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異世界恋愛 短編

冤罪令嬢の肖像画~とある画家が人生最高の肖像画を描いた話~

作者: 優木凛々


冷たい霧雨の降る、冬のある日。

王都郊外にある旧レミニエル侯爵邸の前に、一台の馬車が停まった。


中から出て来たのは、オリバー・カーティス。


丸メガネとえんじ色のベレー帽が特徴的な彼は、主に貴族向けの肖像画を描いている有名な画家だ。


馬車から降りると、彼はゆっくりと周囲を見回した。

目に入るのは、古びた門と、手入れが行き届いていない荒れた庭。


かつての美しかった侯爵邸を思い出し、彼は悲し気に目を伏せた。



「……あれからもう六年か。時間が経つのは早いものだ」





―――六年前。

国を揺るがす大事件があった。


この国の王太子アルフレッドが、婚約者であるカミラ・レミニエル侯爵令嬢を 外国のスパイだと断罪した上、婚約を破棄したのだ。


カミラは修道院に送られ、レミニエル侯爵家はそれに加担した罪で取り潰し。

アルフレッドは、恋仲だったイリーナ男爵令嬢と婚約することになった。


しかし、その後、実はイリーナが隣国のスパイであったことが発覚。

イリーナは拘束され処刑されたものの、国の重要な情報は既に持ち出されており、取り返しのつかないことになっていた。


王家は、恋に溺れた挙句に、イリーナのスパイ活動に加担したとして、王太子アルフレッドと、側近の宰相の息子リカルト、騎士団長の息子ジャンを断罪。

三人は廃嫡され、それぞれ地方の小さな領地に追いやられた。


一方、カミラは無罪が認められたが、時はすでに遅し。

侯爵夫妻は心労で亡くなり、兄ユリウスは自害。

他に家族がいなかった彼女は、ひとりぼっちになってしまった。




この話を聞いたオリバーは、大層心を痛めた。


レミニエル侯爵は、芸術に対する造詣が深く、駆け出しのオリバーを様々な形で支援してくれた。

彼は度々侯爵家を訪れて絵を描き、時には幼いカミラと遊ぶこともあった。

なかなか画家として芽が出ずに落ち込んでいた彼を、優しい笑顔で慰めてくれたこともある。



「せめてお嬢様だけでも幸せになって頂きたい」



時折思い出しては、そんなことを考える日々。



そして、ある日。


彼のもとに、一通の手紙が届いた。

差出人は、カミラ・レミニエル。

破るように開いた手紙には、美しい字でこう書いてあった。



『是非、私の肖像画を描いてください』



オリバーは、泣き笑いしながら、胸をなでおろした。

肖像画を依頼するということは、余裕があるということ。

どうやらお嬢様は無事に暮らしているらしい。


彼は、その場で仕事を引き受けることを決断。

全ての仕事を放って、急ぎカミラが現在住んでいるという旧侯爵邸に来た、という訳だ。




** *




オリバーが館に入ると、どこかガランとしたエントランスに、見覚えのある厳格そうな男が立っていた。

先代の頃から侯爵家に仕えている、執事のセバスチャンだ。


彼は、前よりも白髪が目立つようになった頭を丁寧に下げた。



「お久し振りでございます、オリバー様。お待ちしておりました」



こちらこそ、と、挨拶を返しながら、オリバーはそっと周囲をうかがった。

以前のにぎやかなレミニエル邸は見る影もなく、薄暗い館内はシンと静まり返っている。


お嬢様はこんな寂しい所に住んでいるのか。


やるせない気持ちで、案内された客間で待っていると、軽い足音がして、目の覚めるような美しい金髪の女性が入って来た。


繊細で整った顔立ちに、理知的な青い瞳、上品な薄青色のドレス。

かつて社交界の白薔薇と呼ばれた、カミラ・レミニエルだ。


彼女は、オリバーに花がほころぶような笑顔を向けた。



「久し振りね。オリバー。よく来てくれたわ」



以前と比べると、かなり痩せてはいるものの、変わらぬ優しい微笑み。

思ったよりも元気そうな姿に、オリバーはホッとしながら立ち上がって頭を下げた。



「お久し振りです。お嬢様」


「こちらこそ、来て頂いてありがとう。―――まずは、お茶にしましょう。どうぞ座って」



二人はソファに向かい合わせに座ると、セバスチャンが淹れた温かいお茶を飲みはじめた。


久々の再会に、話に花を咲かせる二人。



しばらくして、カミラはティーカップをそっとテーブルに置くと、目を伏せながら言った。



「……この館も随分寂しくなったでしょう」



言葉に詰まり、何も言えなくなるオリバー。

彼女は、寂しそうに目を細めて笑うと、ポツリポツリとこれまでのことを話しはじめた。



「男爵令嬢だったイリーナがスパイだと分かって、王家は正式に謝罪してくれたの」



彼等は莫大な賠償金を支払うとともに、侯爵家の残っていた財産をかき集めて返却。

レミニエル侯爵家の復興を申し出た。

しかし、女性であるカミラでは爵位は継げなかった。



「もちろん結婚して、相手に侯爵家を継いでもらうことも出来たわ。でも、もう貴族社会にはうんざりで」



貴族の一員に戻れば、貴族社会に戻る必要がある。

面白半分に自分を糾弾して楽しんでいた彼らのいる場所に戻りたくはなかった。



「それに、レミニエル侯爵家はお父様とお母さま、お兄様のもの。他の誰のものにもしたくなかったの」



彼女は悩んだ末、この館で隠居生活をすることを選択した。

執事のセバスチャン他数名の使用人は、自らついてきてくれたという。


カミラは達観したように笑った。



「わたくしは、もう王家を恨んではいないのです。彼らは誠実に謝罪と弁償をしてくれましたし、できる限りの便宜を図ってくれました。

イリーナに対して思う所はありますが、死んで償ったのだと思っています。


――でも、婚約者だったアルフレッドと、その側近だったリカルトとジャンは別です。彼らは私の話を一切聞かず、自分の利益のためだけに、私と私の家族を陥れました。私が無罪と分かっても、謝罪すらしようとはしませんでした」


父母と兄が殺されたも同然で亡くなったのに、なぜ彼らがのうのうと生きているのか理解できない、と、無表情に呟くカミラ。


オリバーは、思わず唇を噛んだ。

彼女の悲しみや怒りが伝わってきて、胸が張り裂けそうになる。


辛そうに黙り込むオリバーを見て、カミラは、フッ、と、表情を緩めると、済まなそうな顔で言った。



「ごめんなさいね。こんな話。

……でも、どうか気になさらないで。おばあさまがよく言ってたの。 “ 悪いことをした人は、どんなに逃げても、いずれは自らの行いによって自滅する ” って。だから、彼らもきっとそうなるわ」



和やかな表情で笑うカミラ。


そして、上品な仕草でティーカップをテーブルに置くと、真剣な顔でオリバーの目を見た。



「それで、あなたを呼んだ理由なんだけど、



――――あなたに、私の遺影を描いて欲しいの」




* * *




予想外過ぎる依頼に、オリバーはティーカップを落としそうになった。


遺影、とは、葬礼の時に使う個人の肖像画だ。


自分が美しいうちにと、遺影を描かせる貴族女性はいるが、彼女はまだ二十代前半。

あまりにも早すぎる。



「恐れながら、早すぎるのではないでしょうか」



オリバーの言葉に、カミラは寂し気に口角を上げると、そっとドレスの袖をまくった。



「……っ」



オリバーは息を飲んだ。

その細い腕に、黒々とした大きな痣があったからだ。



「黒病よ」



黒病とは原因不明の病で、伝染性はないが、病の進行が早く、致死率が非常に高い難病だ。



「お医者様の見立てでは、夏までもつか微妙なところらしいわ」



全てを受け入れたような静かな表情で言うカミラ。


オリバーは、思わず手を握りしめた。

なぜ彼女ばかりこんな仕打ちを受けなければならないのかと、ぶつけどころのない怒りがこみ上げてくる。

何とかしてやりたいと心から思うが、今彼に出来ることは一つしかない。


彼は顔を上げると、カミラの目を見ながら、力を込めて頷いた。



「……分かりました。最高の技術を使って最高の絵を描かせて頂きます」



カミラは、嬉しそうに目を細めて微笑んだ。



「ありがとう。オリバー。これからしばらく、よろしくね」




* * *




二人は客間を出ると、二階の角にある部屋に向かった。

部屋は客間になっており、ベッドとクローゼットが置かれている。


クローゼットを開けて、中に掛かっている服をどけると、カーテンの奥に小さな扉が現れた。



「お嬢様、これは?」



小さな鍵で扉を開けながら、カミラはいたずらっぽく笑った。



「隠し部屋よ」



中に入ると、そこはそこそこの大きさの部屋だった。

高い天井に、天窓。

壁の一面には大きな棚が備え付けてあり、棚のない壁にはたくさんの肖像画が飾ってある。

オリバーが描いた侯爵夫妻や兄ユリウスのものもあった。


大きな棚が空のせいか、全体的にガランとした印象だ。



カミラは、棚の前に歩み寄ると、その前に置いてある立派な椅子を指差した。



「この場所に座っている私の絵を描いて欲しいの。それで……」



彼女は、くるりと振り向くと、空の棚を見上げた。



「この棚に、今から指定したものを描いて欲しいの」



壁に飾られた肖像画を見ながら、そこに描かれている美術品を指定していくカミラ。


オリバーは戸惑った。

空の棚に、美術品を描くことはもちろん可能だ。

しかし、遺影や肖像画に現実にはないものを描くのはルール違反だ。


悩むように黙り込むオリバーに、カミラは申し訳なさそうに言った。



「無理を言っているのは理解しているわ。でも、最後に、絵の中でもいいから懐かしい大好きな物に囲まれたいの」



その寂しそうな笑顔に絆され、オリバーは頷いた。



「分かりました。ルールには反しますが、全力で描かせて頂きます」



カミラを椅子に座らせ、注文通りにスケッチするオリバー。

空の棚に美術品を並べて描き、カミラの素の指や髪、首に装飾品を書き込む。


出来上がったスケッチ画を見て、カミラは目を輝かせた。



「素晴らしいわ。まるで昔に戻ったみたい。ありがとう。オリバー」





* * *




それからというもの。

オリバーは、定期的にカミラのもとに通った。


疲れやすいカミラに配慮して休憩時間を長めに取り、二人は様々な話をした。

昔の話や、オリバーのこと、最近の街のニュース。

その時間は、泣きそうになるほど穏やかで、まるで六年前に戻ったかのようだった。



冬の寒さが和らぐと共に、完成していく肖像画。

それとは対照的に、カミラはどんどん弱っていった。

絵を描く場所は、隠し部屋から居間になり、最終的にはカミラの寝室になったが、オリバーは魂を込めて描き続けた。



そして、暖かい風が穏やかにカーテンを揺らす、美しい春の日。


遂に肖像画が出来上がった。


セバスチャンの手を借りてベッドから起き上がったカミラは、手を打って喜んだ。



「まあ、なんて素敵なの」



絵の中には、カミラが悠然と微笑んでいた。

その首や髪の毛には装飾品が光り、背後の棚には、侯爵家ゆかりの美術品が並んでいる。


カミラは、感極まったように目を潤ませた。



「……まるで六年前に戻ったようだわ。なんて美しくて幸せそうなのかしら。本当にありがとう」



カミラの合図とともに、セバスチャンが金貨が詰まった小袋をトレイの上に置いて持ってくる。

小袋の横には、小さな箱が置いてあり、中にはカミラの瞳と同じ澄んだ青い宝石のついた小さな指輪が入っていた。



「これは、母がデザインして、兄が石を探して、父が作ってくれた指輪よ。希少な石を使っているので、売ればかなりの値がつくと思うわ。去年お金が必要で色々売ったのだけど、これだけは手元に取っておいたの」


「……お嬢様が大切にしていた指輪じゃないですか。受け取れません」



頑なに受け取ろうとしないオリバーに、カミラは懇願するように微笑みかけた。



「他の誰かに取られるくらいなら、私達家族を知るあなたにもらってほしいの。どうか私の形見だと思って受け取って」



絶対に引かないという意思を感じ、オリバーは頭を下げた。



「……分かりました。家宝としてありがたく頂きます」



カミラは、落ち窪んだ目から涙をこぼしながら、花がほころぶように微笑んだ。



「ありがとう。オリバー。最後にあなたに描いてもらえて幸せだったわ」





―――それが、オリバーがカミラを見た最後だった。





* * *





二日後、新聞にカミラの訃報が掲載された。


『悲劇の令嬢、カミラ・レミニエル死す』


面白おかしく書き立てる新聞を、オリバーは苦々しい思いで破り捨てた。

彼女の人生は、こんなに軽々しく語っていいものじゃない。




そして、事態は意外な方向に急展開する。


新聞に訃報が掲載された翌日、オリバーはレミニエル侯爵邸に呼び出されたのだ。





* * *




呼び出しを受けたオリバーは、急ぎレミニエル侯爵邸に向かった。


呼び出し主は、執事のセバスチャン。



(葬儀の案内にしては急すぎる。何かあったのだろうか)



嫌な胸騒ぎに襲われるオリバー。


そして、その予感は見事に的中。

侯爵邸には、意外過ぎる人物達が待ち構えていた。


アルフレッド元王太子。

その側近だった、宰相の息子リカルト。

同じく側近だった、騎士団長の息子ジャン。


カミラが最後の最後まで許せないと語っていた三人だ。



驚きを隠せないオリバーに、アルフレッドが鷹揚に言った。



「よく来たな。オリバー。王宮で肖像画を描かせたのが最後だから、八年振りか?」


「……お久し振りでございます。アルフレッド様。……失礼ですが、何故ここに?」


「なに。カミラが手紙を寄こしたのだ。生前迷惑を掛けたから、俺に遺産を譲りたい、とな」



軽薄そうに口角を上げるアルフレッド。


すると、ジャンが不機嫌そうに、ガタッ、と席を立った。



「待て! お前だけじゃなくて俺達三人だ!」


「そうですよ。抜け駆けは許しませんよ」



指で眼鏡を上げながら苦い顔をするリカルト。


アルフレッドは面倒くさそうに肩を竦めた。



「分かっているさ。だからこうして三人揃ってここに居るんじゃないか。独り占めしようなんて、俺はそんな品のない人間ではないぞ」


「さあ、どうだか。そっちの領地経営はかなり苦しいと聞いたぞ?」


「……それは、お前達の領地も同じだろう?」


「まあ、そうですね。今年はどこも小麦の育ちが悪かったですからね。正直、後がありません」


「俺も同じだ。でも、まあ、カミラ嬢の遺産があれば解決するだろ」


「ええ。侯爵家の美術品コレクションは有名でしたから、三人で分けても相当額になるのは間違いないでしょうね」



好き勝手なことを言いながら笑い合う三人。



アルフレッドは、呆気に取られて立ち尽くしているオリバーに詰問した。



「使用人によると、お前は三日前までこの絵を描いていたそうだが、間違いないか?」



オリバーは、アルフレッドが指差す先にある肖像画を見ながら頷いた。



「はい。間違いございません」


「この絵を描いた場所はどこだ?」



チラリとセバスチャンを見るオリバー。

セバスチャンは、静かに言った。



「私達使用人は、これがどこの部屋か知らされていなかったのです」



教えて差し上げて下さい、と、促され、オリバーは口を開いた。



「……二階の角にある隠し部屋です」



三人は顔を見合せると、大声で笑い出した。



「やはりだ! 予想は正しかったな! オリバーを呼んで正解だった!」


「使用人達が知らされてないと知った時は絶望しましたが、これでもう大丈夫ですね。最後の最後まで手間のかかる女性でしたね、彼女は」


「まったくだ。どうせ遺産をくれるなら、もっと早い方が良かったんだがな」


「はは。その通りだな。しかし、お前達、一応俺の元婚約者だぞ。もっと敬って差し上げろ」


「そうですね。後で白薔薇でも供えて弔って差し上げましょう」



慇懃無礼に今は亡きカミラを嘲笑う三人。


オリバーは唇を噛んだ。

こみ上げる怒りを隠すため握りしめた手のひらに、爪が食い込んで血がにじむ。


なんて非情で下品な奴らなんだ。

ここまでのクズだったとは。



そんなオリバーの気持ちなど露知らず、アルフレッドが上機嫌に言った。



「オリバー。今すぐ隠し部屋に案内してくれ」



何とか怒りを抑えて、三人を二階の角部屋に案内するオリバー。

クローゼットを開いて隠し扉を見せると、リカルトが得意そうにポケットから鍵を取り出した。



「鍵ならここにあります」



鍵は、カミラからリカルトへの手紙にだけ同封されていたらしい。


扉が開き、待ちきれないように隠し部屋に雪崩れ込む三人。


しかし、次の瞬間。

館中に怒声が響き渡った。



「どういうことだ!」


「何もないじゃないか!」



すぐさまオリバーを呼びつけるアルフレッド。


言われるがまま隠し部屋に入ったオリバーに、三人が詰め寄った。



元王太子の仮面をかなぐり捨てたアルフレッドが、怒鳴るように叫んだ。



「おい! オリバー! 本当にお前はここで絵を描いていたんだろうな!?」



オリバーは軽く息を吸い込むと、空の棚の前に置いてある立派な椅子を指差して言った。



「はい。間違いございません。この椅子に座ったお嬢様を描きました」


「本当なんだろうな! 本当にここだったのか!?」



目をギラつかせて狂ったようにオリバーに詰め寄るジャン。

怯えながらも、オリバーはきっぱり言い切った。



「はい。間違いございません」



すると、考えるように黙っていたリカルトが、口の端を歪めながらオリバーを睨みつけた。



「……あなたは、本当にあの絵を三日前に描き上げたのですか?」


「はい。間違いありません」


「……本当に、見たものをそのまま描いたのですか?」



一瞬、黙り込むオリバー。

そして、彼は覚悟を決めるようにこぶしを握り締めると、グッと顔を上げて叫んだ。



「はい。神に誓って、私は見たままを描きました」




すると、次の瞬間。



ガンッ



ジャンが、オリバーに詰問していたリカルトの襟首を掴んで壁に叩きつけた。


痛みのあまり顔を顰めるリカルト。


ジャンは、般若のような顔でリカルトを締め上げた。



「よく考えたら、お前一人だけ鍵を持ってたじゃねーか! お前が先に来て盗んだんじゃねーのか!?」


「ち、違います! 私はそんなことはしていません」



ジタバタと苦しそうに暴れるリカルト。

アルフレッドが、ギラついた目でリカルトを睨め付けながら、ゆっくりと口を開いた。



「……そういえば、リカルトだったな。一番最初にこの館に到着したのは」


「そ、それは、二人よりも早く手紙が届いただけで……」


「それと、リカルト。そのカフスボタンはどうした? 生前レミニエル侯爵が付けていたものに似てるが?」


「こ、これは鍵と一緒に手紙に同封されてきたものです! やましいものではありません!」


「っ! この野郎! 俺達の手紙にはそんなもの同封されてこなかった! やっぱりお前が盗んだんじゃねえか!」


「ち、違います!」



真っ青な顔のリカルトを、鬼の形相で追い詰める二人。



セバスチャンがそっとオリバーに近づいた。



「どうやら、長くかかりそうです。お帰りになっては如何ですか」


「……ああ。そうさせてもらおう」



怒声を背に、エントランスに向かう二人。


セバスチャンは、オリバーに小さな封筒を手渡した。



「これは、お嬢様からです」



無言で封筒を受け取るオリバー。

セバスチャンは、低い声で言った。



「……あのお三方が予想以上に無能でして、隠し部屋を見つけることが出来なかったのです。あなたをお呼びすることになったのは完璧に想定外でした」



申し訳なさそうな顔をするセバスチャン。

オリバーは黙って頷くと、口角を引き上げた。



「幾らでも呼んで下さい。私は人生最高の肖像画を描いたと自負しております」



セバスチャンは、顔をくしゃりと歪めると、潤んだ目元を隠すように頭を下げた。



「……ありがとうございます。感謝します」





オリバーが家に帰って封筒を開けると、カミラが死の直前に書いたと思われる手紙が出てきた。

ヨロヨロとした字で、何度も休みながら書いたらしく、ところどころ染みができている。


短い手紙には、厄介ごとに巻き込んでしまうかもしれない詫びと、感謝の言葉が綴られていた。


死後のことなど気にしなければ良いものを、最後の最後までらしい手紙。


オリバーは、手紙から顔を上げると、涙がこぼれないように上を向きながら呟いた。



「気にしないで下さい。お嬢様。全てを知っていたとしても、私はきっと同じ絵を描きました」




* * *




その後、新聞は大きなスキャンダルでにぎわった。


宰相の元息子リカルトが、変わり果てた姿で発見されたのだ。

遺体に、いたぶられたような暴力の痕があったため、騎士団は拷問の末に殺害されたと断定。

大規模な捜査が開始された。


捜査は難航を極めたが、レミニエル侯爵家の執事セバスチャンが、「リカルト様が、アルフレッド様とジャン様の二人と言い争っておりました」と、証言したことで一転。

騎士団は、二人を捕縛した。


捜査の結果、二人がリカルトの私物を売り払って金に換えていたことと共に、実は以前から領民を虐げた上に多額の脱税をしていたことが発覚。

裁判にかけられることになった。


裁判で、二人は「リカルトがレミニエル侯爵家の財宝を横取りした」と、必死に主張した。


しかし、カミラの正式な遺書に三人の名前は一切書かれておらず、レミニエル侯爵家の使用人も口を揃えて「そんな手紙を取り次がなかった」と、証言。


裁判所は二人が言い逃れのため適当な証拠を出してきたと断定。


金銭目的の悪質な殺人と断罪し、脱税罪と合わせて、ジャンに死刑を言い渡した。

この判決を聞いた時、彼は子供のように泣き喚いたという。


一方のアルフレッドは死刑こそ免れたものの、一生の幽閉刑を言い渡され、絶望。

発狂して、塔の上から飛び降り、自らの命を絶った。



こうして、カミラとレミニエル侯爵家を陥れた者は、全員この世から消え去った。









――――季節は巡り、カミラの死後、1年。


柔らかい風が若葉を揺らす、暖かな春の日。


オリバーは、王都から少し離れた場所にある、元レミニエル侯爵領地を訪れていた。

目的地はレミニエル侯爵家の墓地だ。


馬車を雇って郊外の墓地に向かうオリバー。

道すがら、御者の男がこんな話をしてくれた。



「一昨年、洪水がありましてね。作物は全滅。食べる物もなくて、冬を越せないんじゃないかってときに、匿名で多額の寄付があったんですよ。お陰でどうにか冬を越せました」



オリバーは、がらんとしたレミニエル侯爵家邸の隠し部屋を思い出し、そっと微笑んだ。

財宝達は、この土地を守るために使われたのだろう。

三人がいくら探しても何も見つからない訳だ。



のどかな田舎道を、ゆっくりと走る馬車。

しばらくして、馬は大きな丘の麓に停まった。



「この丘の上がレミニエル侯爵家の墓です」



オリバーは、馬車に待っていてもらうように頼むと、丘を登りはじめた。

青い空の下、小鳥の鳴き声を聞きながら、ゆっくりと登る。


そして、丘の上に到着した彼は、目の前に広がる美しい景色に思わず息を飲んだ。


一面に咲き乱れる白い花に、心地よい木陰を作る大きな木。

眼下には、美しいレミニエル領が広がっている。


大きな木の麓には、領地を望むように4つの墓石が置かれていた。

侯爵、侯爵夫人、兄ユリウス、そして、カミラのものだ。


風に吹かれながら、オリバーは墓石に歩み寄った。

新しい墓石と、カミラの儚げな笑顔が重なり、胸がいっぱいなる。


彼は跪くと、尖った木を使って穴を掘りはじめた。

穴の奥に、最後に渡された指輪の箱を置くと、丁寧に土をかぶせる。


そして、立ち上がって、流れる涙をそのままに、黙祷。


美しい風景を目に焼き付けるようにしばし立ち止まった後、ゆっくりと丘を下っていった。




風の音に混じって



ありがとう



そんな声が聞こえた気がした。












最後までお読みいただきありがとうございました。


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ご意見、ご感想、お待ちしております。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 悲しいけれど美しいお話でした。 [一言] 読めてよかったです。
[一言] この物語が美しいのはカミラは復讐すると同時に幸せだった時間を描き残した、画家としても恩人家族に報いれた"人生最高"に相応しいからだね。 これが事前に計画を知らされてたら、美術品としても淀み…
2022/10/25 00:04 退会済み
管理
[一言] とても素晴らしかったです! 涙が滲んでしまいました 灰色だった物語が、最後の数行あっという間に綺麗な色がついたような…上手く言えませんが、そんな印象を受けました とても心に残る切なくも素敵…
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