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カインとアベル

「うわーん!また負けたぁー!」


「へへん、どうだ、僕に勝つには千年早かったみたいだな!」


 その決着を見届けていた二人の兄弟は、一斉に声を上げた。


 一方は歓喜に沸く、勝利の叫びを。

 もう一方は、悲哀にくれる敗北の嘆きを。


「くそう!僕の持っている世界の中でも指折りの冒険者だったのに!」


「信仰心だけじゃ僕の魔王は倒せないよ、アベル」


 手足をばたつかせて地団太を踏んでいるのは、弟のアベル。


 それを半ば冷めたような表情であやしているのは、兄のカインである。


「兄さんばっかりズルいよ。魔術だけじゃなくて、剣術にも秀でた魔王を作るなんて!」

「作ったんじゃない、探し出したんだ。アベルは優秀な冒険者や魔王を探すのが下手なんだよ」


 駄々をこねる弟に兄は嬉しそうにデコピンをお見舞いする。その表情は勝利の余韻の残るしたり顔だ。


「でも、アベル。お前はあの冒険者に天上界の剣の一本を貸し与えたな?」


 不意に現れた兄の冷たい感情に、弟の地団太はピタリと止まる。


「ルール違反だぞ。父さんが知ったら大目玉だ」

「違うよ。宝物庫から出して眺めていたら、うっかり落としたんだ」

「父さんが何千年も前に竜を殺すのに使った剣を、か?嘘が下手だな」


 カインは呆れたようにため息をついた。



 §§§§§



 二人は人間でも魔族でも無い、地上とは全く別の次元にある世界―――天上界に住む別次元の種族、いわゆる「神」と呼ばれる存在である。二人とも容姿は少年と呼んで差し支えないものだが、その年齢は人間の寿命をはるかに超越したものである。それでも、彼らは天上界に住む神々の中では、最年少の部類に入る若さだ。


「これで僕の295772勝295771敗だな。へへん、僕の勝ち越しだ」

「まだ一勝されただけだもんね。世界はいっぱいあるんだ、いくらでも優秀な冒険者を探し出して見せるさ」

「おやおや、そういって僕に100連敗したのはどこの誰だったかな?」


 兄の顔に浮かんだ意地の悪い笑みに、弟はぷうっと頬を膨らませる。


「でも、そこから巻き返してるもんね!兄さんだってこの間、僕に30連敗してへそを曲げてたじゃないか」

「アレはお前がズルをして、他所の神の世界から勇者を借りてきただろうが」

「えぇー?僕はそんなこと知らないよぉ?」


 カインはワザとらしくうそぶく弟にもう一度、デコピンを喰らわせた。「ふぎゃ!」という間の抜けた声を上げて、アベルは床を転げる。まったく、バレなかったから良かったものの。今回の事を含め、コイツのズルは何度目だ。



 人によって信仰する神がそれぞれ異なるように、神は一人ではない。


 この兄弟の父でもある「創造主」を筆頭に、実に多くの神が存在する。


 そして、その神を信仰する実の多くの人々が存在し、彼らが生まれ、育み、死んでいく実に多くの世界が存在する。


 父たる創造主は、その無数にあるともいえる世界の「管理」を、自らの子供たちに任せている。もっとも「管理」とはいっても、みだりに手を貸すことは原則として禁じられている。基本的には人の成り行き任せであり、できることと言えば、地上の人々から「天啓」と呼ばれている、外から声をかけてやることくらいだ。


 この兄弟も父から世界の「管理」を命じられている。もちろん、彼らも世界を管理する上でのルールの例外には漏れない。それぞれの世界に目を通すことを日課とし、「あそこの世界では文明が発達して電気が使われるようになった」とか「あそこの世界では今、激しい戦争が起こっている」等の報告を父にする。たまに熱心な祈りの声を聴けば、それに応じて声をかけてやる。それだけで人間たちは大騒ぎするので、やるのはごく偶に、だ。それが天上界に住まう神々の「お仕事」だ。



はっきりと言ってしまえば「特にやることは無い」のだ。



 人間の年齢をはるかに超越しているとはいえ、神々の基準で考えればまだまだ幼い兄弟は、この退屈な日々にすぐさま音を上げてしまった。


 ただただ外から世界を眺めて報告して、たまに声をかけてやるだけの生活がこれからも続くと考えただけで、兄弟は頭を抱えて悶絶した。これでは地獄の拷問と何ら変わりないではないか、と。


 だが、その悶々とした日々の中で、兄弟は退屈な日々を打破するべく、ある「遊び」を考えだした。


 それがあの「冒険者」と「魔王」の戦いである。彼らは日々、父の眼を盗んでは、自らの管理する世界の冒険者と魔王とを持ち寄っては戦わせているのだ。



 カインが手の中でビー玉を転がすように見ているのは、父から管理を任されている世界の一つである。覗き込むと、魔王は冒険者の首を高々と掲げ、誰もいない荒野の中で一人、勝利の喜びに打ち震えていた。


「ハハッ、見てみなよアベル。コイツ一人で喜んでやがる」

「フンだ。僕は見る気にならないね」


 兄は手の中で勝利の雄叫びを上げる魔王と、そっぽを向いたままの弟とを交互に見ては、またニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべている。


「ああ、勝利っていうのは実に気持ちがいいよなあ。勝負をするからにはやっぱり勝たないとダメだよなあ、か・た・な・い・と」


 勝利に舞い上がるのは魔王も神も同じようだ。兄の自慢にすぐさま辟易したアベルは、耳を手で押さえながら「あーあーあー」と聞こえないふりをした。だが、兄の意地の悪さは、弟のはるか上をいくものだ。やがて根負けしたアベルは切り出した。


「もういいだろ兄さん。勝利の余韻に浸らせてやるのもいいけど、そろそろ『(ゲート)』を開けようよ。でないと、父さんに怒られちゃうよ」

「そうだね。そろそろ『門』を開くか」


 満足したのか、カインも頷いた。二人はお互いの手の中に在ったビー玉同士をゆっくりと近づけた。二つの距離は、近すぎず遠すぎずの極めて微妙な距離である。


「準備できたよ、兄さん」

「よし……じゃあ、『門』を開くぞ」


 兄弟は同時に呪文をつぶやく。


 詠唱が終わると同時に二つの間を糸のようにか細い光が繋ぐ。これが異界同士をつなぐ「門」だ。


「よくやったな大魔王よ……」


 カインは魔王に囁きかける。「天啓」を行って、魔王をもとの世界へと戻すためだ。彼が選んだ魔王は、魔族にしては珍しい、神の声を聞き入れる信心深い魔王だった。


 魔王が光の糸を渡り切ったことを確認すると、兄弟はお互いの世界を繋いでいたソレを勢いよく手を振り下ろして断ち切った。ブツっと電源の切れるような音と共に糸は断ち切られ、光は砂のように流れてやがて消えていった。これが繋げた世界の正しい断線の方法であった。



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