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≪連載版≫ 男だけど、双子の姉の身代わりに次期皇帝陛下に嫁ぎます 〜皇宮イミテーションサヴァイヴ〜  作者: ユーリ
第2部 弟だけど姉の代わりに婚約者として皇太子殿下をお支えします。
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第6話 やっぱり僕の周りは敵だらけ?

 皇城の通路を歩く父様を避けるように人々が左右に捌けていく。

 この帝国の宰相にして公爵家当主、城内で父様を避けずに歩く事ができる人物は限られている。

 僕たちがこれから会いに行く人物は、そんな父様を昼前のこんな時間帯に呼びつけることができる人物だ。


「朝早くからすまないな、サマセット公爵」


 呼び出された場所へいくと、僕たちもよく知る人物が出迎えてくれた。


「いえ、私もこちらに諸用があったので問題ありませんよ、殿下」


 そう僕たちを呼び出したのはウィルだ。

 皇城の中にあるウィルの執務室に入るのは初めてだけど、想像していたよりもちゃんとしていると思う。

 きっとウィルの事だから、もっと部屋の中がごちゃついたりしてるのかと思ったのだけど、整理整頓されているし、作りのいい調度品の数々には居心地の良さを感じた。


「久しぶりだな、エステル」


「お、お久しぶりです、殿下」


 そして今日、僕はエスターじゃなくエステルとしてここに来ている。

 何故かと順を追って説明すると、名目上僕は父様の仕事を手伝うから学校の授業が免除されている。

 それを知っているウィルは、父様に僕を連れてくるようにと命じたのだ。

 そもそも僕が皇都の学校に編入したきっかけは、夜中に勝手に城を抜け出しウィルに出会った事に起因する。。

 その整合性を保つために作った後付けの理由が転入であり、今回の件で元を正せば悪いのは僕以外の何者でもない。


「んん? 随分と余所余所しいがどうした?」


 いやいや、ここには父様や他の人もいるのに、普段の時と同じように接するとか無理でしょう。

 僕は訝しむウィルから視線を少しずらす。


「俺たちは、夜な夜な逢瀬を繰り返した仲だと言うのに……エステルと距離ができたみたいで俺は少し寂しいな」


 げげっ、ウィルが変な事言うから、兄貴と父様がニヤニヤしてるじゃん!

 ただでさえエステルの僕は肩身が狭いのに、紛らわしい表現の仕方は辞めて欲しい。

 そ、そんな寂しそうな目で見ても、ダメなものはだめ……なんだけど、もう、今回だけですよ!!


「わっ、わかりましたウィル……コホン、今だけは何時も通りにします」


「おぉそうか!」


 ふぅ、もうそんなに喜ぶなら、仕方ないなぁウィルは……。

 そうこうしていると、突如として僕の目の前に、見知った人の顔が現れた。


「へぇ、本当にエスター嬢にそっくりなんだ」


 ウィルフレッド様は、至近距離でマジマジと此方を観察する。

 ちょっ、そんな近くでジロジロ見ないで! ばれる、ばれるから!!

 僕は後ずさりして距離感を作り、顔を少し背けた。


「おっと自己紹介が遅れたな、俺の名前はウィルフレッド、殿下付きの竜騎士で、暇な時は龍術競技の試合にも出てるから見に来てくれ、よろしくなエステルくん」


 はい、十分に存じ上げております、貴方の試合に賭けたのは僕です。


「よ、よろしくお願いします、ウィルフレッドさん」


 今この部屋にいるのは、僕とウィル、そして父様と兄貴、ウィルフレッド様の5人だけである。

 挨拶もそこそこに、僕たちはソファに座るように促された。


「さて早速本題に入るが、サマセット公爵を呼んだのは他でもない、今回、相談したいのはスラムの事についてだ」


 先の慈善コンサートでウィルがスラムの事を明言した事もあり、皇族がその問題に取り組む事は既定路線である。


「俺はスラムの住民たちに、一般の帝国民のように戸籍を与えるべきだと考えている」


 現状、スラムに住む人たちは無戸籍である。

 外国籍だった者達は不法入国に近い形だし、もともと戸籍があった者達も、スラムに身を落とした段階で税の支払いが滞り消失してしまった者が大半だろう。

 帝国では一定期間、税の支払いがなく本人との連絡が途絶えた場合、死亡したものとして戸籍が消失する。

 スラムに逃げた人々に税が支払えるわけもなく戸籍が消失してしまった者が大半だ。

 本来であればそれはいけない事なのだけど、帝国側も表向きの理由として税が回収できるわけがないので放置しているのが現状である。

 そういった事もあり管理が行き届かず、前回のような事件が起こってしまった。


「その場合、いくつかの問題が考えられます、まず、帝国民としての籍を得るという事は、スラムの人間にも帝国民と同じ義務が生じる事になります、そこで問題になるのが、彼らに税が払えるかどうかという事でしょう」


 誰しもが平等に社会保障を得るためには、誰しもが平等に義務を果たさなければならない。

 貴族と平民に身分差はあるけど、それぞれが其々の立場での決まりごとをきちんと守らないと国家は簡単に破綻してしまう。


「段階的に税を軽減するのはどうか?」


 ウィルが提案しているのは、最初は低い税金から始めて段階的に税を上げていく方式だろう。

 この方法であればスラムの住民は幾分は楽になるけど、別の問題が発生する。


「そうなると優遇されない、ずっと税を払い続けている帝国民から不満がでますし、それ以外にも戸籍を与える際に、他国の間者に戸籍を与えぬよう一人一人の素性を確かめる必要があるために、相当の時間を要する事を想定した方が良いでしょう」


 これがまた面倒な話で、貴族の中にも他国と通じている人がいないとも限らない。

 帝国側は、貴族特権を使って間者をねじ込まれないように常に監視する必要がある。

 また身分の照会も、戸籍は消失から一定期間を過ぎると破棄されるために、確認作業は困難になるだろう。


「あぁ、そこは問題だと思っていた、やはり問題は山積みだな」


 ウィルはこちらを見る。


「エステル、お前ならどうする?」


 ボロがでないように、せっかく空気の様に背景に溶け込んでいたのに……こちらに話を振らないで欲しい。


「そうですね……例えばの話ですが、調査するのに時間がかかる身分の証明より先に、能力の査定を行ってはどうでしょう?」


「うん、それは良いアイデアかもしれないね」


 隣で頷く父様は多分、僕がどういう答えを出すのか知っているのだろう。

 それなら最初から、自分で言えばいいのに……。


「感情論は一切抜きにして話しますが、例えばの話、帝国民の戸籍は与えるとしても、受け入れ先を皇都に絞るのではなく、それぞれの領地に分散すべきだと思います」


 現在の状況を考えると、とてもじゃないけど皇都だけで彼らの事を全て賄えるとは思えない。


「まず何か役に立つ能力を持っている人は優先的に素性をあらため、問題がなければ積極的に皇都や、その能力が生かせる領地で引き入れましょう」


 専門的な知識を持つ人や、特異な技術をもつ人など、能力が高い人は貴重な財産です。

 彼らのような人材はたとえ体が不自由でも、指導者として雇うなどその能力を生かせる方法が何かしらはある。

 そういった人たちは、高待遇で受け入れる事ができる可能性が高いため、税金の支払いもどうにかなるだろう。


「あとは素性が明らかになった順から、皇都や他の領地などの公共の事業に携わる仕事を与えてみてはどうでしょう? 元の戸籍は消失後も大法官の管理の元に保管されているので、もともとの帝国民であれば幾分か照合が手早くなるはずです」


 公共の仕事であればある程度の収入が見込めます。

 また公共の仕事についているのだからという理由で、公共の住宅を用意してあげれば税の支払いにも余裕ができるのではないだろうか。

 なんなら期間を設けて、公共の仕事を一定期間終えた後には民間の仕事に従事、空いた枠を新しい人に与えるというのもいいかもしれない。


「ちょっと待て、消失した戸籍を大法官が管理していると言うのは本当か!?」


 ウィルは父様に説明と確認を求める。


「正確には少し違いますが、理由不明による戸籍消失は一定期間を過ぎると死去と同等に扱われるため、死亡した者の戸籍は、大法官の名の元に聖堂の地下書庫に奉納されているはずです、よく覚えていたねエステル」


 まぁ、僕が気がつかなくても大法官は知ってるだろうし、この答えは父様も知ってたんだろうけどね。


「良くやったエステル、おかげで身分の照会がこれでより効率的になるだろう、話を続けてくれ」


 2人から褒められ少し気恥ずかしくなった僕は、コホンと咳払いし次に進める。


「最後に残った人たち、つまりは帝国外から来た者達は、皇都以外の領地で民間の仕事を与えつつ素性を改める、もしくは新規開拓を名目に、彼らには全く新しい領地を開拓させてみるとか……それは流石に酷いかな?」


 新規開拓は大変なので、怪我で身体が不自由な人は流石に厳しいから現実的には難しいだろう。

 そういった人たちの事を考えたら、この計画でもまだ穴が多い気がする。


「私もエステルの意見に賛成です、ただし帝国外の人民を受け入れる際は、相手国にも了承を取るべきでしょう、他国の犯罪者を抱えるわけにはいきませんからね」


 父様は口を開くと、ウィルに視線を向ける。


「殿下、先に一言申し上げておきます、こちらから助けられるのは、自らも努力し手を伸ばす者だけです、為政者として有りたいのであれば、全員を救うのではなくある程度の線引きはなさいませ」


 誰だって救えるものならば全員を救いたい。

 だけどそれは理想論であり、中にはどれだけ支援をしても、底から這い上がってこようとしない人もいる。

 そこに明らか理由があるならば、まだどうにかしようと僕たちは努力できるけど、五体満足な人間であっても、生きる事を放棄している人物までは救えない。

 為政者というのは、そういった現実を直視し、ある程度の線引きを行う必要がある。

 もしウィルがそれをできないのであれば、帝国が潰れるか皇族が潰れるか、道は二つに一つしかない。


「わかった、その事については胸に刻んでおこう」


 これ以上の事はエステルの状態で首を突っ込みたくはないのだけど、もう一言くらいは発言してもいいはず。


「殿下……いえ、ウィル、今後も慈善事業はありますし、トレイス正教会の支援も続いていくでしょう、それに平民議会が設立できれば、そういった問題が平民の間でも議論する事ができます、だから、あまり焦らなくても大丈夫だと思います」


 本当の問題可決はそこからだろう。

 帝国民である貴族や平民がこの問題にどう向き合っていくか、まだ始まったばかりなのである。

 隣の父様から、あまり殿下を甘やかすなよと視線を送られてくるけど、僕は気がついていない事にした。


「あぁ、そうだな」


 緊張の糸が解けたのか、ウィルは笑みをこぼした。

 その後もウィルは、思案中の事案を次々と父様に相談する。

 それはいいのだけど、ちょくちょくこっちに話を振るのは辞めて欲しい。

 たまには端でぼーっとしてる兄貴に話を振ってもいいでしょう!?

 そうこうしていると、時刻はあっという間にお昼近くになり、僕たちは机の上に並べた資料を元の場所に戻していた。


「あの……」


 資料のうちの一つが僕の手が届かない高い位置にあったために、それに気がついたウィルは僕から本を奪い取り、代わりに書棚に戻してくれた。

 それはいい、それはいいのだけど……。


「うん? どうかしたかエステル?」


 書棚の壁に追い込まれた僕は両手を突き出し、ウィルを牽制して何とか距離を取る。


「いやその、やたら距離が近くないかなぁと……」


「あぁ、すまない、ついな」


 ついってないんですか、ついって!

 そんな軽い気持ち近づかれるとこっちも困るんだよね!!

 こっちにも心構えとか準備とかが必要なのです。


「お前の姉は警戒心が近いのか、最近は、俺が近づこうとしたら猫のように逃げて行くんだ、どうしたらいい?」


 そ、そんな寂しそうな目をしてもダメだから!

 たしかに最近は、ウィルがすぐに近づいてくるから警戒して距離を取ってるけど、エステルの姿だからって、それを許しちゃうほど僕は甘くないからね!!


「いいじゃないかエステル、別に減るもんじゃないし」


 また兄貴が余計な事を……!

 今気付いたら兄貴は、いっつも余計なことしか言ってない気がする。


「そうだぞエステル、俺とお前は将来義理の兄弟になるんだ」


 ウィルは少し恥ずかしそうに頬をかく。


「な……なんならウィルお養兄さんと呼んでくれてもいいんだぞ」


 そんな期待に目を輝かしても呼びませんから!!

 チラ見したって呼びませんよ!


「いいじゃないかエステル、呼んであげれば」


 父様まで……もう、仕方ないなぁ。

 一度だけですよ!


「わかりました……ウィルお養兄さま」


「よしっ、エステル、今日からお前は王宮に住め!」


 ウィルは僕にぎゅーっと抱きつくと、頭をくしゃくしゃと撫でる。

 だから近いって、距離感が近いんだって!!


「部屋がないなら俺の部屋でもいいぞ!」


 僕が良くない!!

 そうこうしていると、僕もよく知った人物がウィルを止めてくれた。


「坊っちゃま、またバカな事を言って周りを困らせてはいけませんよ」


「げっ、ケ……ケイト!? どうしてお前がここに」


 ウィルは頬から汗を垂らす。

 僕を助けてくれたのは、エスターの時にお世話になっている侍女の1人、ケイトだった。


「これを届けに来たのですよ」


 ケイトは4段に重ねられたお重を差し出した。

 みながテーブルに置かれたお重を取り囲み覗き込む。


「なんだこれは?」


「ふふん、これはですね、なんと昨日、姫様がお作りになったお弁当でございます!!」


 な、なんだってー!?

 どういう事かと考えたが、そういえば昨日、ケイトに無理やり花嫁修行だとパンの生地を捏ねさせられたり、保存が効くような物の調理、料理を寝かせる前の下準備などをさせられた事を思い出した。

 きっとあれのことだろう。

 なので正確には、これはエスターつまりは僕1人が作ったわけではない。

 僕が下準備した物を、プロが仕上げてくれた物だ。


「よし! これは全部、俺が食うからお前たちは別の物を……」


「アホですか! その量を1人で食べたら腹を下しますよ」


 ケイトは容赦なく、弁当箱を抱えるウィルの頭をしばいた。


「大丈夫だ、余ったものは次の日に……」


「それこそ腐って腹を下します」


 まったくケイトの言う通りだと思う。

 ぶっちゃけ、恥ずかしいのでそろそろ辞めて欲しい。

 僕は顔を抑え下をうつむき、父様と兄貴はそれをみてニヤニヤとしている。


「ふふん、それなら問題ないぞケイト、自慢じゃないが俺は腹を下した事がない!! 訓練で1週間泥水をすすって草と虫を食ってた時も元気だったからな!」


「はぁ……頭が痛い」


 ぼくもあたまがいたいです。


「それでもです、それともウィル坊っちゃまは、エスターお嬢様から食い意地の張ったせこい男だと思われたいのですか?」


 ごめんなさい、もうすでにそう思ってます。


「せ、せこい……俺がエスターにせこい男……」


 ウィルは弁当箱を手離すと、打ちのめされたのか地面に両手をついた。


「殿下、それならば今度、2人だけでピクニックに行けば良いのでは」


 ぐっ、この兄貴、口を開いたかと思いきや本当に余計なことしか言っていない。


「それは名案だ! さすがはヘンリー、俺の右腕なだけはある」


 復活したウィルは直ぐに立ち上がった。


「うんうん、いい案だと思いますよ」


「いいですね、姫様にもそう伝えておきましょう」


 父様やケイトまで……やはりここには僕の味方はいないのか。

 そして後日、僕はピクニックと言う名のデートに連れて行かれた。

 お読みいただきありがとうございます。

 ブクマ、評価、感想等ありがとうございました。

 今回はちょっと長いです。

 帝国での戸籍破棄の流れが、行政サービス→法務大臣→公文書管理官→大法官となってるために、死亡後に聖堂で管理されているのを知ってる人は結構少ないです。

 正教会の一部の人間と、担当の公文書管理官もしくはその経験者、そして大臣クラスと皇帝くらいかな。

 エステルが知っている理由は、伏線になるかもしれないので黙っておきます。

 次週は普通にストーリーが進む予定ですが、希望が多ければピクニック編やるかも、1話完結で短いかもしれないけど、それでもいいのなら……。


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