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【習作】モンスターファミリア(仮題)  作者: くろぬこ
【第01章】目覚め編
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【第04話】融合召喚

 

 論理的には、これで合ってると思うけど……。

 『融合召喚』の表題が書かれた魔導書を開き、ページの内容と床に描かれた魔法陣を交互に見比べる。

 

 あとは本人を連れて来て、試すしかないか……。

 魔導書とチョークを机の上に置き、召喚部屋を退室する。

 

「んー」

 

 地下に続く階段を登りながら、腕を伸ばして固まった身体をほぐした。

 ちょっと休憩がてら、紅茶でも呑もうかな。

 

 執事のグレンを探そうと考えたところで、地下通路に続く廊下が目に入る。

 長い廊下の突き当りである曲がり角から、複数の人影が姿を現した。

 向こうもルヴェンの姿を視認したのか、足取り軽やかに駆け出した。

 

「オサ!」

 

 手を左右に振りながら、元気よく走り寄って来る少女に、ルヴェンは目を丸くする。

 おっと、これは随分とイメージが変わるな。

 少女が廊下の道中で元気よく飛び跳ね、ルヴェンの足先から五十センチメートル手前で着地した。

 

「ぅわっ、わっ、わっ……」


 黒いパンプスに履き慣れてないのか、勢いを殺せずに身体が前に傾く。

 ルヴェンが慌てて、少女を受け止めようと両腕を広げた。


「ふんっ!」

 

 今にも倒れそうな前屈み姿勢で、空中でバタバタと上下に振っていた腕が、ピタリと止まる。

 つま先を床に踏み込んで、少女が歯を食いしばり、転倒を寸前でギリギリ防いだ。

 体勢を後方に立て直した少女が、白い歯を見せて、ニヤリと笑う。


「オサ、メイドです!」


 両手を水平に伸ばした少女が、花が咲いたような笑みを浮かべ、クルリと横回転した。

 少女の動きに合わせて、黒いロングスカートがフワリと広がる。

 空中でヒラリヒラリと舞う、白いフリル付きのスカートを、ルヴェンはおもわず目で追ってしまう。

 

「うん。メイドだな」

「フリフリ、可愛いです!」

「可愛いな」


 メイド服を着せてもらえたのが、よっぽど嬉しかったのだろう。

 興奮した顔ではしゃぐ小鬼人ゴブリンのブリンに、ルヴェンも自然と笑みがこぼれた。

 

「髪も切ったんだな」

「ベア様、切ったです」


 長くボサボサしていた茶色の髪は、顎先のラインで奇麗にカットされていた。

 黒いワンピースに白色の前掛け(エプロン)と、茶色のボブカットの上に載せたホワイトブリムの組み合わせ。

 ふむ、悪くないな……。

 

 今までツギハギだらけの貫頭衣――布の中央に穴を空けて、その穴に頭を通すタイプの衣服――だったが、クラシックスタイルのメイド服に着がえたことで、清潔感も随分とアップした気がする。

 もともと目つきの悪い――緑色の瞳が小さく、白目の面積が一般人より広い――三白眼と茶髪の組み合わせのせいか、漫画に登場しそうなメイドのコスプレに目覚めた不良少女キャラに、見えなくもないが……。

 

「馬子にも、衣装だな」

 

 様変わりしたブリンを観察していると、遅れて追いついたベアトニスが口を開く。

 本来の言葉の意味を考えれば、褒めてるわけではないが、先生の言いたいことはなんとなく分かる。

 

「サイズは、合ったみたいですね」

「はい。倉庫にしまっていた物を出してきましたが、特に問題はありませんでした」


 ルヴェンの問いかけに、隣に立っていた執事のグレンが小さく頷いた。

 

「三十センチも伸びたのだ。大抵の人族ヒューマンの衣服は、着れるだろう」

 

 ベアトニスの言葉に、ルヴェンも同意するように頷く。

 一般的な人族ヒューマン女性の身長に近づいたブリンを、改めて下から上へと眺める。

 昨日よりも手足が伸び、平らだった胸元も少しだけ膨らんだ気がする。

 ルヴェンがおもむろに腕を伸ばし、ブリンの眼前で掌を広げた。

 不思議そうな顔で、ブリンが小首を傾げる。

 

「我に従え。ブリン」


 召喚士が実行できる呪文スペルの一つ、魔力を込めた命令を実行する。

 すると緑色の瞳から、感情の色が消えた。


「隠してる角を晒せ」

「はい」


 感情の消えた声色で、小鬼人ゴブリンのブリンが返事をする。

 自分の指で、茶色の前髪をかきあげた。

 額に生えた白い小さな角が、外気に晒される。

 

 思った以上に、重いな……。

 己の中に発生した変化に、ルヴェンの目が細くなる。

 しばらくすると緑色の瞳に感情の色が戻り、ブリンが瞼をパチパチと瞬かせる。

 

「おはよう、ブリン」

「おはよう、です?」

 

 立ったまま寝ていたと思ったのだろう。

 ブリンが不思議そうな顔で、小首を傾げた。

 

「グレンさん。朝に話していた件、ブリンができそうなところからで、お願いできますか?」

「分かりました」

 

 執事のグレンが軽く頭を下げた後、ブリンを連れて行く。

 ルヴェンが物思いに耽りながら、メイド服を着た小鬼人ゴブリンの背中を見送っていると、ベアトニスが歩み寄って来た。

 

小鬼人ゴブリンの雌を召喚して、小間使いにさせてる者なら、王都で見かけたことはあるが。メイドの代わりは、難しいだろうな」

「そこまで、高望みはしてません。これから魔族を増やした時に、俺のサポートをしてくれる人がいたら、助かるなと思っただけですから」

 

 ルヴェン達が住んでる屋敷とは別に、ここには魔族用の宿舎が建造されている。

 ただし、十五年も住人が一人もおらず、建物内は塵と埃が積もり放題で、酷く荒れていた。

 昨日の討伐で新しい住人ゴブリンを迎えたから、今頃はブンゴとルブンが新人と一緒に、部屋の大掃除で忙しくしてるだろう。

 

「メイドを雇えればよかったが。ひきこもりの誰かさんが、若い娘達を怖がらせるから。みんな逃げ出して、誰も来なくなったからな」

「えっと……、まあ。自業自得、と言うやつですかね。ハハハ……」

 

 ベアトニスの嫌みを含んだ言葉に何も言い返せず、ルヴェンは乾いた笑いを漏らす。

 散歩がてらに少し歩いたら、脳天を石斧でカチ割るような、野生のモンスターがうろつく森に囲まれた屋敷など、誰が住みたいと思うだろうか。

 召喚士としての教育をしっかりと取り組み、森に棲むモンスターを定期的に討伐する召喚士の仕事を、誰かさんが真面目にこなしていれば、こんなことにはならなかったのだ。

 怒られるべきは、ユウジが入れ替わる前のルヴェンであったはずなのに、理不尽としか言えない……。

 

「もはや手遅れかもしれませんが。これからは、心を入れ替えて。できそうなことから、手をつけていこうかなと思いますよ」

「ふむ……。まあ、それは置いといてだ。融合召喚の講義を、昨日したばかりなのに。もう、一晩で魔法作成スペルクラフトに成功するとは。さすが、ギリムの子だな」

「いえ……。さすがに父の研究書の全てを、理解できたわけではないです。ほとんどが見よう見まねで、試しで魔法陣に組み込んだら、たまたま上手くいっただけです」

「雄型の小鬼人ゴブリンを呑み込んで、雄型と同じ体格に成長するか……。なかなか面白い召喚魔法だな」

「そうですね。ですが……」

「やはり、魔力消費コストが大きいか?」

「はい」

 

 昨日の講義で、同じ魔導書を読んだから、融合召喚に関するメリットもデメリットも、ベアトニス先生は把握してるはずだ。

 雄型の小鬼人ゴブリン戦魂ソウルは、もともと回収していたが、なぜか召喚ができずに持て余していた。

 融合召喚なる知識を得たおかげで、有効活用ができると喜んだが……。

 

「父が研究書で、実戦に投入するのは難しいと書いてた意味が、よく分かりました」

 

 小鬼人ゴブリンの雄型十体を組み入れただけで、一も満たなかった魔力消費コストが、いきなり十にも増えた重い感覚。

 召喚士の特性である強制命令は、力を持つ魔族に対して、従属を強制させる首輪のようなモノ。

 今のブリン一人だけならまだしも、これが百にもなる魔族の軍団となれば、戦場で制御する為に必要な魔力が、戦闘中に枯渇する恐れがある。

 召喚士が制御できなければ、己の本能のままに行動できる魔族モンスターの軍団など、野生の魔族モンスターの群れと変わりがない。

 力の無い召喚士が、野生の魔族の群れに飛び込むのは、自殺行為としか言えない。

 頭をカチ割られた小鬼人ゴブリンが、血溜まりに頭を沈めた生々しい記憶が、ルヴェンの脳裏に蘇る。

 

「他の召喚士から、融合召喚の話を聞いた覚えは無かったが……。まあ、そういうことなのだろうな」

「そういうことですね……」


 ベアトニスが愛用の煙管を口に咥える。

 火種をつけようとした手が止まり、ベアトニスの瞳が横に動いた。

 何かの気配に気づいたルヴェンもまた、顔を廊下の窓に向ける。

 空気の入れ替えの為に開かれた窓枠に、行儀悪く足をのせて、こちらをじっと見つめる幼狼ウーフと目が合った。

 

 ――園児にしか見えない体格の――狼頭人ワーウルフの体毛には、なぜか赤黒い染みが大量についていた。

 昨日の戦闘で、しっかりと洗い落としたはずだが……。

 

「邪魔だ。どけ」

 

 横から伸びた褐色肌の腕が、ウーフの首根っこを掴み、乱暴に放り投げた。

 窓越しに顔を覗かせたのは、長い黒髪を伸ばしたオルグだ。

 

「おい、オサ。コレ、拾ったぞ」


 窓枠に肘を置いて、オルグが何かを持ち上げる。

 見覚えのあるリュックサックが目に留まり、ルヴェンは驚きながら近づく。

 土と泥で酷く汚れていたが、それはブリン達とあの集落を逃げ出した時に、置いて行った物に間違いなかった。


「あれ? もしかして、森に行ってたのか?」

「ウーフと、ちょっと散歩にな」

「二人だけで、行ったのか?」

「昨日と、同じとこまでだよ。猪牙人オークはいなくて、小鬼人ゴブリンだけだったし……。ウーフが遊んでる時に、コレを見つけて来たんだよ」

「わざわざ、ありがとうな」


 リュックサックを受け取り、ルヴェンはオルグに礼を言う。

 荒らされた跡は見えるが、洗えばまだ使えそうだ。


 同時にルヴェンは、オルグの言葉を脳内で反芻する。

 あの集落には、長の猪牙人オークがいなくなってるのか。

 昨日の討伐は散々な結果だったけど、無駄ではなかったんだな……。

 

「オサ、イモ」


 下から聞こえた幼い声に、ルヴェンは窓から身を乗り出して外を覗く。

 強面の顔に似合わない、可愛らしい声を発したウーフを見下ろす。

 

「ウーフが、見つけてくれたんだよな? ご褒美を、あげないとな」

「コイツは袋の中に、頭を突っ込んでただけで。持って帰って来たのは、俺だけどな」

 

 何か言いたげな顔で、オルグがルヴェンをじっと見つめる。

 そういえば、芋と言えば……。

 ルヴェンがポケットを弄り、細長い板状の固形物を取り出す。

 

「はい、これ」

「なんだ、コレ?」

「新しいオヤツ」


 ルヴェンから渡された物を受け取り、オルグが鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。

 

「干し芋だ。芋を蒸した後、薄く切ってから、何日も干したやつ。美味いぞ」

 

 オルグに説明しながら、ポケットから更に二枚を取り出す。

 そのうちの一枚を、窓の外へ差し出した。

 下から伸びた――獣毛に覆われた――小さな手が、干し芋をルヴェンの手元から素早く奪い取る。

 

 ルヴェンも残った一枚を口の中に運び、力強く噛み千切った。

 噛み応えのある硬さだが、中は程良い湿り気を帯びており、噛めばじんわりと芋の味が口内に広がる。

 自然の甘さを味わってるルヴェンを見て、オルグも一口齧った。

 

 噛みしめるように、何度も口を動かして咀嚼した後、二口目を口にする。

 無言で干し芋を齧り続けるオルグを見て、気に入ったんだなと、ルヴェンは笑みを浮かべた。

 

「オサ、イモ」

「今は、もう持ってないから。また後でな」

 

 一口で干し芋をペロリと平らげ、おかわりを要求するウーフにそう告げた後、オルグの方を見る。

 

「オルグ。ちょっと、実験に付き合って欲しいんだけど」

「じっけん?」

「ブリンみたいに、身体が大きくなるかもしれないけど。上手くいったら、今日の晩御飯に、肉を追加してやるぞ」

「マジか? ふげっ!?」


 窓枠から身を乗り出したオルグの頭を踏みつけて、小さな人影が廊下に飛び込んできた。

 

「オサ、ニク!」

 

 さっきより目を爛々と輝かせ、ウーフが口の周りを舌でベロベロと舐め回しながら、ルヴェンを見上げる。

 

「ウーフは、素材が見つかってからだな……。あー、でも。また猪牙人オークを倒してくれたら、ウーフも肉を追加してやるよ」

「てめぇ……。この、クソ狼がッ。俺の肉を取るんじゃねぇ!」

 

 齧りかけの干し芋を口の中に放り込み、オルグが窓枠を乗り越えて、廊下に飛び込んで来た。

 身の危険を感じたのか、ウーフが廊下の奥へ逃走し、それをオルグが追いかけて行く。

 

「元気な奴らじゃな」

 

 壁に背を預け、ルヴェン達のやり取りを静観していたベアトニスが口を開く。

 

「力を得るために、リスクを取るか……。先人達が、その方法を知りながら、なぜその道を選択しなかったのか。その意味を気づく前に命を失うのは、君の若さ故の悲しさだな……。君とは、短い付き合いだったが。ギリム君には、息子は立派にやったと、伝えておくよ……」

「まだ死んでませんよ、ベアトニス先生」

 

 白煙を吐きながら、自分を故人にする発言をされて、さすがのルヴェンも口を挟む。

 

「昨日も話しましたが、分の悪い賭けなのは、承知です。でも、雄型の召喚ができない俺は、この道を選ぶしかないんです」

 

 そういえば、執事のグレンに紅茶を頼むつもりだったのを思い出して、廊下を歩きだす。

 数歩だけ足を運んだところで、不意に足を止めたルヴェンが、後ろに振り返った。

 

「ベアトニス先生。自分で、言うのもなんですが。俺って、人を見る目はあると思うんです」

「ほぅ……。そうなのかい? それを聞いて、私は安心したよ」

 

 心のこもってない言葉で返されて、ルヴェンは苦笑する。

 十五年もヒキコモリしてた子供ガキが、ナニをえらそうにとか、思われてるんだろうな……。

 かと言って、もう一人の自分の話をしたところで、信じてもらえるわけもないからね。

 心のわだかまりを吐き出せぬまま、ルヴェンは廊下を再び歩き出す。

 その背中を見送りながら、ベアトニスが口をすぼめて、白煙を吐き出した。

 

「心を入れ替えて、か……。その台詞を聞いたら、堅物のグレンは素直に喜びそうだが……」


 天井に広がる白煙を見上げながら、ベアトニスが目を細める。


「魔力暴走を経て、死にかけた君は。あれから別人のように変わった……。案外、本当に中身が変わってたりしないかね? ルヴェン君」


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