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【習作】モンスターファミリア(仮題)  作者: くろぬこ
【第01章】目覚め編
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【第07話】老忍の思惑

 

「ゴロツキ程度の傭兵では、ウーフを止めるのは不可能か……。斥候のシノビ共には、多少の期待をしてたが、制限をかけられた新人のチェニータにやられるようでは、計りにもならんな……」

 

 ダレントが狼頭人ワーウルフの観察をしていた時から、大木の幹を挟んで反対側の枝木に立っていた者(・・・・・・)が、そう呟く。

 黒い忍装束を纏い、獣を模した仮面を被った、シノビの恰好をした男性が目を細める。

 

 西の密林地帯を、我が物顔で駆けていた女王チェニータを、捕らえれたのは大きかったな。

 野良時代は制限をかけないと、器が壊れるのも気にしない程の戦闘狂いだったので、しばらくは首輪生活に甘んじてもらおう。

 

 荷馬車でベアトニスと王都へ外出したように見せ掛け、頃合いを見て戻って来たグレンは、ダレントがオルグに狩られたのを確認した後、枝木から跳躍した。

 隣接する樹の枝木を、豹頭人ワーチーターの如く軽々と飛び移り、森の高所を駆けて行く。

 

 森の入り口付近を拠点にする野良魔族モンスターを、あらかた清掃し終えたタイミングで、妙な連中がコソコソと嗅ぎまわっているのは、把握していた。

 ルヴェン様に報告した際、折角だからと人族ヒューマン相手にどれほど戦えるか、実験がてらに行ったのが今回の作戦だった。


 結果は上々。

 まさかの保険として待機していたグレンだが、その必要もなかった。

 

「ルヴェン様、か……」

 

 年下の相手を敬う言葉が、自然と出てきたことに、グレンは苦笑いを浮かべた。

 ギリムに雇われて、シノビ兼執事として屋敷勤めをして、早十五年が過ぎた。

 屋敷が国境付近にあるので、隣接する他国の情報が仕入れやすく、忍である自分が配置されるのは、まだ納得がいく。

 しかし、いくら尊敬するギリム殿の頼みとはいえ、愚者としか思えない子供の御守りは、張り合いの無い毎日であった。

 これが忍としての最後の仕事だと、辛抱強く耐える毎日だったが……。


 ルヴェン様が魔力暴走で死の淵を彷徨いながらも、なんとか一命を取り留めた、あの日。

 ベッドで半身を起こし、どんな大病を患っても、絶対に口へ入れることのなかった病人食を、静かに口へ運んで食す彼を見て、妙な違和感を覚えた、あの時。

 彼が赤子の時に、余命十五年・・・・・とギリム殿から聞かされた彼が、死期を見事に乗り越え、人並みに食が細くなった、あの瞬間から、まもなく半年を迎えようとしていた。

 

 ギリム殿から一年の契約延長を言い渡されて、今まで通りに彼の監視を継続したが、人とはこれ程までに変わるものだろうか?

 あまりの変化ぶりに、おもわず彼にどうなされたのかと、尋ねた際には。

 

「死にかけて、いろいろと思うことがありまして……。今まで、私の我儘で迷惑を掛けて、すみません。これからは、他人の気持ちを考えて、行動するようにします」

 

 と苦笑いを浮かべ、頭を下げて謝られた時には、グレンは大いに困惑した。

 しかし、以前の彼の生活態度に辟易していたグレンは、あの魔力暴走は彼を成長させる良い切っ掛けになったと、内面の変化を素直に喜んだ。

 ギリム殿やベアトニス殿は、腑に落ちないと言う顔で、「要観察だな」と口にするばかりだったが……。

 

 少なくともグレンは、今のルヴェンに対して不満点は無い。

 この短期間で、召喚士としての異常な成長を遂げたことに、むしろ恐ろしさすら感じるほどだ。

 雌型しか召喚できない致命的なハンデを背負いながら、ルヴェン様の弛まぬ努力と様々な創意工夫により、彼女達のような強者が生み出された。

 英雄ギリム殿の息子だからと言われたら、納得しそうにもなるが、これから先どのような成長を遂げるかが、今のワシには全く読めない。

 

 ワシも、年を重ね過ぎたかもしれんな。

 人を見る目が、すっかり衰えてしまった……。

 そういう意味では、妻やベアトニス殿の方が、先見の明に長けてるのかもしれん。


 『氷滅の老魔女』と恐れらた彼女が、どのような経緯でギリム殿と契約を交わしたのかは知らぬが、ルヴェン様の講師役として、最近は本来の仕事をこなしてる彼女もまた、以前とは違って生き生きとした目をしてる気がする。

 ベアトニス殿も、あと半年ほどで講師としての契約が切れるらしいが、ルヴェン様の今後をギリム殿は、どのように考えてるのだろうか……。

 契約が切れた後の愚者の行く末に興味は無かったが、英雄の息子と納得できる程の驚異的な成長を目の当たりにして、最近のグレンは彼の今後が気になって仕方がなかった。

 

 ルヴェン様が、この地から離れる決断をせぬ限り、かの大帝国からの侵略は避けられまい。

 今のルヴェン様の唯一の弱点が、人脈の少なさだ。

 外界との接触がほとんどない、ヒキコモリをしていた結果と言えるが、ワシやベアトニス殿が去った後、どうされるつもりだろうか。

 十六で成人を迎えるまでの援助はするが、それ以降の資金を含めた援助をするつもりは一切無いと、ギリム殿は宣言されてる。

 ルヴェン様も先を見据えて、小鬼人ゴブリンをメイド代わりに教育しようとしているが、本当にそれで良いのだろうか……。

 

 様々なことを思案しながら森の中を移動していると、今回の作戦を指揮する為に、簡易的に設営された本陣に到着する。

 野生の小鬼人ゴブリン達が棲んでいた集落の中心に、手先の器用な小鬼人ゴブリン達が用意した、テントが張られていた。

 天幕の下には、杖を両手で握り締めた、金髪碧眼の少年が立っている。

 魔力暴走をする以前の醜悪な容姿とは異なり、両親の良い所だけを受け継いだ美少年が、ポツリと呟く。

 

魔力感知センサー

 

 ルヴェンが杖の先端で、地面をコツンと叩く。

 すると、水面に波紋が広がるように、青い光が地面に広がり、一瞬で消えた。


「ウーフ、西に二百五十。チェニータ、南に八百二十五」

「はいです」

 

 虚空を見つめながらルヴェンが呟くと、すぐそばに立っていた小鬼人ゴブリンのブリンが、机の上に手を伸ばす。

 森の地理を描いた地図の上に、いくつかの駒が置かれており、そのうちの二つを移動させた。

 

「チェニータが、細かい距離が測れる範囲まで、戻って来たな。負傷をしたって聞いたけど、けっこう強かったのかな?」

 

 グレンが報告するまでもなく、既にルヴェンはチェニータの近況を耳に入れたようだ。

 その情報入手の速さに驚きつつも、グレンは彼の行動を静かに見守る。

 

「タマとポチも、こっちに近づいてる。何か見つけたのかな?」

 

 ルヴェンの呟きと同時に、遠くで茂みが揺れたのを視認した。

 

「えっさ、ほいさ。えっさ、ほいさ」

「オサ、持って来たよー。コイツが、ギンブルだよ」


 猫頭人ワーキャットのタマと犬頭人コボルトのポチが、人族ヒューマンの男を担ぎながらテントの前までやって来る。

 ルヴェンの前に到着するや否や、金髪を角刈りにした、目つきの悪い青年を乱暴に放り投げた。

 

「ぐあっ!?」

 

 両腕で抱きしめるように腹を押さえながら、ギンブルが苦悶の声を漏らす。

 息苦しそうに呼吸を繰り返し、芋虫の如く地面を這いずるギンブルが、弱々しく顔を上げた。

 殺気立つ魔族モンスター達が、武器を手にして取り囲んでおり、その状況に気づいたギンブルが、不安そうな顔で周りをキョロキョロと見渡す。

 

「初めまして、ギンブル。俺が、君が強盗に入ろうとした屋敷に住む、ルヴェンだ」

 

 普段の温和な態度とは違い、氷のような冷たい瞳をしたルヴェンと目が合い、ギンブルの顔が青ざめる。

 

「余計な、お節介かもしれないが。犯罪計画を喋る時は、小声で話した方が良いと思うよ。誰が聞いてるか、分からないしね。君が馬鹿笑いしながら、大声で喋らなければ。もしかしたら、強盗も成功してたかもね」

「す、すみません。で、出来心だったんです。ほ、本当は、そんなつもりはなくて……。や、雇い主に、借金をしてて。それで脅されて、仕方なく」

 

 身の危険を感じたのか、ギンブルが怯えた顔をしながら、言い訳めいた言葉を必死に喋る。

 

「借金をしてたら、強盗をしても良いのですか? 屋敷の住人に乱暴をして、口封じに殺しても良いのですか?」

 

 静かな怒りを含んだ声色で話していたルヴェンが、腰に提げた鞘から剣を抜いた。

 剣先が眼前に迫り、ギンブルが小さく悲鳴を漏らす。

 

「この国の法律では、強盗で襲われた場合、正当防衛で相手を殺しても問題ありません。このまま、あなたを私刑で殺すことも可能ですが、あなたには聞きたいことがいろいろあります。グレンさん、彼の尋問をお願いしてもいいでしょうか?」

「はい。お任せ下さい」

 

 敵から情報を吐かせる尋問も、忍を生業とするグレンの仕事の範囲内だ。

 特に異論はなく、グレンは了承の意を示す。

 

「オサ。コイツ、良いモノ持ってるんだ。貰っても良い?」

 

 猫頭人ワーキャットのタマが男を指差しながら、ルヴェンに尋ねる。

 

「良いよ。欲しい物を剥ぎ取ったら、グレンさんにそいつを渡してね」

「やっほー。それそれ、剥ぎ取れー。ニャフフフ」

「ギャァアアア! 痛い痛い痛い! や、やめてくれ! 骨が折れてるんだ!」

 

 内臓をどこか損傷してるのか、男が涙を流しながら悲鳴をあげる。

 しかし、そんなことを気にした様子もなく、タマが嬉々とした表情で、胸当てを剥ぎ取ろうとする。

 

「うっさいなー。ポチ、ちょっと手伝って」

「はいはい」

「ブリン。うるさいから、ソイツの口を塞いで。あと、剥ぎ取りが終わったら、逃げないように縄で縛っといて」

「はいです」

 

 ルヴェンの指示を受け、テントから荒縄を取って来た小鬼人ゴブリンのブリンが、タマ達の剥ぎ取り作業に参加する。

 一連のやりとりを静観しながら、グレンは思案する。

 

 ワシを含む少数の者だけが、彼の稀有な才能を知っている。

 しかし、このままでは誰にも知られることなく、この若者が大戦の渦に飲み込まれて、消えていく可能性が高い。

 それを分かっていて放置するのは、果たして正しい選択なのだろうか?

 

 ギリム殿が意図的に、息子が外界との接触を図らないようにしてたのは、もちろん知っている。

 魔力暴走をする以前の彼が、もし自分の孫であれば、一族の恥だと考えて、グレンも似たような行為をしてたかもしれない。

 ギリム殿の気持ちも分かるし、他人の子育ての方針に、口を挟むのもどうかと思うが……。

 やはり、惜しいものがある。


 ……そういえば。

 グレンは妻と手紙のやり取りをしてた際に、妻から相談されていた内容を思い出す。

 しばしの熟考をした後、グレンはルヴェンのもとへ歩み寄った。

 

「ルヴェン様」

「はい。なんですか?」

 

 真剣な眼差しで、机に広げた紙を見つめていたルヴェンが、グレンを見上げる。

 

「屋敷の管理についてですが……。前にも話しましたが、あと半年で小鬼人ゴブリンに引き継ぐのは、不可能だと思います」

「そうですね。確かにブリン達では、難しいと思います……。でも、複雑な運営部分については、僕が引き継ぐつもりですから、なんとかしますよ」

 

 ルヴェン様の物言いを聞いてると、自分がまだ十六に満たない子供であると、本当に自覚してるのか疑いたくなる時がある。

 彼の根拠なき自信の現れは、おそらく十五年もヒキコモリ生活をして、外の世界を知らぬが故にだろう。

 この者の将来の為にも、このまま放置するのは危険だと判断したグレンは、決断をくだす。

 

「メイド、ではないのですが……。もしかしたら、メイドとして働いてくれるかもしれない者が、身内におりまして……」

「え? そうなんですか?」

 

 最後の意思決定はもちろん、あの子次第だが……。

 ルヴェン様に、紹介してみるくらいはいいだろう。

 それで縁ができなければ、我ら一族と彼との繋がりは、それまでだったということ。

 

「はい。まもなく成人を迎えますので、近いうちに屋敷へ連れて来たいと思います」

「それは、助かります。身から出た錆ですが。今度は来た人に逃げられないよう、早めに静かな森にしたいですね」

 

 冗談めいた言葉を口にしながら、ルヴェン様が笑みを浮かべる。

 

「そっちは、問題ないと思います」

「……え? そうなのですか?」


 不思議そうな顔で、ルヴェンが首を傾げた。

 誰のせいとは言わんが、あの子は仕える主に対しての願望に、少しこだわりが強すぎるところがあるようだ。

 若造の我儘が通用する程、世の中は甘くないと諭してやりたいが、外の世界を知らないが故の無知とも言えるか。

 妻との手紙のやり取りを思い出しながら、グレンは深く思案する。

 さて、どうしたものかの……。


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