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≪連載版≫ 男だけど、双子の姉の身代わりに次期皇帝陛下に嫁ぎます 〜皇宮イミテーションサヴァイヴ〜  作者: ユーリ
第2部 弟だけど姉の代わりに婚約者として皇太子殿下をお支えします。
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第24話 真実はいつも脚色によって歪められている。

 ウィル視点→エスター本物視点です。

『ほらほらどうした、此奴を救うのではないのか?』


 厄災は空に浮かび、あざ笑うかの様にこちらを見下ろす。

 その表情からは余裕すらも見える。


『それともこの身体に傷をつけるのが怖いのか? くくっ、心配せずとも貴様ら程度の攻撃ではこの私に攻撃を通す事など不可能だ』


 奴の言う通りだ。

 エステルの身体を傷つけない様に手加減するどころか、厄災の攻撃を防ぐだけで手一杯である。


「レヨンドール、ご先祖様はどうやってアイツを封印した? 皇族の血が封印の解除に使えると言うのなら、その逆もまた可能ではないのか?」


「可能だがその場合はエステルの精神も共に封印される事になるぞ?」


 くそっ、啖呵を切ったはいいが、どうやればエステルを助けられる?

 自らの無力さに嫌気がさす。


「方法ならあるわよ」


『なっ!?』


 空中からの強烈な斬撃。

 厄災はギリギリの所で攻撃を回避するも、剣先が肩をかする。

 次の瞬間、空から襲撃して来た者は空中で身体を捻るともう片方の剣を横に薙ぎ払う。

 厄災は手を交差させて攻撃を受けるが、そのまま壁まで身体をふっとばされ崩れた壁面とともに地面に堕ちていった。


「ちっ、さっきので腕の一本ぐらいは取れると思ったんだけどな」


 空から落ちて来たものの衣服には見覚えがある。

 シエルの護衛騎士であるエトワールの物だ。

 唯一違いがあるとしたら、いつもつけている顔を覆っている銀仮面をつけていない事である。


「あれは、エトワール? いや、あの顔は……」


 銀仮面を外したエトワールの顔に俺は驚く。

 なぜならその顔は、俺のよく知る人物と瓜二つだったからだ。


「ふふっ、こうやってお会いするのは初めてですね皇太子殿下。私の本当の名はエスター。つまり、本物の貴方の婚約者って事になるわね」


 よく似ているというレベルではない。

 それほどまでに本物のエスターは、俺の知るエスターの顔の造形と寸分たがわずそっくりだったのだ。

 違和感があるとしたら、その表情や仕草だろうか。

 愛嬌のあるエステルと違って、エスターの笑顔はどこか人を食った様な印象を受けた。


「お前が本物の……いや、今はそれどころではないか」


 俺は蹴飛ばされた厄災の方へと視線を向ける。

 疑問に思うこと、聞きたい事はいくつもあるが、俺は今為さねばいけない事のみに集中した。


『なるほど、貴様が此奴の姉か』


 瓦礫の中から厄災が現れる。

 土埃で肌は煤けているが、肩のかすり傷以外は無傷のようだ。


『貴様、さっき本気でこやつの首を取ろうとしただろ? お前は実の姉ではないのか?』


「ええそうよ、寝ぼけてる間抜けな弟の目を覚ましてあげたの」


 エスターは小悪魔の様にクスリと笑うと、厄災の中に居るエステルに向けて言葉を投げかける。


「ねぇ、覚えてるかしらエステル? 私が逃げる時に貴方の大事なコレクションの1つ、なんとかって言う猫人形を旅の資金のために勝手に売却した事」


 なんて酷い事をする奴なんだ。

 アーニーキャットは熱心な収集家も多く、私の母もその1人である。

 以前、間違って父がその1つを壊した時、俺は初めて地面に額を擦り付ける父親の姿を見たのだ。


「いつまでも腑抜けていると、今度はそれよりももっと大事な物を盗っちゃうかもね」


 エスターは俺の方を見ると、ニヤリと笑う。

 あぁ、ああいう笑い方もエステルは絶対にしないな。

 エステルの奴は悪い顔をしても、そこに愛嬌があるのだ。


『ふんっ、まぁいい、それよりも貴様、何故貴様がその剣を持っている?』


「あぁ、これ? 帝国の宝物庫にあったやつをちょっと拝借してきただけよ」


 ……おい! それを俺の目の前で言うのか。

 エスターの表情からは、悪びれる様子もない。

 なんというか、顔はそっくりでも本当にここまで中身が違うのだな。


『小娘、その剣がーー』

「知ってるわよ、初代皇帝アーサーが使ってた聖剣でしょ?」


 その昔、アーサーが竜王から授かった剣。

 まさか帝国の宝物庫にあったとは……いや、初代皇帝がおとぎ話に出てくる英雄だとするなら当然のことか。


「ねぇ、気がついているのかしら? 貴方さっき、二撃目に繰り出した私の剣の攻撃は受け止めたけど、一撃目の聖剣の攻撃は汗を垂らして回避してた事」


『小娘、貴様……!』


 初めて厄災の顔から焦りの表情が垣間見えた。

 つまりは聖剣による攻撃は、厄災をもってしても受け止めきれないという事だろうか。


「ふふっ、お伽話の存在と戦えるなんて夢みたい。ねぇ、厄災、頼むからあっさりと死なないでね!」


 聖剣を構えたエスターは一瞬で厄災の元へと詰める。


『小娘ごときが、調子にのるな!!』


 エスターの戦い方は凄まじかった。

 俺とレヨンドールの二人掛かりでも防戦一方だったというのに、あの厄災と互角以上に戦っている。


「ねぇ、私1人だけに戦わせるつもりかしら? それとそこの竜、外の裂け目と違ってこの中じゃ十分に動ける広さがあるんだからさっさと変身しなさい!」


「言われなくとも!!」


 レヨンドールは龍の姿に戻ると、厄災に向けて炎の息を吐きかける。


『邪魔だ臆病者、貴様は引っ込んでおれ!!』


 しかし厄災も同じ炎の息で攻撃を相殺した。

 俺はその隙にエスターの元へと駆け寄る。


「エスター、さっき方法があると言ったな? どうすればいい」


「簡単よーー」


 エスターは俺の耳元で囁く。

 まったく簡単に言ってくれる。

 しかし単独で厄災と互角に戦える彼女がいるのなら、どうにかなるのかもしれない。


「しかしそんな事をしたらエステルはーー」

「説明はあとよ、エステルを救いたかったら私の言う通りにしなさい!」


 俺は咄嗟にエスターが飛んだ方向と逆方向にかわす。

 その直後に、さっきまで俺たちのいた場所の地面が抉れる。

 どうやら迷っている暇はなさそうだ。

 レヨンドールに飛び乗った俺は魔法を駆使して厄災の動きに制限をかける。

 おそらく……いや確実に俺よりも彼女、エスターの方が強い。

 それならば俺は彼女が戦いやすい様に動くだけだ。


「へぇ……なんとなくエステルが貴方に惚れた理由が垣間見えたわ」


 エスターはニヤリと笑うと立て続けに厄災に攻撃を仕掛ける。

 俺はエスターの動きをサポートしつつも、前に出れるときは入れ替わって厄災の攻撃を防ぐ。

 そうする事で少しでもエスターに回復の時間を与える。

 俺たちはそうやって攻守を入れ替えつつ、厄災をジリジリと追い詰めていく。


『ええい、ちょこまかちょこまかと……羽虫どもが鬱陶しい!!』


 苛立ちを募らせた厄災は、レヨンドールの下顎を蹴飛ばすとエスターへと迫る。

 しかし厄災が捨て身で踏み込んだ一歩は、その爪先が届く寸前でエスターに届かない。


『は?』


 突如、横の小さな空洞から現れた漆黒の竜が、大きく口を開け厄災の体を飲み込む。

 厄災は漆黒竜の下の歯の上に立つと、上から降りて来た歯を掴んで飲み込まれようとするのを阻止した。


『バカな! 黒の竜、竜王だと!! 一体どこから現れた!?』


 しかし黒龍はそのまま自らの頭ごと厄災を壁面に押しつぶすと、そのままの勢いで長い首を振り払い、瓦礫と共に厄災の身体を空中に投げ出す。

 空中で無防備になった厄災に間髪入れずにエスターが迫る。


『甘い!』


 厄災は咄嗟の判断で、エステルの右腕を犠牲にするつもりでエスターの攻撃を受ける。

 しかし斬り落とされれるはずの右腕が、エスターの剣を受け止めた。


「残念、そっちは普通の剣よ」


 エスターは剣から手を離すと、厄災が回避できない様に足を掴む。

 そしてエスターの後ろから、間髪入れずに聖剣を持ちレヨンドールに騎乗した俺が厄災へと詰める。

 黒龍によって厄災の視線がそれたその刹那に、俺はエスターが投げ飛ばした聖剣を受け取っていた。

 

『しまっ……』


「これでチェックメイトよ!」


 俺は聖剣を通して自らの魔力の全てを厄災へとぶつけた。

 エスターはタイミングを見はからい、厄災の足から手を離して黒龍へと飛び乗る。


『こっ、こんな事で……!』


 意識を手放した厄災は地上へと落下する。

 俺はレヨンドールを急降下させ、落下していくエステルの身体を受け止めた。


「エスター、その漆黒の竜は?」


 レヨンドールは目を細める。

 厄災は竜王と言っていたが、竜王は死んだはずだ。

 それともただ似ているだけなのか?


「心配しなくていいわこの竜は私のだから。それよりも今はエステルの事でしょ」


「あぁそうだな」


 俺達は地上に降りると、エステルの身体を祭壇の上へと運ぶ。

 聖剣によって増幅された魔力をぶつけられたエステルの身体はボロボロだ。


「くっ、エスター! 本当に大丈夫なのかこれで!?」


「問題ないわ」


 そう言うとエスターは、ポケットから取り出した薬の瓶をエステルの口の中に突っ込む。


「これはねー、男の子の身体を女の子の身体に変えてくれるステキな魔法のお薬よ」


 海神様の神事の際に、雨風に濡れた時のエステルの体は間違いなく女性のものであった。

 おそらくエステルは普段からあの薬を使っていたのだろう。


「つまりは体を構成しているものを変化させるのだけど、その副作用として小さな怪我なら治す事が出来ちゃうの。そしてこれを一瓶分も使えばどんな怪我でも治るわ。ただ、治った時に男の身体のままで復元されるか、女の身体になっちゃうかは神のみぞ知るって感じだけどね」


「今はエステルの命がなによりも最優先だ、それよりもこれからどうすればいい」


 俺の答えにエスターは満足げな表情で頷く。


「この祭壇を再利用するわよ」


 祭壇をよく見ると魔法陣のようなものが描かれている。

 俺を利用して厄災の封印を解く時に使ったものだろう。


「祭壇を利用して貴方の精神をエステルの中に飛ばすわ。あとは貴方が説得してエステルを引っ張りあげてくる事ね。この身体の支配権を厄災から奪い返すのよ」


「わかった」


 俺は言われた通りにエステルの前に膝をつく。


「あぁ、そうそう、今ならもう1人、貴方も会いたい人に会えるかもよ?」


 そう言うとエスターは、レヨンドールの方を見つめた。


「それは本当か?」


「ふふっ、嘘をつくメリットが私にあるかしら?」


 たしかにエスター自身に嘘をつくメリットはないが、その笑い方がどうも胡散臭い。

 同じ顔の作りをしていても、喋り方や仕草、表情でここまで違うものかと驚く。


「ならば頼む、ワシも彼女の元へと連れて行ってくれ」


 再び人の姿へと変化したレヨンドールが俺の隣で膝をつく。

 その間にエスターは魔法陣を弄って再構築していた。


「わかったわ、それじゃあ行くわね、2人とも準備はいいかしら?」


 エスターの問いに俺たちは無言で頷く。

 次の瞬間、俺とレヨンドールの精神が、エステルの中へと吸い込まれて行った。

 待っていろよエステル、絶対にお前のことを迎えに行くからな!







「どうやら2人とも無事に行ったみたいね」


 私は地面に寝転がる弟の髪を優しく撫でる。


「早く戻って来なさいよバカ。そうじゃなきゃ、私に文句の1つも言えないでしょーが」


 少なくとも貴方は私に怒る権利があるのだから……。

 私は祭壇から立ち上がる。

 この祭壇には結界が張っているから、このまま放置しておいても大丈夫だろう。


「さてと……上手くいったわね、おつかれ様ザバーブ」


 竜王にそっくりだと言われた漆黒の竜は、一瞬で小さくなると黒猫へと変化した。

 こっちがザバーブの真の姿、本来はただの猫だったが、竜の襲撃から飼い主を守った時に、噛み付いた竜の体から血を飲んで突然変異したとか。

 ちなみにザバーブという名前も本来の名前ではなく、私がつけた名前である。

 私の前の飼い主は、どこかのお姫様だったみたいだけど、かなり昔に亡くなっているそうだ。

 この竜の姿も、血の影響かその時のご主人様を襲った竜の姿だと聞いている。


『いいのか主君、弟君が目覚めるまで側にいなくて?』


「大丈夫よ、どのみち帝国に戻るわけにもいけないしね。婚約の儀のせいでトレイス正教会も動いているようだし、それまでに私もシエルの方の問題は片付けておきたいわ」


 もしもの時はウィンチェスターが私の代わりにエステルを守るだろうしね。


「そういうわけで、お姉ちゃんはやる事がいっぱいで忙しいのです。だから世話のかかる弟の事は王子様……じゃなくて皇太子様に任せるわ」


 私はチラリと殿下の方に視線を向ける。

 本来ならば私の婚約者だった男。

 こっちにも悪い事をしたかなと思ってたけど……あの様子じゃ、私よりエステルの方がきっと好みね。

 だからエステルを助けるのは貴方に譲ってあげるわ。

 私は3人が意識を手放している隙に、その場を後にした。

 お読みいただきありがとうございます。

 次は多分、ウィルとエステルの話。

 いよいよエステルが決断する時です。

 そういう意味ではこの次のお話が、RPGでいうところの最期のセーブポイントかもしれませんね。

 レヨンドールの方は幕間にして、二部終了後に回す予定です。

 なんとか、なんとか三月中に蹴りがついた、四月中の二部終了に目処が立った……!

 これも読んでくださる皆様のおかげです。

 最後になりましたが、ブクマ、評価、感想、誤字修正等ありがとうございました。


 余談、本編でやらないどうでもいいネタバレ。

 エスターの飼っている黒猫は、アーニーキャットの元ネタになったアーネストです。


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