体育館
私は、あの体育館で星になった。
死んでしまった。
なぜ、死んでしまったのかは分からない。
でも、死ぬ前の記憶は覚えていて、体育館で死んでしまったという事実も知っている。
また、死んでいるはずなのに、身動きはできないが何かを考えることはできる。
前には闇の中に浮かぶ小さな光がたくさん見えていて、長い間、そのような状態で宇宙のような空間を漂っている。
今は、銀河の果ての星になっている・・そんな感じである。覚めない夢を見ているのではないかとも思ってしまう。
そんな時、突然、天から謎の声で問いが降ってきた。
「なぜ、死んでしまったのか、理由を知りたくないか?」
私は突然の心の中につぶやきかけるような声に驚いた。
誰もいないのに声が聞こえる―
私は、戸惑った。
だが、その謎の声の問いにまじめに答えることにした。
なぜなら、なんだかその問いが希望の言葉に聞こえたからである。
それは、身動きができない状態で、何も起こらないことが苦痛である現状を救ってくれる気がしたからである。
正直、退屈であった。
何か起こらないかと思って、新しいことが起きてくれるのを待っていた。
そんな時に天から降ってきた謎の問いは、なんだか新しいことが始まりそうな予感を運んでくる良い前兆に思えた。
そのため、私は少し考えて、
「死んでしまった理由を知りたい!」
とその謎の声の主に届くように心の中で叫んだ。
しかし、返答はなく、何も起こらなかった。
「何も起こらないのか‥」
「つまらないなぁ」
「あの問いは何だったんだろうか?」
そう思った。
その後、謎の問いの内容について少し考えるようになった。
「死んでしまった理由を知りたくないか??」
「そんなことなんて・・」
「あまり気にしてなかったなぁ・・」
「あれっ 私って、なんで死んでしまったのだろう?」
「あの体育館で・・何があったのだろう?」
「何だっけ?何だろう?なんで?なんで?」
いつの間にか、謎の問いのせいであまり気にしていなかった自分の死因が気になるようになっていた。
「なんで?なんで?」
頭の中が自分の死因が何であるかという疑問に占領されていた。
そして、止まらない疑問と戻らない記憶に苛立ちを覚えていた。
その時、突然、目の前が明るくなった。
「何?」
すると、また心の中につぶやきかけるような声で、天から言葉が降ってきた。
「君を君が死んだあの学校へもう一度連れていってあげよう!そこで自分の死因を探すといい!しかし、タイムリミットはあちらの時間で午前二時から午前二時半の間だ!」
その声の後、気が付くと私は懐中電灯のような光を持って、死ぬ前に通っていた学校の教室にいた―
ここは私が生きていた時に通っていた中学校。
あまり好きじゃなかった中学校の教室。
私のクラスである二年二組。
壁にはクラスメイトがつくった掲示物。
そんな掲示物を照らす懐中電灯のような光。
その光が照らした黒板の上の時計。
午前二時。静かな校舎。
いつも騒がしいようだったクラス。
そんなクラスになじめなかった私の席。
この前まで使っていたはずなのに懐かしく感じる机。
机に描いてある小さな落書き。
今は他の人が使っていると思う椅子。
椅子に座り、見上げた空。
一人で星を見上げている孤独。
今も生きていた時も独りぼっちの私。
独りぼっちの私は、この教室で数分間、考え事をしていた。
「家族はどうしているかな・・
クラスメイトは死んだ私をどう思っているかな・・
きっと優しかった先生は悲しんでいるだろうな・・
ああ、家族に会いたいな・・
家族や先生に迷惑をかけてしまったな・・
クラスメイトもきっと悲しんだだろうな・・
いや、私はクラスで目立つタイプじゃなかったし、クラスメイトと仲良く関わることがあまりなかったから、悲しんでいないだろうな・・
でも、先生が悲しんでいたら、クラス全体が悲しい雰囲気になるかな・・
そうしたら、みんな私が死んだことに悲しむだろうな・・
いや、たとえそんな雰囲気になっても、みんな悲しんでいるふりをして、私が死んだことを心で笑っているかもしれないな・・
生きている時も死んでいるような奴だったけど、ついに本当に死んでしまったよねって・・・・
ああ、好きだったあの人は死んだ私のことをどう思っているかな・・
せめて、私のことは忘れてほしくないな・・
でも・・・・・・
きっと忘れられるかな・・・・・・」
そんなことを考えているうちに、時刻は二時一五分に近づいていた。
「ああ、やばい!早く体育館に行かないと、死んだ理由が分からないまま、またこの世から消えちゃう!」
私は急いで手に持っている懐中電灯のような光を廊下に向け、教室を出た。
そして、その光で廊下の奥の方を照らし、その細くゆらゆらと揺れる光に沿って歩き始めた。
真夜中の校舎を歩くのは初めてである。
なんだか、やけに静かで、気味悪く、嫌である。
目の前にある音楽室からは今にも突然、ピアノの音が聞こえてきそうである。
幽霊なんかが出てきそうである・・・・
そう思った瞬間、涙が溢れてしまった・・
私は気付いてしまった―
私がそれだったということに・・・・・・
そして、私は体育館の入り口に着いた。
鍵がかかっているはずの校舎の扉も難なく開けることができたため、ここまで来ることができた。
(だって、幽霊だもの。)
私は鍵がかかっているはずの体育館の扉も開け、中に入った。
その後、手に持っている懐中電灯のような光で奥の方を照らした。
すると、光は何かに反射して目の前を白くした。
白くなった視界が元に戻った時、そこに浮かび上がってきたものは、よく工事現場に置いてある三角のコーンとそれにつながった棒だった。
その棒には『立入禁止』と書かれた紙が貼ってあった。
どうも、これは現在、体育館の中で工事が行われていることを示しているようである。
「何の工事だろう?」私は気になって、その先に懐中電灯のような光を当てた。
すると、そこには壊れて、下に倒れているバスケットゴールとその柱があった。
その近くを見ているとそこにはいくつかの花束が置いてあった。
それを見て、私は自分が死んだ理由をすべて悟った。
「私はここで壊れて、落ちてきたバスケットゴールの柱に潰される事故によって死んだのか・・」
そして、その時のことが蘇ってきた。
「確か、あの日の体育の時間に体育館でバドミントンの試合があって、私の好きな人がその時に戦っていたんだ。だから、私は少し離れたところからその姿を応援し、見つめていた。でも、その応援していた場所が不運だった。突然、上から柱が降ってきた。見つめていた好きな人の姿が見えなくなった。私は頭を打った。倒れた。気を失った。救急車は間に合わなかった。もう息はしていなかった。若くして死んだ。一三歳だった。短い命・・悲しすぎるよ・・」
私が悲しみに暮れていると、時刻は二時半になった。
もう戻らなければならない約束の時間である。
すると、また心につぶやきかけるような声が天から降ってきた。
「時間だ。死因は分かったから、もういいだろう?さぁ戻ろう。」
私は「もう戻らないといけないのか・・」と思った。
「さぁ戻ろう。戻ろう。戻ろう。・・」
謎の声は「戻ろう。」という言葉を連呼している。
「分かった・・戻ります・・」
と私は心の中で言った。
しかし、不思議なことに私は体育館にいるままである。
私は「どうやって戻るのだろう?」と思った。
しかし、それでも謎の声は「戻ろう。」と連呼している。
「戻ろう。戻ろう。戻ろう!・・」
それでも体育館にいるままである。
謎の声は何度も何度も「戻ろう。」という言葉を繰り返すうちに、言い方が強くなっていた。
最初は心につぶやきかけるような声だったが、普通に話しかけるぐらいの声になり、さらに叫ぶぐらいの声にまでなっていた。
「戻ろう!戻ろう!戻りなさい!戻りなさい!戻れ!戻れ!・・」
ついには言葉も怒鳴りながら命令するような言葉になっていた。
私は怖くなってきた。
「どうやって戻るの?」それでも声は鳴りやまない。
そんな時、私はあることに気が付いた。
「この叫び声、どっかで聞いたことがあるような・・」
「戻りなさい!戻れ!戻りなさい!・・」
「あっ」
私はその声が誰なのかを思い出した。
「これは母の声だ!母が怒っている!」
私はその声に懐かしい気持ちと怖い気持ちと謝罪の気持ちで頭の中が混沌とした。
「ごめんなさい。」
とつぶやきながらも私は耳を塞いでいた。
それでも、聞こえてくる。
「戻りなさい!戻れ!起きなさい!起きなさい!・・」
なぜか「戻りなさい!」が「起きなさい!」に変わっていた。
「『起きなさい!』って何?」私は思った。
「起きなさい!起きなさい!・・」
「母の声で『起きなさい!』?」
私はここでさっきまでとは違った怖さを覚えた。
「もしかして・・これは・・」
その後、私はもう体育館にも、銀河の果てにもいなかった―
私の目の前には、ぼやけて見える見慣れた模様、いやこれは天井。
自分の部屋の天井。
横には母の姿。
固まった体をはっきりしていく意識が溶かして、動かせるようになった。
母がもう一度、何かを言う前に、体は反射的に後ろを向き、手を伸ばして、そこに置いてある時計を取り、それを見ていた。
時計は七時一五分ごろを示していた。
「なんとかセーフ!」
と私は心の中でつぶやいて、体を起こした。
母が少し呆れた顔で
「遅刻するよ。」
と言って、私の部屋を出ていった。
私はその後、急いで布団から出て、学校に行く準備をした―
私の名前は陽呼子。
カタカナで書くとヒヨコ。中学二年生の女の子。
明るいタイプではなくて、学校ではいつも独りで勉強などをしているような子である。
中学校に友達と呼べる人はおらず、人と関わることは苦手。学校が嫌いであり、休みの日を目指して学校に行っているような感じである。
しかし、今、学校に好きな男子がいて、その人に会うことが学校に行く原動力でもある。
その男子とは同じクラスの剣利という人であり、とてもイケメン。
かわいくない私とは不釣り合いな人であり、到底結ばれることはないと分かっている。
だから、見ているだけでいい。
でも・・
着替えなどを済ませた私は、慌てて家を出た。
学校には遅刻せずに行けそうである。
日頃、無駄に早く起きて学校に行っていたため、少し寝坊しても遅刻することはなかった。
しかし、ぎりぎりの時間に行くことが嫌いな私は少し急ぎ目で学校に向かった。
急ぎ目で学校に向かっていたが、頭の中はずっと朝のことを考えていた。
「今日は体育館で死んじゃう夢なんて変な悪夢を見たなぁ・・現実かと思っちゃった・・そんな遅くまで寝坊しなくてよかったなぁ・・今日も疲れる日になりそうだなぁ・・」
そうやって考えているうちに、中学校に着いた。
私は校門をくぐり、校舎に入って、階段を上り、いつもよりも人が集まっている教室に押しつぶされるように自分の席に着いた。
今日も相変わらず、居心地が悪いところである。
私は置物のようになっていた。
しかし、目だけは唯一の癒しである大好きな剣利くんの姿を探していた。
私は剣利くんをみつけ、その輝く姿をぼんやりと見ていた。やはり、今日も「素敵な人だなぁ。」と思った。
チャイムがなり、担任の先生がやってきた。
それに気付いても、騒がしいのが、このクラスである。
今日も先生のお説教から始まって、授業の時間になった。
一時限目の数学、二時限目の国語、三時限目の歴史と授業は進んでいき、次は給食前である四時限目となった。
その間、私は自分の席からほとんど離れることはなかった。しかし、次は体育である。
体育館に行かなければならない。
私は面倒くさく思った。
なぜなら、あまり体育が好きではないからである。
別に運動が苦手なわけではないが、クラスメイトと一緒に活動をするのが嫌だった。
それに今日はいつもよりも、周りの女子たちの目線が怖く感じた。
何か私のことについての悪口を話している気がした。
(被害妄想かもしれないが・・)
私はすぐに着替えて、独りで体育館に向かった。
私と同じように、クラスの女王のような存在である瑠美香が仕切る大きな女子グループに入れずに独りでいる女子もいるが、その人と友達になろうとは思わなかった。自分がどう思われているかが分からず、話しかけることが怖かった。
体育館に着くと、体育館の前方に男子が整列していた。
この授業では、男子と女子が分かれて活動を行うため、男子は体育館の前方を使い、女子は体育館の後方を使うことになっていた。
そのため、数名の女子がいる体育館の後方で授業の開始を待っていると、他の女子たちはゆっくりと集団で体育館にやって来て、自分の位置に乱れた列で並び始めた。
そして、「まじ、今日の体育、何すんの?」「跳び箱じゃね?」「だるくね。」などと私語をしだした。
怖めの先生が来て、私語は止み、授業が始まった。
今日の体育はバスケである。
先生が二人のペアをつくって、パスの練習をするように促した。
そのため、みんなペアをつくり始めた。
友達のいない私はただ立ち尽くしていた。
不運なことにここにいる女子の人数は一五人であり、奇数であった。
当然のように私は取り残された。
(いつものことであるが・・)
そして、先生はそんな私を見て、無理やりどこかのペアに混ぜて、三人組をつくった。
私はいつも思う。
「なんで、先生はここにいる女子の人数が奇数なのに、二人のペアをつくらせようとするのよ!分かってやっているなら、罪だよ!・・いや、先生は悪くないか・・」
そして、パスの練習が始まった。
私は、三人組で練習をするはずだったが、他の二人は私がペアに入ってきたことを無視していた。
そのため、私にボールがまわってくることはなかった―
地獄のような体育もなんとか頑張り、あと五分で終わるというところである。
先生は「最後の五分間は、自由時間にするから、チャイムが鳴ったら、自分たちで終わって解散するように。」と言って体育館から出ていった。
その合図とともに、みんなが体育館に散らばり、それぞれのことを始めた。
私は、運動する気も誰かと遊ぶ気もないため、みんなから隠れるように体育館の隅のバスケットゴールの下あたりに行った。
そして、体育館の前方で男子たちが遊びで行っているバドミントンの試合を見ることにした。
なぜなら、その試合で大好きな剣利くんが戦っているからである。
私は立ったままバスケットゴールの陰で、ずっとバドミントンをするかっこいい剣利くんの姿を見つめていた。
ずっとずっと見つめていた。
周りが見えなくなるくらい、見つめていた・・
すると突然、私を痛みが襲った。
その衝撃で見つめていた好きな人の姿が見えなくなった。
私は倒れた。
そこには体育館の床に貼られた赤いテープ。
そして、また痛みが襲った。
何が起きたかのか分からない。
しかし、立ち上がることはできなかった―
数秒間の出来事だったが、とても長く感じた。
私は確かに聞こえる笑い声のような声に寒気を感じながら、なんとか立ち上がった。
そこには、私を見て笑う瑠美香(クラスの女王)の姿と同じく私を見て笑う瑠美香の仲間たちの姿があった。
さらに私の周りの床にはいくつかの硬めのボールが転がっていた。
私はそれを見て、すべてを悟った。
「さっき倒れてしまったのは、瑠美香とその仲間たちが私にめがけて、わざと硬めのボールを投げてきたからなんだわ・・いきなりボールをあててくるなんて・・ひどい・・」
そう思った瞬間、瑠美香が私を見て、口を開いた。
「あんたの顔を見るとイライラするんだけど!あんたなんて、生きている価値がないんだから、早く死んでくれる?何、その顔?まじ、きもいんだけど!クソヒヨコ死ね!死ね!」
いきなりの心のない言葉に私は驚き、泣いてしまった。
意味が分からなかった。
しかし、その言葉が号令のように瑠美香の仲間たちは、私にボールや悪口を投げつけてきた。
何度も何度も。
それらは、無防備だった私の心にナイフのように深く突き刺さった。
そして、私は気を失ったような状態で泣くことしかできなかった。
「やめて・・」と心が叫んでいた―
チャイムがなり、私をいじめていた瑠美香たちが教室に帰っても、しばらく、私はその場から動くことができなかった。しかし、私は自分が給食当番であることを思い出した。
そのため、私は震えている体を無理やり動かして、急いで教室に戻った。
教室に戻るとみんなは着替えが済んでいて、体操服を着ているのは私だけだった。
トイレですぐに着替えようと思い、机の上に置いた制服をとろうとすると、そこには置いていたはずの制服がなくなっていた。
するとまた、困っている私のことを笑うような声が聞こえてきた。
私はこれも瑠美香たちの仕業であると気づいた。
私は心の中で呟いていた。
「もう・・どうすればいいの・・こんなこと、やめてよ・・」
すると、瑠美香が絶望している私に向かって言った。
「ヒヨコちゃん。早く制服に着替えないの?給食当番でしょ?もしかして、さぼるつもり?あんたのせいで給食が遅れたら、知らないよ・・殺してやるから!まぁまぁヒヨコちゃん、泣かないで。冗談だから。」
その言葉を聞いていた周りの男子たちはおもしろいことが始まったかのように、にやにやと笑っていた。
まるで私の周りには、敵しかいないような感じがした。
しかし、担任の先生が教室に近づいて来る足音が聞こえると、瑠美香たちは焦り始めた。
すると、私の制服がどこからか飛んできて、私はそれを手に取った。
そして、先生が教室に入るときには、私は制服をきちんと手に持っていた。
まるで、何事もなかったような雰囲気がつくられた。
そのため、私は先生に「早く着替えなさい。」と言われないように、トイレに走って急いで制服に着替えた。
教室に戻ってきたときには、私がいなくても、給食当番の仕事はすべて終わっていて、あとは『いただきます』をするだけの状態になっていた。
そのため、私は席に着き、みんなと一緒にしなければならない『いただきます』をして、悪意があるように汚く盛り付けられた給食を無言で食べた―
なぜ、私がいきなり瑠美香たちから『いじめ』を受けることになったのかを考えてみた。
すると、思い当たることがあった。
それは昨日、クラスの女王である瑠美香がクラスの女子全員に「放課後、集まるからね。」と命令をしていたことである。
私は、特に強制でもないと思ったため、学校が終わった後は、すぐに家に帰った。
しかし、それが瑠美香たちを怒らせてしまったのだと思う。その証拠に「瑠美香のいうことに逆らうから、こんなことになるのよ。」と私に言ってきた人がいた。
昼休みになった。
私は、給食当番の仕事を終えて、教室に戻ってきた。
すると、瑠美香たちが私の前に現れた。
私は嫌な予感しかしなかった。
そして、瑠美香が言った。
「ヒヨコちゃん。なんで昨日、集まるって言っていたのに来なかったわけ?他のみんなはちゃんと集まっていたよ。これって私に喧嘩を売っているわけ?それなら、買ってあげる。どうなるか分かっているでしょ・・殺してやるよ!クソヒヨコ!死ね!死ね!」
私は、その言葉を聞いて、震えながら言った。
「行かなくて、ごめんなさい・・」
口が震えていたため、弱弱しい声になってしまった。
「聞こえないんだけど!本当に反省しているの?反省の態度が見えないんだけど!」
瑠美香はそう言って、仲間たちに合図を送った。
すると、瑠美香の仲間たちは、チョークを私に投げつけてきた。
私の顔と制服は、チョークの粉まみれになり、その場で叩いて落とせるものではなかった。
次に瑠美香たちは私の机にチョークや鉛筆で私の悪口を書き始めた。
すぐに机の上は私の悪口でいっぱいになった。
気付けば、黒板にも私の悪口が書いてあった。
『クソヒヨコ、死ね!死ね!死ね!』
私はもう黒板も机も見ることができなかった。
なにもできなくて、ただ泣いていた。
死にたくなった―
そんな私を見ていた周りの人たちの中には、見て見ぬふりをしている人、かわいそうな目で見ている人、笑って楽しんでいる人がいた。
その中で、私が最も傷ついたことは、大好きな剣利くんがいじめられている私を見て、笑っていたことである。
剣利くんは私が苦しむことを楽しんでいた。
私が苦しめば、苦しむだけおもしろい動画を見ているように笑っていた。
さらに、私は剣利くんが友人に言った言葉が聞こえてしまった。
「あのヒヨコっていう人、かわいそうだよね。髪がチョークでぐちゃぐちゃになっているし。前から不気味な感じだったから、いつかはいじめられると思っていたけど、瑠美香にこんなにひどくやられるとはね・・でも、なんか面白いね。なんか泣いている姿、きもくね?」
私の心は剣利くんの言葉によってとどめを刺された。
絶望である。死にたい・・
最後に瑠美香は言った。
「ヒヨコちゃん。今日は遊んであげたことに感謝してね。でも、先生に言うなんてそんな幼稚なことはしないでね。もし、先生に言ったら、どうなるか分かっているでしょ・・殺してやるよ!まぁまぁヒヨコちゃん、そんなに泣かなくていいんだよ。泣かなくていいから、授業が始まるまでに机の上とかちゃんと片づけておいてね。」
その後、私はトイレに行って、制服を叩き、顔や髪についたチョークの粉を水で流した。
それでも、制服は完全には綺麗にならず、汚れたままだった。
その後、机の上の落書きを消し、黒板の落書きも消した。
また、何事もなかったような雰囲気がつくり出された。
昼休みが終わり、掃除をして、いつも通り五時限目が始まった―
五時限目のときも六時限目のときも、私は授業に集中できなかった。
私は、絶望の中を彷徨っていた。
窓の外で降りしきる激しい雨に打たれたように、私の心はびしょ濡れになり、震えていた。
乾かせずに冷えた心は、感覚を失っていた。
感覚を失った心は目に見える景色をモノクロにし、まるで夢でも見ているような気にさせた。
しかし、苦しみは消えず、ずっと私を襲ってきた。
死にたくなった。
感覚を失った心のせいか、死があまり怖く感じなくなっていた。
死の恐怖よりも現実の恐怖の方が上回っていた。
どんな悪夢よりも恐ろしい現実の悪夢から覚めるために、すぐにでもこの世から消えたかった。
「死んだら、苦しみも剣利くんのことも・・・・・・
きっと忘れられるかな・・・・・・」
六時限目の授業が終わり、みんな帰る準備を始めた。
私は瑠美香と目が合わないように帰る準備をして、担任の先生が来るのを待っていた。
なんとか、担任の先生が教室に来るまで何事も起きずに済んだ。
クラスで起きていることを知らない先生は、いつも通りに連絡や話を始めた。
その話が終わり、『さようなら』の挨拶をすると、私は早く教室を出ようと思い、小走りで廊下に向かった。
すると、瑠美香がこちらを見て、笑いながら言った。
「ヒヨコちゃん、明日も一緒に遊ぼうね・・バイバイ・・死ね。」
私はその言葉で銃を向けられたように怯えながら、急いでその場を離れ、階段を降り、靴を履き替え、校舎の外に出た。
外は雨が激しく降っていた。
しかし、朝、遅刻すると思って急いで家を出た私は、傘を持ってくるのを忘れていた。
私は仕方なく、傘なしで大雨の中を帰ることにした。
「もうどうでもいい。」と思った。
服も心もびしょ濡れになりながら帰った。
雨に交じって、涙もチョークで汚れた制服を流れていた。
この雨に溺れて、消えたかった―
そして、私は通学路の途中にある橋まで着いた。
そこから見える川は大雨の影響で増水し、茶色い水が音をたてながら、速いスピードで流れていた。
私はその川を見て、
「この川に流されたら、天国にでもいけるかな?」
と思った。
橋の柵を超え、川に飛び込み、どこかに流されていく自分の姿を想像していた。
「もう疲れた。」と一歩、橋の柵に近づいたとき、
我に返った。
「今、私、危険なことを考えていたわ・・この川に飛び込もうとしていた・・私は自殺しようとしていた・・私は命の限り、生きなければならないのに・・確かに私は、死ぬことは自由だと思っている。でも、私が死んだら、悲しむ人がいる。それは、家族や先生、これまでに関わってきた人たち。私にその人たちを悲しませる権利はないと思う。だから、どんなにつらくても生きなければならないと思う。生きることは義務だ!・・そんなこと、分かっているの!・・でも、無理だよ・・生きていることが苦しいよ・・誰か助けてよ・・」
私は頭の中で葛藤を繰り返しながら、なんとか家にたどり着くことができた。
ドアを開けようとしたら、鍵がかかっていた。
母は出かけているようである。
私は濡れたバックから鍵を取り出して、ドアを開けた。
家の中に入り、誰もいないが「ただいま」と言うと、家に着いたという安心感からだろうか、さっきまで感じていた緊張が少しほぐれた。
とりあえず、シャワーでも浴びることにした―
シャワーを浴び、髪や濡れた制服、靴、教科書などを乾かした私は、好きなジュースを飲んで一息ついていた。
テーブルには「帰りが遅くなるから、鍋の中にあるカレーを温めて食べてね。」と書いてある母からのメッセージが置いてあった。
私はあまり食欲がなかったので、晩ご飯はあとにして、自分の部屋に行き、ギターを取り出した。
実は、私はロックミュージックがとても大好きで一年前にエレキギターを購入してギターの練習をしている。
まだ、そんなにうまくは弾けないが数曲は弾くことができる。
歌うことも好きなので、大好きなロックバンドの歌をよくエレキギターの演奏に乗せて歌っている。
いつもは、母に「うるさい」と言われるため、あまり激しく歌ったり、エレキギターを弾いたりすることはできないが、今日は母がいない。
私は、エレキギターをアンプにつなぎ、とりあえず、Eコードを鳴らした。
綺麗な音が鳴った。
私はこの腐りかけた現実から音楽が創り出す世界へとはやく逃げ込みたかった。
まず、ギターで今日の苦しみを切り刻むようにカッティングをし、苦しみを壊すように激しくストロークをした。
それに合わせて、ストレスを吐き出すようにシャウト気味に歌い始めた。
部屋中に私の声とギターの音が響き渡った。
私は音楽が創り出す世界に入り込み、自分の弱さや苦しみと向き合いながら、ギターを弾き、歌った。
すると、さっきまでは見えなかった希望の光が差したような気がした。
この気持ちは音楽だけが起こせるマジックだと思っている。そして私は、次が本日最後の曲と決めて、歌詞を噛み締めるように丁寧に歌って、演奏を終えた。
私の頭の中には、今日、歌ったある曲の歌詞が残っていた。
『考えることは大切
だけど考えすぎたら分かることも分かんなくなるよ
だから悩んでしまうくらいなら
いっそ何も考えずに前に進め!』
私は、今は明日への不安を考えすぎずに、明日は瑠美香を恐れずに前に進もうと思った。
食欲も戻ってきたので、母が作ったカレーライスを食べることにした。
それを食べていると、母が帰ってきた。
私はいつも通り、母とテレビの番組についてなどの話をした。
しかし、学校での『いじめ』についての話は一言もしなかった。
たぶん、私は母に学校での『いじめ』についての話をずっとしないと思う。
いや、しないのではない、できないのだ―
私は寝る時間になって、ベッドの中に入った。
学校のことについて、考えないようにしようとは思っていたが、やはり考えてしまった。
そのため、なかなか眠れなかった。
明日が来てほしくないという気持ちがあった。
眠れないことに焦って、もっと眠れなくなっていた。
「眠れない・・眠れない・・」
と思っているうちにいつの間にか眠りについていた―
目覚まし時計の音が私を起こした。
私は目覚まし時計の音を止め、そのまま起き上がった。
窓の外は、昨日の雨が止んで、太陽が青空を創ろうとしていた。
しかし、私の心の中に、青空を創り出してくれる希望の太陽は昇っていなかった。
私は「学校に行きたくない・・」と心の中でつぶやいて、少し憂鬱な気持ちになっていた。
とりあえず、私は朝ご飯を食べた。
その後、行きたくない学校に行くために、顔を洗ったり、髪を整えたり、制服に着替えたりした。
そして、いつも、家を出ている時刻になったため、行きたくないが、いつも通りに学校に行くことにした。
いつものように母が、「いってらっしゃい」と見送ってくれた。
私は「もう戻れない・・」と不安に思いながら、まるで地獄に向かうように学校へと歩いていった。
学校に近づけば、近づくほど、体調が悪くなっていく気がした。
学校に着いた。
いつも通り、かなり時間に余裕を持って着いた。
しかし、気持ちに余裕はなかった。
これから地獄が始まるのを覚悟しなければならなかった。
皮肉にも、私はすぐに地獄に落とされた。
なぜなら、自分の下駄箱の中に置いていたはずの校舎内で履く上靴がなくなっていたからである。
とりあえず、私は周りを探してみた。
しかし、なかった。
「きっと、瑠美香たちが隠したんだわ・・ひどい・・」
私は学校に着いて、五分もしないうちに絶望の気持ちになってしまった。
しかし、不幸中の幸いである。
なんと偶然、使っていた上靴が汚れていたため、綺麗なものに替えようと思って、今日は家から新しい上靴を持ってきていた。
だから、私は下駄箱の上靴が消えても、上靴を履くことができた。
なくなったことは悲しいが、新しい上靴を履いて教室に向かうことにした。
教室には、人がまだ数名しかいなかった。
瑠美香たちはまだ来ていなかった。
私は、ちょっとだけ安心して、自分の席に着き、読書をすることにした。
しかし、読書に集中することはできなかった。
いつ瑠美香たちが来るのかが気になって、廊下の方ばかりを見ていた。
その後、徐々に人が集まり始めた。
みんな、私の気持ちなんか知らずに呑気に友達と話をしたり、ふざけあったりしていた。
そこに、瑠美香たちがやってきた。
私は急に緊張感が増した。吐き気がした。
それでも、恐る恐るその姿を見た。
なぜか、瑠美香は剣利くんと一緒にいた。
それも仲良さそうに話しながらである。
「なんで、剣利くんが瑠美香と一緒に教室に入ってくるのよ・・」
どうも、この感じは付き合っているようである。
美男と美女でお似合いという感じである。
しかし、私は剣利くんが瑠美香と付き合っていることだけは認めたくなかった。
確かに、剣利くんは、私がいじめられているのを見て笑ったり、私の悪口を言ったりしていたが、嫌いにはなれなかった。
どこかで嘘であってほしいと思っている自分がいた―
私は心の中で、自分と話し合いを始めた。
「・・というか、一回も話したことがない人を好きになるなんて、私はいかれているよ。
顔だけで判断。 一番、ダメなパターン。
でも、好き。 意味不明。
勝手に、顔から性格を決めて好きになっているだけ。
妄想。
いや、でもでも剣利くんは悪い人じゃない。
いや、私が苦しんでいるところを見て、笑っていたし、悪口も言っていたじゃん、私はどこまで馬鹿なの?
剣利くんは瑠美香に差し上げます。
いや、いや、これまた意味不明。
剣利くんは私のものじゃないし、瑠美香はクラスの女王、私をいじめてくる怖い人。
・・てか、瑠美香も人間じゃん、ナイフ一突きでさよなら。
私、まじ、何考えているの?怖いこと考えていた。
てか、そんなことできない。
瑠美香に何をすることもできない。
瑠美香にいじめられて、いじめられて、いじめられて・・・あぁ、もう死にたい!
エレキギター、弾きたい!
瑠美香の前で、瑠美香を驚かすようなロックを歌いたい。
そんなことできないでしょ、私。
私は、弱いから誰かに話しかけることすらできない。
まして、自分から瑠美香の前に行くことなんてできるわけもない。
私は弱いヒヨコ。
そもそも、ヒヨコってどういう名前なの?
前までは、可愛い名前で良かったと思っていたけれど、今思うとふざけた名前だな。
太陽を呼ぶ子で、陽呼子。
太陽を呼ぶ子って、全然、太陽を呼べてないじゃん!
心の中は大雨だよ。
あぁ、今日も瑠美香たちからひどいことをされるのか・・
もう心の中は大荒れ、悪夢だよ・・
昨日の朝、見た体育館で死んじゃう夢より悪夢だよ・・
てか、体育館で死んじゃう夢って、本当に不思議な夢だったなぁ・・
幽霊になっちゃったんだもん。
幽霊になったけど、真夜中の校舎を歩くと幽霊が怖かったなぁ。
なんかこれ、歌にできそう。
これまで、自分で歌を作ったことはないけど、作ってみようかな?
初めてのオリジナルソング。
タイトルは'体育館(仮)'。
もうちょっとかっこいいタイトルがいいかな?
まぁ、なんでもいいわ。
なんでもいいから、自分が作った曲を自分のエレキギターで歌えたら、最高じゃない?
瑠美香もそんな私に驚く・・わけないけど・・
てか、その体育館で死んじゃう夢にも剣利くんが登場した・・
もう会えない好きな人として登場した・・
私、どれだけ剣利くんのことが好きなの?
夢にも出てくるなんて・・
一回も話したことないのに・・」
私が心の中で自問自答をしていると、目の前に瑠美香とその仲間の女子がやってきた。
私は一瞬にして体が震えて動かせなくなり、金縛りのようになってしまった。
瑠美香は言った。
「おはよう。ヒヨコちゃん。今日も楽しそうだね・・今日も一緒に遊ぼうね・・」
瑠美香は私の足元を見て、私が上靴を履いていることに気付いた。
「あれ、ヒヨコちゃん、その上靴って本当にヒヨコちゃんの上靴?」
私は答えた。
「これは私の上靴だよ・・」
「あれ、私たち、昨日、ヒヨコちゃんの上靴がグラウンドに落ちているのを見つけて、明日、ヒヨコちゃんに渡そうと思って、拾ってあげたのよ・・まさか、それって新しい上靴?」
「うん、これは家から持ってきた新しい上靴なの・・」
瑠美香は、私の上靴が突然なくなって、私が困っていることを期待していたのに、困っていないことを知って、少し苛立ち始めた。
「そう、じゃー私たちが昨日、雨の中、あんたの上靴を拾ってあげたことは無駄だったのね。あぁ、損した。ヒヨコちゃん、謝って。私たちが損したことを。」
「ごめん・・」
「何、聞こえないんだけど!『私たちに手間をかけさせて、すみませんでした。』じゃないの、普通。それとも、あんた、私たちが上靴を隠したと思っているんじゃないでしょうね!きっとそうだわ。このクソヒヨコは、私たちのせいで上靴がなくなったことにしようとしている最低な女よ!もう、許さない。殺してやるよ!クソヒヨコ死ね!死ね!」
その言葉を合図に瑠美香の仲間たちが、私の机の上にあった本を破いたり、教科書にペンで落書きをしたりし始めた。
私はどうすることもできなかった。
気付けば、私の本はぐちゃぐちゃにされ、紙くずのようになり、教科書には、めちゃくちゃに落書きがされていた。
油性ペンで書かれた『クソヒヨコ、死ね!』の文字は消えなかった。
絶望している私に、何かぶつかった。
「痛い!」
それはボロボロになった私の上靴だった。その上にも私の悪口がたくさん書かれていた。
やはり、瑠美香たちが私の上靴を隠していたことを示していた。
心を殺された私が紙くずになった本や落書きされた教科書、ボロボロになった上靴をとりあえずバックの中にしまい込んだあと、担任の先生が教室にきた。
そして、何事もなかったように先生の話があり、授業が始まった。
私は悪口が書かれた教科書を開き、授業を受けた―
私は、このままでは瑠美香たちに殺されてしまうと思い、瑠美香たちに立ち向かうためにはどうすればいいのかを考えた。
「私、これから瑠美香たちに、毎日いじめられるの?どうすればいいの・・先生に言おうかな?でも、それは・・どうしよう・・味方になってくれる友達を探そうかな?私の好きなロックソングにも『仲間は大切、一人じゃなければどんなことも乗り越えられる』的なことをいっている曲があるし・・でも、知らない人に話しかけるのは怖いな・・でも、『他人が私のことをどう思っているか?』なんてことを考えすぎても分からなくなるだけ、悩んでしまうぐらいなら、いっそ何も考えらずに話しかけてみようかな。今日は一歩でも前に進んでみようかな。」
朝の『いじめ』からどうにか何も起きずに、昼休みになった。
私は覚悟を決めて、私の味方になってくれる友達をつくることにした。
そのため、私は私と同じように瑠美香が仕切る大きな女子グループに入れずに独りでいる女子に話しかけることにした。そして、私はその女子のところに行って、恐る恐る話しかけた。
「ねぇ・・ごめん・・私、陽呼子っていうんだけど・・・」
すると、その女子はすぐに言い返した。
「陽呼子さん・・私に話しかけないで・・瑠美香さんが私を陽呼子さんの友達だと思って、いじめてくるかもしれないから・・ごめんね・・私のことは放っておいて・・」
あっけなく希望は絶えた。
その言葉を聞いた私は、裏切られたような気持ちになった。さらに他人と話しかけるという私の覚悟を踏みにじられたような気がした。
そのことによって、私は頭がおかしくなった。
「私もあなたとは、友達になる気なんかないんだから!」
私は心の中で叫んだ。
そして、なぜか自分から瑠美香の方に向かって歩いていった。
そして、瑠美香に向かって叫んだ。
「瑠美香ちゃん!私はあなたが私にしたことを先生に全部言うから!」
瑠美香は、いつも何もしゃべらない私が、突然、話しかけてきたため、驚いていた。
しかし、そのまま担任の先生がいる職員室に向かおうとしている様子の私を見て言い返した。
「ヒヨコちゃん、心外だわ。私はヒヨコちゃんをいじめたことなんてないのよ・・ただ、あんたが独りで淋しそうにしていたから、遊んであげただけよ!」
私はその言葉を無視して職員室に向かおうとしていた。
すると、前から瑠美香の仲間たちが私を取り押さえてきた。私は瑠美香の仲間に捕まった。
捕まった私に瑠美香は言った。
「このクソヒヨコ、何、私に逆らおうとしているの?殺してやるよ!」
瑠美香は私を蹴ってきた。
そして、笑っていた。
また、蹴った。
笑いながら何度も何度も蹴ってきた。
容赦なく蹴っていた。
さすがに、瑠美香の仲間たちは、瑠美香が手加減なく蹴っていることや、先生が私の様子を見て、クラスで『いじめ』が起きていることに気付くことを恐れて、私を蹴る瑠美香を止めた。
仲間に止められた瑠美香は言った。
「じゃ、分かったわ!もうあんたをいじめることはやめてあげる。でも、もともと悪いのは、あんたの方だからね!あんたが約束を破ったことが悪いの!だから、ここでちゃんと土下座しながら謝れよ、クソヒヨコ!」
私は、瑠美香に言われるがまま、土下座して謝った。
教室にいる全員の視線と廊下にいる他のクラスの人の視線を感じた。
もう人生がどうでも良くなった。
相変わらず、苦しんでいる私を見て笑っている剣利くんもどうでも良く思った。
本当にどうでも良かった・・
最後に瑠美香が土下座する私を蹴った。
私は倒れた。
「もう、あんたをいじめることはやめてあげるから、絶対に先生に言わないでね。分かっているでしょ?死ね!死ね!クソヒヨコ!」
私は瑠美香たちがいなくなった後も、まだ教室の床に倒れていた。
何度も蹴られた体が痛かった。
本当に瑠美香たちからの『いじめ』が終わるのか否かも分からなかった。
しかし、もうどうでもいい。
もうどうでもいいから、このまま死にたいと思った―
すると、いきなり、正義感の強そうな女子が教室の中に入ってきて、私を起こしてくれた。
その女子は私に言った。
「大丈夫?一緒に保健室に行こっか?先生に連絡してあげる。」
私は突然、現れた優しい人に驚いた。
驚いたが私は強がって言った。
「保健室に行かなくても・・大丈夫です・・先生にも連絡しなくて・・大丈夫です・・いや、先生には連絡しないでください・・すみません・・本当にありがとうございます・・助けてくれて・・」
その女子は私の考え方を尊重するといった感じで言った。
「分かったわ。先生には言わない。でもね、何か困ったことがあったら、いつでも私に言ってね。私で良ければ、相談にのるよ。あぁ、私の名前は雪歌。私はあなたの一つ上の三年生。三年三組にいるから。」
その後、私が大きな怪我をしていないことを確認して、三年生の雪歌さんは自分のクラスに戻っていった。
雪歌さんが助けてくれたおかげで、私は自分の席に戻れた。
奇跡のような出来事に私はこう思った。
「たぶん、雪歌さんは三年生と言っていたから、たまたま二年二組の前を通りかかっただけなんだろう。それなのに倒れている私をみつけて、助けてくださるなんて・・なんて、優しい方なんだろう。私、こんな素敵な人に出会うのは初めて。雪歌さんと仲良くなりたいなぁ・・」
私は雪歌さんから少し生きる希望をもらった気がした。
感謝しかなかった―
私は学校が終わり、家に帰ると、体と心のあざを隠しながら過ごした。
瑠美香に蹴られたせいで、大好きなエレキギターを弾くときも体が痛かった。
それでも、私はその痛みをロックに乗せて歌い飛ばした。
今日も散々な日だったけど、雪歌さんという素晴らしい方に出会えたことは奇跡だった。
学年が違うため、もう会うこともないかもしれないがこの恩は忘れたくないと思った。
そして、私は、瑠美香たちからの『いじめ』が本当になくなることを願って、様々な気持ちが夜空の流星群のように流れた今日に終わりを告げた。
それから、瑠美香たちからのちょっとした嫌がらせなどはあったものの、瑠美香たちからの深刻な『いじめ』はなくなった。
通常の日々に戻った。
それでも、元から学校が苦手だった私は、学校を好きにはなれなかった。
そのため、ストレスがたまる日もあったが、私は大好きなロックミュージックでストレスを発散して頑張った。
晴れの日も雨の日も頑張った。
そして、私は中学二年生を終了し、中学三年生になった。
三年生では、瑠美香と違うクラスになったため、瑠美香と関わることもほとんどなくなった。
時々、瑠美香たちが他の人をいじめているのを見かけた。
私は、瑠美香たちにいじめられる苦しみを知っていたので助けたい気持ちもあったが、何もできず、見て見ぬふりしかできなかった。
「こんな時、雪歌さんならどうするだろう?優しくて勇気のある雪歌さんならきっと助けに行くだろう。」と思うと、「私は雪歌さんみたいな本当の強さを持った人にはなれないなぁ・・」と思った。
そんな憧れの雪歌さんがこの中学校を卒業する前に、私はもう一度だけ雪歌さんに会うことができた。
偶然、雪歌さんと廊下で会ったのである。
雪歌さんは、私のことを覚えてくださっていて、私に話しかけてきてくださった。
その雪歌さんとの会話の中で、私は初めて、他人にエレキギターを弾くことやロックを歌うことが好きということを話した。
もちろん、雪歌さんだからこそ、様々な自分のことが話せたのである。
雪歌さんは私の話に興味を持ち、しっかりと聞いてくださった。
とても嬉しく、楽しかった。
また、雪歌さんも自分が好きなことを私に教えてくださった。
雪歌さんは小説を書くことがとても好きらしい。
雪歌さんは私にこう教えてくれた。
「小説を書くことで自分の好きな表現が使えるし、自由になれるし、自分と向き合うことができる気がするの。」
それを聞いて、私も自分で何かを作りたいと思った。
だからその日、私は家に帰った後、初めて作詞作曲をした。私に作れるものは、歌しかないという気がしていたのだ。
以前からしたいと思っていたが、結局しなかったことでもある。
私は、自分の中にある言葉やメロディを使って、自分が描くイメージを表現した。
出来上がった曲のタイトルは『体育館』である。
私が死にたくなるほど絶望したあの日の朝に見た、体育館で死んでしまって幽霊になる夢を歌にしたものである。
少し暗い歌詞になってしまったが、これくらいの感じの方がその時の私を映している気がして、より感情を込めて歌えそうで良いと思った。
私はエレキギターを持って、初めて、完成したオリジナルソング『体育館』を歌った。
何だか不思議な感覚だったが、その悲しい歌詞とは反対によく分からない小さな『希望』のような気持ちを感じていた。少し涙が出てきた―
音楽のマジックのようなものを感じ、もっと歌いたくなった私は次の曲、次の曲とさまざまな世界の中、それぞれの想いで歌っていった―
私はエレキギターで、最後のコードを鳴らした。
心地良い余韻がその場を包んだ。
「ヒヨコちゃん、今の演奏、とっても良かったよ!他の楽器とのバランスも良かった!じゃ、少し休んで、次の曲を練習しようね。」
ドラムの希菜子が言った。
今、私は大学生。
同じようにロックミュージックが好きな女子とバンドを組んで、音楽活動をしている。
バンドの名前は、『SPREAD YOUR WINGS!』。
要するに、『飛翔しよう!』って意味。
なぜ、この名前にしたかというと、ボーカルである私の名前がヒヨコだから。
ヒヨコでも、羽を広げ、飛ぶことができるということを伝えるためにこの名前になった。
バンドの仲間と楽しく話し合いながら決めた名前である。
私は、中学校の時は友達がいなくて、つらい思いもしたけれど、今は素敵な仲間ができた。
素敵な仲間と一緒に大好きな音楽ができて、とても楽しく日々を過ごしている。
だからこそ、私は今になって思うことがある。
それは、過去に本当に死にたくなるほど絶望した日があったけれど、苦しい時も厳しい現実から逃げ出さずに、頑張って生きてきたことが本当に良かったということである。
もし、あの時、心も体も弱っていた私が命を絶つことを選んでいたら、私はここにいない。
今、こんなに楽しく、仲間と一緒に好きな音楽をするという幸せを感じることもできなかった。
本当にあの時、大変だったけど、生きることを諦めないで良かったと思っている。
今、生きていることを本当に素晴らしく思っている。
でも、私は、まだ二十歳になったばかり。
人生はこれからの方が長い。
だから、私にはまだ分からないこともたくさんあるし、これから絶望することもたくさんあると思う。
正しいことなんて、まだ何も分かっていない。
しかし、これだけは言いたい。
これから先、どんなに苦しいことがあって絶望したとしても、絶望は新しい希望への始まりだから、人生を諦めることだけは絶対にしたくない。
死んでしまったら、それですべてが終わってしまう。
だけど、生きていれば、その分だけ希望は生まれ続ける。
だから、絶望しても、生きてさえいれば、新しい希望によって、きっといつか幸せを感じることができると思う。
でも、絶望に怯えて、俯いていたら、新しい希望も見えなくなってしまう。
だからこそ、好きなことをして、ストレスを発散し、前を向けるようにしたい。
私は、好きなロックミュージックを歌うことで、前を向くことができると思っている。
なんでもいいから自分が少しでも元気になれることを見つけて、絶望に負けずに生きることが大切だと思う。
私たちが頑張って生きているのは、未来の自分の為だと思う。
きっと輝いている未来の自分の為にどんなにきつくても今を生きていこう!
「よし、次の曲に行くよ!」
希菜子が休憩しているバンドメンバーに言った。
その言葉を聞いて、私はエレキギターを持った。
「じゃーいくよ!」
ドラムの希菜子が、カウントを始めた。
「1 2 1 2 3 4」
その合図とともに、仲良しの女子四人組は気持ちを合わせて、それぞれの楽器を演奏し始めた。
私は、エレキギターを弾きながら歌った。
一人で演奏するのも楽しいが、やはりみんなで一緒に同じ歌の世界に入ることも楽しい。
みんな、笑顔で演奏している。
私も笑顔で演奏し、歌っていた。
明日は、ちょっとしたステージでライブがある。
少し緊張もするが、私たちのロックをいろんな人に見て欲しいと思っている。
少し不安なことでもチャレンジすることが自分の未来をより良くすると信じている。
失敗もするし、絶望もするけどそれでいい。
そこから、様々なことを学び、成長できたらいいと思う。
これまでの失敗や絶望も無駄じゃないと思う。
他人に言えないような忘れたい過去も、どうせ忘れられないのだから、その絶望が今の希望や未来の希望をつくっていると思えばいい。
あくまで、個人の意見だけど、私、陽呼子はそう思うの!
中学生の時とは違って、孤独じゃない。
そんな今でも、時々、私は一人になって、この歌を歌う。
『あの体育館で私は星になった・・』
絶望した日の朝、私が見た夢のことを歌った歌、また私の憧れの人である雪歌さんの言葉を受けて作った初めてのオリジナルソング、『体育館』である。
そう考えてみると、想い出の詰まった歌である。
この『体育館』を歌う人は、私しかいない。
私は、大切にしようと思っている。
そして、また一人でこの歌の悲しい歌詞を歌った。
すると、あの頃の私が心の中で泣いていた。
だから、私はこう言った。
「大丈夫。大丈夫。」
楽しい未来がきっと待っているから、
希望はあるから―
(おわり)
SPECIAL BAYは、オリジナルソングを制作しています。
この物語のように生まれたわけではありませんが、'体育館'という歌もあります。この物語は、そのオリジナルソング'体育館'をもとにつくりました。
僕は、高校生の時、'体育館'という歌を作詞しました。
その時、僕は絶望を感じていました。
その気持ちを音楽にぶつけたかったのか、怨みを持った幽霊が学校で暴れる?みたいな歌をつくろうと考えていました。
しかし、いざ作詞をしてみると、優しい感じの少女の幽霊が、死んでしまった悲しみを嘆く歌になりました。
最初のコンセプトとは、違う感じの歌になってしまいました、、
しかし、この歌は僕のオリジナルソングの中でも、特別な存在に感じています。
その後、僕は大学生になり、オリジナルソング'体育館'をもとに物語を書きたいと考えました。
なぜ、そう思ったのかは忘れてしまいましたが、、
小学生の時、意味不明な物語を書いた以来の物語の制作です。
つまり、初めての物語です。
良くないところもあると思いますが、想いを込めてつくりました!
オリジナルソングの'体育館'の主人公が女性であるため、物語の主人公も女性にしています。
陽呼子です。
なぜ、陽呼子かというと、特に意味はありません。
ヒヨコが好きだからです。
僕は男性なので、女性を描くのが難しくもありました。
おかしなところがあったら、すみません、、
この物語は、
2018年、僕が20歳になる時につくりました。
まだ20歳であり、これからの人生の方が長く、自分には人生を悟ったようなことは書けないと思いました。
しかし、それでも今の自分が伝えられることを書きたいという気持ちがありました。
それは、誰かにというよりは、自分のためにです。
僕は弱い人間なので、何度も絶望につまずいてしまいます。
だから、自分が読んで希望になる物語を書こうと思いました。
たとえ、この物語を誰も読んでくれなくても、僕は何度も読み返したいと思います。
そして、この物語を書いた日の強い気持ちを思い出したいです。
元になっているオリジナルソング'体育館'もこれからも歌い続けたいです。
あの頃の自分を思い出しながら。
「大丈夫。大丈夫。」
楽しい未来がきっと待っているから、
希望はあるからー
SPECIAL BAYの音楽は、You Tubeに公開しております。
「SPECIAL BAY CHANNEL」をよろしくお願いします!!
https://www.youtube.com/channel/UCEqQyqEQa3BtYkieArFZrHA