誤算
それから再び時が流れた。
それまでずっと兄弟二人きりで行っていた「遊び」は、セトも加えたことでより広がりを見せる………はずであった。
セトも世界の管理を任されたことで、三人は早速、お互いの世界を競い合わせることにした。始めのうちは、セトは「天啓」のやり方もおぼつかず、また「門」の接続も初めてであったため、一つ一つの工程を覚えるのに手間をかけたが、慣れると兄たちよりも巧みに冒険者や魔王を誘導して見せた。
兄たちは弟の手際に舌を巻くと同時に、彼がこの遊びに更なる興奮をもたらしてくれると信じていた。
だが、思いもよらない誤算がそこで発生した。
「わあ、カイン兄さまの世界の勇者は強いんですね!」
「ああ、また負けてしまいました。アベル兄さまの勇者も強いです!」
「あれれ。……また負けてしまいました」
「……今度は勝てると思ったのに」
「えぇ?なんで、どうして!……僕の魔王が勝てないなんて!」
「なんで……なんでなんですか……僕の世界の勇者だって強いはずなのに!」
「………………(グスっ)」
そう、まだ世界の管理を任されて日も浅かったセトの世界の勇者や魔王は、カインとアベルの二人の管理する世界のソレと比べて、圧倒的に能力が低く、まるで勝負にならなかったのだ。
考えられる要因としては、文明がそれほど発達しておらず、優秀な勇者や魔王が生まれる土壌が整えられていなかったことがあげられる。
「セト、お前の世界はまだ発展途上だ。もう少し待てば優秀な勇者や魔王が現れるはずだよ」
カインやアベルはそう言い聞かせたが、セトは思いの外、強情であった。
ある日の負けは「違います。戦略の差です。今回の勝負では、僕の世界の勇者は魔王が魔術を行使することをまるで考えていなかった。そこに油断が生まれたんです」
また、ある日の負けは「情熱の差です。今回は勇者が仲間たちの想いが託された剣で戦っていることを僕の世界の魔王は知らなかった。だから、追い詰められた場面での爆発的な威力の一撃に対処できなかったんです」と、まるで聞く耳を持たなかった。
二人の兄は弟をこの遊びに引き込んだことをひどく後悔した。
弟の世界はまだまだ未熟で、今後しばらくの間は、自分たちに対抗しうる勇者や魔王が生まれてくる見込みが無い。
だが、弟はその事を頑なに認めず、毎日のように勝負を挑んでは敗れている。
資源は有限である。
勇者や魔王などの「生きた駒」を使うこの遊びは、一方の命がほぼ必ず失われる。ましてや、父から世界の管理を任されたばかりのセトが管理している世界はたった一つだけだ。そこに住まう勇者や魔王の数は限られている。
自分たち神からすれば、この遊びはとっては暇つぶし程度のものだが、自分たちの管理する世界に住まう人々からすれば、一度に多くの数の勇者や魔王を失うことは、世界の均衡を損なうほどの大事である。
何より、一つの世界から一度に多くの数の人間や魔族が消失するのは異常事態である。父の眼にとまる可能性だってある。二人の兄からすれば、弟の世界の均衡が崩れるよりも、そちらの方がよっぽど恐ろしかった。