プロローグ そして始まる私の婚約者生活。
本日より連載再開いたします。
婚約の儀を終えてから一週間。
ただの婚約者候補から正式な婚約者となった私の環境に、幾つかの変化がありました。
その変化の中でも、以前より自由に行動できるようになった点は大きいと言えるでしょう。
これまで外出が認められたのは、特例で認められた平民議会の視察と、婚約の儀における式典進行のための帰宅の2回だけでした。
まぁ、夜中にこっそりエステルとして抜け出したりしてたんですけどね。
しかしこれからは、許可申請さえ取れば実家に滞在する事もできますし、城下街に出ることも可能になります。
その代わりといってはなんですが、侍従の数を今より増やさなければいけないと言われました。
現状、私の正式な侍従はエマ1人だけです。
今までは皇族の方から借り受けていた人達で回していましたが、これからはそれではダメだと指摘されました。
「……というわけで、明日から私がお前の護衛騎士の1人となる、よろしく頼む」
年齢にそぐわぬ落ち着いた雰囲気を漂わせつつ、鋭い眼光を光らせる目の前の男性は私もよく知った人物です。
「はい、アルお兄様」
アルジャーノン・ボーフォート。
サマセット公爵家次男にして、私の異母兄弟。
あまり口数は多くないけど、アルお兄様はとっても頼りになる方です。
14歳になると同時に帝国騎士団の中でも最も危険と言われる部隊に志願したアルお兄様は、これまでも数多くの危険な任地で従軍してきました。
本来であれば貴族の次男は、長男にもしもの時があった時のことを考え同じ教育の元に育てられます。
しかしお父様は、アルお兄様の戦場で自分の実力を磨きたいという意思を尊重し、帝国騎士団へと送り出したと聞きました。
そのアルお兄様が私のこの状況を聞いて、退職願いを出してまで皇都に戻ってきてくれたのです。
「ところで私以外の騎士はどうなっている?」
アルお兄様が公爵邸に着いたのは今朝なので、他の同僚が誰なのかはまだ知りません。
「アルお兄様以外の私付きの騎士は3人、そのうち1人は竜騎士です」
基本的に私の護衛は、皇宮内でも活動できるように女性の騎士が付けられます。
アルお兄様とは兄妹ということもあり特例で認められました。
ただしアルお兄様が皇宮内を移動するときは、私か私の従者のうち1人が同行している事と、就寝後は所定区域外での活動を制限されています。
「まず1人目は、ティベリア・スペンサー、近衛騎士出身の方です」
彼女はマールバラ公爵家の令嬢であり、剣士としても才女としても有名です。
誘拐事件や爆破事件での私の活躍を聞いて、護衛騎士に志願してくれたと聞きましたが、マールバラ公爵家の意向が絡んでいるのではないでしょうか。
オークニー伯爵の件では、私の与り知らぬ所でマールバラ公爵に借りを作る事となりました。
カーライル伯爵もマールバラ公爵から申し出は流石に断れないでしょうし、仕方ないんですけどね。
そういう意味では、向こうの方が一枚上手だったという事でしょう。
ただしティベリアが護衛につく事は、私にとってもメリットがある事なのです。
上級貴族の彼女であれば、晩餐会などに共に帯同することが可能ですし、サマセットと同格のマールバラであれば、席順などでも私の近辺におけたりと配慮しやすいのも利点でしょうか。
マールバラ公爵の目的ははっきりとしませんが、ベッドフォード公爵がサマセット公爵家に近づき過ぎるのを懸念したのではないかと私は予想しています。
「ティベリア先輩か、それならば問題ない」
「アルお兄様はティベリアを知っているのですか?」
「あぁ、皇都に居なかったエスターは知らないだろうが、ティベリア先輩は兄上と仲が良かったからな」
はっはーん、私の直感がピーンと冴え渡りましたね、これはラブの予感がします。
ティベリアもヘンリーお兄様も20歳を超えていますが、お互いに婚約者がいるとは聞いてません。
下級貴族であればそれほど珍しくはありませんが、2人とも最上級貴族な上に容姿端麗、文武両道、仕事でもエリート街道まっしぐらです。
ヘンリーお兄様もあの情けない姿はともかく、表面だけはモテモテなのにおかしいなぁと思っていたのですよ。
「それにティベリア先輩であれば、皇太子殿下やウィルフレッド先輩とも面識があるので良いのではないか」
ふふん、今度ウィルに会った時に、ヘンリーお兄様とティベリアの事をそれとなりに探りを入れてみましょう。
「次に2人目は、私たちの派閥からレオーネ・ナイトレイを選びました」
カーナヴォン伯爵家の令嬢でもある彼女は、北方の国境にあたる地域で従軍していたと聞きました。
ちなみにカーナヴォン伯爵家は、帝国主義派であるサマセット傘下の貴族の一つです。
私にレオーネを紹介したのはお父様なので、彼女を選ぶ事は特に問題もありませんでした。
レオーネはティベリアほど作法の面では秀でてはいませんが、彼女の最大の利点は伯爵令嬢である事です。
最高爵位に当たる公爵家は、おいそれと気軽に下級爵位ばかりの集まりにはでれません。
私も本来であればその立場なのですが、平民議会の設立や公務の関係でそういう会合に行かなければならない時があります。
そういう時、アルお兄様とティベリアを連れて行くと公爵家ばかりになるために、相手に威圧感を与えすぎてしまう懸念が拭えません。
ですが伯爵家であるレオーネは、上位貴族から下位貴族まで幅広い状況に対応できるのです。
「レオーネとは北方で一緒に戦った事がある、個人的な感想だが、信頼にたる人物だと思う」
北方はかなり危険な所だと聞いています。
アルお兄様の従軍する部隊は、レオーネのように決められた地区を守る部隊とは違い、各地の要請を受けて短期間で任地が転々とするのでその時に出会ったのでしょう。
ちなみにアルお兄様の任地がサマセット領に近い位置だったり、移動の中継に近い時は、よく公爵領の方にも顔を出してくれていました。
「最後に、竜騎士には面識のあったラタ・チェットウィンドを選びました」
ラタは龍術競技の際、私のコンシェルジュを担当してくれた者です。
彼女がベッドフォード公爵が率いる貴族派閥のうちの一つ、チェットウィンド子爵家の令嬢だと知った時には驚きました。
なんでも龍術競技をやっていた事で、ご両親とはずっと揉めていたそうです。
そこに現れたのがベッドフォード公爵でした。
話は少し遡り、公爵はどこから話を聞いたのか、竜騎士はワシが見繕ってきてやると私の元に一方的に手紙を送りつけてきたのです。
ベッドフォード公爵は私とラタに面識があると知るや、即座に行動に移りました。
話を聞いたラタのご両親はラタに無理やり結婚させられるのと、私の護衛に志願するのとどちらがいいのかと二択を迫ったそうです。
その結果、ラタは迷わず私の護衛に志願する事を即決しました。
「そうか、彼女とは会った事がないが、ベッドフォード公爵の紹介なら問題ないだろう」
「はい、以上この3名にアルお兄様を含めた4名が私の護衛騎士になります」
ウィルからは本当はもっと増やすように催促されたのですが、これ以上増えると正体がバレるかもしれませんからね……。
ただでさえ侍女や侍従も増えるのですから、これ以上のリスクは避けるべきでしょう。
「なお護衛騎士の隊長格はティベリアが務めます」
アルお兄様とティベリアは家格は同格ですが、お互いの立場と年齢を考えると、この点は仕方がないといえるでしょう。
これがレオーネやラタが相手であれば、家格で上回るアルお兄様の方が隊長格に近いのですけどね。
ただティベリアは、兄妹であるアルお兄様の意向を汲んでくれると聞いているので、彼女の気遣いにはとてもありがたく思っています。
「護衛の3人とは私の方で一度面会しておりますが、アルお兄様も含め正式な任期は明日からとなります」
今は皇宮内、ここはユニコーンの間ということもあり、部屋の中には私とエマ、アルお兄様の3人だけです。
そのためいつもよりかは少し気は抜いておきますが、どこで話を聞かれているか分かったものではありません。
故に私もエステルではなくエスターとしてアルお兄様に対応しています。
これから先はより一層慎重にならないといけないでしょう。
「そうか、では、明日から頼む……いや、お世話になります、かな?」
「ふふ、アルお兄様が私の部下になるなんて、何か変な感じですね」
私の言葉にアルお兄様の表情が崩れる。
エマだけではなく、私のことを知ってくれている人物が側にいてくれる事ほど心強いものはありません。
アルお兄様が護衛を引き受けてくれた事には感謝しかないです。
「そうだな、私も自分の……妹に仕えるなど、思ってもいなかった事だ」
「そうですね、私も皇太子殿下の婚約者になるなど、思ってもいなかった事ですよ」
お互いに顔を見合わせ、クスリと笑みを零す。
ここに来てはや1ヶ月、まだエスターは見つかりません。
この生活にも慣れましたが、こういうのは慣れた頃が一番危険だと聞きます。
今までは奇跡的にやり過ごせていたものの、皇后様やレヨンドール、ウィンチェスター侯爵には正体がばれてしまいました。
果たして私はこのまま平穏無事に、役目をやり遂げる事ができるのでしょうか。
お爺様、私がボロを出す前に一刻も早くエスターを見つけてください! どうかお願いしますよ!!
お読みいただきありがとうございます。
休載中もブクマ、評価、感想、誤字修正などありがとうございました。
第2部からは従者が増えますが、まずは告知通りエステルの兄であり、ヘンリーの弟にあたるアルジャーノンからの登場になります。
従者に関しては流石に多すぎるので、小出しにしていこうと思います。
次話では、今回名前がでてきたティベリアのみが参戦します。
レオーネはもう数話後になります、ラタの再登場はそれより後になる予定です。
侍女達の登場もお楽しみに。
ここで一つ裏話。
最初はアルジャーノン意外にも男の護衛騎士を出そうと思っていました。
しかし恋心を自覚しているウィルが果たしてそれを許すでしょうか。
そう考えた結果こうなりました。
裏話終わり。
婚約者候補から正式に婚約者になったエスターの日常の変化をお楽しみくだされば幸いです。
次回更新は近いうちに予定しておりますが、書き溜めが少ないので頑張ります……。




