第17話 雨降って地固まる? いえ、むしろゆるゆるです。
私の願いとは裏腹に、だんだんと嵐による雨風が激しくなっていく。
た、祟り……これは間違いなく怒り狂った海神様の祟りです。
どうか、どうか、天罰を落とすだけなら私だけに……。
次の瞬間、天から突き落とされた神の雷が、私たちのいる祠の上部へと落ちる。
「ひっ……」
大きな轟音と共に目の前の空間が時間差で光る。
ご、ごめんなさいー。
私が性別を偽ったばかりにこんな事になるなんて……。
祠の天井がパラパラと音を立て、小さな土埃や小石を地面に落とす。
「エスター、祠の入り口が落盤で防がれたらどうしようもない……今のうちに、そこにある小屋に走るぞ」
「は、はい!」
ウィルは羽織っていたローブを脱いで頭の上からかける。
私もそれに習い、自分の羽織っていたローブを頭の上からかけた。
「準備はいいな、いくぞ」
ウィルと私は祠から出て、近くに見える小屋へと向かう。
雨と風の勢いは強く、横から吹き付ける雨粒が私の全身に降り注ぐ。
ぐぬぬ、風が強すぎて前に進むどころか顔もあげられません。
ウィルは私が四苦八苦していることに気がついたのか、すっと私の前に身体を入れてくれました。
私は差し出されたウィルの腕を掴んで、なんとか小屋に向かってへ進んでいく。
「ふぅ、凄い嵐だったな」
雨風除けになってくれたウィルのおかげもあって、なんとか無事に小屋にたどり着きました。
「えぇ、そうですね」
私は雨水でびしょびしょになったローブをギュッと絞る。
「エスター……」
頬を薄く赤らめたウィルは、すーっと顔を背ける。
「もう、何、ぼーっとしてるんですか、風邪ひきますよ」
「いや、その……前をだな、隠した方がいいぞ」
どう言う事でしょう?
ウィルに言われて、私は視線を下に落とす。
……。
「あ、あわわわわわ」
私は腕を交錯させ自らの胸元を隠す。
雨水でぐしゅぐしゅになった衣服が肌に吸い付き、透けた布地に私の肌が露わになっていました。
下着も下は履いているものの、衣服の関係で上には何もつけていません。
「み……見ました?」
「いや、大丈夫、全然……」
私はじぃーっと、ウィルの方を見つめる。
ウィルは私の視線から逃げるように、さらに視線を逸らした。
「ほんとに?」
「……ちょっとだけ」
ほらー! やっぱりちゃっかりと見てるんじゃないんですか!!
「うぃるのえっち」
「いや、いやいやいや、直ぐに視線を逸らしたし、これはその……そう、事故のようなものだ!」
事故と言う単語に私はピクっと反応する。
「ふーん、私の裸って事故なんだ……」
「いや! エスターの身体は綺麗だったぞ!! その……男としてグッときた!!」
ウィルはグッと拳を握りしめた。
「……やっぱり、じっくり見てるんじゃないですか」
「うっ」
自ら墓穴を掘ったウィルは、肩を落とし項垂れる。
ふふっ、別に私はウィルに怒っているわけではありません。
ただウィルの反応があまりにも面白いので、ちょっと調子にのってからかっちゃいました。
それに男の子なら、チラッとみたくなる気持ちはわかりますしね。
「もう! 冗談ですよ、ウィルも男の子ですからね」
沈んでいたウィルの顔が明るくなる。
本当にウィルはわかりやすいですね。
こういうところ、可愛くて私は好きですよ。
「ちょ……ちょっとくらいなら見ても仕方ありませんよ、それに故意じゃないですし」
「お、おぉ! 流石はエスター、話がわかる!!」
「でも、じっくり見るのはダメですからね……私が恥ずかしいですから」
「はい」
ウィルはキリッとした顔で、額に手を当て敬礼する。
もう、本当にわかってるのかな?
すぐに調子に乗るんだから……まぁ、私もそうだけど。
「くしゅん……」
ぶるっ……。
こんな事をしている場合ではありませんでした。
風邪を引く前に、急いで暖を取らないといけません。
「おっと、俺は暖炉に火を入れるから、エスターは何か使えるものはないか部屋の中を探してくれ」
「はい」
私は小屋の中にあるものを確認する。
周辺にある木箱や棚は、神事などで使う道具と思わしき物ばかりです。
どうやらここは、倉庫兼簡易の休憩所といった所ではないでしょうか。
「よし、暖炉に火を入れたぞ、何か使えるものはあったか?」
「はい、1枚だけですが毛布を見つけました」
私は手に持った茶色の毛布をウィルに見せる。
「くしゅん……」
「エスター、俺はあっちを向いているから今すぐ服を脱げ」
「……絶対にこっちを見ないでくださいね」
「あ、あぁ……」
暖炉の火はパチパチと音をたて、私が服を脱ぐ布擦れの音をより艶めかしくする。
無言の中、外はこんなにも煩いのに、耳をすませばお互いの息遣いの音が聞こえてくるようだ。
私は自らの心臓の大きな音がウィルに聞かれていないか、そんな事ばかりを考える。
なんとも言えぬ空気、どうやらドキドキしているのは私だけではないようです。
男の子の視線はとてもわかりやすい。
女の子の体になって初めて気がついた事の一つ。
だから、たまにチラチラとこちらを見ているウィルの視線も、気がついてない事にしてあげます。
「もう、いいですよ」
「あ、あぁ……」
毛布に包まった私は、ギュッと毛布を掴む手に力を入れる。
「ウィルも……そのままでは風邪をひいてしまいますよ」
「あぁ、そう……だな」
私は隣で服を脱ぐウィルの体をチラリと見る。
しなやかで鍛えられた肉体。
さっき風除けになってくれたウィルの背中はとても大きくて、頼り甲斐がありました。
ウィルの肉体から目を離せないのは、男としての私の憧れでしょうか。
それとも女として、ウィルの身体に魅力を感じているのか……今の私にはもうわかりません。
「……えすたーのえっち」
どうやら、コッソリと見ていたのがバレたようです。
私がクスりと笑みを零すと、ウィルもそれに吊られて笑い合う。
こんな最中だと言うのに、私の心は不安を感じるどころかとても穏やかです。
「コホン……それより、そのままじゃウィルも風邪を引いてしまいます」
流石に一国の皇太子が下着以外何も着ていないのはまずい。
これで風邪でも引かれたら、本当に大変な事になります。
「だから……」
私は片方の手を持ち上げ、毛布を少し広げる。
「……これ、一緒につかいませんか?」
自分でもかなり大胆な事を言っているのはよくわかる。
婚約者とは言え、未婚の男女が一糸まとわぬ姿で肌を触れ合うなど、破廉恥にもほどがあるでしょう。
「……いいのか?」
「へ、変なこととかしちゃダメですからね! お触りとかも禁止ですからね!!」
私は念のためにクギを刺す。
まぁ、ウィルはそんな事を言わなくても大丈夫だと思うけどね。
「わかった」
私たちは横並びに座った状態で、一枚の毛布を共有し合う。
……。
何か会話しないと、そう考えるほど何を話していいのかわからなくなった。
ウィルと触れ合う方の肩や腕がやけに熱く感じる。
この腕で何度、私の事を抱きしめてくれたのでしょうか。
そんな事を考えてしまい、体温が上がるほどに恥ずかしくなった。
ううう……これじゃ絶対に私の方が持ちません。
何か、何か会話しないと。
「エスター」
「は、はい!」
私の名を呼んだウィルの横顔はいつもと違っていました。
その空気感で私は全てを察する。
「俺は最初、よく知りもしない女と婚約するなんてすごく嫌だった」
ええ、私だってとても嫌でしたよ。
だって双子の姉の振りをして、男の人と婚約だなんて。
それが嫌で、お爺様から逃げたのも今ではいい思い出です。
「そもそも俺は女性と婚約する事にすら躊躇っていた。社交界で会う女性達は、確かに魅力的なのだろうが……俺が添い遂げたいと思うような女性は、1人もいなかったからだ」
へ、へぇ……。
今までそういう気持ちになった人っていなかったんだ。
私はほんの少し顔を背ける。
だってこのニヤけた顔を、ウィルに見られるのは恥ずかしいんですもの。
「だが、お前は他の令嬢たちとは違った。可憐な見た目通りの深窓の令嬢かと思えば、俺よりも行動力があって寧ろお転婆で」
ちょっとちょっと、ウィルさん、それって褒めてます?
「聡明で冷静な癖に、結構抜けてる所があったり」
ねぇ、やっぱりそれ悪口ですよね?
「でも、そういう隙のあるところも含め俺は愛おしいと思う」
うっ、そ、そんな事言われたって嬉しくにゃんかにゃいんですからね!
私はニヤけた顔でもう一度そっぽを向く。
「……だから2年と言わず、今すぐに俺と結婚して欲しい」
喜んでと、そう素直に言えればどれだけ幸せだったか。
私はとても卑怯だ。
本当なら、ここでウィルに全てを話すべきなのかもしれません。
だけどそれで嫌われたら、私はエステルとしてもウィルの側にいられなくなる。
それだけは絶対に避けなければなりません。
カサッ。
でも……もし、真実を話して、それでウィルがエステルを受け入れてくれたら?
その可能性を捨てきれずに縋り付いている私がいる。
自分勝手な我儘、後ろめたさを感じていても、私は自分が可愛いのです。
カササッ。
自分の中の、ドロドロとした愚かで卑しいこの感情がとても嫌になる。
本当にウィルの事を考えるなら、私が取るべき行動は一つしかないのに。
カサ……カササ……。
もう! 人が色々と考えているのに、さっきから煩い!!
一体何の音……。
「きゃっ!」
私が振り向くと、巨大な百足が毛布を登ってきていました。
恐らく雨風から逃れてきたのでしょう。
慌てた私は、思わず目の前にいるウィルに抱きつく。
「う、ウィル……とって……私、百足だけはダメ……なの」
「あ、あぁ」
ウィルは百足を掴むと、ポイっと遠くへ投げ捨てた。
「あ、ありがとう」
一難去ってまた一難。
冷静になった私は今の状況に固まる。
抱きついた時に、勢いあまってウィルを押し倒してしまいました。
早くどかないと、そう考えていると玄関の扉が音を立てて開く。
「助けに来たぞ、無事か2人とも!!」
小屋の中に足を踏み入れたヘンリーお兄様と視線が合う。
「あっ……」
お互いに固まっていると、後から入ってきたウィルフレッド様が頭を抱える。
「だから待てって言ったのに……すまん、本当にすまん」
視線をずらすと、顔を赤らめたティベリアが、指の隙間からガッツリとこちらの様子を伺っていました。
純情なティベリアにとっては、今の状況は刺激が強かったのか、完全に固まっています。
そのティベリアの隣から顔を突き出したラタは、おぉーと感嘆の声をあげた。
「エスター様、殿下を押し倒しちゃうなんてやるぅ!」
違います、これは不可抗力です!
言っても信じてもらえないだろうけど、私が故意に押し倒したわけじゃありませんから!!
その奥から現れたレオーネは口元を、ニヤリと歪ませる。
「さすがです、エスター様」
いや、いやいやいや、なんか勘違いしますよね、それ!
良い獲物を仕留めましたね、じゃありませんよ!
レオーネの肩から、ニヤけた顔のエマがひょっこりと顔を出す。
ぐっ、1番来て欲しくない人が来ました。
「あらあら! まぁまぁ!」
もう、そんな事言って、エマは絶対に楽しんでいるでしょう!!
声がわざとらしすぎます。
「お前たち、嵐はどうなった?」
「勢いが収まったので慌ててこちらに駆けつけました」
みんなの説明によると、やはり急に天候が変わった事で暫くはこちらに近づく事も出来なかった様です。
近くの建物で機会を伺い、嵐が弱まったところで、竜たちを使って慌ててこちらに駆けつけたそうだ。
「そうか、助かったぞ……では、今のうちに俺たちも退散しよう」
「はい……それはいいのですが……」
今の私はほぼ素っ裸で毛布にくるまっています。
逃げるにしてもまず服を着ないとどうしようもありません。
私が言い淀んでいると、気がついたエマが代わりに口を開く。
「はい、そういうわけなので、みなさんまずは小屋のお外にでましょう」
それで察したウィルフレッド様は、意味のわかってないヘンリーお兄様の耳を抓って一緒に小屋の外にでる。
はぁ……ヘンリーお兄様、それじゃ絶対に結婚なんかできませんよ。
「殿下もですよ」
「ちっ、バレてたか」
ウィルは干していた衣服を手に取ると、小屋の外へと出た。
「エスター様、替えの着替えを持ってきました」
「ありがとう、エマ」
エマは手早く私に服を着させると、乾かしていた服を折りたたむ。
やっぱりこういう時にエマは頼りになります。
「……で、どこまで行きました? 私だけにコッソリと……」
「言いません!!」
何がコッソリですか。
エマに言ったら、翌日には全員が知ってますよ!!
その後なんとか陸地へと戻った私達は、恙無く神事が終わったことをポートランド伯爵に報告しました。
しかし嵐になった事で、本当に無事に神事を終える事が出来たのかと一抹の不安が過ぎる。
不安に感じていた私に、ポートランド伯爵のお母様が、儀式中に急に嵐が来るのはたまにある事を教えてくれました。
なんでもお互いに好意があるのに煮え切らない男女が神事を行った場合、海神様が男女の仲を深めるために、余計なお節介を働くためにやるそうです。
それを聞いた私は、膝を地面に着きがっくしと項垂れました。
お読みいただきありがとうございます。
本当はこの回は、完全にギャグ回にしようと思ってました。
しかしイチャイチャ成分もあった方がいいかなと思い、こういう流れになりました。
当初の予定では、途中で薬が切れたエスターが焦るという展開だったのですが、それをやるとイチャイチャ成分がかなり薄くなっちゃったんです。
あと絵面的に、エステル君とウィル君が裸で一つの毛布にくるまってあったかくなるなんて……全年齢的に非常にまずいですしね!
というわけでこういう展開に収まりました。
満足していただけると幸いです。
最後にブクマ、評価、感想、誤字修正等、いつもありがとうございます。




