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【習作】モンスターファミリア(仮題)  作者: くろぬこ
【第01章】目覚め編
8/25

【第08話】ダイエット成功と老魔女の講義

 

「今日で、百八十日目と……」

 

 あれから、もう半年も経つのか……。

 ルヴェンはカレンダーに、朝一番の日課である数字を記入する。

 いつものように体重計へ足を乗せ、停止した目盛りを確認したルヴェンは、ニンマリと笑った。

 

「目標体重も、クリアっと」

 

 指で摘まめる程に、脂肪でたるんでいた脇腹も、随分とスッキリした。

 体重計に乗って、三桁もある体重を見た時には、かるく眩暈がしたが……。

 ホント、よくここまで頑張ったよな俺。

 

 クローゼットを開け、ハンガーにかけられた服を手に取る。

 収納されている衣服も、以前のモノに比べたら、随分と細い。

 XLサイズからLサイズに縮小したかと思うくらいに、細くなった上着の袖に腕を通す。

 衣服の着心地を確認し、ルヴェンはベルトを力強く締めた。

 

「うむ」

 

 ベルトを締めても、お腹は苦しくない。

 むしろ、以前はベルトが必要無いくらい、スボンがパンパンに膨れていた。

 鼻歌混じりに、袖のボタンを留める。

 等身大の鏡に映る自身の姿を足元から上へと、ゆっくりとした動きで眺める。

 視線が自分の顔に映ったところで、なぜかルヴェンは溜め息を吐いた。

 

「これが、本当の君の顔なんだよな……」

 

 首と顎の区別がつかないくらいの脂肪に包まれた顔が、今は骨格のラインがはっきりと分かるくらい、スッキリしている。

 そこに映った金髪碧眼の少年は、爽やかなイケメン顔だった。

 ルヴェンの中の人であるユウジが、苦手意識を持つくらいに……。

 

 豚かイケメンかを選べと言われたら、もちろんイケメンを選ぶけどさ。

 この顔は、やっぱり慣れないなぁ……。

 

 ユウジの高校時代に、街を歩いていたら芸能事務所の人に声を掛けられたと自慢していた、ハーフ系のクラスメイトがいた。

 名前は……何だっけ?

 ダルウィッシュ君だったかな?

 たぶん、そんな感じの名前だった気がする……。

 

 爽やかなイケメン顔の彼は、スポーツも万能で勉強もできたから、クラスの女子達のファンクラブなんかもできたりして、世の中は理不尽でいっぱいだなと、少年時代に悟った記憶がある。

 今のルヴェンを見ていると、当時のクラスメイトを思い出して、複雑な気分になった。

 

 現状を素直に受け入れられないのは、やっぱりユウジの記憶が残っているせいなんだろうな……。

 イケメンとは程遠い、地味で平々凡々な顔と身体だった、あの頃のユウジ少年。

 勇気を振り絞って告白しても、即座に「ありえない」と首を横に振った、クラスメイトの女子。

 かと思えば、横を通り過ぎたイケメンの彼を見つけるなり、恋する乙女のように目をキラキラと輝かせ、走って行った彼女の背中を見送った、苦い初恋の思い出……。

 

 おっと、いけない。

 ベアトニス先生の講義に遅れる。

 思考の海から浮上したルヴェンは、まるでナルシストのように、等身大の鏡に映る自分を見つめてたことに気づき、思わず苦笑した。

 寝ぐせを直していたところで、前髪の違和感に気づき、手櫛をしていた指を止めた。

 

「やっぱり、地毛なのかな?」

 

 金色の前髪の中央に、一部だけ黒い髪が混ざっている。

 最初のうちは気になって、ハサミを使って自分で切っていたけど、不思議なことに数日もしないうちに伸びてしまう。

 しかも、周りの髪よりも長く伸びてたりして、ビックリしたことが何度もあった。

 自己主張の激しいその黒髪に、なんとなく中の人の意志を感じて、放置することに決めたが。

 

 視界を邪魔しないように、中央にだけひっそり生えるのが、なんとも前の俺らしいと言うか……。

 眉間にまで伸びた一房の黒髪を、デコピンをするように、なんとなく人差し指で跳ねてみた。

 そのうち、アホ毛になったりしないか、ちょっと心配……。

 机の上に置かれた書物を腕に抱え、ルヴェンは寝室を出た。

 

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

 

「消えた黒角、か……」

「ん?」


 ペンを走らせながら、メモを取ることに集中していたルヴェンは、自身に注がれる強い視線に気づき、顔を上げる。

 真剣な眼差しでルヴェンの顔をじっと見ていた、ベアトニス先生の碧い瞳と目が合ったが、何事も無かったように彼女は背を向けた。

 ――後髪の束をねじり上げた――夜会巻きの蒼髪を見つめながら、ルヴェンは首を傾げる。


 黒の優雅な背中開きドレスの後ろ側を見て、露出した部分から覗く、色白で奇麗な背中が、ちょっとエロイなと思ったりもした。

 三十代前半どころか、ギリギリ二十代後半にも見える容姿で、孫がいるんだもんな。

 信じられん話だ。

 本当の意味で、美魔女だよな……。

 

「アスカディア大陸の情勢が、ここ数年で緊迫している話を、以前したのを覚えているか?」

「はい、覚えてます」

「過去に発生した世界大戦は、何回だったかな? ルヴェン君、答えてくれ」

 

 黒板に白色のチョークを走らせながら、ベアトニスが背中越しに質問を投げかける。

 ルヴェンはパラパラと紙を捲り、過去の講義でメモした世界大戦の歴史を見つけた。

 

「えっと……三回ですね」

「そうだ。前回の第三次世界大戦から、十六年……。戦火に巻き込まれた、各地の復旧作業も落ち着いてきたが、きな臭い動きが帝国側に見え隠れしている」

 

 簡略化した世界地図が、黒板に描かれた。

 大陸の右半分を領地とした広大な土地の中心に、チョークで書かれた『ガルランド帝国』の文字。

 十を超える周辺国を力で捻じ伏せ、大陸一の領地を保持する強大な国だ。

 前回の世界大戦で、ガルランド帝国に次ぐ戦力を保持する軍事国家にも勝利し、大陸東方を完全制覇した。

 

 自身の書いたメモに目を通していると、ベアトニスが黒板の前を、右から左に移動する。

 大陸地図の左側にチョークを走らせ、国境線が次々と引かれる。

 十を超える国々の中心に書かれたのは『西アスカディア連合国』。

 軍備拡張を続け、隣接する国々を呑み込むガルランド帝国に対して、イグラード王国を中心とした、世界大戦時にのみ結成される大陸西方の連合国。

 

 黒板の中央にベアトニスが移動し、ガルランド帝国に隣接する国の一つに『イグラード王国』をチョークで書き記す。

 最後に、ガルランド帝国とイグラード王国に挟まれる場所へ、小さな国を描き始めた。

 大陸の二大勢力に挟まれる形でありながら、どちらの陣営にも与さない中立国。

 ベアトニスが振り返り、『アヴァロム魔導王国』と書かれた国を、チョークを握り締めた手でコンコンと小突く。

 

「我が国が、小国でありながら、百年にもなる歴史の中で、三度に渡る大戦を生き抜いた理由は何か? ルヴェン君、答えれるかな?」

「はい。アスカディア大陸中でも、魔力マナの扱いが頭一つ飛び抜けていること。それと、魔族モンスターを率いることが可能な、召喚士がいたからだと思います」

「その通りだ」


 迷うことなく答えたルヴェンに、ベアトニスが満足気な笑みを浮かべて一つ頷く。

 

「歴史家の中には、豊富な資源が採れるこの土地が、数多の英雄を生み出した要因だと豪語する者もいる。日々の生活の中で、強い魔力マナに充てられたお陰で、他国よりも優れた魔導士が現れやすいという意見だ。それが事実かは分からぬが、私達がよく目にする魔鉱石は、他国の市場に出回れば、アヴァロム産として高額で取引される」


 ベアトニスが席に座り、机に置かれた煙管きせるを手にする。

 火を起こし、噛みしめるように時間を掛けて、煙をゆっくりと吸い込んだ。

 静かに息を吐きだし、空中に漂う白煙を、鋭く細めた碧眼で見つめる。

 

「おそらく次の大戦でも、帝国の連中は性懲りもなく、我が国へ攻め込んで来るだろう。西の連合軍と戦争をするためには、大量の資源が必要だ。この屋敷の近くにある鉱山にも、豊富な魔鉱石が地下深くに眠っている。戦争が始まれば、いの一番に狙われるだろうな」

「……そうですね」

 

 頭の痛い話だ……。

 こめかみを指で押さえながら、ルヴェンは険しい顔を作る。

 こっちは戦争なんぞする気がないのに、両陣営の交わる国境線付近に自分の住む土地があるせいで、真っ先に狙われるという理不尽な状況。

 できることなら、世界大戦なぞ始まらなければ良いと願っているが、果たしてどうなることやら……。

 黒板に描かれた地図を、真剣な眼差しで見つめるルヴェンを、ベアトニスが横目で観察しながら口を開く。

 

「話は変わるが、ルヴェン君。召喚できる魔族モンスターが、百を超えたらしいな……」

「はい。昨日、ようやく百の大台に入りました。ベアトニス先生の指導のお陰です」

「別に、私は何もしてないさ。私が君の父親に頼まれたのは、歴史と語学教育。それと、魔法に関する基礎的な指導だけだ」


 口をすぼめたベアトニスが、頬を人差し指でトントンと小突きながら、煙を吐き出す。

 複数の輪っか状の白煙が、空中に列を成して漂う。

 ……器用なことをするな。


「召喚に関しては、私に適性は無い。その年で、同時使役できる魔族の数が百を超えたのも、ギリム君の研究資料をしっかりと読み込んで、応用を利かせた君の弛まぬ努力による結果だ」


 再び吐き出した白煙が、空中に漂う消えかけた輪っかの中心を通る。

 

「あと数年は掛かるかと思ったが、一年も掛からなかったのは、予想外だったな……」

「父と同じ年頃の実力には、なんとか追いつきました。師団堕としの異名を持つ今の父には、まだまだ遠く及ばないですが……」

「それは、どうだろうな……」

「え?」


 含み笑いを浮かべるベアトニスの視線に気づき、ルヴェンが首を傾げた。


「ルヴェン君、宝石は好きかね?」

「宝石、ですか?」


 脈絡の無い唐突な質問に、ルヴェンはきょとんとした顔で小首を傾げる。


「ルヴェン君が、猫頭人ワーキャットの召喚に成功した日に。ちょうど、ギリム君と会う機会があった。その時に、賭けをしてたのさ」

「賭け、ですか?」

「なんとなく。そんな気分になったのさ……。私とギリム君がした賭けに、君は勝った。だから私は、ルヴェン君にご褒美を与えないと、いけないわけだ」

 

 ひんやりとした冷たい風が頬に触れ、ルヴェンは気づいた。

 ルヴェンを見つめる碧い双眼が、まるで宝石のように、キラキラと光り輝いてるのを。


 髪の表面にも淡い蒼の光が纏い、彼女の魔力が外に漏れ出しているのが分かる。

 老魔女が口を開く度に、煙管の煙とは異なる白い息が、青に変色した唇から吹き零れる。

 生前の記憶で見たドライアイスの如く、冷気を伴う吐息が空気中を舞い、『氷滅の老魔女』の証を示す。

 

 飄々した性格のベアトニス先生が、ここまで感情をたかぶらせているのは、珍しいことだ……。

 普段は抑制している膨大な魔力が、溢れ出た時にのみ魅せる姿を静観しながら、彼女の次の言葉を待つ。


「ああ。宝石と言っても、ただの宝石では無いぞ。強大な魔力が秘められた、秘蔵の魔石だ。まだ誰の手垢もついてない、未使用の宝石でもある。どうかね、君が気に入るようなら、譲っても良いぞ」

「……え?」


 老魔女の扱う魔石か……。

 確かに価値は、かなり高そうだ。

 魔力的な意味でも、お値段的な意味でも。


 恐らく杖に加工して渡されるか、もしくは魔剣の類として貰えるかもしれない。

 どちらにせよタダで貰える物は、貰っておいて損は無いだろう。

 

「貰えるのでしたら、是非」

「そうか……。それなら、半年ほど待ってくれ。なにしろ秘蔵の魔石だからな。ここまで持ち出す準備に、時間が掛かるのでな」


 おー。

 なんか、期待を膨らませる言い方だな。

 『氷滅の老魔女』から貰える秘蔵の魔石……すごく、欲しい。

 もしかしたら、彼女達の強化素材として、有効活用できる可能性もある。

 ルヴェンは冷静を装いながらも、前のめりな食い気味の姿勢で、力強く頷いた。


「大丈夫です。いくらでも待ちます」

「ああ、楽しみに待っていてくれ。クックックッ……」


 楽し気な含みを笑いをするベアトニスに、ルヴェンは少しだけ違和感を覚える。

 よっぽど凄いものなのかなと、ルヴェンは彼女の笑みをプラス思考で解釈した。

 机に積み上げた本の中から、ベアトニスが一冊の魔導書を取り出す。

 

「さて、今日はこの本でも読もうか。強い魔族の作り方を研究した資料だから、なかなか難解な言葉が多いぞ」

「うっ、ガンバリマス」


 渡された本を開いた瞬間、見たことの無い単語の羅列が目に飛び込み、ルヴェンの顔が思わず引きつる。

 あれから数ヶ月と経つのに、まだまだ知らない世界があるんだな。

 プログラミングに興味を持って、Javaを齧り始めたら、C言語どころか、C++とかPascalなど、いろいろな世界があることを知った時を思い出した。

 言語学者を目指してるわけでも無いが、この魔導書の読み書きの時間が、召喚士としての次なるステップアップに繋がると思えば、逃げるわけにもいかない。


 高校時代のユウジだったら、絶対に逃げ出してただろうけど……。

 仕事を経験して、学生時代より多少の忍耐がついたおかげか、それとも生前の世界にはなかった魔法という存在に触れたせいかは分からぬが。

 今のルヴェンは、中の人の記憶にある資格試験の勉強を思い出すような、大嫌いな勉学による苦汁よりも、未知の知識を得た結果を知りたい好奇心の方が、遥かに上回っていた。

 

 気合を入れ直したルヴェンは、机に置いてある辞書を手元に引き寄せた。

 ルヴェン愛用の辞書が開かれ、パラパラとめくったページの空白部分には、手書きのメモが沢山書かれており、随分と使い込まれてるのが分かる。

 ベアトニスから渡された、父であるギリムの研究資料の読み込みに、ルヴェンは黙々と取り組んだ。


 ルヴェンが本を読み込む間、ベアトニスは一枚の紙を机に広げ、羽ペンの先にインクをつける。

 煙管きせるをふかしながら、少しだけ考える素振りを見せた後、紙の上に羽ペンを滑らせた。

 最初に書いた文字は、『親愛なる氷竜の涙へ』。

 『氷滅の老魔女』は、まるで悪戯っ子のような笑みを浮かべ、孫娘へ宛てた手紙を書き始めた。


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