第27話 物事は最後の最後まで油断するべからず。
ついに婚約の儀が執り行われる当日の朝を迎えました。
結局、お爺様はエスターを見つけることが出来なかったそうです。
昨日は色々ありましたが、久し振りに公爵邸に戻った私は、ほんの少しの間でしたが羽根を伸ばせました。
そして今日は、朝から予定が詰まっています。
まずは皇帝陛下の使者から、結納の品を受け取らなければなりません。
その後、私たちは使者の人と共に皇城の方に向かいます。
皇城に到着すると、私は聖堂の奥にある浴場で身を清めねばなりません。
身体を整えた後はドレスに着替え、ついに式典が始まります。
式典の後には、祝賀と銘打った宴会もあるので本日は全くもって気が抜けません。
「エスター様、使者の方が参られました」
女性の体へと変化させた私は、エマと共に大広間に向かう。
大広間に入るとすでに全員が揃っており、私は会釈し父様の右隣に立ちました。
ちなみに私の隣にはお兄様、お父様の左隣にはお養母様、その隣にはお爺様が立っておられます。
「両家の御準備が整いましたので、今より結納を執り行いたいと思います」
使者の方の両隣には今回、立会い人を務めてくださるベッドフォード公爵と、リッチモンド公爵がおられました。
財務大臣を務めるリッチモンド公爵は、お父様の御学友であり昔からよく競い合っていたそうです。
「この度は、サマセット公爵エドワード様が御長女エスター様と、ウィリアム皇太子殿下の御縁談を御承諾して頂いた事、誠に有難う御座います」
ベッドフォード公爵が一歩前に出る。
「本日はお日柄も良く、御両家の御婚約を無事にお迎えする事が出来た事を御慶び申し上げます」
続いてリッチモンド公爵が一歩前に出ました。
「皇帝陛下より結納の品となります、幾久しくめだたくお納めください」
リッチモンド公爵は私の前に来ると、結納の目録を差し出しました。
私は目録の中身を確認し、お父様へと手渡します。
お父様は目録を読み終わるとお養母様に手渡しました。
お養母様が中身を確認し終えると、エマや他の侍女達が結納の品を此方側に飾ります。
「ご結納の品、幾久しくお受けいたします」
お父様はベッドフォード公爵に受書を差し出す。
「此方は受書になります、幾久しくお納めください」
ベッドフォード公爵が受書を受け取ると、お礼の言葉を述べる。
「ありがとうございます、幾久しくお受けいたします」
今度はお兄様が前に出ます。
「サマセット公爵エドワードより、結納返しの品となります、幾久しくめでたくお納め下さい」
お兄様は使者の方に目録を手渡すと、中身を確認した後に、ベッドフォード公爵、リッチモンド公爵の順に手渡していく。
使者の人が連れてきてた侍従の人たちは、結納返しの品を自らの方に飾り立てる。
「ご結納の品、幾久しくお受けいたします」
使者の人が受け取りを了承すると、リッチモンド公爵は前に出て受書を手渡します。
受書を受け取ったお兄様は、お礼の言葉を述べました。
結納の交換を終えると、使者の人が一歩前に出てお辞儀をします。
「本日はどうも有難うございました、皆々様のお陰様で無事に結納を納める事が出来ました、今後ともどうぞよろしくお願いします」
次に、お父様が一歩前に出てお辞儀を返す。
「此方こそありがとうございました、今後とも末永くよろしくお願いいたします」
続いてベッドフォード公爵が一歩前に出て、使者の方の隣に並びます。
「これを持ちましてサマセット公爵家、ご長女のエスター様と、ウィリアム皇太子殿下のご結納式は、滞りなく執り行われました、本日は誠にありがとうございました」
さて、次はいよいよ皇城に向かわねばなりません。
公爵邸の外に出ると、十数台の馬車の列と護衛の騎兵隊や楽隊が待機していました。
一番前の馬車には使者の人が乗り込みます。
2台目にはベッドフォード公爵、3台目にリッチモンド公爵と続き、私とエマは4台目の馬車が割り当てられていました。
後に続く5台目にはお父様とお養母様、6台目にはお兄様とお爺様、7台目には結納返しの品が納められます。
8台目以降には公爵家の従者が乗り込み、婚約の儀で使う予定の物などが運び込まれました。
「それでは、ご出発致します」
楽隊が見送りのファンファーレを鳴らすと、私たちは近衛騎士による騎兵隊の護衛の元、皇城へと向かいました。
◇
皇城に到着すると、私たちは二手に別れました。
お父様たちは控え室へとご案内され、私はエマを伴い聖堂へと向かいます。
聖堂にたどり着くと、3人の人物が私の到着をまっていました。
「お初にお目にかかります、トレイス正教会の帝国総大司教を勤めますギデオンと申します」
ギデオン総大司教様はがっしりとした人で、身に纏う法衣の上からでも、騎士と見まごうほどに鍛え抜かれているのがわかります。
年の頃は40代くらい、この若さで総大司教に登り詰めるなど異例中の異例ではないでしょうか?
「巫女のセレニアです、本日はお清めのご案内をさせて頂きます」
巫女のセレニアさんはとても美しい人ですが……どこか生気を感じません。
完全に色素が抜け落ちた彼女は、正教会では聖人として扱われています。
そういった人達は何人か見てきましたが、彼女達からはちゃんと生気が感じ取れました。
しかし、彼女はどこかこの世の者ではないような……。
……私とした事が、まじまじ見過ぎたせいか、セレニアさんから微笑みを返されました。
「トレイス正教会の本部より派遣された聖騎士隊の隊長を勤めますローレンスです、本日はお清めの際の聖堂周辺の警護を担当させて頂きます」
聖騎士は竜騎士、近衛騎士に並ぶほどのエリートだと聞きます。
ローレンス様はセレニアさんと違って、とても人間らしい印象を抱きました。
悪く言えば俗っぽく、清潭なギデオン総大司教様と比べると、彼の中からはちゃんと欲の部分を感じます。
今も私の事を値踏みするように見ていますが、自らの欲に忠実で隠さない分、あまり厭らしさは感じません。
「サマセット公爵エドワードの長女のエスターです、本日はお世話になります、よろしくお願いいたします」
私たち5人は聖堂の奥へと進みます。
「今回の儀式の場合、ここより先は男性が進む事を赦されておりません、以降はセレニアがご案内致しますのでご了承下さい」
ギデオン総大司教様と、ローレンス様をその場に残し、私たち3人は更に奥へと進みます。
目的地の前に到着したのか、扉のある小部屋の前で、先頭を歩くセレニアさんが立ち止まりました。
「ここより先は、私とエスター様だけになります、ご了承ください」
私はエマさんに湯浴み用の衣に着替えさせられると、エマをその場に取り残し、私とセレニアさんは扉の奥へと進む。
扉の奥では、人工的な光のない真っ暗な部屋の中、中央の浴場を際立たせるように天上から一筋の光が照らします。
光の筋に沿って見上げると、三体の神を象ったものが三方向の壁面から飛び出るようにして配置されていました。
どうやら、それらの三神が手に持った杖に取り付けられた宝玉が、外からの自然光を屈折させ浴場を照らしているようです。
「では、服をお脱ぎください」
私は湯浴み用の衣装をその場にストンと落とすと、全裸になって浴場へと向かいます。
浴場は沈むように作られており、私は段差を降り浴場の中央へと進みました。
「その場でお立ち止まりください」
同じく全裸になったセレニアさんは、私と向き合うようにたちます。
いつもの私なら、こんな美人と全裸で向き合ったら恥ずかしさから迷わず顔を背けるのですが、女性になったからでしょうか、何も感じない事をどこか寂しいと思いました。
セレニアさんは私の手を取ると、祈るように小さな声で祝詞を捧げます。
私たちを中心として周囲の水が渦を巻き、空中に舞い散った霧雨が私たちの体を洗い流していきました。
「えっ!?」
驚いたセレニアさんは、初めて人間らしい表情を覗かせました。
どういう事かと自らの身体をみると、ほんのりと薄く発光しています。
『……の……よ、……と……よ』
私の頭の中に、誰かの声が微かに聞こえてきました。
次の瞬間、発光は収まり、周囲には入ってきたとと同じように静粛さが漂っています。
「……これにて清めの儀式は終わりました、浴場から出て服をお着替えください」
エ? えっ? 説明とか何もないんですか!?
私が戸惑っていると、セレニアさんは取り繕ったかのような笑顔で答えてくれました。
「先ほどのは神からの御祝福になります、滅多に見られないもので、つい驚いてしまいました、ご不安にさせて申し訳ありません」
……怪しい……怪しいけど、あの笑顔はこれ以上聞くな、聞いても教えないという意志を感じます。
混乱する私を他所に、再び表情を取り繕ったセレニアさんはさっさと着替えをはじめました。
置いていかれるわけにもいかず、私も慌てて服を着替えます。
「おかえりなさいませ、エスター様」
小部屋に戻りエマと合流する。
私は正教会が用意した、清められた法衣を身に纏います。
これはせっかくお清めしたのに、不浄な物を着ては意味がないからという理由で、今日着るドレスも総大司教によるお清めの祓が成されたと聞きました。
「お帰りなさいませ、エスター様」
ギデオン総大司教様やローレンス様がいるところまで戻ってきました。
「ギデオン総大司教、本日はありがとうございました。この身が清められた事、サマセット公爵エドワードに代わり、深くお礼申し上げます」
エマはお金の入った袋を取り出し、ギデオン総大司教様に手渡す。
これはまぁ、お布施という奴ですね。
「巫女セレニア、聖騎士ローレンス、お世話になりました」
エマは、セレニアさんやローレンス様にもお金の入った小袋を渡します。
これは所謂食事代みたいなもので、先ほどとは違い少額の金額しか入っておりません。
「それでは、参りましょう」
外で待ち構えていた近衛の護衛達と再度合流します。
……まだ婚約の儀は始まっていないのに、もう疲れました。
先ほどの事は気になるものの、身体からは何かしらの変化も感じられません。
後でお父様達に相談するとして、まずは婚約の儀に集中しましょうか。
私とエマは家族の待つ控え室に向かって、歩き出しました。
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長くなり婚約の儀にまで至れませんでした、分割になります。
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