第24話 己がやらねば誰がやる、その熱き心、今こそ燃やせ!!
後から追いかけたにも関わらず、レヨンドールはあっという間に他のドラゴン達に追いつき、みなを追い越していきました。
振り返るとウィルフレッド様の乗るドラゴンだけが、何とかレヨンドールの後ろに食らいついています。
『2人とも、見つけたぞ! アレだ!!』
目的の機関車を見つけたレヨンドールは速度を上げていく。
深い森を抜けると、目の前の広大な草原に伸びる一筋の線路が見えました。
地平線の向こうからは、蒸気を吹き出した機関車が、こちらに向かって走ってくるのが見える。
「ウィルフレッド!」
速度が早いせいか、風の音が言の葉を遮る。
ウィルは竜騎士隊で使われるハンドサインを用いて、ウィルフレッド様に指示を出します。
指示を出し終わると私たちの乗るレヨンドールと、ウィルフレッド様のドラゴンは別れました。
レヨンドールは機関車の上空で並列するように速度を合わせると、徐々に高度を下げていきます。
「飛び降りる! エスター嬢、しっかりと捕まっていろよ!!」
「はい!」
私はウィルの首に両手を回し、しっかりと抱きつく。
「行くぞ!」
私達が飛び降りると、レヨンドールは再び空高く上昇していく。
「まずは運転室に向かう」
連動式の魔法道具であれば、運転室を抑えて緊急停止すれば問題ないはずです。
私たちは周囲を警戒しつつ車両の屋根の上を歩き、運転室のある前の車両に向かう。
「やはり思った通り、既に運転室は抑えられているようだ」
運転室の中には、2人いる運転士の1人を人質に取った男の姿が見えた。
「出てこい竜騎士と女! この車両に飛び乗ったのは既にわかっているぞ!」
運転室には、後方を確認する鏡が取り付けられています。
いくら視野に入らない遥か上空を飛んでいたとしても、車両に飛び移る際には接近しなければなりません。
故にどう足掻いても、運転室が占領されていれば私たちの侵入は簡単にばれます。
「わかった、出て行くから武器を下ろせ!」
ウィルと私は両手を上げ、男の前に現れる。
「武器を捨てろ!」
ウィルは腰にかけた剣を床に置き、立ち上がると同時に一歩前に出る。
「動くな!」
怯んだ男は一歩後ろに下がった。
「俺は丸腰だ! 運転士を解放しろ」
ウィルはさらに一歩前に踏み込む。
「動くなといっている! こいつがどうなってもいいのか!」
男はさらに一歩下がる。
「落ち着け! 俺はお前と話し合いたいだけだ」
ウィルはまた一歩、男に詰め寄る。
「それ以上動くんじゃない!」
気圧された男はまた一歩、後ろにたじろぐ。
「わかった、もうその位置で十分だ」
「は?」
男がその言葉の意味を理解するより早く、武器を持った男の手に、窓を突き破った一本の矢が突き刺さる。
ウィルは素早く反応すると、男の手を掴みその場に投げ飛ばす。
矢の射線の先には、超低空飛行のドラゴンで並走しつつも、逆さ吊りの状態で矢を番うウィルフレッド様の姿が見えました。
竜を自在に乗りこなす技術も、弾道の制御に魔法を使ったとはいえ、矢を正確に射る技能といい、まったくもって信じられない技量です。
近衛と竜騎士にはエリートが多いと聞きますが、さすがは実力主義といったところでしょうか。
「運転士! 今すぐに車両を止めろ」
男の拘束が緩んだ隙に逃れた運転士は、慌てて操作盤へと向かった。
その間に私は、縄で縛られたもう1人の運転士を解放する。
「ダメです! ブレーキは破壊されて使い物になりません、ボイラーも制御不能……後部車両も切り離せません……!」
「なんだと!?」
これは、偶然ではないでしょうね。
敵の方が一枚上手だったと褒めるべきでしょうか。
魔法道具が不発だったとしても、このままの速度で駅舎に突っ込めば間違いなく大惨事に繋がると思われます。
「くっ、貴様、一体何をした!!」
床に押さえつけた男は笑みを浮かべる。
「お前達が来るのが少し遅かっただけよ」
ここから皇都まではほぼ直線です。
おそらく私たちが合流する直前にあった、最後の大きなカーブを通過した後に、ブレーキを破壊したのでしょう。
「連動式の爆破型魔法道具はどこにある、吐け!」
「はっ! 誰が馬鹿正直に答えるかよ!」
もしあの者達が魔法道具を仕掛けるのであればどこか、それをずっと考えていました。
爆発した時、最も効果的な場所であり、取り外すのに困難な場所。
そうなると、心当たりは2つ……。
「……炭水車の貯蔵タンク内」
私の呟きに男の目が見開く。
ボイラーとどちらか悩みましたが、どうやらこちらが当たりのようですね。
最新型であるこの機関車は、炭水車に設置された貯蔵タンクから、自動的に水と燃料がボイラーに補給されます。
便利にはなりましたが、燃料のある炭水車とボイラーのある運転車は切り離す事ができませんし、運転中は貯蔵タンクの中を開ける事はできません。
「どのみち停車させない事には、どうしようもないか……さて、どうするべきか……」
まずは、ボイラーを停止しなければなりません。
炭水車からボイラーに繋がるホースは2本。
そのうちの1本は、ボイラーの空焚きによる爆発を防ぐための水を供給するホースです。
「燃料を供給するホースを閉められれば、ボイラーは停止させる事ができると思いますが、ブレーキが効かない事にはお手上げですね」
ボイラーを止めたところで、スピードは簡単に落ちません。
ブレーキには緊急用の手動ブレーキもありますが、こちらも破壊されていると見るべきでしょうか。
問題はどうやってスピードを落とすか……最悪の場合、我々は多くを見捨てると言う非情な決断をしなければならないかもしれません。
「殿下! 他の竜騎士達も到着しました、残りの竜騎士は空で並走しています」
ウィルは、運転室に入ってきたウィルフレッド様と数人の竜騎士達に現状を説明する。
拘束していた反逆者は、縄で縛り上げ意識を昏倒させました。
その間も色々と考えましたが、焦っているせいか考えが纏まりません。
「くっ、このままでは!」
それぞれが沈痛な面持ちの中、脳裏にちらつく非情な決断を前に無言になる。
自らの無力さを痛感した私は、唇を噛みしめました。
「いっそのこと、レヨンドールを使って正面から押し戻すか?」
「そんな、アホな」
ウィルフレッド様がウィルに突っ込んでいなければ、私が言っていたでしょう。
前から押して止めるなど、そんな非現実的な……んん? 前からでないなら、可能かもしれません。
「……ドラゴンの胴体につけられている運搬用のロープを使えば、可能ではありませんか?」
軍で使われているドラゴンは基本的に、大きな物、何人もの捕虜や罪人、大型の生物などを運搬するために、胴体に運搬用の特殊なロープがまかれています。
このロープは特殊な金属と魔法の付与により頑丈に作られ、よっぽどのことがなければ切れる事はありません。
「機関車とロープで連結させたドラゴンに、ブレーキの代わりをさせるのか?」
かなり無茶な方法ですが、今の私にはそれしか思いつきません。
ただドラゴンの数と列車の速度、それぞれの予測重量と地図を見る限りの勾配をざっと計算しても、止められるかどうかは少し怪しいです。
足りない分は、レヨンドールに期待するしかありません。
ドラゴンには格があり、軍で用いられるドラゴンは基本的に上位竜だとされています。
その中でも、レヨンドールにくらいついたウィルフレッドのドラゴンは中々のものでしょう。
ですがそれらと比べても、レヨンドールは明らかに別格じゃないでしょうか。
予測不可能なものを計算に入れるのは好きではありませんが、私はレヨンドールの事は信頼しています。
なぜなら私とレヨンドールは、既に拳を交えた中ですもの。
「はい、そしてそのためには……ウィルに協力していただくしかありません」
貴族として最も正しい選択は、この機関車……中の乗客を見捨て、皇太子であるウィルの命を最優先とする事です。
皇帝陛下の子供はウィルただ1人、彼が死ねば皇族の直系たる血筋は途絶え、帝国自体が揺らぎかねないでしょう。
「ウィルはレヨンドールに騎乗して、もしもダメそうな場合にはロープを切断し、機関車を見捨て離脱してください」
「断る!」
私の提案に対してウィルは即答で断る。
「エスター嬢、貴女はここに残るつもりだな?」
ウィルは真剣な表情でこちらを見つめる。
どうやらごまかせそうにはないですね。
「それが貴族である私の矜持ですから」
最悪の場合、子供達だけでも竜騎士と共にドラゴンに乗せれば、数人だけは助け出す事ができます。
私が乗るはずのレヨンドールの席を、私より若いもののために譲る。
ただそれだけの事なのです。
「ならば私も、私という矜持を果たそう」
ウィルが振り返ると、周りの者達の視線が集まる。
「聞け、機関車に乗る全員と、駅に残っている者達、全員を助けるにはこの機関車を止めるしかない!」
竜騎士達の清潭な顔つきに汗が滴る。
「ならば我らが取る行動はただ一つ」
顔を見合わせた竜騎士達は、それぞれに覚悟を決め頷く。
「帝国の誇り高き竜の騎士達よ! 今こそ我らの力を示す時だ、ゆくぞ!!」
各々の竜騎士達から野太い賛同の声が上がる。
彼らは機関車を止めるために、即座に行動を開始した。
「俺は乗客が混乱しないように、乗客に事情の説明してくる……ボイラーの方は任せたぞ、エスター嬢」
「はい!」
この騒動です、黙っていても乗客達はなにかがあると気がつくでしょう。
行動を開始して後から事態が混乱するよりも、皇太子であるウィルが説明する事で抑えられれば良いのですが……。
一方でウィルフレッド様達は屋根に登ると、空中を飛ぶドラゴンから降ろされたロープを次々と車両に繋いでいく。
その最中に、運転士の1人が声をあげた。
「ダメです! 燃料を閉めるタンクのバルブが破損していて、どうしようもありません!!」
予想はしていましたが、本当に面倒な事をやってくれますね。
無関係な人々の命を何だと考えているのか、反逆者達に静かな怒りが込み上がる。
「他に燃料ホースの供給を止める方法はありませんか?」
「一応、検査時に使うバルブがあるにはあるのですが……バルブがあるのは、炭水車の底なのです」
私は乗客の乗る一般車両と炭水車の間に向かうと、隙間に顔を突き出して炭水車の底の部分を確認します。
たしかに運転士の人が言うように、底にはバルブのような物が見えました。
……どうやら迷っている場合ではないですね。
この狭い幅を進める人間は限られているでしょう。
「……えっ。あっ、あのちょっと!」
慌てふためく運転士は、見てはいけないと咄嗟に背中を向ける。
私はドレスの背中の紐をほどきその場に脱ぎ捨てると、長かった髪を先ほどの男から回収したナイフで切り落とす。
「厚手の軍手を貸してください!」
「は、はい!」
ビスチェとドロワーズだけの姿になった私は軍手をつける。
再び隙間に顔を突っ込むと、手前にある配管を掴んだ。
「なんとかいけますね」
私は身体をうまく動かし、炭水車の下を逆さまの状態で突き進む。
顔を背けると、地面までの距離があまりにも近く、一気に恐怖心に苛まれる。
「あと、もうすこしだから……!」
私は勇気をふりしぼり、一歩、また一歩と、前に進む。
「んんっ!」
目的地の近くについた私は、必死にバルブの方に手を伸ばす。
「ッ!!」
軍手をしていても火傷しそうなほど熱いバルブに、思わず手を離してしまいそうになります。
「ここまで来て、こんな……こんなところで……!」
気合いをふりしぼり、硬く締まったバルブを精一杯引っ張る。
「ぐっ……!」
焼け付くほどの痛みに耐え、歯をくいしばる。
上ではウィルやウィルフレッド様達が頑張って機関車を止めるべく努力しています。
駅ではお兄様達も、1人でも多くの人を救うために動いているでしょう。
ライアン様や他の竜騎士達……それにエマも頑張っている。
だから私は……私も!
「絶対に! 諦めてやるものですかぁぁぁあああああ!」
思いが通じたのか、ほんの少しだけバルブが動いた。
「回れぇぇぇえええええ!!」
私は叫び声を上げ、ありったけの力を振り絞る。
ゆっくりとバルブは周り始め、1回転……2回転……3回転と必死にバルブを回す。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ……」
何とか燃料バルブを閉めた私は、呼吸を整える。
やりました、やってやりましたよ……!
でも、まだこれで全てが終わったわけではありません。
この作戦を提案した私には、ウィル達が機関車を止めるのを見届ける義務と責任があります。
再び気合いを入れなおした私は、来た道を引き返しました。
お読みいただきありがとうございます。
長くなってしまい、今回もいいところで終わっててすいません。
ブクマ、評価、感想ありがとうございます。




