第23話 もはや誰も止められぬ、風の如く行け、エステル!!
「此方に飛び乗れ、エスター嬢!」
ウィルのその言葉に、私は迷わず窓に足をかける。
「させるか!」
残った4人のうち1人が動き出そうとした瞬間、その首元に一本のナイフが突き刺さる。
私はそのナイフを投擲した人物を、顔を確認するまでもなく誰だかわかりました。
「エマ!」
入り口から部屋の中に入ってきたエマさんの雰囲気がいつもとは違い、思わず生唾をゴクリと飲み込みました。
エマさんはすぐさま私と男達の間に入ると、向かって来たもう1人の男を軽く始末する。
「……助けに来るのが遅れて申し訳ございません、エスターお嬢様、責任とお叱りは後でお受けいたします」
生真面目なエマさんのことです。
私が拐われた事や、すぐに助けに来れなかった事に、責任を感じたのかもしれません。
……でも、それは違います!
簡単に拐われた責任は私にありますし、なによりもエマさんは、こんなに早く私を助けに来てくれたではありませんか。
「私は大丈夫! 寧ろ私の方こそ、エマにはいつも迷惑かけてばかりで謝らないといけません」
皇宮の中でも不安にならず、深い夜に私が寂しさを感じなかったのも、いつだってエマさんが寄り添っていてくれたおかげです。
「だからこそ、お互いに至らぬ事があったとしても、それを補い合う事こそが人と人なのです」
進むべき道を思い悩んだ時。
間違った道を歩みそうになった時。
進んでは行けぬ道に迷い込んでしまった時。
人は誰しも完璧ではないが故に、いつだって選択を間違います。
その選択が間違わぬように導いたり止めたりするのが、家族であり、友人であり、主従であるのです。
「だからこそ私には、まだエマが必要なのです! こんな事で責任とって辞めちゃうのは無しですよ!!」
エマさんは此方に背を向けたままですが、先ほどとは違って張り詰めた空気感は和らいでいました。
「……ありがとうございます、お嬢様……いえ、エスター様!」
彼女と出会って2ヶ月。
なし崩し的に私付きの侍女になってくれたエマさんですが、それは公爵家のためだから、というのが大きかった気がします。
だからこそ私は誰よりもまず、彼女と向き合う事を始めなければならなかったのかもしれません。
こんな事に今更気がつくなど、やはり私もまだまだですね。
「エスター様、敵の追っ手が来ます、どうかご命令を!」
入り口からさらに数人、新たな敵が部屋になだれ込んできました。
「……エマ! ここを頼みます、私はウィルと共に行かねばなりません」
エマは此方に顔を振り向けると、一瞬だけでしたが、今まで見たこともない笑顔を見せてくれました。
「承知! どうか御無事で……殿下、エスター様をお願いいたします!」
「ああ、任せろ!」
敵を引きつけるエマを背にして、私は窓枠に両足を乗せ、身を乗り出します。
……やってしまいました。
身を乗り出した時、思わず地面を覗き込んでしまい、その高さに身体が震えます。
「来い、俺が絶対に受け止めてやる!」
戸惑っている場合ではありませんね。
レヨンドールの上で両手を広げるウィルを信じて、私はその胸に飛び込む。
ウィルは宣言通り、空を飛んだ私の体を受け止めてくれました。
この高さを跳んだからでしょうか?
心臓のドキドキが止まりません。
「ははっ、良くやった!」
ウィルは私の頭をガシガシと撫でる。
ちょ、ちょっと、そんな乱雑に撫でたらセットした髪の毛が……あっ。
「ん、どうした? どこか打ったか!?」
隣で慌てるウィルを他所に、私はとんでもない事に気がついてしまいました。
どうしましょう……セットも何も、昨日からお風呂に入っていません!
ドレスや髪も汚れていますし、こんなに密着して、ウィルは汗臭くないでしょうか?
……って、今はそんな呑気な事を考えてる場合じゃありません!!
「ウィル、大変です! 敵の目的は大陸間を走る機関車の爆破です!!」
一刻も早くこの者達の計画を阻止しなければ、数多くの犠牲者がでてしまいます。
「レヨンドール!」
ウィルから指示を受けたレヨンドールは、空と高く舞い上がる。
上空では他の竜騎士達が待機していました。
「殿下!」
その中の1人、見覚えのある全身甲冑、ウィルフレッド様がウィルに声をかける。
「ウィルフレッド、反逆者達の狙いは大陸間を走る機関車だ! 乗客達や駅の中、その周辺にいる者達が危ない!!」
周囲の竜騎士達はざわつく。
「その話は本当ですか殿下?」
1人の大男がウィルに話しかける。
彼の姿には見覚えがあります。
確かウィルフレッド様と龍術競技で競い合ってた、ライアン様ではなかったでしょうか。
「間違いありません、見張りの者達がそう話していました、時は一刻を争います!」
私は無礼と思いつつも、2人の会話に口を挟む。
捕らえられていた間に手に入れた情報を伝えると、ライアン様が口を開く。
「その情報が間違いないのであれば、最新型である連動式の魔法道具が使われているやもしれません」
連動式の魔法道具とは、起動した後に一定の範囲内に連動した魔法道具がある事で、その効力を発動します。
利点としては道具を起動するまでの間は、探知魔法を使っても道具が反応しない事でしょう。
ただし魔法道具を起動するためには、限られた範囲内に魔法道具を起動させる人物が必要となります。
「くそったれ、よりにもよって自爆テロかよ!」
やるせなさから、ウィルフレッド様は悪態を吐く。
「今は情報の精査をしている時間はなさそうですな……伝令役! すぐにヒュバードの野郎にこの情報を伝えろ!」
ライアン様はすぐさま周囲の竜騎士達に指示を出す。
指示を受けた伝令役の竜騎士は隊から離れ、皇城へと向かっていった。
「……出過ぎた真似をいたしました、申し訳ございません」
「問題ない、事態は急を要するからな」
私は断りもなく会話に口を挟んだ事を謝罪した。
ウィルは謝罪を受け入れると、ライアンに向かって呼びかける。
「ライアン! 時間が惜しい、我々も行くぞ!!」
「ハッ! 我々も、お供いたします殿下!!」
ウィルを先頭に竜騎士達は編隊を組んで空を飛ぶ。
ライアン様とウィルフレッド様がウィルの左右を飛び、その後ろに他の竜騎士達が続く。
低空飛行しているためか、その姿を目撃した市民達が次々と空を飛ぶ私達を指差す。
無邪気な子供達はドラゴンの編隊にはしゃぎ、若者達は驚きに口を開け、年寄りの中には此方を見て拝んでいる人もいた。
その群衆の中に、私の見知った顔がいる事に気がつく。
「お兄様!」
私の声に反応したウィルは速度を落とし、ライアン様の騎乗するドラゴンに近づく。
「ライアン! お前達は先に駅に行って魔法道具と敵の一味を探せ! 足の速い俺たちはヘンリーに事情を説明した後、機関車の方に向かう!!」
今日、皇都に到着する大陸間機関車は1つしかありません。
故にどの列車に向かえば良いのか、簡単に予想がつきました。
「了解しました! ウィルフレッドと足の速い竜騎士達は先行して機関車を追え!」
私たちが乗るレヨンドールは隊列から離れ、空中で旋回すると、地上を捜査していたお兄様の部隊の元へと降り立った。
「殿下! それにエスターも無事だったか!」
今は再会できた事を喜ぶ暇はありません。
「お兄様、今すぐ部隊を皇都の中央駅に! 周囲の人たちの避難誘導をお願いします!!」
私は矢継ぎ早にお兄様に事情を説明します。
「事情は理解した、避難誘導は此方に任せろ! エスター、お前はどうする?」
「私はお邪魔でなければ殿下と共に、機関車の方に向かいます!」
今は1人でも多くの人間が動くべきです。
それにライアン様の予想が正しければ、私の能力はきっと殿下のお役に立てる事でしょう。
了承したお兄様は、ウィルの方に視線を向ける。
「殿下……いや、ウィル、兄として妹を頼む!」
「任せておけ! それと、駅の方にはライアンもいるし、ヒュバードも後から来る、協力して1人でも被害者が出ないようにしてくれ!」
指示を受けたお兄様は、捜索にでていた他の分隊を呼び寄せ、中央駅へと向かっていく。
私たちは再び空高く浮上すると、こちらに向かってくる機関車の方に進路を取りレヨンドールを走らせた。
絶対にあの者達の思い通りにはさせません!
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ、評価、感想などありがとうございました。
すみません、前回、内乱はあと1ー2話と言いましたが、思ったより長くなったので分割してます。
もしかしたら3ー4話になるかもしれません。