大抵の人を呼ぶ時は必ず「たん」を付ける。アニメキャラを「たん」付けで呼ぶ内、次第に現実の人間も「たん」付けで呼んでしまったらしい。
二次元に頭が侵され過ぎだ。
水斗もアニメやラノベは読むが、さすがに現実の人間を「たん」付けで呼ぶなんて考えたこともない。
「うぇ!?あいつクラスフォースなのか?だからあんなに上から目線だったのか」
「それもあるが、姫乃は男の事を好きに操れる下僕としか見てねぇんだよ。いつも周りに男を侍らせて軍団みたいになってるぜアレ」
「そりゃえぐいな。いわゆる逆ハーレムってやつか。ハーレムは男の夢だが、やっぱ女子もそうなのかな?」
異性に囲まれて嬉しくない人はいるのだろうか?
水斗と麗は周りを見渡して話しかけられそうな女子を探すが、見つからない。麗はため息をつく。
「話しかけられそうな女子はいないな」
「ああ、このクラスにまともな答えが返ってくると期待した俺が馬鹿だった」
水斗も机に伏してため息をゆっくり吐く。水斗のいるクラスは少しばかり特殊なクラスなのだ。
「楽園内の問題児や不登校生徒等を集めた底辺クラス。そのカオスな顔ぶれから、まるで地獄のようなありさまであるとみな口を揃えて言う。確かにまともな答えは返って来ないわな」
「でもちょっと尖ってるとは思うけど、別に普通の人達だと思うんだよな~」
「それはみずたんが高等部からの編入だったからだぜ。ここにいる全員何かしらの噂持ちだ。特にあの最前列に座ってる黒のマントを羽織ってる奴。あれは他校の奴と十対一で戦って勝ったんだってよ。しかも相手全員格上らしい」
基本的に格上のゲノムクラスに勝つのはかなり難しい。鉄の剣にこんぼうで挑むようなもの。それでも前例がない訳でもない。格上殺し(ジャイアントキリング)、成功したらかっこいいからとわざと狙う者は少なくない。
ちなみにゲノムクラスの昇格は実演申請を行い、その『遺能』が一段階上だと審査員に判断されたら行われる。
「だからみずたんも気を付けろよ。変に絡んだりしたら――」
ピピッっと麗のスマホが鳴った。携帯端末は身につける物が主流となってる現代、わざわざスマホを持つ者は少ない。
スマホの通知の欄に一個のバナーが表示される。麗は興奮しながらそれをタップして画面を横にした。
「おっ!また《女皇》が決闘してるぜ!」
「今度は誰が相手だ?」
水斗の机に置き映し出される映像を二人で見る。
それは学校の敷地内のグラウンドだった。まず最初に目に付くのは黒髪の少女だろう。艶やかな黒髪とすらりと伸びた生足、有り余るふくよかな胸。制服の胸に付けられたワッペンが苦しそうだ。
均等の取れすぎた美、まるで美女神のようだ。
相手を射るような冷たい視線、それはナイフのような鋭さを持つ。
二つ名は《女皇》。本名は誰も知らない。都市伝説では色々出回っているが、どれも本当である証拠はない。
相手は眼鏡を掛けた見るからに頭脳タイプな少年。
学生都市は決闘制度を導入して生徒達の『遺能』のぶつかり合うデータを取っている。決闘のルールは以下の通り。
・相手を気絶、または意識を奪えば勝ちとする。
・相手に負けを認めさせるのも可能とする。
・相手を殺害するのは禁止。殺傷能力が極めて高いと思われる攻撃に関しては第三者の介入権限を持つ者なら可能とする。
・基本的に決闘での損害は学生都市が修復する。
・決闘内容は基本一vs一だが、当人達双方の同意があれば改変してもよい。
「それじゃあ始めようかしら?準備はいい?」
スマホ越しだがはっきりと透き通った声が聞こえる。相手の少年はコクリと頷く。
「それではこれより決闘を開始します。カウントダウン、スリー、ツー、ワン、ゼロ!」
無機質な機械音声によって開始のゴングが鳴らされた。
「先手必勝!」
相手の少年はゴングが鳴るとほぼ同時に『遺能』を使用する。少年の『遺能』は氷雪の具現化と操作。少年の周りに出現した氷の塊はまっすぐ《女皇》に襲い掛かる。
すぐに対処しなければ傷は必須。
だと言うのに《女皇》はその場に突っ立っている。
「こんなものかしら?」
《女皇》は落胆と同時に右手を伸ばす。
「固定せよ 時停」
次の瞬間、現実では起きえない事象が起きた。目の前の氷の塊がまるで時が止まったように空中で停止したのだ。
《女皇》はゆっくり少年の元へ歩く。それは死神の歩みだろうか?
「これで終わり?そんな訳ないでしょう?」
指をパチンッと鳴らすと空中で停止していた氷の塊は砕け散った。氷の破片が地面に散らばり、一歩一歩進む度にバリバリと音が鳴る。
「くそっ!これならどうだ!?」
少年は近付いて来た《女皇》の周囲に極細の針の氷雪を出現させる。こんな物が全身に突き刺さりでもしたらひとたまりもない。真っ赤なサボテンの出来上がりだが、決闘を見守る観戦者の心は落ち着いている。
《女皇》は冷静そのものの顔を崩さない。
「加速せよ 時縮」
たった一言呟くだけ。なのに次の瞬間、《女皇》の姿はそこにはなかった。
一瞬だけ《女皇》の輪郭がぶれた事を目視出来た者は果たしてどれほどいただろう。
急に目の前からいなくなった《女皇》を探して少年は辺りを見渡す。その姿はあった。自分の後ろにいたのだ。
少年は一旦距離を取り《女皇》の攻撃に備える。
「つまらない、もっと死ぬ気で掛かって来なさい。それとも何か策があるのかしら?ならもっと早く使いなさい。そうでないと」
《女皇》は内ポケットからスマホのような黒の物体を取り出し、真ん中にある赤いスイッチを押す。
すると、物体はみるみる形状を変化し、スリムな長銃となる。初心者にも優しい覗き込むサイトが三点になっているスリードットタイプだ。
ちなみに銃弾はゴム製で非殺傷。それだがかなり痛い。
銃口を少年の頭に向ける。
「死ぬわよ?」
「―――ッ!」
息を吞んだのが目に見えて分かった。
「私の『遺能』は『時操』、自分を含めた対象の時間を操作出来るの。時を止めたり、早める事が出来る。チートだと思った?ごめんなさいね、力と言うものは誰しも平等に与えられるものではないから」
左手で髪を後ろに払う《女皇》。
時を操り、相手の攻撃をいなし、銃弾を浴びせる。これが楽園の頂点、ゲノムクラスセブンスの強さ。時を操れるなんてそりゃ最強の『遺能』だ。勝ちようがない壁。この世界は不平等、それを感じさせる圧倒的な力。
「う……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
圧倒的な力の差を思い知った少年は半ば自暴自棄になり自身が出せる限界の攻撃を繰り出す。
少年の頭上に氷雪の粉が集まり始め、それは一立方メートルに凝縮されていく。内包された質量数が段々と多くなるにつれ凝縮された物体の攻撃性は高くなる。
「あら、いい攻撃じゃない。たまたまだけど私の弱点をついているわ。『時操』は対象の質量数が多ければ多いほど扱いが難しくなる」
意図せず上手い具合に弱点をついた少年。だと言うのに《女皇》の表情は崩れない。
むしろこの状況を楽しんでるまである。
「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
少年は最大に凝縮された氷雪の塊を《女皇》に向かって放つ。そして体にぶつかる手前で、塞き止めていた枷を解放する。
凝縮されていた氷雪が一気に爆発する。
「逆転せよ 時遡」
しかし刹那後、爆発した氷雪は《女皇》の元に届かなかった。爆発しそうになっていた氷雪はまるで時間が巻き戻ったように凝縮された状態へと戻る。
「ッ!?」
「お返しするわ」
鋭い蹴りで凝縮された氷雪を少年に返す。そして《女皇》は銃のトリガーを引いた。
ゴムの銃弾は凝縮された氷雪を刺激し、少年の目の前で爆発した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
少年は吹き荒れる氷雪に耐えられなくなりはるか後方へ吹き飛ばされる。地面との衝突で意識を失った少年。
「確かに私の弱点は質量数が多い攻撃だけど、そのくらいの質量数はとっくのとうに操作出来るの。ちょっと騙したように感じるかも知れないけど許してね」
ピーッ!と電子音がグラウンドに響いた。
「相手の戦闘続行不可能を確認しましたので決闘を終了致しました。よって勝者、《女皇》!!」
一気に歓声が沸く。《女皇》は一切乱れぬ髪を手櫛でとかし、後ろを振り返る。
最後に《女皇》は上空を浮かぶ中継の飛行型カメラに左手に付けた青の指輪を意味ありげに見せグラウンドを去った。