第12話 報連相を怠ると後で取り返しがつかない時もある。
「エマ、私のピンクのドレスはどこでしたか?」
クローゼットをごそごそと漁る私の後ろで、従者たちが部屋の中を忙しなく動く。
本来であれば主人である私が動くべき事ではないのかもしれませんが、今は時間がありません。
猫の手も借りたいとはまさに今の状況の事でしょう。
なぜこのような状況になったのかというと、急な視察のために、旅行の準備を整えなければならなくなったからです。
視察自体は別に問題ではありません。
問題点はただ一つ、男性陣は女性の準備には時間がかかるという事を。もっと理解するべきだと思うのです。
「こちらにございます、それと、ブラックのドレスは公爵邸にあるのでアマリアが先程取りに行きました」
そういえばアマリアがいませんね。
ううむ、本当にこのままで準備が終わるのでしょうか?
「ありがとう……えぇっと、あと何が必要だっけ?」
あー、もう!
せめて三日前、いえ二日前に知らせてくれれば良いものを……明日ってなんですか明日って!
しかも朝一ならまだしも、昼過ぎですよ、もうそろそろ夕方なんですよ!
「遅れてすみません、私も手伝います」
息を切らしたラタが部屋に駆け込んでくる。
今日のラタはお休みだったので、先程まで龍術競技に参加していたのでしょう。
父親のチェットウィンド子爵からはあまり甘やかさないでください、と言われたのですが、ウィルの護衛のウィルフレッド様も体が鈍らないように龍術競技には参戦していますし、竜騎士隊の訓練に参加しているようです。
なので私もラタの技量が落ちないように、競技への参加を認めました。
あの時のラタの喜びようと言ったら……。
「ありがとうラタ、今日の試合はどうでしたか?」
「エスター様の専属竜騎士として、当然のごとく今日も勝利してきました!」
ラタは誇らしそうに勲章のついた胸を張る。
この勲章は専属竜騎士の証であり竜騎士の憧れであり誉。
勲章の中央には仕える主君の家紋が刻まれ、台座に使われた金属からはその家格が一目でわかる。
故にこの勲章をつける事で、家格が低い貴族の子弟も自らの主君の威光を借りる事で、より上位の扱いを受ける事が多い。
これは護衛騎士も同じで、私の侍従騎士はサマセット公爵家以上、つまり皇族や他国の王族以外にこうべを垂れる事はありません。
故にこの勲章をつけてる者は周囲から一目置かれる代わりに、それ相応の活躍も期待されるのです。
「よくやったわラタ、それじゃこの荷物を馬車に運んでくれるかしら?」
「はっ!」
荷物を持ったラタが部屋を出るのと入れ替わりに、ヘンリーお兄様が部屋に入ってきました。
「俺も手伝うぞ」
「と・う・ぜ・ん・で・す」
全く、誰のせいでこんな事になっているとお思いで?
昨晩の時点で決定していたのに、なんでその報告が翌日の昼過ぎになるのです?
その時にすぐ連絡してくれれば、こんなに慌てなくても良いものを……。
って……あれ?
なんでヘンリーお兄様が皇宮に?
普通ならば規則で、特例のない限り皇宮のこのエリアに男子は入れないはず……。
その疑問はヘンリーお兄様の後に入ってきた人物により、答えが明らかになりました。
たしかに彼の立場であれば、自らが同行する事で男性の従者を皇宮に招き入れる事は可能です。
「助っ人はいるかエスター?」
な、ななななな、きゅ、急に訪ねてくるなんて反則ですよウィル!
ちゃんと部屋に来るときは手紙のやり取りをしてですね……。
そう、せめて1週間、いえ、1ヶ月前ならば、こちらの心の準備もですね。
「有難い申し出ですが、さすがに殿下に手伝ってもらうのはどうかと……」
さ、さすがです、アルお兄様!
どこかの問題しか運んで来ない。もう一人のヘンなんとかお兄様より全然頼りになります。
「いや、俺は手伝わんぞ?」
……どういう事?
「手伝うのは皇宮の侍女たちだ、手の空いていたものを呼んできた」
そういうとウィルの後ろから、5人の侍女たちが部屋に入ってきました。
ああそうか、その手がありましたね。
私とした事が慌ててしまい、そんな簡単な事にも気がつきませんでした。
流石ですウィル、それじゃ、あとはもう帰って大丈夫ですよ。
「というわけで……その間に俺はエスターを甘やかすとするかな」
ええええええええええ!?
ウィルはベッドに腰掛けると、自らの膝の上に私を抱きかかえる。
ちょっと、私たちはまだ未婚なんですよ!?
なんかいつもより距離感が近いし……こんなのとっても破廉恥です。
あのときは流れで唇を許しましたが、私はそんなに軽くないですからね。
あっ……軽くないといえば、昨日ちょっと食べ過ぎちゃったんだよね……私の体、重くないかな?
私は急に自分の体重の重さが気になりました。
「う、ウィル、こういうのは結婚した後にですね……」
あ、こいつ見た目より結構重いな、なんて思われたらとっても恥ずかしいです。
私はなんとかこの状況から脱しようと動きますが、ウィルが腰に手を回してる時点で全く動けません。
「それじゃあ、明日にでも結婚するか?」
ばっ……だから、女の子にも色々と準備が必要なんですって!!
ドレスにだってこだわりたいし、そのためにスタイルだって完璧に整えたいし。
もっと肌だって綺麗にして……それに下着だって新しくしないと。
って、ちっがーう! そうじゃなくって!!
「ご、ご冗談を……」
「エスター、俺は冗談じゃプロポーズなんてしないぞ」
だったら、プロポーズはもっとロマンチックなところでって……それも、ちっがーう!!
別に私がプロポーズされたいわけじゃなくって……いやプロポーズされたら嬉しいけど、それは受け入れられなくって、って何を考えているんです私は!!
ぐぬぬぬ、ウィルのせいで完璧に私のペースは乱されっぱなしです。
「まぁ、いいさ、こういう時間も私にとってはとても愛おしいからな」
ウィルは優しく私の髪に触れる。
あわわわわ、そ……そういうのも、ちゃんと女の子の許可を取らないとセクハラですよ。
まぁ、私のだったら、いくらでも触ってくれて別にいいですけど。
「はわわわわ……」
ほら、ほら、ウィルが変なことをするから、帰ってきたばかりのアマリアの頭から湯気が出てますよ。
って、全員こっち見てるじゃないですか!
どうしたんです、ほら、皆さん手が止まってますよ。
「仲が睦じいようで何よりでございます。これならば私が生きてるうちに、お二人の子供の顔を見ることも叶いそうですね」
にゃ、にゃにをいっているのかなケイトは!?
そんな孫を楽しみにしているお婆さんのような顔をされても、私、赤ちゃんなんて産みませんよ!?
「あらまぁ、もしエスター様にお子様がお生まれになった時は、私が責任を持ってお世話をさせていただきますね」
エマ……その愉悦顔は絶対にたのしんでいますね。
いいでしょう、そっちがその気なら、後でしっかりとお話をしましょう。
「エスター様の子供ならさぞかし可愛いでしょうね」
オリアナまで……。
まぁ、ウィルの子供なら男の子ならかっこいいだろうし、女の子なら綺麗だろうけどね。
「あわわわ……お二人の関係はもうそこまで……いや、婚約者ですもんね、うん」
アマリア勘違いしないでください!
私はまだそこまでは許してませんから!
「へぇ、それは楽しみだねぇ、色々と」
ラフィーア先生……。
貴女絶対、私とウィルの子供を生物学的見地から興味を持ってるでしょう?
もし私たちに子供ができたとしても、貴女には預けません。
「ううむ……エスター、やはり明日にでも結婚しないか?」
うっ……いやいやいやいや、なんでほだされそうになってるの私。
頑張れ私。頑張るのです私の中のエステルよ!!
「しません! 明日は大切な視察です!! もう、みんなしてからかって……!」
私は頬を膨らませ、ぷぃっと顔を背ける。
「……なぁ、エスター、怒った君の顔すらも可愛いらしく愛おしく思うのだが、俺はいったいどうすればいい?」
「そ、そんなの私に聞かないでください!」
そ、そんな事言われても嬉しくないんだからね!
いやそのちょっとは……だいぶ嬉しいけど……。
そんなの言ったらどうなるかわかったもんじゃないから、絶対に言ってあげないんだから!
その後も私は、ウィルに悩まされつつなんとか明日の準備を整える事が出来ました。
視察は明日からだというのに、なんで前日からこんなに疲れないといけないのでしょう。
◇
「皇太子殿下ー!」
「エスター様ー!」
視察へ向かう私たちの馬車を、街道に出た人たちが見送っている。
私とウィルは帝国市民の歓声に対し、笑顔で手を振って返しました。
今私たちは馬車に乗って駅舎へと向かっています。
「見て、護衛騎士よ!」
「うわー、俺絶対、大人になったら騎士になるんだ!」
私たちの馬車の前後は、騎乗した騎士たちが警護している。
その中でも専属の護衛騎士は、私たちの馬車の四隅を固めています。
前方をヘンリーお兄様とティベリア、後方をアルお兄様とウィルの護衛騎士の方が取り囲む。
「上空には竜騎士もいるぞ」
「ママ、女の竜騎士さんいるよ、すごくカッコいいね」
ウィルフレッド様とラタは、私たちの上空から警護しています。
今日は低空をゆっくりと進んでいるので、子供にとっては私たちを見るより嬉しいのではないでしょうか。
「ねぇねぇパパ、なんで騎士さんの中でも服装が違う人がいるの?」
「ん? ありゃ護衛騎士だよ、黒服にたすき掛けしてある深紫の騎士勲章は皇太子殿下の護衛騎士として、臙脂のジャケットやコートに白のズボンはおそらく婚約者様の方だろうなぁ」
今日は公的な視察のために全員が正装です。
お父様からサマセット公爵家の威光を示すようにと言われ、ヴェロニカと一緒に考案した衣装ですが、流石に派手すぎたかな……?
ヘンリーお兄様やウィルフレッド様みたいに、勲章をたすき掛けする際に使われる生地に仕える主君の色を入れるのが通常です。
だからこそ私たちは一目でわかるように、上着に臙脂のカラーを採用しました。
そしてその色が目立つ様に、シャツや下に履くパンツやスカートは白で揃えている。
その上でラタやティベリア、そして先に駅舎に行っているレオーネはそれぞれの色のカラーをシャツに結ぶタイやスカーフ、リボンなどに用いています。
また臙脂色の使用制限は、私が護衛騎士に下賜した事にしてあるので問題はありません。
「殿下、エスター様、駅舎に到着致しました」
駅に到着すると、私たちを出迎えたのはレオーネと見覚えのある騎士さんでした。
「あっ……」
思わず声を出してしまいました。
だってレオーネと一緒に待っていたのは、先日、温室の前に居た騎士さんですもの。
この場で先に到着して待ち構えているという事、何よりあのタスキの色……この人、ウィルの護衛騎士だったのですね。
「どうしたエスター?」
「す、すみません、大丈夫です」
私は何事もなかったかのように笑顔を取り繕う。
なるほど、この人は温室の中にウィルが居るのをわかってて私を通したのですね。
人畜無害な笑顔に、私も思わず騙されてしまいました。
「殿下、エスター様、本日の運行を担当する運転士です」
「トーマスと申します、本日はこのような大任をいただき恐悦至極にございます」
私はその運転士さんに見覚えがありました。
あの爆破事件の時、私と共に行動した運転士さんです。
「其方、以前に会った事があるな、今日はよろしく頼む」
ウィルと私が労いの声をかけると、トーマスさんは嬉しそうに返事を返す。
今思い出しても、あの時は本当に大変でした。
できればもう二度とあのような事には、巻き込まれたくないものですね。
どうか今回の視察が、無事に終わりますように。
私は先に列車に乗り込んだウィルの方に、自らの手を差し出した。
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ、評価、感想等ありがとうございます。
今回はずっとウィルのターン。
年末年始は忙しいのでもしかしたら更新遅れる日もあると思います。
更新が遅れるときは、活動報告にて連絡いたします。
あと、短編書きました。
暇な人は時間潰しにもお読みくだされば嬉しいです。
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