エピローグ 狂った天秤を平行に戻すのは難しい。
「もっと楽にして良い……ところで、皇宮での生活はどうか? 不自由はないか?」
「はい、皇后様の御心遣いのお陰もあり、不自由なく過ごさせて頂いております」
不満があったとしても言えるわけないけどね……。
ちなみに改善してほしい点がある時は、エマを通して皇宮長に対して改善を要求します。
皇后様にも良く聞かれますが、直接このお二人に申し出るなど恐れ多い事である。
「そうか……婚約前だと言うのに、皇宮に留めた事が気になっておったのだ」
本来であれば、婚約前の女性が皇宮に留まる事はありません。
婚約後も基本的には自由で、過去には結婚までの猶予期間ずっと皇宮に留まった方も居れば、ずっと外で過ごされた方も居るように、人によって対応は様々です。
「この婚約には余計な横槍を入れられたくはなかったのだ、政治的な問題を絡めてしまった事は申し訳なく思っている」
私は慌てて頭を下げる。
「とんでもございません、公爵家の事や私個人の事を考えて下さったこと、その御配慮に感謝申し上げます」
議事録が残る公の場ではないとはいえ、皇帝陛下に申し訳ないなどと言われるのには冷や汗が出ます。
「なるほど、頭が回る所はサマセットの血筋だが、エドワードよりマージェリーに少し近いか……至らぬわが息子だが、ウィリアムの事、よろしく頼むぞ」
「至らぬ我が身でありますが、努力し最善を尽くす事をお約束いたします」
全くもって油断になりませんね。
皇帝陛下はわざとへりくだって、私を試したようです。
エドワード……お父様であれば、陛下の顔を立てつつも、この場で何らかの対価を得るでしょうね。
そんな事をするから、サマセットは何様だと、お父様は他の貴族から疎まれるのですけど……。
「やぁ、調子はどうだい、エスター」
「あ、あらまぁお父様、どうしましたか?」
このタイミングで現れるとは、お父様、私の心を読みませんでしたか……?
お父様は私の頭に着いたティアラと、薬指にはめられた婚約指輪に視線を移動させる。
「エスター、今度、婚約祝いに何か買ってあげよう、ティアラと指輪は何個あっても良いだろう?」
そういう負けず嫌いな所がダメなんですって!
……お父様は、優しそうな雰囲気とは裏腹に中身がこれだから困ります。
まぁ、そうじゃないと宰相なんて勤まりませんけど。
そもそも私、まだ男の子ですからね……ウィルに変な対抗意識燃やさないでください。
「良いですね……それならば私からも何かお祝いを贈りましょう」
ほら、お父様が変な事を言うから、余計な人が出てきちゃったじゃないですか!
やんわりと断ろうとした私の行動を、皇后様は先読みされる。
「何か? ……もしやエスターさん、私の贈り物は受け取れないと」
「い、いえ、有り難く貰わせて頂きたいと存じます……」
もうなにも言えませんよね。
「そうでしょうそうでしょう、楽しみねぇ、商会を呼びつけるより、一緒に買い物に行くのもいいかもしれません」
お父様に、恨み言の一つでも言って差し上げようかと思いましたが、いつのまにかこの場から消えていました。
ぐっ、こうなったら後で、お父様にめちゃくちゃ高い物をおねだりして困らせますからね!
「あらぁ、楽しそうねぇ……私も一緒にお邪魔していいかしらぁ?」
どうしてこう次から次に余計な事を……。
後ろから家族に刺されるとはこういう気分なのでしょうか。
「良いわね……貴女と一緒に買い物に行くなんて、いつ以来でしょうか」
「楽しみねぇエスターちゃん、女の子3人で楽しみましょう」
男・の・子!
私は男の子ですよ、お養母様!!
もちろんそんな事をこの場ではっちゃけるわけにもいかず、乾いた笑いでその場をやり過ごすしか私にはできません。
「ほう、それは面白そうだな」
更に面倒な人が出てきました。
ウィル……頼みますから、これ以上は事態を悪化させないでくださいよ。
「そういえば俺たち、まだ一度もデートをした事がなかったな、エスター」
ウィルの言葉に、お養母様と皇后様が食いつく。
「あらぁ、それは問題ねぇ……」
「全く……何をしているのですか、デートの1つや2つ、いっそ毎日でも良いのですよ」
毎日は流石に問題じゃないでしょうか。
それでは、全く公務が進みません。
「エスターは俺と出かけるのは嫌か?」
「い、いえ……その、デートのお誘いを喜んでお受けいたします……」
この状況で断れるわけがないでしょ!
ぐっ、いつの間にやら周りに上手く話を持っていかれた気がします。
「よかったわねぇエスターちゃん、殿下からデートに誘われて」
良くないですけどもういいです……こうなったら、普通に遊びに行くものだと思って楽しみますから!
「では、この件はまた後ほど話すとして……ほら、行くぞ」
ウィルは私の手を引っ張り、部屋の中央へと連れて行く。
「いつまでも今日の主役が、壁の花を気取っているわけには行かぬだろ?」
ウィルと踊るのは晩餐会以来でしょうか。
あれから1週間、皇宮に来てからは1ヶ月になります。
結婚までは2年を切り、1年と11ヶ月になりました。
何とかそれまでにエスターを見つけ出さねばいけません。
このままでは、周囲の策謀により私の中のエステルが危険な状態です。
そう、全てが手遅れになる前に……。
◇
「おはようございます、エスター様」
カーテンから差し込む日差しの暖かさが、今日も変わらぬ朝が明けたのだと告げる。
「……えぇ、おはよう、エマ」
夜遅くまで開かれた祝賀の影響か、私の頭の中はまだどこか夢心地のようです。
「ほら、シャキッとしてください、今日は朝から皇后様や殿下と共に今後の事について話しあうのですよ」
そうでした、ぼーっとしていたら、また良からぬ方向に話が持っていかれるやもしれません。
エマは私の服を着替えさせると、あっという間に髪を整えました。
それに合わせて私も、徐々に脳細胞を立ち上げていきます。
「ありがとうエマ、目が覚めてきたわ」
「それは何よりです、エスター様」
椅子から立ち上がった私は、扉の前へと進む。
「さぁ、それではいきましょうか、今日もよろしくねエマ」
「はい、エスター様」
私はエマを伴い、ウィルと皇后様が待ち受ける朝食へと向かう。
さぁ、今日もエスターの身代わりとして、1日頑張りましょう!
お読みいただきありがとうございます。
ここまで書いてこれたのも、応援してくれた皆様のおかげです。
ブクマや評価、感想、レビューなど多くの方に励まし、支えられたことを感謝いたします。
婚約後も話は続いて行く予定ですが、この後は、すごく大雑把なプロットしか作っていません。
ここで1つ問題になるのですが、この作品ではウィルの容姿と共に、エスターの年齢については明言しておりません。
この点に関しては少しどうしようか悩んでおります。
皆さんお忘れかもしれませんが、エステルは3男です。
まだ登場していない次男は、婚約後に登場する予定になっておりますが、これもエステルの年齢によって学生なのか卒業したかで少し立場が変わります。
エステルの年齢は、婚約ができる14歳以上、20歳以下という幅はありますが、そこの中で読み手の人に自由に想像してもらえればなぁと思っていました。
ただ思ったよりエステルが幼くなったので、だいたいの方は14ー18の間で読んで頂いているのではないでしょうかと作者は予測しております。
ちなみに成人年齢が20歳なのも明言しておりますように、18歳以下であればエステルはまだ学生です。
なお、婚約者になった後のエステルはとても忙しいです。
公になった事で、いくつかの執務には同行しなければなりません。
他にも平民議会の設立の協力や、ヴェロニカと共に立ち上げた服飾ブランドの運営。
この上、学生であれば学校にも通わねばなりませんし。
ウィリアムが領地を与えられれば共に領地の運営を手伝う事になりますし、お金の匂いに敏感なカーライル伯爵との商売(悪巧み)もあるやもしれません。
今回捕まらなかった仮面の男、行方不明のエスター、噂話で出ていた隣国の新しい王も出てきます。
そしてウィリアムとエスター(エステル)のデートもありますが、ウィリアムとエステルが活躍して友情を育むエピソードも考えております。
できれば最後までお付き合いいただければ幸いです。
それでは連載再開まで、しばしの間は完結に入れておきます。
途中、幕間は更新するかもしれません。




