遺能、そして楽園
これは大賞用に書き上げたもので、適当に一万字で一話を区切っていますのでめちゃくちゃ変なところで終わります。
気分的にはラノベ一冊を読む気持ちでご覧あれ
前説 『遺能』
私たちが見ている全宇宙は
その人の脳に依存している フランシス・クリック
二一五○年。
発展し過ぎた遺伝子技術によって人類は『魔法』と言う人智を超えた術を手にしてしまった。染色体改造による通常ではありえない事象改変を可能とした。
炎を出現させる、身体能力を向上させる、人々を誘惑する。それは多岐にわたり存在し、日々発見されてる。最初に発見した科学者はこの遺伝子による不思議な力をこう呼んだ。
『遺能』――と
そして効率良く『遺能』を研究するために日本本土から何万キロメートルも離れた所に作られた海上研究都市。表向きは学生の『遺能』をより強くする為の施設で、こう呼ばれている。
人口的に作られた理想世界―――楽園と。
第0幕 過去の残滓
「どうして!?どうしていっちゃうの!?ずっといっしょにいるってやくそくしたじゃん!」
「―――ごめんなさい」
とある公園での一コマ。小さな男の子と女の子がベンチに座っていた。
男の子は今にも泣きそうな顔で女の子の顔を見る。対照的に女の子は男の子の顔を見ない。後ろめたい気持ちがあるように。
「うそつき!もういやだ!**なんてだいっきらい!!」
「ッ!?――――」
自分の胸がキュッと苦しめられる。自分だって***と別れたくない。だがこれは変えられない事実。
女の子はポケットから二つの指輪を取り出す。青の綺麗な宝石が付いているが、二人にその価値は分からない。
「これをっ!このゆびわをつけていて!きっとこれがあればわたしたちをまたつなげてくれる!だからむかえにきて!まってる!わたしずっとまってるから!」
そう言って女の子は男の子の人差し指に青の指輪を付ける。
アイオライト、『初めての愛』の意味の持つ宝石が付いた指輪を。
第一幕 絡まり合う因果
海上の上に作られた施設なだけあって、七月の蒸し暑さも少しマシになる。
西城水斗は寝不足気味の重い体を動かして街中を歩く。さすが学生の為の施設、目に付くフード店のメニューはどれも男子高校生をターゲットにしている。
青がかった髪をかいて一度立ち止まる。まだ朝食を取っていない事を思い出し、店内に入った。
入店と同時にもう飽きるほど聞いたメロディーが流れる。周りを見れば友人達と仲良く談笑しながらカリカリに揚げられたポテトを口に持って行く。
そして口の中が塩分で満たされればジュースで流し込む。完全に店側の勝利だ。
「すいません、このテリヤキセットをお願い致します」
「はい。ポテトとドリンクのサイズはいかがになされますか?」
「両方ともМで、あとドリンクはオレンジで」
「かしこまりました。IDのご提示をお願いします」
水斗は読み取り機に左手の人差し指を近づける。人差し指にはめられた青の指輪が反応し、ピッ!と読み取り完了の文字が現れ人差し指を離した。
楽園内の全員に配られる個人ID、その中には氏名、住所、楽園内で使えるウォレット残高、それともう一つ大事なものが入っている。
「えー、お客様はゲノムクラス……ん?ゼロ?」
店員は目の前に表示された文字を飲み込めず首を傾げる。
「あ、あの!それは読み取り機の誤認だと思うのでもう一回読み取りさせてもらっていいですか!?」
「は、はい。かしこまりました…」
妙に焦った水斗はもう一度読み取り機に指輪を近づけた。またピッ!と読み取り完了の文字が現れる。
「あっ、ゲノムクラスファーストですね、読み取り完了しました。お客様はファーストなので千円になります」
レジに残高が表示され千円が引かれる。水斗はその表示を見て内心ため息をついた。
先ほど店員が言ったゲノムクラス。
それは『遺能』をクラス分けしたものだ。
一番最初がファースト、その次がセカンド、現在楽園にいる最高がセブンス。この頂きは本当に選ばれし者しか到達出来ない。
ゲノムクラスゼロは存在しない事となっている。この時代、『遺能』を持たない者の方が珍しい。もし何らかの事情で持てなかったとしても染色体改造の注射を受けることも出来る。
このクラス分けでより高いクラスに行けば行くほど楽園から好待遇を受ける事が出来る。
まず買う商品が安い。そして一番分かりやすいのが毎月の支給額だろう。一番高いセブンスの支給額は万で三桁をゆうに超えると噂されている。
水斗のクラスファーストは毎月五万。まぁ生活も出来るし、最低限の暮らしも出来る額なのだ。
「千円…一日は持たせられる。はぁ、まいっか」
水斗は買ったことに後悔しつつもカウンター席についてハンバーガーを頬張る。自分の好きな味と言うのもあるが、食欲をそそるタレと調和のとれたパテとバンズと野菜。悔しいが美味い。
敗北感を味わいつつ食べ終えた水斗は使い終わった包装紙ををゴミ箱に捨て店を出る。
強くなる日差しを手で抑えながら水斗は足を進める。
ここ楽園は北、南、東、西に地区が分かれている。それぞれに学園が一つずつ存在し、水斗はその中でも東地区の東学園に通っている。
周りを見渡せば二匹の蛇が螺旋に絡まり合っているワッペンを付けている生徒達。このワッペンが東学園の学生である証拠だ。
水斗は小道に進み、周りの生徒達が行く道とは違う道を歩く。みな友達と楽しそうに歩いていて、あまり……いやまったく友達のいない水斗にとって幅広い大通りを歩くのは精神的にキツイ。
それに比べてこの小道は誰もいないので普通に歩ける。
「ふぅ、ちょっと遠回りになるけどいいか」
一人寂しい思いをするよりかはマシだ。水斗は誰もいない小道をゆっくり歩く。
その時だった。
「そこの男子、もう少し早く歩いてくれないかしら?」
誰もいないと思っていたが後ろにいたらしい。耳をすり抜け直接脳に届いているような透き通った声。
「ああ、悪い。先に行っていいぜ」
「あらどうも」
水斗は振り返ると同時に息を吞んだ。
声の主の少女があまりにも綺麗だったからだ。桜色のショートヘアー、こちらを見据える赤と桃色の混ざった瞳。「美」そのものを体現した少女。そして水斗がより目を引いたのがその制服だ。
スカートは太もも辺りまで上げられ、黒を基調とした制服はバッサリ切られ白いお腹とへそが見えている。しかも首元も大きく開け鎖骨も見えてしまっていた。
(なんつう制服の着方してんだこいつ?そんな肌見せて羞恥心とかないのか?あっ、でも胸は小さい)
つい少女の貧しい部分に目が行ってしまう水斗。その視線に気が付いて咄嗟に手で隠す少女。
「なっ、なによ!?別にいいじゃない!これからの可能性もあるんだから!!」
「いやまったくそんなこと考えてないから!」
流れるように噓をつく男の子。
「――そう?ならいいわ。それよりあなた、この道を知っていると言うことは、やるようね。てっきり私一人だと思ってた」
「俺も自分だけが知ってる道だと思ってたな。まさか同じ奴がいたとは」
「そうね。ここは滅多な事がない限り使わない道。だから使ってたんだけど、先客がいたなら仕方ないわ」
少女は一歩ずつ水斗に近づく。そしてお互い並び立った状態になった時、少女はまっすぐ水斗の目を見て言った。その際、少女の瞳が怪しく髪の色と同じ色に光る。
「あなた、明日からこの道を使うのをやめなさい」
見下すような物言い。それは上司からの命令かのように。
一瞬何を言っているのか分からなかった。だが少女の目を見つめているうちに段々と頷きたくなって………
「え?やだよ」
「は?」
こなかった。少女は口をポカンと開けて硬直している。目の前の出来事を理解出来ていない様子だ。
対して水斗も急に命令口調で言われて驚いている。
「だから!これからあなたは大通りを使いなさいって言うのよ!この道は私が一人でいられる道なの!その時間を邪魔しないで!」
顔を近づけキスする手前まで来た少女は水斗の瞳の奥を覗く。鼻を満たす甘美なる匂い。呼吸が早まった肺に素早く満たしていく。
「だからなんだって言うんだよ?登校する道くらい他人に決められる義理ないぞ?」
「あれ?やっぱり効かない……どういうこと?こんなに近づいてるのに……まさか上位ゲノムクラス?いやそんな、しっかりと上のクラスは調べた筈…」
少女は後退りながらぶつぶつ呟く。
「え?あのぅ、一体何の事話してるの?さっぱり話が見えてこないんだが…」
「一つだけ質問に答えてちょうだい。それを答えてくれたら私も答えたあげるから」
「えぇ?……別にいいけど」
「あなた、名前は?」
「西城水斗、一年生だ。お前は?」
「ダメ、まだ私の質問が終わってない」
水斗は内心「えー」と思いつつも質問に答える。
「ゲノムクラスは?」
「ファーストだよファースト、何か文句あるか?」
ゲノムクラスファーストは何かと小馬鹿にされやすい。それで水斗の口調もぶっきらぼうになる。
しかし少女の反応は驚愕だった。「ふっ」と鼻で笑うのではなく、逆に息を吞んだ。
「ほ、本当に!?ファースト如きに私の『誘惑』が負けたの?そんなっ!?ありえない!」
「『誘惑』?あっ!だからあんなに上から目線だったのか!?」
少女は言い当てられ口を尖らせながら押し黙る。
『誘惑』 読んで字のごとく他人を誘惑する『遺能』だ。その効果は、ハマる人ならばほぼ永遠に掛かり続ける強力な代物。基本的に自身と同等、それか上のクラスには通用しない。
「し、仕方ないじゃない。今までこの『遺能』が通じない相手以外を注意して選んでたし、てか何なのよ!?どうしてファースト如きが私の『誘惑』を弾くの!?」
「そんな事言われても知らん!」
本当は大体想像がついている水斗だが、言えない事情がある。少女には悪いが、ここは黙っておくしかない。
「へぇそう、何があっても隠し通す気なのね。ならいいわ、絶対に聞かせてもらうから」
「あっ、最後に俺の方からもいいか?」
水斗の前を行く少女は振り返る。
「なにかしら?」
「名前だよ名前」
「名前?本当に言ってるの?それなりに知名度はあると思ってたけど、世界は広いのね。姫乃萌よ。よーく覚えておきなさい」
姫乃は不機嫌そうに東学園へと向かった。
楽園は変人揃いの化物都市なんて言われるが、本当にその通りだと思った。