第26話 泥沼に堕ちたが最後、足掻けば足掻くほど暗闇に沈む。
皇宮の中にはいくつかの仕来たりがある。
その中で最も有名なのが基本的な男子禁制だろう。
侍女はもちろんのこと、基本的には食事を作るシェフや警備の騎士も女性がほとんどである。
しかし、このルールも時代と共に代わり、許可を得た男性であれば、皇宮に入ることを許可されるようになった。
そう、ここは以前、ドレスのフィッティングの際に利用したユニコーンの間である。
俺は今まさにその部屋の中で、正座させられていた。
「事情を良く知っていそうなのは、やっぱり貴方達しかいないわよね?」
今日の皇后様はいつもとは違い妙に饒舌なのだけど、その貼り付けた様な笑顔がとっても怖いです……。
俺の左隣では、兄貴が歯をカチカチ震わせながら正座させられている。
兄貴がこんなに震えるなんて、皇后様は一体何をやったのか……。
「どうして貴方達がここに呼ばれたのか、理由は言わなくてもわかってるわよね?」
俺の右隣では、父様が顔面蒼白で何やらブツブツと呟きながら正座させられている。
だめだ、これはきっと兄貴同様に使い物にならない。
「さて、私にも理解できるように、事の経緯と事情を説明してもらえるかしら?」
皇后様の問いに対して、みな無言である。
だって、答えるの怖いもん。
「エドワード!」
「はいぃぃぃっ!」
皇后様のご指名に、父様は元気よく立ち上がる。
「その、私どものバカ娘のエスターがですね……急に消えたというか、居なくなったというか……こうパッとね、パッと……」
しどろもどろの父様の弁明に、皇后様はため息を吐く。
「それがどうしてこのような事態へと繋がるのですか……はぁ……マージェリー、説明してもらえますか?」
俺たち3人の前にいるお爺様の体がビクッと震える。
お爺様は部屋に入ってくるなり、スライディング土下座を決めた状態でずっと息を殺し固定していた。
さっきまでベッドフォード公爵と言い争っていた元気は、一体どこにいったのか聞いてみたい。
「……だって……だもん」
「はっきりと喋りなさい!」
皇后様の喝に、爺様は若干上目遣いで答える。
「……だって、エスターよりエステルの方が常識があるし、エステルの方が可愛げがあるんだもん」
俺の両隣に座っている父様と兄貴が、首がちぎれるほどのスピードで頷く。
皇后様はよほど呆れたのか、大きくため息を吐く。
「シャルちゃん、その辺で許してあげたら?」
重苦しい雰囲気の男性陣と違って、椅子に座った養母様はエマの淹れた紅茶を優雅に嗜んでいた。
俺は目のあったエマと視線で会話する。
エマ……主人を見捨ててそっち側にいるとはどう言う事です?
あら? 私がお仕えしているのはエスター様であって、エステル様ではございませんよ?
くっ、薄情者! さっきの涙の抱擁と再会を返してください!!
もはやこの状況をどうにかできるのは、養母様だけかもしれないと思う。
頼む養母様、隣の兄貴は泡食って気絶してて、もう全然使い物にならないんだ!!
「あのね、シャルちゃんは何もエステルちゃんを、エスターちゃんにした事に対して怒っているんじゃないの」
どういう事だろう?
「シャルちゃんが怒ってるのは、その事実を自分に隠していたから怒っているのよ」
ますます意味がわからなくなった。
俺がエスターの身代わりになった事には怒ってなくて、それを隠した事に怒っている?
「そうね……もういいわ、この件に関しては許します……そして、私も貴方達に協力しましょう」
「へっ!?」
皇后様の意外な答えに俺は目を丸くする。
「だって、その薬を使えば最終的に女性になれるんでしょう? それならば何も問題ないわ」
あれぇ? なにいってるんですかね、この人?
「ちょ、ちょっと待ってください、女性といっても元は男ですよ!? 自分の息子に男が嫁ぐとか……ヒェッ!」
皇后様の周囲から放たれた凍てつく寒気で、周囲に氷河期が訪れる。
俺の隣にいた父様は、寒さに耐え切れずに凍ってしまった。
「あら? 男と男がそういう仲になってはならいないと誰が決めたのですか?」
もしかしたら俺は、踏み込んではいけない領域に足を踏み入れたのかもしれない。
「神話では男神と男神で交わったという伝承もありますし、そう、それは一種の神聖な儀式のようなものなのです」
いつの間にやら昇天しかかっていた爺様の魂を、何とか口の中に押し戻す。
「英雄、色を好むともいいますし、何もおかしい事はないのです!」
この人、い、言い切りやがった……。
「……エスターさん、いいえ、エステルくん」
「は、はい」
真剣な表情を見せる皇后様に、こちらの背筋もピンと伸びる。
「私は貴方の味方よ! もし、男の子同士でそういう関係になりたいなら、いつでも私に……貴方の未来の母に相談してくれていいのよ」
あっ、やっぱりこの人手遅れですね。
「ちょ、ちょっと待ってください! 殿下の子供は、皇族の血脈はどうするんですか!?」
「あぁ……正妃には適当に良家のお嬢さんを見繕うから大丈夫よ! だから貴方は、心置きなくバカ息子との愛を育んでよいのよ!!」
皇后様の後ろに控えている何時もの侍女さんは、この状況に耐えられなくなったのか吹き出した。
「最悪の場合、私がもう1人産みます」
うわぁ……。
「よかったわねぇ、エステルちゃん、これで殿下とお別れしなくても済むわよ」
養母様は呑気にもお茶のお代わりを頼んでいた。
「おめでとう、エステル!」
いつのまにか復活してた兄貴は、メガネの奥にある瞳を潤ませた。
「おめでとう、エステル!」
氷河期が明けた父様は、拍手をしながらその場に立ち上がる。
「おめでとう、エステル!」
爺様はまるで戦争から帰ってきたかの如く、両手を挙げ万歳三唱していた。
くっそ! こいつら風向きがかわったからといって、いつの間にかゾンビみたいに復活しやがって!
しかも、なんか良い感じにしてこの場を収めようとしてやがる!!
「よかったですね、坊ちゃん」
いつの間にか俺の後ろにいたエマにびっくりして体が飛び跳ねる。
エマは俺の肩を掴むと、そっと耳元で囁いた。
「だから言ったでしょう、皇后様は多分ばれても大丈夫だって……ね?」
そ、そういう意味だったのかぁぁぁあああああ。
記憶を掘り起こすと、たしかにだいぶ前にそんな事を言っていた様な気がする。
「はは……はは……」
もはや乾いた笑いしか出ない。
この時、俺は悟ったのです。
そう、ここには誰1人として、俺の味方はいないのだと……。
魂が抜け真っ白となった俺の隣で、女性陣は楽しく今後の展開の計画を練っていた。
俺の周りでは、現実逃避した男達が手を繋ぎ周囲をぐるぐる回っている。
そして翌朝、俺はついに婚約の儀の朝を迎えたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
今日は少し短めですみません。
皇后様は本来であれば、レヨンドールにバレるより先にバレる予定でした。
2ヶ月以上前に書いた話を公開するのに、ここまで時間がかかりましたが、なんとか公開できてよかったです。
関係ないけど、初期案では皇后様の本名はマーガレットでした。
次回はいよいよ婚約回です。
今日は久し振りに男言葉に戻りましたが、また次回からは女性言葉になりますね。
本当ならもう少し、エステルの時の活躍とか、エステルとウィリアムの話も描きたかったのですが、そこは反省点という事で次回に活かします。
ブクマ、評価、感想等ありがとうございました。
励みになります、次話も頑張ります。




