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≪連載版≫ 男だけど、双子の姉の身代わりに次期皇帝陛下に嫁ぎます 〜皇宮イミテーションサヴァイヴ〜  作者: ユーリ
第2部 弟だけど姉の代わりに婚約者として皇太子殿下をお支えします。
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第13話 口約束だからって油断したら足元を掬われる事もある。

 今回の目的地は国土の西の果て、ポートランド伯爵領の首都ドーバーです。

 目的地に着くまで2泊3日にも及ぶ列車の旅は中々に大変でした。

 24時間、列車という閉鎖された密室の中では、ウィルを避けようがありません。

 これでは今まで私が避けていたのが馬鹿らしいではないですか。

 もう帰りは列車酔いとか旅疲れとか、何らかの理由をつけて部屋に篭っていようかな……。


「ようこそおいでくださいました」


 私たちを駅舎まで出迎えてくれたのは、ポートランド伯爵本人です。

 貴族の中でも、ポートランド伯爵は一年の大半をここ伯爵領に滞在するために、皇都で会う事はまずありません。

 逆に私のお父様のように、仕事の関係で一年の大半を皇都で過ごす方もいます。

 中には部下に仕事を丸投げして、皇都に滞在する方もいるようですけどね。


「殿下、エスター様、長旅の疲れも御座いましょう、まずはあちらにてお寛ぎくださいませ」


 私たちはポートランド伯爵が用意した馬車で、今日から3泊4日で滞在する予定のお屋敷へと向かいます。

 道中では来た時と同じように警備の護衛が周囲を囲み、街道の脇ではドーバーの市民達が、私の家の家紋や皇族の家紋の入った旗を振っていました。


「こちらが本日よりお二人に滞在して頂くお屋敷になります」


 目的のお屋敷に着いた私達は、伯爵の後に続いてお屋敷の中に入った。

 そのまま吹き抜けの入り口に設置された螺旋階段を登り、2階にある大広間へ向かう。

 通常、貴族のお屋敷の大広間は1階にありますが、このお屋敷のように一部の建物は2階などに大広間が設置されている事もあります。

 2階の大広間からバルコニーに出ると、その開放感と絶景から思わず感嘆の声が漏れました。


「わぁ! 綺麗……」


 バルコニーの手すりに手をかけ、目の前に広がる大海原に目を輝かせる。

 サファイアブルーとエメラルドグリーンの美しい水面に、空から降り注ぐ太陽の光が煌めいた。

 漁港に止まった異国情緒の感じられる船や、美しい街並みはさながら宮廷画家の描く絵画の様でもある。

 ここポートランド伯爵領は海に面した領地であり、伯爵の主な仕事は他国との貿易です。


「どうやら喜んで貰えたようだな」


 いつのまにやら私を挟み込むように、ウィルも手すりに手をかけ海を眺めていた。

 ちょっ、ちょっとこれじゃ逃げられないですか!


「は……はい」


 私は大人しくウィルの体に挟まれて縮こまる。

 ちらりと視線を動かすと、海を見つめるウィルの髪が波風に揺れている。

 その横顔はどこか以前より大人びているように見えた。

 ぽーっ……って、全然! じぇんじぇん、見惚れてなんかいないんですからね!!

 私は頭の中の煩悩を振り払う。

 今日はお仕事、そうお仕事なんですから。


「ポートランド伯爵、どうやらエスターもここから見える景色を気に入ってくれたようだ。このような素晴らしい邸宅を用意してくれた事を感謝する」


「有難うございます殿下。それにエスター様、ドーバーの景色を気に入っていただけたのでしたら何よりでございます」


 ポートランド伯爵は、ニカッと笑うと白い歯を覗かせた。

 筋肉質で大柄、そして日に焼けた肌と髭。

 父親から領地を継ぐ前は自らも船乗りだっただけに、都会育ちの貴族にはない荒々しさが感じられます。

 しかし年齢による落ち着きと、貴族特有の気品が根底に感じられるためか、その荒々しさに惹かれる女性陣は多いのだとか。

 たまに社交シーズンで皇都に来る時は、そのパーティーの女性の出席率が上がると聞いています。


「伯爵、早速だが滞在時間が惜しい。まず貿易の事に関して話がある。どこか話のできる場所を用意してもらえないだろうか?」


「はっ、それでしたら既にご用意しております。私の邸宅の方にご足労願えますでしょうか?」


「わかった」


 ウィルは私の方を振り向くと、名残惜しそうに私の髪に触れる。

 そ、そんな子犬のような瞳で見ないでください……!


「エスター、君と離れるのは心苦しいが、すぐに仕事を終わらせて来るからな」


 いえ、どうぞごゆっくり。

 貿易の話し合いに関しては、エスターの出る幕はありません。

 つまりこの間は、私はこの緊張感から解放されるのです。


「はい、お仕事頑張ってくださいね」


 私はにこやかな笑顔で手を振る。


「エスター、この仕事が終わったら私と海に……」


 もう仕方ないなぁ。

 ショッピングでも釣りでも付き合いますから……。


「ええ、構いませんよ」


 私はウィルが全てを話し終えるよりも早く、何気なく了承の言葉を返したのである。

 まさかこの安易な発言に、後々後悔する事になるとは……この時の私は思ってもいなかったのです。







「美味しい!」


 海の幸に舌鼓を打つ。

 この味は絶対に皇都では食べられません。

 やはりお魚が新鮮なだけあって、生で食せるのが大きいのでしょう。

 この食感は海に暮らすもの、そしてここまで足を運んだ者達への特権ですね。


「はは、これはいい!」


 仕事を終えたポートランド伯爵は、表情を崩して顔を綻ばす。

 朝方に到着したばかりだというのに、ウィル達は午前中に仕事を終えて戻ってきました。

 そんなに海で遊びたかったのでしょうか?

 もう、仕方ありませんね、約束ですからお付き合いいたしますよ。


「ご令嬢の中では魚を生で食す事に抵抗のある方も多い。初めて食すものなのに、躊躇わず箸を運ばれるとは勇気のある方だ」


 し、しまった。

 初めて食べる生の魚介類はがあまりに美味しくて、パクパクと食べ過ぎちゃいました。

 これは、ご令嬢としてはあるまじき事態です。


「そうだろう? だから私はエスターといると退屈しないのだ」


 ウィルは隙あらば惚気てくる。

 惚気られる対象としては、とても恥ずかしいので、できれば私の居ない所でお願いします。


「それにしてもやはり姉弟なのだな。エステルと串焼きを食べた時も同じだったぞ」


 どっきーん。

 ちらりとエマの方を見ると、冷ややかな笑顔が突き刺さる。


「へぇ、弟君がいらっしゃるのですか」


「え、えぇ」


 私は引きつった顔を正し笑顔で答える。

 これは後でエマとお話し合いかな……。


「エステルはエステルで面白い奴だ、近いうちに俺の弟にもなる」


 すごく居た堪れない気持ちになりました。

 どうやらヘンリーお兄様やアルお兄様も同じ模様です。

 ただ1人、ラフィーア先生だけは楽しんでいる様に見えました。

 元はと言えば、貴女の作った薬も関係してるんですから、他人事みたいに楽しまないでください。


「へぇ、是非とも弟君にもこの街に来て頂きたいものです」


 すみません。

 もう来てますなんて、口が裂けても言えない……。


「それはいいな。今度、男2人で釣りをしないかとここに誘ってみよう」


「いいですね、それでは私もご一緒にしましょう。船の上で男3人で釣りを楽しむというのも中々乙なものです」


 ポートランド伯爵とウィルの間で話が弾む。

 私の目の前で、エステルの予定が勝手に組まれていく……。

 しかしここで私が出来る事は、自らが巻き込まれた釣り計画に微笑む事だけです。


「さてと……昼食も食べた事だし、エスター、約束を果たしてもらうぞ」


 ウィルはニヤリと笑う。


「このお屋敷を降りた場所は、伯爵家のプライベートビーチとなっております。どうかごゆるりと楽しい時間をお過ごしくださいませ」


 ……何かとてつもなく嫌な予感がしました。

 よし、ここは腹を壊した事にして……。

 私の喉元にエマの殺気が突き刺さる。

 ひっ……。

 食べすぎで腹を壊したとか、そんなご令嬢らしからぬ事を私が言うはずないじゃないですか……。

 はは、はは……。

 喉元に刺さった殺気が引いていく。

 ふぅ……なんとか誤魔化せました。


「時間がもったいない、さぁ行くぞ」


 しまった、こっちは誤魔化せてない。

 ウィルは私の手を取ると、玩具を買ってもらった子供の様に急かす。

 まぁ、もう約束した後ですし……海に行って多少いちゃつくぐらいは我慢しますよ。


 などと思っていた少し前の私をぶん殴りたい。


「ちょ、ちょっとエマ、これはダメでしょ!!」


 プライベートビーチに降りた私達女性陣は、用意されたテントの中で衣装を着替える。

 流石に浜辺をドレスで歩くわけにはいけませんが……いくらなんでもこれはないでしょう!?


「はいはい、もう諦めてください」


 衣装をもったエマが。これまでに見たこともない様なとびっきりの笑顔で近づく。

 エマの持った衣装は、どうやらウィルが手配したものらしく。

 この様子では、エマもこの衣装の事を知っていたのでしょう。

 どうやら私は自らの侍女に裏切られ、婚約者に策謀にハメられた様なのです。


「だ、だって、その衣装明らかに布面積が少ないじゃないですか!」


 ていうかそれ完全に下着ですよね!?

 そんなの着て外にでたら、絶対に破廉恥な女確定です。


「大丈夫ですよ、海の街の女性は皆、浜辺ではこういう衣装を着て泳ぐのです」


 ずりずりと後ろに下がると、テントの壁にぶつかりました。

 くっ、もうこれ以上後がありません。


「ティベリア様、ラタ様、確保!」


「「了解!」」


 ちょっとぉ? 貴女達の主人は私ですよ!?

 あっさりと確保された私は、あれよあれよという間にドレスを脱がされ服を着替えさせられる。


「わぁ、エスター様って結構おっぱい大っきいんですね」


 ちょっと、ラタってば声が大きいですよ! 外に聞こえたらどうするんですか!?

 私はちらりと自分の胸元に視線を落とす。

 女性化した時どうしても大きくなるために、私は普段の女装時は詰め物を愛用している。

 そのせいで皇后様にはマッサージを受けされたりと、本当にこれのせいで散々な目にあいました。

 しかも今まで身体についていなかったものに慣れないせいで、その重さからむしろ肩が凝ってあまり嬉しくないという……。


「エマ……これ本当に大丈夫なの? 特に下の生地とかかなり心もとないのだけど!?」


 これなんて、ほとんどお尻が見えちゃってるようなもんじゃないですか。


「おっと、そういえばこれは腰にパレオとか言う布地を巻くのでした」


 エマは私の腰に薄手の布地を巻く。

 ちょっと、これ透けてるじゃないですか!?

 たしかにお尻は隠れたけど、透けて見える水着のラインと柔肌が、さっきよりえっちな感じになっちゃった気がします。


「てへっ、私とした事が忘れていたようです」


 わ・ざ・と・ですよね?

 そんな嘘くさい笑顔には騙されませんよ。


「もう、女は度胸ですよエスター様!」


 私は男です! 元は男の子なんです!!


「つべこべ言わずにさぁ!!」


 貴女、私の侍女長なんですよ、もっと主人を敬ってもいいはずです。

 グイグイと背中を押すエマに、抵抗も虚しく私の身体はテントの外に押し出される。


「おぉ、着替えおわったのか! エス……ター……」


 ほらぁ!

 ウィルが固まったじゃないですか!!

 どう見ても破廉恥な格好なんですよ、これ!


「全員、回れ右! 後ろを向け!!」


 ウィルの号令に、騎士の人たちが一斉に背中を向ける。

 自らの着ていた半袖のシャツを脱いだウィルは、私の肩にそれをふわりとかけた。


「エスター、その格好は俺と2人の時以外は禁止だからな!」


 いやいやいや、ウィルが用意した衣装ですよね。

 用意していた癖にダメとか……あっ、もしかしてさっき食べ過ぎたせいでお腹出ちゃったかな。

 そのせいで似合っていなかったのかも。

 シュンとした私にウィルが慌てる。


「言っておくが、よく似合っているぞエスター……ただ俺とした事が、ここには他のお邪魔虫どもがいる事を失念していた」


 お邪魔虫って、仕事をしてくれている騎士さんに失礼ですよ。

 確かにそこでニヤついているヘンリーお兄様は、ただのお邪魔虫かもしれませんけど。

 それ以外の人は真面目に働いているんですから。


「ただし、俺と2人きりの時には積極的に着る事を許す!!」


「そんな恥ずかしい事できるわけないでしょう!!」


 もう! もう!

 私はぽかぽかとウィルの胸板を叩く。

 アレ、よく見たらウィルも裸じゃ……。

 上着に着ていた半袖シャツを脱いだために、今のウィルの格好は短パンを履いたのみの姿だ。

 普段から鍛えているだけの事はあって、その肉体美は中々のものです。

 綺麗に割れた腹筋に腹斜筋、首筋から鎖骨のラインに思わずドキッとしました。


「あの……だな」


 顔を赤くしたウィルが視線を逸らす。


「俺も男だ、流石にこう密着されては……」


 え?

 自分の状況を確認した私は、慌ててウィルの身体から離れる。

 ウィルの大胸筋に思わず触れてしまった事も問題ですが、その身体にもたれかかるなど淑女としてはあってはいけない事です。


「言っておくが、これも2人きりの時ならば大丈夫だ。だが、その時は覚悟しておいて欲しい。その時は抑える自信がないからな」


「す、すみません……」


 やってしまいました。

 これに関しては、完全に私のせいです。

 なんとも言えない空気に、私は顔を赤くしました。


「よし、それじゃあ浜辺のデートといこうか!」


 気を取り直したウィルは、私の手を掴み海打ちへと連れて行く。

 その笑顔に、さっきまでの気まずさも吹き飛んだ気がしました。


「……ありがとう、ウィル」


 私はそう呟くと笑顔を見せる。

 その後は浜辺を歩きながらたわいも無い会話を楽しんだり、綺麗な貝殻を集めたり、時にはお互いに水を掛け合ったりと楽しい時間を過ごした。


「綺麗だな、さっきまで青かった海が赤くなっている」


 沈みゆく太陽を、私達は手を繋いで浜辺にお尻をつけて鑑賞する。

 私がエスターとして、ウィルとこの景色を一緒に見るのは最後かもしれない。

 そう思うと私の心は、切なさにきゅっと締め付けられた。

 でも……エステルとなら、釣りをした帰りに一緒に見てくれるかな?

 そう聞いてみたいけど、今の私にそれを聞く資格はない。

 この手を離したく無いなんて浅ましいだろうか。

 私はウィルと繋いだ手をぎゅっと握りしめた。

 周囲も気を使って、誰もこちらをみていない。

 そうすれば、どういう事が返ってくるのか、私はすでに知っているのに。

 こんな行動取るべきではないと理性ではわかっているのに、本能は欲望に忠実で抗えない。


 その日、私はウィルと二度目の口づけを交わした。


 あぁ、なんて私は愚かで、僕は卑怯なのだろう。

 自分の事が嫌いになってしまいそうだ。

 お読みいただきありがとうございます。

 ブクマ、評価、感想等ありがとうございました。


 水着回ていうのを、一度でいいからやってみたかっただけなんですよ……。

 ちなみに水着を用意するように言ったのはウィルですが、わざと布面積の少ない水着を用意したのはエマです。

 最後エステルは悩んでるけど、自らの愉悦のために水着を用意するエマといい、ぶっちゃけみんな欲望に忠実だからそこまで悩まなくてもいいような気がするのは気のせいです。

 ちなみに作者は毎回書き終えるたびに、はよ結婚しろお前らって机をドンと叩いています。

 ただね、結婚後に2人には気兼ねなくイチャついてもらうためにも、本物のエスターの事と、エステルの入れ替わりの問題だけはクリアしとかないとね。

 なんとかそこまでお付き合いいただけるとありがたいです。

 ちなみに憂いが晴れ結婚した暁には、天然じゃなく積極的なエステルが見られるかもしれませんよ……とだけ。

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[良い点] 甘酸っぱい!(*ノェノ)キャー 水着回! 海辺のデート! (*ノェノ)キャー [気になる点] 冒頭において、電車、と書かれていたのは誤字でしょうか?(・・;) その後では列車、と書いてます…
[良い点] 理性では惹かれてはいけないと思っているのに 心は上手くいかず、どんどん惹かれていく様が素晴らしいと思います! [一言] 点数もある程度期間が空いたら更に加点出来ればいいのに……。 既に10…
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