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【習作】モンスターファミリア(仮題)  作者: くろぬこ
【第01章】目覚め編
9/25

【第09話】女忍の一日体験メイド(前編)

 

 ようやく日が昇り始め、喜びが入り混じった、甲高い小鳥のさえずりが耳に入る。

 新たな朝に目覚めた小動物達が、雑木林の間を駆け出し、森の中を流れる川に近づいて喉を潤す。

 川底に沈んだ石が見える程に、透明感のある川を上流へ辿り、森を抜けた先。

 森の奥にある開けた場所に、樹々に囲まれた渓谷があった。

 高い岩肌の間から、複数の滝が流れ落ち、幻想的な光景を作り出す。

 

 流れ落ちる滝の一つに、人影があった。

 天から降る冷水を、頭からその身に浴びながら、白髪の老人が瞑想をしている。

 両腕を後ろに回し、直立不動を続けていた老人が、静かに目を開く。


 滝の中から身を乗り出し、白い腰巻一つしか身に着けてない体を、外気に晒す。

 頭髪や顎髭は老人のように白色だが、その身体は高齢を迎えたとは言えぬ程に、一切の無駄が見つからない筋肉で絞り込まれていた。

 若い男性に負けぬ程の半身を晒した男性が、自ら脱いだ衣服の置かれた場所へ、濡れた足を向ける。

 奇麗に折り畳まれた衣服の中から、一枚の布を取り出し、鍛え抜かれた肉体を拭き始めた。

 濡れた身体を拭いていたグレンが、ふと顔を上げる。

 

「来たか……ユイナ」


 しわがれた声を発したグレンが見つめる先、高所にある樹の枝木に足をのせて、グレンを見下ろす人影が一つ。


「はい、御爺様」

 

 黒装束に身を包んだ怪しげな人物が、獣を模した仮面の中から発したのは、年若い女性の声。

 高枝から跳躍し、空中で身をひるがえした人物が、軽やかに地面へ着地する。

 姿勢を正し、黒いフードと仮面を外して現れたのは、凛とした雰囲気の女性。

 肩口で奇麗に切り揃えられた紫髪の女性が、意志の強さを感じられる碧眼で、静かにグレンを見つめ返す。

 

「お久しぶりです。御爺様」

「うむ。久しぶりじゃの。ワシがここにいるのが、よく分かったの」

「はい。朝の日課で滝に打たれてると、手紙に書かれてましたので。もしかしたら、この辺りにいるのではないかと思いました」


 ユイナが渓谷を見渡した後、再び祖父を下から上へ眺める。

 

「ですが、御爺様。もう、お年召された身でもありますので、早朝の冷水に身を打つのは、そろそろやめた方がよろしいのでは?」

「心配せんでもよい。若い頃から続けてる日課じゃ。これをやっておかねば、風邪をひくでな」


 それは、むしろ逆なのでは?

 祖父の返答に、ユイナは首を傾げそうになった。

 

 霜の降りた冬の寒い時期に、日課である滝に打たれた後、高熱を出して寝込んだ日があったと話す、祖母の記憶を思い出す。

 その日は少し体調が悪かっただけ、と不機嫌な顔をして言い訳をしていたと、祖母は笑いながら話していたが……。

 頑固なのは、相変わらずですね。

 凛とした表情は変えず、ユイナは心の中で溜息を吐く。


 着替えをした祖父が、森の中を歩き始める。

 ユイナも、その後をついて行く。

 

「あれ程、ここに来るのは嫌がっていたのに。ようやく、やる気になったのかね?」

「いいえ、御爺様。今日は、お別れの挨拶に参りました」

「なに?」

 

 祖父が足を止め、少し驚いた顔でユイナを見つめ返す。

 

「御婆様には、既に別れの挨拶は済ませて来ました。王都で本格的な居住を決める前に、御爺様に顔を見せるべきだと思いましたので」

「……そうか。ルヴェン殿の屋敷で働くのは、やはり駄目か?」

「御爺様。手紙にも書いた通り、私には叶えたい夢があるのです」

「……夢か」

「はい」

 

 冗談ではないですね。

 王都でも悪名高い、見るもおぞましい醜い豚蛙の棲む屋敷に、誰が好き好んで行くものですか……。

 既に予想済みの質問だったので、ユイナは一ミリも表情を変えず、予め用意していた台詞を口にした。

 

「戦争孤児であり、魔力の適正があるという理由だけで、血の繋がらない私をここまで育ててくれた御爺様と御婆様には、大変感謝しています……」

「うむ」

「ですが。成人の儀を迎えた私は、己の腕一本でのし上り、然るべき主君に仕えたいと願う、幼少から考えていた想いが強くなりました……。できることなら、私の我儘を聞いて頂きたいです」

「そうか……。そこまで考えていたのか……」

 

 神妙な面持ちで語るユイナを前にして、祖父は少しだけ寂し気な顔をする。

 

「お前も、独り立ちしたのだ。確かに……成人となったお前が決めた人生に、ワシがとやかく言うものでは、ないかもしれんな」

 

 背を向けた祖父が、森の中を歩き始める。

 先を行く祖父の背を追いかけながら、ユイナはほくそ笑んだ。

 

 反対されるかと思ったが、これは上手くいきそうですね。

 さて、後は王都に戻って、屋敷巡りですかね。

 ここに来る前、王都へ立ち寄った際、侍女の募集をしているのをいくつか見つけた。

 狙っていた王家の募集はまだ無かったが、腕に自信のある護衛役の募集は、定期的にあると聞いた。

 

 ユイナの大本命は、やっぱりラシュバルツ王家の第三王子。

 爽やかなイケメンで、歳もユイナに近い。

 間もなく成人の儀を迎え、それを期に多くの従業員を募集するだろうと聞かされた。


 王都に飾られた王家の肖像画を眺めた時、ユイナは彼のような御主人様のいる職場で、働きたいと思った。

 広い屋敷とはいえ、一つ屋根の下。

 毎日のように男女が顔を合わせていれば、様々なハプニングも起こるでしょう。


 暗殺者による闇夜の襲撃、そこに颯爽と現れ、身を呈して王子を守り切った謎の侍女。

 そのまま王子専属の護衛役に昇格し、更に縮まる二人の距離。

 お互いを意識し始めた二人は、主人と侍女の禁断の……くふふふふ。


 おっと、危ない。

 いつものイケナイ妄想が……。

 脳内に広がった桃色の妄想を、慌ててかき消す。


「王都の屋敷で、働くつもりかね?」

「はい。そうです」


 祖父から背中越しに尋ねられ、ニヤケ顔をいつもの凛とした顔に直しながら、ユイナは力強く答える。

 私が狙っている職場は、時には主の盾になる護衛役だ。

 命を懸けて守りたいと思う主人でないと、意味が無い。

 私好みのイケメンであれば、なおさらヤル気になると言うものだが……。

 

 一月もせずに、逃げ出す従業員が後を絶たない豚蛙の屋敷など論外だ。

 あの屋敷の募集を目にした時、給料は他の屋敷に比べてもかなり良いと思ったが、高給な職場には裏があるもの……。

 黒い噂が多すぎて、ここ一年は面接を申し込みする者すらいない現状に、職員が困った顔をしていたのを思い出す。

 育ての親である祖父母には悪いが、ルヴェンの屋敷で働くのだけはありえない。

 どんなに金を積まれても、即座にお断りです。

 

「屋敷で働くのなら……。どうかね、ユイナ。今日一日くらい、屋敷の仕事を体験してみるのは」

「……え?」

「一日だけなら、簡単な仕事しか経験できないだろうが。侍女として、仕事をするつもりなら。実際の現場を見て、職場の空気を肌で感じ取るのは、良い経験になるだろう……。今日は、時間が空いてるかね?」

 

 別に急ぎの用事は無いから、時間はあると言えばありますが……。

 祖父の言葉に、ユイナは少し考える。


 うーむ……。

 確かに、そうですね……。

 豚蛙に仕えるつもりは微塵もないですが、一日だけ屋敷で働いて、実際の現場を見てみるというのは、良い経験になる気がします。

 

「ですが、御爺様……。いきなり、私がお邪魔するのは、先方に御迷惑が掛かるのでは……」

「それは心配いらぬ。そのうち来るだろうと思って、既にルヴェン殿には話をしている。面接も兼ねた、職場体験だと思えば良い」

「……分かりました。では一日だけ、お世話になろうと思います」

 

 随分と手回しの良い話に、少しだけ違和感を覚えた。

 とりあえず、噂の豚蛙とは直接顔を合わしたくないので、裏方の仕事を申し出ましょう。

 それなら、たぶん一日くらいは我慢できると思います。

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

「ああ、貴方がユイナさんですか。グレンさんから、話は聞いてます。うちは、いつも人手が足らなくて……。もし良かったら、宜しくお願いしますね」

「よ、宜しくお願いします!」

 

 ガラにもなく頬を赤く染めたユイナは、深く頭を下げる。

 ――魔法を扱う儀式の為と思われる――魔導石で敷き詰められた黒い床を見つめながら、ユイナは碧い瞳をキラキラと輝かせる。

 うっはぁ……私好みの爽やかイケメン!


 美しく流れるプラチナブロンドの髪と、澄んだ碧い瞳。

 開いた魔導書を片手に、まだ若そうだが落ち着いた雰囲気と、優し気で爽やかな笑顔。

 金色の前髪の中央に、チャームポイントなのか、黒色に染めた一房の髪。

 イケメンだからこそ許される、オシャレな髪型。

 

 これよ、これ。

 こんな広い屋敷なら、こういうイケメンの魔導士が、一人くらいはいるのが普通よね。

 爺さん婆さんばっかりのうちの里とは、やっぱり都会はレベルが違いますよね!

 ムフーッ!

 

「朝の貴重なお時間を、お邪魔して申し訳ございません。それでは、失礼します。ルヴェン様」

「……え?」

 

 一瞬、ユイナは隣に立つ祖父が、何を言ってるのか理解できなかった。

 あれ?

 ルヴェン様って……。

 たしか、この屋敷の主の……世にも醜い、豚蛙の……。

 

 思考が停止し、呆然と立つユイナの腕が力強く引っ張られ、部屋の外へ連れ出される。

 背後で扉が閉まると同時に、ユイナは錆び付いた歯車の如く、ぎこちない緩慢な動きで首を横に回す。

 

「お、御爺様?」

 

 何か言いたげな視線を浴びた祖父が、ユイナと目を合わせると薄く笑った。

 

「言ってなかったかね? 彼が、ワシが仕えてるルヴェン殿だよ」

 

 聞いてませんよぉおおおおお!

 ここが、自分と祖父の二人しかいなかった先程の森であれば、そう声に出して叫んでただろう。

 口を魚のようにパクパクと開閉して、言葉を失ったユイナを気にした様子もなく、祖父が地下通路を出て行く。


 ようやく自分が騙されたと気づき、文句の一つでも言ってやろうと、ユイナは口を尖らせて、祖父の背を追いかけた。

 長い廊下を歩く、祖父が目に留まる。


「御爺様。一つ、聞きたいことが」


 ユイナの声に反応したのか、祖父が足を止め、窓の外に目を向けて……。

 

「その子、新人?」

 

 耳元で聞こえた声に、ユイナは反射的に、声がした方へ振り返る。

 ユイナの目と鼻の先にあったのは、豹の頭。

 いきなり視界に飛び込んだ半獣半人の姿に、驚いて目を見開いたが、それ以上にユイナが驚いたのは……。

 

「可愛らしい子ね。もしかして、豹頭人ワーチーターを見るのは、初めてかしら?」

「前に話していた、孫娘のユイナだ」


 ユイナの肩に手を置いて、祖父が目の前に立つ魔族モンスターに、侍女服を着た孫娘を紹介する。

 身内……なのですか?


「侍女の仕事を探していてね。今日一日だけ職場体験を兼ねて、うちで働いてもらうつもりだ……。そうだ、チェニータ君。申し訳ないが、ユイナに屋敷の案内をしてやってくれないか?」

「いいわよ。よろしくねー。ユイナちゃん」

 

 笑み浮かべた豹頭人ワーチーターの女性が、優し気な声色で返答する。

 表面上は冷静を保ちながら、ユイナは頭を下げた。

 

「宜しくお願いします、チェニータさん」

人族ヒューマンのメイドさんなんて、初めてじゃない? お姉さん、張り切って案内しちゃおうかなー?」

 

 楽し気に声を弾ませて、チェニータが背を向けた。

 祖父と別れ、廊下を歩く豹頭人ワーチーターの背中を追いかけながら、ユイナは目を細める。

 この長い廊下を、あの至近距離に詰め寄られるまで、私に接近を悟らせないとは……。

 

 目の前を歩く豹頭人ワーチーターは雌型だと思うが、雄型かと見間違うほどに大きい。

 ルヴェン殿の件で動揺していたとはいえ、これ程に大きな魔族モンスターの接近を、私が見逃すなんて……不覚です。

 瞳を鋭くさせ、壁や天井に素早く目を向ける。

 ……どこから現れた?

 背後へ振り返り、遠目に小さくなった祖父が、空気の入れ替えなのか、窓を閉じようとするのが目につく。

 

「ねぇ、ユイナちゃん。一つ、聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」

 

 前を歩いていたチェニータが足を止め、クルリと身を翻す。

 腰に手を当て、楽し気な笑みを浮かべる豹頭人ワーチーターの長身女性を、ユイナは見上げた。

 

「聞きたいこと、ですか? なんでしょうか?」

「雷お爺ちゃんのお孫さんだから、やっぱり腕は立つのかなって、すごく気になっちゃったの。侍女を希望らしいから。武術は、趣味でやってたりするのかなって、思ったんだけど。そのあたりは、どうなのかしら?」

「……趣味」


 両手の拳を、静かに強く握り締める。

 ユイナの脳裏に浮かんだのは、隠れ里での祖母との厳しい特訓の日々。

 祖父母と血の繋がった養父は、戦争で亡くなった。


 血の繋がりのある者がいなくなり、ユイナは成人になるまでの全てを、祖父母の技を受け継ぐ為に費やした。

 侍女であれば容姿の類などで、よっぽど気に入られることがなければ、屋敷の主に近づくのは難しいだろう。

 だが護衛役としてなら、常に主の傍らにいることができ、チャンス(・・・・)もあると言う祖母の話を真に受け、それだけを夢見て一心不乱に、あの厳しい修行に励んだ。

 

 それを……。

 私の学んだ武術が、趣味ですって?

 

「チェニータさん」

「なぁに、ユイナちゃん。怖い顔して……」

「王都で、この屋敷の募集を見かけた時に、侍女の仕事しか見かけなかったのですが……。護衛役の仕事は、募集する予定は無いのでしょうか?」

「護衛役? うーんと、そうねぇ……」

 

 チェニータが人差し指を顎に当て、豹頭を宙に向けた。

 しばし考えた後、近くにあった窓に近づき、廊下越しに屋敷の外を眺める。

 

「必要無い、からかな? ……だってさ」

 

 窓辺に手を置いて、チェニータが振り返る。

 その口元が、両頬の口角が、奇妙な程に吊り上がった。


 ――殺気。

 いや、これは魔闘気オーラ

 目の前のいる魔族モンスターが、青い光を纏い始めたことに驚いたユイナは、無数の視線に自身が囲まれてるのに気づいた。

 

 気配を探り、視線を素早く走らせる。

 廊下の突き当たりから覗く、複数の豹頭。


 窓の外に、次々と落ちる半獣半人の人影。

 廊下にある全ての窓(・・・・)から、屋敷の中を覗き込む豹頭。

 全身を突き刺すような、四方八方から飛ばされる殺気立った視線。

 隠れ里の森の中で、魔物の群れに取り囲まれたのを思い出すような状況に、ユイナは拳を握り締めて身構える。


 ……なるほど。

 屋敷の上にも、潜んでいたのか。

 周辺にいる者達が反応する程に、強烈な殺気と魔闘気オーラを放つ豹頭人を、ユイナは静かに見つめ返す。


 先程までと変わらない、薄笑いを浮かべる雌型の豹頭人が、唇をペロリと舐める。

 しかし、その眼は笑っておらず、蛇が鎌首をもたげて、チロチロと舌を出しながら獲物を狙うような、危険極まりない視線をユイナに向けていた。

 背中を見せれば、即座に毒牙を生やした顎が、その背に食らいつくような……。


「これだけいたらね。お姉さんは、もう必要ないと思うのよね。ユイナちゃんは、どう思う?」


 いつの間に抜いたのか、紫色の光沢を放つ短刀を指先で弄びながら、チェニータが優し気な声色でユイナに尋ねる。

 形状からして、ククリ刀の類か。

 初対面なのに、彼女らしい牙だとユイナは思った。


「私は、必要だと思いますよ」

「……ふーん。そうなの?」

「ええ。少なくとも、私なら……」


 十を超える魔族モンスターの殺意ある視線に囲まれても、ユイナは動じなかった。

 これはおそらく挑発の類であり、先輩から新人に向けた、洗礼のようなものだ。

 こんな安い挑発ごときで、技を披露して対抗するなど、武術者の三流もいいところです。

 着慣れないメイド服の皺を伸ばしたり、のんびりと手直しをした後、ユイナは不敵な笑みを浮かべる。

 

「この数を相手でも、正面から突破できる自信があります」

「フフフ……。良い顔をするじゃない。その笑顔、さっきまでの澄まし顔より、ぜんぜん素敵よぉ……。ゾクゾクするわぁ。今すぐ、狩りたくなっちゃうくらいに」


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