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【習作】モンスターファミリア(仮題)  作者: くろぬこ
【第01章】目覚め編
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【第01話】目覚め

 

「どこだ、ここは……」

 

 シルク製なのか、肌触りの良い布団から深く沈んだ半身を起こし、周りを見渡す。

 まどろみから覚めたユウジの目に映ったのは、見知らぬ部屋。

 慣れ親しんだボロアパートの部屋や浴室を、全て合わせても足りないくらい、とても広い室内を見て目が点になる。


 寝起きの半覚醒な頭で考えたのが、他人のベッドで寝続けるのは、非常にマズイだった。

 二十八にもなり、いい歳をした大人が何をやってんるだと、自分を激しく叱りつけたくなったが、それは後回しだ。

 自分がどうやって他人の家に入ったのか、昨晩の記憶も曖昧で朧気だが、まずは部屋を出ることが先だろう。


 異様に、身体が重い気がする……。

 同僚からインフルエンザをうつされてからの一週間後、会社に出社した時を思い出すような、病み上がり時の倦怠感を覚えた。

 しかし、この家の住人に泥棒と勘違いされ、通報されたら大変なので、重い身体を引きずってベッドから這い出す。


 上流階級の人間でも住んでいるのか、いかにも高そうな赤い絨毯が目に留まり、ユウジは少し戸惑う。

 家主を見つけた時に、謝罪するしかないな……。

 裸足のまま、高級そうな調度品の並べられた部屋を歩く。

 

 扉へ向かう途中、素人には価値の分からない絵画達の間に、壁にかけられた鏡が目に留まる。

 せめて寝癖くらいは直そうと、派手な装飾品が施された鏡に近づいた。

 鏡に映る自身の姿を見たユウジは、一瞬で硬直した。

 

 誰だ……コイツは?

 

 風船が張り裂けんばかりに膨らんだような、丸くて醜い顔。

 ブヨブヨした脂肪の塊に身を包んだ、横に太い体。

 まるで豚が二足歩行してるような、世にも奇妙な身体をした金髪碧眼の少年が、自分を静かに見つめ返していた。

 自分の頬に手を当てると、鏡に映った少年も同じ動作をする。


 これは……何の病気だ?

 

 まるで別人のような姿に、ユウジはまず奇病を疑った。

 自分の身に降りかかった災難の連続に、呆然と立ち尽くすユウジの耳へ、扉の開く音が入る。

 ユウジが振り返ると、白衣を着た老人と目が合った。

 

「おや。お目覚めでしたか、ルヴェン様」

 

 ……ルヴェン?

 一瞬、誰のことか分からなかった。

 白衣姿の老人が歩み寄り、ユウジの手を取って手首の脈を計る。

 ユウジの首元に手を当てたり、頬に触れたりした。

 

「口を大きく開けて、舌を出して下さい」

 

 医者、なのか?

 言われるがままに口を開ける。

 医者らしき人物が腰ベルトから、小枝のような短い棒を抜いた。

 先端に小さな青い宝石が埋め込まれた、奇妙な棒だ。

 

「マジック・ライト」

 

 医者の小さな呟きと同時に、空間が歪み白い光が現れる。

 ……は?

 目が点になったユウジの口内を、片眼鏡のモノクルで覗き込む老人。

 

「ふむ。喉の腫れもひいてますな。熱も下がっておりますが、もうしばらく安静にして下さい。薬の方もお出ししておきますが……できれば、飲んで頂きたいです」

 

 奥歯に物が挟まったような怪訝な顔をされたが、ユウジの瞳は医者の持つ小さな棒に釘付けだった。

 棒の先端には、小さな白い光が浮遊している。

 何のマジックだ?

 食い入るように光を覗き込むユウジの目が突然に見開き、何かの映像が脳裏にフラッシュバックした。

 

「聞いておりますか、ルヴェン様?」

「……ああ」

 

 心ここにあらずな返答をするユウジに、医者は溜め息を吐く。

 医者が棒を振り、浮遊する小さな光を消した。

 

「思い出した」


 ユウジが、ポツリと呟く。


「ルヴェン様? 何かおっしゃりましたか?」

「俺は……死んだのか?」


 暗闇に浮かんだ車のヘッドライト、近くを歩いていた女性の悲鳴、上下反転した景色、大量の血痕が広がる横断歩道。

 ユウジの脳裏に生前最後と思われる記憶が、静止画像のように流れる。

 感情の消えた眼で、虚空を見つめるユウジに、医者が怪訝な顔をした。


「いいえ。ルヴェン様は、死んでおりませんよ。魔力暴走による酷い高熱を出して、生死を彷徨いましたが……。こうして、生きておられます。安心して下さい」

「俺は……。ユウジ、じゃないのか?」

「ルヴェン様?」

 

 両腕で自らの身体を抱きしめ、寒気を覚えたように身体を震わせる。

 青ざめた表情をするユウジを、医者が覗き込む。

 

「ルヴェン様、もうしばらく横になって下さい。ようやく体調が良くなってきましたのに、病み上がりの身体で無理をすれば、お体に障ります」

 

 足元をフラつかせたユウジは、医者に促されるまま、ベッドに戻された。

 

「グレン殿に、食事と薬を運ばせます。大人しく寝ていて下さい。本日は旦那様も、こちらに顔を出される予定です。くれぐれも脱走なぞ、なさらないように……。私がまた、旦那様に叱られてしまいますので」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で強く言い含め、白衣の医者が部屋を出て行く。

 ベッドに寝かされたユウジは、広い部屋に一人残された。

 見慣れぬ天井を、無言でじっと見つめる。

 

「俺は……死んだのか」

 

 ポツリと呟いたユウジの目元に、一筋の涙が落ちた。

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

「おや、こんな朝早くから召喚の儀式かね? 熱心なことだな」

 

 背後から掛けられた女性の声に、ルヴェンは作業をしていた手を止め、振り返った。

 

「おはようございます。ベアトニス先生」

「おはよう。ルヴェン君」

 

 彼女のシンボルである碧の刺繍が施され、胸元と背中の開いた黒の優雅なドレスを着たベアトニスが、一人の老紳士を従えて部屋に入って来る。

 講義の時間にはまだ早いので、いつものように召喚の見学をしに来ただけだろう。

 そう考えたルヴェンは、作業を再開する。

 

 父の研究資料である魔導書を開き、英語の筆記体に似た、ミミズが走ったような文字を読み直す。

 ルヴェンの足元には、白色の魔法陣が床一面に描かれていた。

 魔導書に描かれた魔法陣と自身の描いたものを見比べ、ルヴェンは問題点を探す作業に没頭する。

 魔法陣の周りをウロウロする少年を横目に見ながら、部屋の隅に置かれた円形のテーブル席に、ベアトニスが腰を下ろす。

 

 屋敷の執事であるグレンが、トレイに載せたティーカップをテーブルに並べ、いつものように紅茶の準備を始めた。

 紅茶を注ぐ音を耳に入れながら、ベアトニスが管の細長いパイプを取り出し、煙管きせるの先を口に咥える。

 老執事が一礼し、部屋を退室した。

 口を軽くすぼめたベアトニスが、ゆっくりと煙を吐き出す。

 ルヴェンが黙々と儀式の準備をする間、ベアトニスは煙草と紅茶を楽しみながら、その作業を静かに眺めている。

 

「弓に矢を絞り出す、三角の毛玉耳?」

「違うな。弓に矢を番える、三角の獣耳、だったはずだ」

 

 思わず独り言を口に出したルヴェンの背後から、女性の声が遠く聞こえる。

 ルヴェンが声のした方へ振り返れば、天井を見上げたベアトニスが、すぼめた口から白煙を吐き出していた。

 

「ありがとうございます、ベアトニス先生」

「もう少し、文字の読み書きの時間を増やした方がよさそうだな」

「うっ……。そうかも、しれませんね」

 

 もっと真面目に文字の読み書きをしといてくれよと、前の身体の持ち主にルヴェンは文句を言いたくなった。

 しかし、既にいなくなった者に悪態を吐いても解決はしないと考え、再び魔導書の解析に勤しむ。

 

「あっ、そうか。これか……」

 

 何かに気づいたルヴェンがしゃがみ込み、魔法陣の文字をチョークで書き直し始めた。

 その姿を横目で見ていたベアトニスが、煙を吐き出しながら薄く笑う。

 部屋の隅にある机に重ねられた魔導書の山に、持ち歩いていた魔導書とチョークを置く。

 

 ルヴェンは片膝を折り、魔法陣の中心に掌を置く。

 精神を集中させる為に、深呼吸を繰り返した。

 本日、何度目か分からぬ召喚の儀式を実行する。

 

 ……お?

 この感覚は……。

 自身の身体から魔力が抜ける感覚に、魔法陣が正しく描けたのを確信する。


 ルヴェンが触れた掌を中心に、床に描かれた白線に、青白い光が走り出す。

 全ての白線が、青白い光を明滅させてるのを確認し、ルヴェンは発光する魔法陣から離れた。

 空間が歪み、魔法陣から青白い霧状の煙が噴き出した

 青白い霧の中に、黒い人影のシルエットが現れる。

 

猫頭人ワーキャットだな」

「はい、そうですね」

 

 四散した霧の中から姿を現したのは、こげ茶色と黒い縞模様が入り混じった体毛で全身が覆われ、大きな三角の獣耳を頭から生やした猫頭の獣人。

 ルヴェンはその容姿を、上から下へとじっくり眺める。

 コイツを倒すのは、ホント苦労したよなぁ。

 主に、俺の重い体のせいで……。

 

 鈍重な身体と樽腹を揺らして、足腰が立たなくなるまで屋敷の周辺をグルグルと駆け周り、必死に追いかけっこした記憶をしみじみと思い出す。

 なぜか呆然と立ち尽くす猫頭人ワーキャットに、ルヴェンが歩み寄る。

 虚空を見上げる金色の瞳に、ルヴェンの顔が映りこむ。

 

 召喚されたばかりの魔族は、最初の命令を出すまで、意志を持たない人形だ。

 なので、ルヴェンは最初の命令を吹き込むことにする。

 小柄な猫頭の耳元に顔を近づけ、魔力を込めた言葉で語り掛ける。

 

「我が、君の族長オサだ。これからは、我の忠実な下僕となり、我の命令にだけ従え」

 

 すると、猫頭人ワーキャットの瞳に意志が宿り、今まで微動だにしなかった猫耳がピクリと動く。

 いきなりしゃがみ込んだ猫頭人ワーキャットが、這うような体勢で四肢を床につき、警戒するように周りをキョロキョロと見渡す。

 何かを見つけた猫頭人ワーキャットの瞳が縦長になり、腰から生えた尻尾を真っすぐに逆立てた。


「フーッ!」


 猫頭人ワーキャットが牙を剥き出して威嚇する視線の先には、椅子に深く座って足を組みながら、楽し気に笑う妖艶な魔女がいた。

 『氷滅の老魔女』の二つ名を持つ彼女からすれば、この程度のモンスターの威嚇など、子猫がじゃれつくレベルの可愛さだろうな。


「遊んでやってもいいぞ。串刺しと氷漬け、どっちか好きな方を選べ」

「シャーッ!」


 せっかく召喚したのに、いきなり猫頭人ワーキャットの氷像を立てようとするのは、やめて欲しいのですが……。

 命の取り合いを今にも始めそうな、殺気立った二人の間に、ルヴェンが割って入る。


「大丈夫だぞ。ここは君の棲んでいた森じゃないけど、安全な場所だ。彼女も敵じゃないから、襲っちゃダメだぞ。むしろ、君が死ぬからな」

 

 猫頭人ワーキャットをなだめて、相手の興奮が少し収まったところで、ルヴェンが部屋の隅を指差した。

 

「そこにいる小鬼人ゴブリン達が、ここでの生き方を君に教える。これからは彼女達と一緒に、行動を共にするんだ」

 

 警戒心が少しだけ解けた猫頭人ワーキャットが、ベアトニスをチラチラと見ながらも、部屋の隅にいた集団のもとへ、トコトコと歩いて行った。

 倒した俺には敵意を向けるどころか目もくれず、真っ先にベアトニス先生を威嚇したから、猫頭人ワーキャットの召喚術式も成功で良いのかな?

 

「ルヴェン君が、私の講義を真面目に受けるようになってから、十日か……。悪くないペースだな」

 

 一部始終を静かに見守っていたベアトニスが、煙を吐き出しながら口を開く。


「独学で、二種族目……。やはり、ギリム君の子供だな」

「父の研究資料を読んで、見よう見まねで描いてるだけです。魔導書に描いてるのを、ただ床に描き写してるだけなので、自分の実力とは胸を張って言えません」

「見よう見まね、か……。魔導書さえあれば、召喚は可能だという君の言葉を、召喚士を目指す他国の魔導士連中が聞いたら、卒倒しそうな話だな」

「いや、そういうつもりで言ったのでは、ないですけど……」

 

 意地悪く薄笑いするベアトニスに、ルヴェンは困り顔で頭をポリポリとかく。


「でも、さっきの猫頭人ワーキャットの召喚は、ベアトニス先生が指摘してくれなければ、まだ数日は掛かっていたと思います」

「今のルヴェン君なら、辞書を真面目に読み込めば、今日中にも召喚を成功させていたさ。それが半日早まったのは、召喚が成功するのを早く見たいと思って口出しした、私のただの我儘さね」

「は、はぁ……」


 分かるような、分からないようなベアトニスの物言いに、ルヴェンは返答に困る。

 今の、ルヴェン君か……。

 ベアトニスが何気なく言った台詞の一つが、ルヴェンの胸に小さな棘のようにチクリと刺さる。


「君の父であるギリム君は。君の年頃には、既に百の魔族モンスターを従えていたがな……」

「ひゃ、百ですか……」

「ルヴェン君が、もっと真面目に私の講義を受けてくれたら、同じくらいのことができたかもな」

「うっ……すみません。これから、頑張ります」

 

 この身体に入れ替わる前の記憶は、今のルヴェンには存在しない。

 屋敷に住む者達の発言から察するに、以前のルヴェンは勉強熱心でなかったことが伺える。

 あの日から、十日も経ったのか……。


 ルヴェンは、ここ数日の日々を思い起こす。

 地球なる星が存在した世界で、ユウジと呼ばれていた男の死を認め、この世界でルヴェンとして生きていくと決めたこと。

 ベアトニス先生の講義があると聞かされ、定刻の五分前行動で席について待っていたら、部屋にやって来たベアトニスに驚かれたこと。

 なぜか専属の医者を屋敷に呼び戻し、真面目に講義を受けようとしたルヴェンを頭がおかしくなったのではと、集まった大人達が真剣な顔で話し合いを始めたこと。

 激変した日々を思い出しながら、ふくよかな腹に気づいたルヴェンは、はち切れんばかりに膨らんだ服から、はみ出した脂肪を指で摘まむ。

 父親と同じ召喚士の道は目指せそうだけど、次はこのワガママ豊満ボディを、なんとかしないとな……。


 魔法陣の消えた床を見つめ、物思いに耽る少年を横目に観察しながら、ベアトニスは煙管の火皿に新しい刻みを追加する。

 小さく詠唱したベアトニスの指先に火種が灯り、煙管の火皿に新たな火をつけた。

 指先を振り、火種を消したベアトニスは椅子に深く腰掛ける。

 頬杖を突きながら、咥えた煙管から煙を力強く吸い込んだ。

 

 白煙と共に鋭く息を吐き出し、目を細めたベアトニスが、少年の背中を見つめる。

 小さく何かを呟き、湯気が立つティーカップに、息を吹きかけた。

 

「十五年も、何も学ばなかった子供ガキが、独学で二種族目か……。魔王の子は、やはり魔王、か……」

 

 声色を低くし、鋭い眼差しで小さく呟いた老魔女が、氷の浮いた(・・・・・)紅茶に口づけた。


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