第18話 遠足は帰るまでが遠足です。
色々とあったけど、何とか無事に公務を終える事ができました。
帰りの列車の中、私は対面の席に座った人物へと視線を向ける。
「この度は、帰国のための便に同乗させていただきました事、感謝申し上げます」
同乗者であるシエル様は、目を伏せ会釈する。
「そう畏まらずとも、車内では気楽に過ごされると良い」
「はい、御心遣い感謝いたします、殿下、それにエスター様」
私達とシエル様は同じ皇族専用の列車に乗り、皇都を目指していた。
何故、彼女が私たちと共に皇族専用列車に乗っているかと言うと、皇都に戻ってくる際に同乗させるようにと書かれた書状が、皇帝陛下から届いたからである。
クリミア公国の公爵であるリシュルー家は、その歴史を辿れば我が帝国の貴族とも血の繋がりがあります。
陛下……いえ、おそらくその背景にいるお父様達の目論見でしょうか。
歓迎を名目にパーティを開くお心算なのでしょう。
あまり情報が入ってこないクリミア公国の現状を知ることができるのは、とても貴重な機会です。
「シエル様、何かありましたら遠慮なさらずにおっしゃってくださいね」
私はニコリとシエル様に微笑む。
「はい、わかりました……それと、エスター様、私に敬称は不要でございます。皇太子妃に成られるエスター様に、そう呼ばれるのは畏れ多く思います」
正式に皇族の一部として扱われる皇太子妃と、婚約者では立場が少し異なる。
今の私はウィルの婚約者でもあり、それと同時にサマセット家の公爵家令嬢でもあります。
「我が身はまだ皇太子殿下の婚約者にしか過ぎません。言わば只の公爵家令嬢であり、シエル様とそう立場に違いはありません」
とは言え、他国の公爵家であるシエル様を、呼び捨てにするわけにもいけません。
「ですから、お互いに様はやめてさん付けあたりでどうでしょうか?」
「ご配慮の方、感謝いたします、エスター様……いえ、エスターさん」
少し堅苦しかったシエルさんの表情が和らぐ。
「こちらこそよろしくお願いしますね、シエルさん」
私達が和やかに談笑を始めて、それとなりの時間が経ちました。
途中昼食と休憩を挟み、時刻は日が沈む夕刻。
窓から見える美しい景色をうっとりと眺めていました。
「えっ?」
突如、目の前の景色がぶれる。
頭がどういう事か理解する暇もなく、甲高いブレーキ音と共に車両が大きく揺れた。
体勢が崩れた私は、思わずウィルの胸に飛び込んでしまう。
「なんだ!?」
私の頭と体をギュッと抱きしめたウィルは、座席に身を屈めつつ背後にいるヘンリーお兄様に声をかけた。
命令を受けたヘンリーお兄様は壁に張り付いた状態で、窓から手鏡をだして前方を確認します。
「進行方向の前方で爆発を確認!」
ウィルの服を掴む私の手に力が入る。
「各自、襲撃に備え戦闘態勢!」
状況を把握したウィルは、最悪の可能性を想定し周囲に命令出す。
部屋の中に居たヘンリーお兄様、アルお兄様、ティベリア、レオーネの4人が抜剣すると、私達とシエル様の居る座席を囲むように壁を作った。
ヘンリーお兄様以外のウィルの護衛騎士達4名は、前後の扉の前に1人ずつ、車両側面の左右の窓に1人ずつがはりつく。
対面の席を見ると、シエルさんの元には後ろに控えていたエトワール様が駆けつけていました。
「非常事態故に、この場の指揮権限は全て私に移譲する。エスターの護衛も、シエル殿の護衛も私の指揮下に入ってもらう」
私達は首を縦に振り了承する。
戦闘状態では誰に権限があるのか、そこをはっきりさせないと周りが混乱するだけです。
「レオーネとジェフリーは先頭車両に向かい、状況によっては運転士を守れ」
「「ハッ!」」
私はレオーネに声をかけ無事を願う。
「レオーネ、気をつけて」
「はい、エスター様」
ちなみにジェフリーと言うのは、ウィルの護衛騎士の1人。
最年少14歳と言う異例の若さで近衛騎士に抜擢された彼は、この中で1番若い。
今は先頭車両へ向かう扉の横の壁に張り付いています。
ジェフリー様は、レオーネと無言で合図をかわすと扉を開け先頭車両へと向かった。
私たちの座席の周辺を守っていたティベリアは、すかさずジェフリー様の居たところへと移動する。
張り詰めた空気が車内を漂う。
今、この状況で私に出来る事はそう多くはありません。
もし、これが襲撃だとして、犯人の目的は何か。
1番に考えられるのは、ウィル、私、そしてシエルさんのうち誰かを狙った単純な殺害もしくは誘拐計画。
この場合、話はとても単純です。
単純ではないのが、この状況で襲撃する事によって、帝国と公国の関係の悪化、その先にある開戦を狙っている場合でしょう。
今の帝国内にも、戦争による更なる領地拡大を望む貴族がいるだけに、どちらの国の勢力とも言えません。
最悪の場合、開戦を望む両国の貴族同士の内通、もしくは第三国が絡んでる可能性もあります。
「殿下、空中に複数の竜の影! 此方の竜騎士達が即座に迎撃に出た模様です」
ヘンリーお兄様の代わりに外を確認していたウィルの護衛騎士が声を上げる。
この列車の1番後ろの車両は竜舎になっており、ラタやウィルフレッド様の竜や、レヨンドールもそこに待機しています。
ちょうどこの時間帯は、竜に餌を与えている時でしょうか。
ラタやウィルフレッド様がその車両に居たために素早く出撃出来たのは、不幸中の幸いかもしれません。
「竜騎士隊、苦戦している模様です」
「なにっ!?」
胸に手を当てたウィルは口を結び、その視線はどこか遠くを見ているように見える。
『レヨンドール、聞こえているか!』
「!?」
ウィルは心の中で、レヨンドールに声をかけているのでしょう。
そしてどういうわけか、その声が私の中に流れ込んできました。
『あぁ、聞こえているとも……』
レヨンドールの声が私の中に流れ込む。
どうやらレヨンドールからもらった、この龍笛のおかげのようですね。
ウィルと密着しているせいか、これを媒介として2人の声が聞こえているようです。
『フレッドとお前が居て苦戦するとは、相手はそこまで強いのか?』
『いや……相手はそこまで……ぐっ、なんなのだこの頭を掻き毟るような不快な音は!!』
うっ……私は耳を劈くような音に、眉を潜める。
『くそっ、どうした! ラブレー、しっかりしろ!!』
『しっかりして、フリゼット!』
私の中にウィルフレッド様と、ラタの声が流れ込む。
ラブレーはウィルフレッド様の、フリゼットはラタの竜の名前です。
『ラタ! ラタ、聞こえていますか!?』
私はラタに向かって呼びかけるが応答がない。
どうやら2人の声を聞く事は出来ても、此方の声は聞こえないようだ。
『音とはどういう事だ?』
『どうやら我ら竜にしか聴こえておらぬ、なんとも不快な音よ』
レヨンドールの話によると、襲撃してきた竜の上には人が騎乗しているようだ。
これによりこの襲撃が人為的なものであると決定づけられた。
『その音は、相手の竜達には聞こえていないのか?』
『こやつら騎乗している竜の耳を落とし兜で穴を塞いでおる、なんともひどい事をする』
うっ……耳を切り落とすなんて。
目的のためには仕方ないのかもしれないけど、その残忍な行為に私は小さく震えた。
「殿下! 小川の向こうから、水上を駆け此方に向かってくる騎馬隊が!!」
「くそっ、こうなったら私が……」
だめっ!
私は咄嗟にウィルの服を掴み、首をぶんぶんと横に振る。
「ダメです! まだ殿下が動くタイミングではございません」
今回の目的が誰であるか不明な状態で、対象となりえる可能性がある3人が、分散するわけにはいきません。
対象がばらけるという事は、護衛もばらけてしまい守りが薄くなります。
それは敵にとって思う壺でしかない。
ウィルも冷静になったのか、その場に思いとどまってくれた。
「殿下、エスター様のいう通りです。その代わりに、私が迎撃の指揮に出ます」
ヘンリーお兄様が名乗りを上げる。
殿下の護衛筆頭であるヘンリーお兄様は、この場でウィルに次ぐ指揮権を持っています。
「……わかった、無茶はするな」
「ハッ!」
ヘンリーお兄様は手を胸に当て立ち上がる。
何時ものヘンリーお兄様とは違うその表情に、私は心の中が不安感に駆られた。
何かお声をかけないと。
そう思っていると、ヘンリーお兄様と視線が合った。
「ヘンリーお兄様、どうかご無事で!」
ヘンリーお兄様は大丈夫だと言わんばかりに軽く笑みを見せる。
外に出るためにヘンリーお兄様が隣の車両に向かおうとしたその時、窓を見ていた護衛騎士の人が再び声を上げた。
「殿下! 前後の草むらから新たな人影、先頭車両では戦闘の開始を確認、後部車両からはもう数人が侵入してきています」
竜と竜騎士の出払った後部車両は警備が薄い。
私はこの時、この件に我が国の貴族が絡んでいる事を確信しました。
皇族専用列車の車両構成は、その日ごとに変更します。
竜舎が1番後ろに来る事を知っていた?
いや、もしかしたら後ろになるように手配した可能性も拭えません。
「殿下、後部車両には私が向かいます!」
状況を咄嗟に判断したティベリアが、すかさずウィルに進言する。
本当はこれ以上ここから人数を減らすのはどうかと思いますが、後部車両から押し寄せて来る者達とはどうせ戦闘になるでしょう。
それならば、この車両で戦闘になるより、その手前で食い止めた方がまだマシです。
「いいだろう、ティベリア後部車両から侵入者を抑えろ、ローレンス、ティベリアのサポートを!」
ローレンス様もまたウィルの護衛騎士の1人です。
図書室に併設された温室の前に立っておられた方であり、今は後部車両に向かう扉の横に立っている。
「エスター様、ここを離れる事をお許しください」
「ええ、もちろんです、ティベリア、どうかご無事で」
私と言葉を交わしたティベリアは、ヘンリーお兄様の方に顔を向けた。
「ヘンリー殿、頼みましたよ」
「ティベリア殿、後ろを頼みます」
2人は短く言葉を交わしあうと、それぞれの赴く場所へと向かう。
ティベリアとローレンス様の居た所には、アルお兄様とエトワール様が守りにはいる。
この部屋の中には4人の騎士が残っていますが、私たちの座席の周辺を守っていた者達がいなくなりました。
「エマ! 護衛の数が足りません、緊急時にて護衛騎士の代わりを務める事を許可します。最優先を殿下、次点でシエル様、その次に私を優先して守りなさい」
「了解しました、エスター様」
エマが戦えるのは、すでに誘拐事件の時にも明らかになっている事です。
今更隠す必要もないでしょう。
「申し訳ありません、誰か余ってる剣は御座いますでしょうか?」
「俺の予備の剣を使いな嬢ちゃん」
窓から外を見張っていたウィルの護衛騎士の1人、ゴードン様が鞘に収まった剣をエマに手渡す。
「感謝いたします、ゴードン様」
「いいけどよ、嬢ちゃんは剣の方もいけるのか?」
エマの事を嬢ちゃんと呼ぶゴードン様は、ウィルの年齢よりふた回り以上年上で、護衛の中では1番の年上だ。
ちなみに反対側に居るウィルの護衛騎士、ラルフ様は30代半ばです。
「はい、何ならお試しになられますか?」
「いいや、やめとく! 俺の第六感が、嬢ちゃんとは戦うなって言ってる」
ゴードン様はニッと笑うと、反対側に居たラルフ様も白い歯を見せた。
2人のとのやりとりを見て少し緊張が和らいだのか、周りの人達からも笑みが溢れる。
そのおかげで、私も少し落ち着いて考える事ができました。
『……聞こえますか、レヨンドール?』
私は龍笛を握りしめ、レヨンドールに声をかけ続ける。
先程ラタに声をかけた時は失敗しましたが、レヨンドールにならば声が届くかもしれません。
『……その声、エスターか?』
レヨンドールからの反応が返ってくる。
どうやら私の予想は的中したようです。
『はい、レヨンドールにお願いがあります』
『……すまないが、今はこちらで手一杯だ』
いつもより元気のないレヨンドールの声。
今のレヨンドールを頼るのは心苦しいですが、手段を選んでる余裕はありません。
想定外の状況に陥っている時点で、こちらはすでに負け戦です。
『それは承知しております、その上でお願い申し上げます』
『……いいだろう、申してみよ』
ありがとう、私はレヨンドールに感謝の言葉を返す。
『もしも……もしもの時は、ウィルとシエルさんを背中に乗せてこの戦場を離脱してください』
まず最優先させるべきはこの2人の命。
敵の目的が私である場合、私が残る事で2人を逃すことができる。
そして私が目的でない場合にしても、今の状況のレヨンドールに3人乗せてどこまで逃げ切れるか……。
ならばこの状況で、真っ先に切り捨てるべき対象は私である。
逆に1番失ってはいけないのがウィルの命だ。
いついかなる時も、最悪の状況を想定しなさい。
お父様が教えてくれたことの1つ。
だから、もしもの時にに備え……私は覚悟を決めた。
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ、感想、評価などありがとうございます。
今週はかなりバタバタしていて、最終確認漏れあるかも。
1週分おやすみすることも考えましたが、ただでさえ週一更新で申し訳ないので公開します。
土日で修正したら、次話の冒頭で告知しますね。




