31話? エステルは女性用の下着を手に入れた!
「やっぱりエスターちゃんには、こういう服装の方が似合ってるわよね」
お養母様は手に持ったパステルピンクのフリルがたくさんついたドレスを、私の身体にあてる。
可愛らしさを前面に推しだしたこの衣装は、いかにもお姫様といった感じでしょうか。
お養母様は昔からこういう衣装が好きで、エスターにもよく送っていましたね。
「其方も良いですが、やはりエスターさんにはこういう服装の方が……」
白のシンプルなワンピースを手に取った皇后様は、私の身体に押し当て満足げな表情を見せる。
王道中の王道と言うべきでしょうか、大抵の殿方はこういった衣装にはグッと来る物があるのでしょう。
もちろん私はグッと来るどころか、鏡に映った自分の姿を見て、グッと顔が引きつっていますけどね。
「あらぁ、そっちも悪くないわねぇ」
「でしょう」
2人は私を取り囲むようにして、若い娘のようにきゃっきゃうふふと盛り上がっている。
それと反比例するように、私のテンションはどんどんと盛り下がっていきます。
「で……肝心のエスターちゃんは、どれが良かったかしらぁ?」
「そうですよ! 肝心のエスターさんはどれが好みなのですか?」
2人は私の身体に、グイグイとドレスやワンピースを押し当てる。
「ど、どっちも素敵だと思いますよ……はは……はは……」
2人は私が納得していないのだと感じたのか、新しい衣装を選び始める。
どうしてこういう事になったのか、それは私の正体がばれたあの夜にまで遡ります。
灰と化した私の隣で、お養母様と皇后様の話は盛り上がったと聞きました。
その結果、私があずかり知らぬ所で、勝手にお買い物に行く約束を取り付けられたそうです。
「あらあら、もてもてじゃない。エスターちゃん」
「……ヴェロニカ、見ているなら助けてくださいよ」
唯一助かったといえば、ここがヴェロニカのお店だったという事でしょうか。
ここであれば、多少なりとも緊張が解けます。
「やーよ、あんな身分の高い人に逆らうなんて、クビチョンパじゃない」
ヴェロニカは首の根元で親指を左右に振る。
「そ・れ・よ・り・も……」
「それよりも?」
首を傾げた私に、ヴェロニカは含みのある笑顔を返すと、2人の所に走っていく。
おぉ! 流石はヴェロニカです。
そんなことを言いつつも、私を助けてくれるのですね!
「皇后様、サマセット夫人……それでしたら此方に、新作が御座いますよ!」
くっそ、あいつ商売に走りやがったな!
「エスター様?」
ヒェッ!
喉元に突き刺さる殺気が、私の中のエステルを引っ込める。
「……だ、大丈夫ですよ、エマ」
ふぅ……私とした事が、言葉遣いが乱れていたようですね。
「そうですか……何かありましたら、いつでもお呼びくださいね」
エマはニコリと微笑むと、一歩後ろに下がります。
隣にいた皇后様付きの侍女さんは、私たちのやり取りに手を抑え笑いを堪える。
どうやらここに私の味方はいないようですね。
もうこうなったら、適当に見繕って終わりましょう、そうしましょう。
意を決した私が、商品を選ぶために一歩を踏み出したその時です。
「あっ!」
何かを思い出したかのように声をあげたヴェロニカに、部屋にいた全員の視線が集まる。
「そういえば最近、異国から面白い商品が入りまして、是非こちらもご検討ください」
一瞬、視線を通わせたヴェロニカの笑みに、背筋が震えました。
これは何か……とても良くない事が起こる予感がします。
「此方になります」
ヴェロニカはテーブルの上に1つの箱を置き蓋を取る。
私達はテーブルを取り囲み、置かれた箱の中身へと恐る恐る視線を落としました。
「何ですかこれは?」
皇后様は一枚の布切れを摘まみ上げる。
「ハンカチかしらぁ? でもそれにしてはシンプルねぇ……布地も少ないし」
「ならばこの紐は何です? ハンカチに紐がついているなんて聞いたことありませんよ、それに正方形でもないですし……」
皇后様とお養母様は答えを求めるように、ヴェロニカへと視線を送る。
嫌な予感がした私は後ずさりしましたが、私の両腕をエマと皇后様の侍女さんが、がっちりと掴んで離さない。
ぐっ、そことそこ、何か連携とれてませんか!?
「ふふん、これはですね……ドロワーズに変わる、女性の新しい下着でございます!!」
あぁ……やっぱり、嫌な予感が的中しました。
急なめまいから後ろに仰け反る私を、エマ達が支える。
「えっ、ええっ!! でも、その、これって……布地が……」
「たしかに布面積は少ないわよねぇ……」
びっくりして下着を手放した皇后様は、手で顔を隠しつつも、興味があるのかチラチラと下着を見ています。
その下着を拾いあげたお養母様は、じっくりと下着を観察していく。
「だいたい、どうやってこの布地で隠すというのですか!」
「それはですね、この紐をですね、こうやって……」
ヴェロニカが紐をリボン結びにしてみせる。
「「「「おっ、おお〜っ」」」」
私を除く皇后様、お養母様、エマ、皇后様の侍女さんの4人から感嘆の声が上がる。
「は……破廉恥ではありませんか?」
「あらぁ、いいんじゃない……これなら、旦那様も喜んでくれそうねぇ」
お養母様……その情報は息子として知りたくなかったです。
「でも、これでは、なんというか……そう! 可愛さが足りないわ!!」
皇后様の言葉に、再び全員の視線が下着へと集中します。
たしかにこれだけでは少し味気がないですね。
「……生地にレースを重ねればよろしいのでは」
……やってしまいました。
思わず呟いた私は、咄嗟に口元を抑える。
しかし時すでに遅し、私の発言に全員の視線が此方に向く。
「えぇっと、何でもないです……」
勿論そんな言い訳が通用するわけもなく……。
金の匂いに目つきの変わったヴェロニカは、目にも止まらぬ速度で私に詰め寄る。
まるで王を射らんとする光速の寄せに思わず私もたじろぐ。
「それで! それでどうするのかしら!?」
ヴェロニカは私の両肩を掴み、ぶんぶんと力任せに前後に振る。
「ちょ……ちょっと待って、ちゃんと、ちゃんと説明するからぁ!」
はぁ……もうちょっとで脳震盪を起こす所でした……。
力が強すぎますよ、ヴェロニカ。
「コホン……では、ご説明いたします」
顔を赤らめつつも私は、女性用の下着に視線を落とす。
「流石に布切れ1枚では耐久性にも不安が残ります、そこでまずは、レース生地を重ねる事で可愛さと耐久性を上げます」
私はヴェロニカから紙を受け取ると、簡単にデザイン画を描いていく。
「他にはフリルをつけるとか、紐の素材を生地とは変えるとか……中央にリボンをつけるのも可愛いかもしれません」
私が描いたいくつかのデザイン案を、みんなが覗き込む。
「あらまぁ……」
「……これは良いですね」
感嘆するお養母様と皇后様とは別に、ヴェロニカは目を見開き鼻息を荒くする。
「流石よ! これは直ぐに制作に取り掛かるとして、実はこれとは別に相談したい事があって……」
ヴェロニカが新たに取り出してきたスケスケの布地に、危機感を感じた私は三度逃走を試みる。
しかし私が動くよりも早く、ヴェロニカ以外の4人が私の身体を掴む。
あれ? 人数増えてません?
「ごめんね、エステルちゃん……これも全て、貴女の弟か妹ができる重要な案件に関わってくるのよ」
そういうのも聞きたくなかったです、お養母様……。
「ごめんなさいねエステルさん、可愛いに妥協は許されないわよね? それに私もこれをつければ……」
そこから先は不敬にあたるので、私は聞かなかった事にしておきます……。
「ふふ……ふふふ……これで私も結婚が……婚期が……既成事実さえ作ってしまえば……!」
怖い、怖いですよ! それじゃ誰だって逃げますよ侍女さん!!
「ふふ、楽しくなってきましたねぇ、もうお覚悟を決められた方がスムーズでよろしいと思いますよ」
エマの言う通り、もはや私には拒否権はありません。
私はただ買い物に付き合っていただけなのですよ。
それが何故、男である私が、女性の秘められた物をデザインする事となったのでしょうか?
「覚悟は決まったようね、さぁ、全ての女性のために頑張るわよ!」
「「「「おーっ!!」」」」
「おー……」
気合の入ったヴェロニカ達と打って変わって、私の掛け声は虚しく空に響く。
この一件以来、私の中で新たな化学変化が起こりました。
本来であれば健全な男の子として、女性の下着はチラチラ見るほどにドキドキする展開なのでしょうが、もはや女性の下着を見てもドキドキもありません。
そう、ただの布切れにしか見えなくなったのです。
わかりますかこの異常事態が、私の中のエステルくんはもう瀕死なのですよ……。
みなさん私の中のエステルくんにもう少し優しく、オブラートに! そして、幻想を壊さないでください……。
その夜、ヴェロニカから私の元に一つの箱が届きました。
中を開けると、レース、フリル、リボンがあしらわれた可愛いパンツが一つ。
それと同じテイストの、肩紐のついたスケスケのベビードールが一つ。
そしてヴェロニカからのメッセージが添えられてました。
『これで皇太子殿下もイチコロよ! ヴェロニカより』
ふらふらとベッドに倒れこんだ私は、その夜、1人悲しく枕を濡らしました。
私の中のエステルくんを守るためにも、早くなんとかしないといけません。
絶対に、絶対に……私の中のエステルくんは消えさせませんからね!!
お読みいただきありがとうございます。
評価、ブクマ、感想等ありがとうございます。
今回はアフターエピソードですね。
この後、帝国では女性の下着革命が起きたとか……。




