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【習作】モンスターファミリア(仮題)  作者: くろぬこ
【第01章】目覚め編
6/25

【第06話】偵察任務と豹頭人

 

「なんなのだ。アレは……」

 

 遠方の騒動を、望遠鏡で覗き込んでいた者の口から、驚きの混じった言葉が漏れる。

 樹の太い枝に足をのせ、隠密性を重視した黒装束を身に纏った男が、望遠鏡を目元から外した。

 

 何を食べたら野生の魔族モンスターが、あそこまで大きくなるのだ。

 それともアレが、ギリムなる召喚士が使役する魔族なのか?

 だから魔族でも、魔闘気オーラを扱えるのか?

 

 今まで見たこと無いタイプの狼頭人ワーウルフが、森で暴れ回る姿を観察しながら、ダレントは顔を険しくした。

 師団堕としの異名を持ち、過去の大戦で活躍した英雄ギリムの噂は、ダレントも耳にしたことがある。

 直接は目にしたことはないが、軍部の歴史資料を読んだ際に、眉唾物な話だと失笑した記憶はあったが……。

 

 再び望遠鏡を覗き込みながら、ダレントは目的の人物を探す。

 おそらく傭兵団のリーダーも、あの狼頭人ワーウルフに殺されたのだろう。

 小鬼人ゴブリンを蹴散らして、森の様子を探る時間を稼いでくれるだけでよかったが、これは思わぬ収穫かもしれんな。


 このまま傭兵団が全滅してくれれば、報酬を支払わずに済むので、当初の予定通りとも言える。

 依頼主の情報と違い、小鬼人ゴブリン猪牙人オークが森の入口付近に見当たらず、このまま屋敷まで到達するのではと、計画の変更も考えたが、杞憂だったな……。

 望遠鏡を目元から外したダレントが、目を鋭く細める。

 

「気配の消し方が……甘いぞ」

 

 小さく呟いたダレントが、瞬時に身体を横へ捻り、素早く腕を振るう。

 手から離れた投擲ナイフが、隣接する樹の幹に突き刺さった。

 ……外したか。


「あらら、バレちゃった……。フフフ」


 クスクスと笑う女性の声が、ダレントの耳に入る。

 枝木に足をのせ、ダレントを観察していた者が、組んでいた腕を解く。

 

 おそらく頭だけを横にずらして、寸前で回避したのだろう。

 顔のすぐ横に突き刺さった投擲ナイフを、獣毛に覆われた手で掴み、楽し気な笑みを浮かべながら引き抜いた。

 

豹頭人ワーチーターか……」


 胸の膨らみがダレントの目に留まり、――声色からそうではないかと予想したが――相手が雌型であるのを再確認した。

 黒豹を連想させる外見の腰から、細長い黒色の尻尾を蛇のように揺らめかせ、その豹頭から覗く――鎌首をもたげた蛇が獲物を狙うように、ダレントを嘗め回す視線を送る――二つの金色の瞳を睨み返す。

 雄型かと勘違いするくらい、異様に体格の恵まれた豹頭人ワーチーターの雌を、ダレントは油断なく観察しながら警戒した。


 二メートルはあろう大きな身体でありながら、自分と同じ高さの枝木まで飛び移れる脚力と、しなやかな身のこなしで物音を立てずに忍び寄れる隠密性。

 シノビを生業とする者には、最も会いたくない種族を前にして、舌打ちをしたくなるのも仕方がない。

 これで相手が野生の魔族であれば、まだ楽観視できるのだが……。

 召喚士が管理する森というのが、厄介だな。

 

「静かに登ったつもりだけど。さすがに、この距離は気付かれちゃうのね。あなた、結構やり手なのかしら?」


 豹頭の女性が、放り投げた投擲ナイフを空中で回転させ、指先で器用に受け止める。

 投擲ナイフを指先で一通り弄ぶと、空いていたナイフホルダーの一つに納めた。

 谷間に挟まれ、たすき掛けにされた革ベルトが目に映り、ダレントは妙な違和感を覚える。

 

「あら、ピッタリ。拾い物が、役に立ったわね」

 

 豹頭人ワーチーターが腰に巻いた、もう一つの――赤黒い染みの付いた――革ベルトが目に留まり、ダレントは違和感の正体に気づいた。

 両端の口角が吊り上がり、豹頭人ワーチーターが獰猛な笑みを浮かべる。

 

「お腹が、ちょっとキツイけど……。あなたのも奪えば、これで三つ目(・・・)ね」

 

 ……そうか。

 二人とも、やられたのか……。

 仲間の死を悟ったとして、ダレントが感傷的になることはない。

 危険を伴う敵地の潜入任務で、命を失う者は多いのだ。

 そもそも彼らとは、仕事での付き合いのみの間柄、問題なのは……。

 

「俺は、他の奴ら程は弱くないぞ」

「そうね。不意打ちは失敗したから、あなたは正面から倒すしかなさそうね」

 

 獣毛に覆われた両腕が、それぞれの革ベルトに手を伸ばす。

 見覚えのあるナイフホルダーから、二本の投擲ナイフをスルリと抜いた。

 報酬で釣らせて適当に拾ってきた傭兵共とは違い、あの二人は潜入任務で敵に発見されても生き残れる実力者だった。

 不意打ちとはいえ、そう簡単にやられるはずがない。

 

 敵に発見された場合、現場から即座に離脱を信条としているダレントは、逃走も視野に入れて魔闘気オーラを纏う。

 まるで呼応するように、隣接する樹の枝木に立つ豹頭人ワーチーターも、青い光の粒子を纏い始めた。

 やはり……そういうことか。

 

「楽しい楽しい、狩りの時間ね」

 

 投擲ナイフを指で挟んだ両腕を交差クロスさせ、豹頭人ワーチーターが舌なめずりをした。

 ダレントが足をのせていた枝木が、突然に跳ねる。

 黒装束の男が、一瞬で姿を消す。

 ダレントがいた場所の幹に、二本の投擲ナイフが突き刺さった。

 

「あら? 逃げちゃうのね」

 

 意外そうな顔で、豹頭人ワーチーターの女性が目を丸くする。

 両腕を振り投げた状態で静止したまま、頭だけを下方に向けた。

 豹頭人ワーチーターの瞳が、枝葉に付着した赤黒い液体を捉える。

 

 接触した茂みが激しく揺れ、地面の土や小石を跳ね飛ばし、森の中を青い光を纏った黒い人影が疾走する。

 相手の意表を突き、しばしの時間を稼いだダレントは、森からの逃走に全力を注いでいた。

 スギリと痛む肩口を押さえていた手を放し、掌に付いた己の血を衣服で拭う。

 かすり傷だが、全力で逃げに徹してなければ、危うかった……。

 

 このまま距離を離せれば良いが、そうは上手くいかない気がする。

 生命の危機により、研ぎ澄まされた時に働く己の勘は、馬鹿にはできない。

 考えるよりも先に、足が勝手に動く。

 直線で駆け抜けていたダレントの身体が、いきなり横へ跳ねた。


 寸前まで、ダレントが逃走していた進行方向の樹に、投擲ナイフが突き刺さる。

 もう、追いついたのか?

 早いな……。

 

 大型の獣に追われるような錯覚を、背中から強く感じても、ダレントは振り返らない。

 正確には、振り返る余裕が無い。

 狙いをつけやすい直線ではなく、稲妻ジグザグを意識して、後方からの追撃を振り切ろうと試みる。


「グゥッ」

 

 二度の投擲を躱したが、三度目に飛来した投擲ナイフが、左の太ももをかすめた。

 足に走った痛みに、ダレントがおもわず苦痛の声を漏らす。

 

 まずいな……。

 狙いが段々と、精確になってきてやがる。

 距離を詰められてるのか、あるいは……。

 三回だったのが、二回に一回の確率で、身体の一部を投擲ナイフが掠める。

 

 まだ致命傷は食らってないが、そろそろ限界か……。

 逃走を諦め、全身に駆け巡らせていた魔闘気オーラを、一点に集中させる。

 背後に強く感じた殺気に、ダレントは死を覚悟し、足を地に踏み込む。

 

 ――雷刀サンダー・ブレイド

 

 身体をいきなり反転させ、眼前に迫る豹頭を視界に捉えた。

 二つの人影が、一瞬で距離を詰め、青と紫の光が交差する。

 駆け抜けた豹頭人ワーチーターの女性が、笑みを浮かべた。


「……やるわね。人族ヒューマン

 

 足を止めた豹頭人ワーチーターが、ゆっくりと振り返る。

 己が走り抜けた地面に、点々と飛び散る血痕を見下ろし、切り裂かれた腹部を手で押さえた。

 傷口の深さを物語るように、手の隙間から溢れ出る赤黒い液体が、ボタボタと地面に滴り落ちる。

 目を細めた豹頭人ワーチーターの瞳に映ったのは、バチバチと弾ける異音を放ち、紫色の雷光を纏う男の右腕。

 

「その手甲、魔装具だったのね?」


 豹頭人ワーチーターの指摘通り、手甲の中に仕込まれた魔鉱石がダレントの魔力を吸収することで、相手を手刀で切り裂ける程の雷魔法が発動していた。

 接近戦は不得手と見せかけ、全力逃走をした後に、追跡者をカウンターで沈める必殺の一撃だったが……。


「仕留め損ねたか……」

 

 ダレントが得意とする戦法であったが、今回は相手を仕留めるには至らなかった。

 

「雷お爺ちゃんのを見てなければ、お腹に大きな穴が開いてたかもね……。首を跳ねれなかったのは残念だけど、今日はここまでかしら?」

 

 あの形状は、ククリ刀の類だろうか?

 ――紫色の光沢を放つ――短刀を逆手に握り締めた拳を、豹頭人ワーチーターが静かに振り下ろす。

 下手に逃走を選んでいたら、あの刃が後方から飛んできて、俺の首を跳ねていたかもしれんな。

 その姿を想像して、ダレントは首筋に寒気を覚えた。

 豹頭人ワーチーターが身を翻し、その場から立ち去ろうとする。

 

「今の私だと、三人も倒しきれなかったわね。もし、次に会うことがあれば、今度は全力で相手をしてあげる」

 

 これだけ暴れて、まだ全力を出してないのか……。

 豹頭人ワーチーターの言葉に、ダレントは眩暈がしそうになった。

 顔だけをこちらに向け、豹頭人ワーチーターが口の端を吊り上げる。

 

「あなたが、この森を抜けれたらの話だけどね……。私のナイフ、捨てないでよ。オルグ」

 

 クスクスと笑いながら、その場から立ち去る豹頭人ワーチーターの背を見送った。

 雷魔法を纏う右肩に、ダレントは左手を伸ばす。

 バチバチと弾ける紫の光が消え、右手の指先から赤黒い液体が、ポタポタと地面に滴り落ちる。


「相討ちか……」

 

 相手が退散する程の一撃は与えたが、ダレントもまた重傷を負っていた。

 己の右肩から生えた一本の投擲ナイフを、ダレントが忌々し気な目で睨みつける。

 最後の最後に避け損ね、肩口に貰ってしまったナイフから目を離した。

 ナイフを抜こうとした手を止め、視線を右の脇腹に落とす。


 首が跳ねられるのは免れたが、ダレントの必殺の雷拳を回避しつつ、豹頭人ワーチーターが横薙ぎに振り払った一撃を、すれ違いざまに貰ってしまった。

 幸い鎖帷子を着てたお陰で、腹部を切り裂かれることはなかったが。

 だがしかし、腹部に感じる激痛から察するに、骨と内臓をかなりやられたようだ。

 右半身が当分は使い物にならなくなったが、感傷に浸っている暇はない。

 

 ダレントは周りを見渡す。

 必死に逃走をしていたせいで、ダレントはいつの間にか、開けた場所に出ていたことに気づく。

 そしてそこが、小鬼人ゴブリンが棲んでいたであろう、集落の一つであると思い出す。

 

 この森を抜けれたら、か……。

 豹頭人ワーチーターの残した台詞を思い出しながら、ダレントは森の入口の方へ顔を向けた。

 

「あん? チェニータのヤツ、負けたのかよ」

 

 集落の中心から顔を出したのは、身長二メートルはある褐色肌の大女だった。

 

 この集落は、ダレントが通過した記憶のある場所だ。

 通り過ぎた際に、ダレントが付けた目印を見つける。

 その時には、逃走経路を確保する為に、誰もいないことを確認したが……。

 

 まるで退路を塞ぐように、森の入口目前の空き地に、都合よく現れた大女を見つめる。

 猛禽類を連想させるような鋭い目と、肩まで伸びた長い黒髪が特徴的で、ダレントの背丈と同じくらい長い大剣を、片手で軽々と持ち上げて肩にのせた。

 もしこれが、初めから計画された待ち伏せだとすれば、俺達は最初から嵌められたということか……。

 

 長居は無用とばかりに、ダレントは即座に魔闘気オーラを全身に駆け巡らせる。

 こちらを静かに見つめ返す大女が、息をするように魔闘気オーラを纏い始めた。

 もはや、驚きもしない。

 この森は、そういう場所なのだ。


 ヒキコモリの豚蛙が、管理を放置した森の噂は、偽装。

 ギリムは常に、他国からの侵略者達の動向に目を光らせていたというのが、真相だろう……。

 まったくもって、油断がならぬ国だな。

 

「とはいえ、仕事は完遂せねばならん」

 

 戦闘力が未知数な相手と、正面から戦う気はない。

 ダレントが選ぶのは、逃げの一択のみ。

 

雷刀サンダー・ブレイド

 

 戦闘の意志を見せかけるように、使い物にならなくなった右手に、申し訳程度の雷魔法を纏う。

 腰を落とし、ダレントが身構える。

 褐色肌の大女も唾を手に吐き掛け、剣を両手で握り締めて迎撃の構えを見せた。

 

 よし……。

 あの構え方なら、カウンター狙いで左側を抜けると見せかけ、何もせずに右側を駆け抜ければ、こちらが致命傷を負うことは無い。

 逃走経路を確認し、作戦を実行する。

 

 鋭く息を吸い込むと同時に、ダレントの足が地面から跳ねる。

 右わき腹を狙うように見せかけて、青い光を纏った黒装束の男が、地を高速で疾走する。

 大剣の長さから、斬撃の間合いを見極め、ギリギリ範囲外で右腕の魔力供給を、遮断。


 突然に紫の光を腕から失ったダレントに、相手が目を大きくする。

 相手が面食らったタイミングで、全ての魔力を脚力に一点集中。

 左側への直進から、強引に右側へ舵を切る。

 この間の動作は、一秒も満たない。

 最初から俺が戦う意志が無かったと気づいた時には、もう遅い。

 

 正面向けて、大剣を横薙ぎに振ろうとする大女。

 ――予定通り、安全な右側ルート――相手の左脇腹の真横を、通り抜けようとする。


 ……勝った。

 俺の読み勝ちだ……。

 戦士としては、なんとも格好悪い戦い方だが、これは偵察任務。

 相手の情報を持ち帰れば、俺の勝ちなのだ。

 

 褐色肌の大女とすれ違った直後、ダレントは背筋にゾクリと寒気を感じた。

 ……まさか。

 振り返るつもりのなかったダレントが、思わず顔を後ろに向ける。


 ダレントの瞳に、高速で背を追いかける、大剣の刃が映る。

 柄を握り締めた両腕だけでなく、全身を捻るようにして、身体を回転させようとする大女。


 そうか……。

 コイツは、最初から――。

 

 ダレントの意識は、そこで刈り取られた。

 三百六十度の回転斬りが、鎖帷子ごと男の身体に刃を半分以上食い込ませ、力任せに斬り飛ばした。

 

「おっとっと」

 

 勢い余って二回転目に突入しようとしたオルグが、足を地に踏ん張り、ふらついた体勢を立て直す。

 大剣の刃の腹を肩に置き、手を額にかざした。

 

「お? 派手に吹っ飛んだなぁ」

 

 遠く離れた場所で、寝転がったまま動かない黒装束の男をしばし眺めた後、満足気な笑みを浮かべた。

 鼻歌混じりに、腰に巻いた小袋から、板状の固形物を取り出す。

 

「あーあ。また、暇になったな……。あむ」

 

 一仕事終え、指で摘まんだ干し芋の先端を、ちょびっとだけ齧り取る。

 飴を舐めるように舌で転がしながら、次の指示があるまでオルグは暇を潰すのだった。


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